第17話 精神的に瀕死
「……完全に隠すんじゃなくて、逸らせばいけるか?」
うーんうーんと唸っていたリカルドはふと思いつき、スケープゴートを作り出すのはどうかと調べてみた。
対象としてはヴァンパイアと敵対しており、戦闘能力が互角以上の相手が望ましい。であれば、仮に支配を切った相手と知ってもおいそれと手は出せないだろうし人間領にも意識を向けないのではないか。
となると魔族になるかなと思っていたリカルドは返ってきた結果にポンと手を打った。
「なるほど天使族」
天使族。
その名の通り天使のような翼を持つ種族で空に浮かぶ摩訶不思議な島で暮らしており、金髪や銀髪に黄金の目を持ち大抵は見目麗しい容姿をしている。
だが、非常に戦闘能力の高い種族でその思考はどちらかというと魔族に近く脳筋。しょっちゅう同族内でどんぱちしており最も強い者が王となっているが、それも一年制ですぐに変わる戦闘狂だ。
「魔族との仲は頗る悪いし、彼らがやったとなればヴァンパイア側も簡単には手が出せないな……うんうん。いいんじゃないか?」
己の失態を他種族になすりつけようとする実に
「そうと決まればあいつを探さないとな」
人間の少女にしたヴァンパイアロードを見つけてきて、目の前で元の姿に戻して(当然支配下に置く魔法込み)誤解させる算段をつけたリカルドは居場所を調べて「は?」と声を上げた。
そうして声を上げたままの顔で視線を隅へ、倒れている少女の一人へと向けた。
つかつかと歩いて行き、しゃがみ込んでじっくり見れば確かにあの少女である。ヴァンパイアだとバレてはいないが、その容姿から気に入られて攫われたらしい。何やってんだお前と思うリカルド。
溜息を堪えつつ、ついでに元ヴァンパイアロードがこれまで何をしていたのか確認したリカルドはしゃがみ込んだままの姿勢で膝の間に頭を埋めた。
「……俺の魔力を覚えて追ってきてるとか……」
この元ヴァンパイアロード、己にかけられた魔法の残滓からその魔力の質を記憶しており、その相手をずっと探していたのだ。現状リカルドは魔力を全く外側に漏らしていないためすれ違ったとしても気づかれる恐れはなかったが、なんとも執念深い。
しかもリカルドの思惑とは違いその容姿を最大限活かして男に取り入り南の国からはるばるこのグリンモアまでやってきていた。
「元々男だから男の考えなんてお見通し、手玉に取るのは容易いってか?」
全然仕置きになってないどころか余計な厄介事を増やしただけの結果に再びがっくりするリカルド。
「はぁ……まぁ今更後悔しても遅いし……下手に犠牲とか出てなくて良かったと思えば……」
プラス思考に持っていこうとするが、マイナス要素が多すぎてプラマイゼロにも出来ずため息を量産するリカルド。
「人を呪わば穴二つか……」
能面のような顔をして(表情を作る気力もない)呟くリカルドだったが、ラドバウトを視界に入れてなんとか気持ちを立て直す。
はー…と息を吐いて、まずは姿を天使族に多い金髪と黄金の目に変えるリカルド。それから身体を女性型に、顔立ちを天使族に合わせて変えて黒いローブも彼らが好む真っ白なものへと変化させ最後に純白の翼を付けて完成した。
(で、次はと……)
一旦全員を後方の魔導士風の少女のところへと転移させる。
そこから蜜柑頭を赤髪男から離して、赤髪男を動かないように聖魔法で拘束。周囲に魔法障壁と物理結界、ついでに破邪結界を重ね掛けして破られない事を確認し、さてやりますかと覚悟を決めた。
「しっかりしてくれハインツさん!」
「アイル躊躇うな! やれ!」
「ラド!」
時を戻した瞬間、上から蜜柑頭、ラドバウト、魔導士風の少女――ではなく声からして少年が叫び、こっそりアイドル並みに可愛い顔立ちなのに男なのかと残念がるリカルド。
叫んだところで、三人は異常事態に気が付いて新たに出現したリカルドに視線を向けた。
「ハインツさんから離れろ!」
「待てアイル!」
咄嗟に動いたのは蜜柑頭だったが、リカルドは慌てず騒がず蜜柑頭をバインドでその場に縫い付ける。
「治療します。少し待ってください」
ぎっちり足首から口元まで白い帯でぐるぐる巻きにされた芋虫状態の赤髪男の頭に、ピタリと手のひらを当てる。
「天使族!?」
少年の困惑は無視して集中するリカルド。
一度ヴァンパイア化したら二度と元に戻る事は出来ない。それは定説なのだがそこはそれ、
未だ完全にヴァンパイアになったわけではなく、身体の大部分が人のままであった事からやる事は単純だった。具体的に何をしたかというと、ヴァンパイア化している部分を消滅させて即座に完全回復させたのだ。おかげで赤髪男は一瞬身体を跳ねさせ、中も外も血だらけになったが同時に綺麗にしたので血の匂いを感じたのはリカルド以外いなかった。
リカルドが手を離した時には唸り声は止み、暴れていた身体からも力が抜けてぐったりとしていた。
「ハインツさん!」
「もう問題ありませんよ」
バインドを外した途端リカルドを押しのけて赤髪男に駆け寄る蜜柑頭に、おいおいと思いつつまぁ仲間がそうなったら慌てるかと、蜜柑頭にも回復魔法と綺麗にする魔法をかけて立ち上がるリカルド。傷を心配してではなく、血の匂いを消すためだ。地味に吐きそうになっていた。
「どういう状況なんだこれは」
こちらも困惑した声のラドバウト。その視線は結界の外、今までの余裕の表情が薄れ躍起になって攻撃を仕掛けてきている真祖に向けられており、いつでも迎撃できるように警戒を解いてはいなかった。
「天使族がなんだって人間なんかに手を貸す!」
険のある声は魔導士の少年。その視線も鋭く、警戒感がありありとあった。それに対してリカルドはそうだよなぁと先ほど調べた事を思い浮かべて内心同意していた。
何故なら天使族は大変プライドが高く人間を助けようなどと思う種族ではないからだ。人間はその見た目と魔族と敵対関係にある事から勘違いしている者が大半だが、一度でも相対した事がある者ならそれが違うと即座にわかるぐらいには態度が傲慢だったりする。
「こちらにも事情がありまして」
結界や障壁が問題なく攻撃を防いでいる事を確認しながら、片手間にラドバウトに回復魔法をかけて汚れと共に血を消し、後方で意識なく横たわっている非戦闘員の一人、例の少女に近づくリカルド。
己の口から女の声が出る度に寒気(気のせい)を感じていたのでさっさと終わらせたかった。
「何をする気だ」
「元の姿に戻っていただきます」
「元の姿?」
ラドバウトの問いに短く答え、袖をめくって細い腕(そう作った)を出し、ふーと息を吐いて精神を統一してからもう片方の手で腕を切った。
「何を……」
戸惑うラドバウトを無視して、膝をつき無表情で少女の口に腕を近づけて血(のようなもの)を垂らすリカルド。ぽたり、ぽたりと赤い液体が口の中に落とされた時、少女の目がうっすらと開いた。
「甘い……」
ぽそりと小さな唇が呟いた瞬間、少女(の、なりをしたヴァンパイアロード)は驚くほどの速さでリカルドの腕を掴み噛み付いた。
「っ!」
思わず呻くリカルドだが、当然痛くともなんともない。ただ視覚的に痛そうである事と見た目が血そのものの液体に精神的にやられているだけだ。
そう、血のようなものであって血ではない。今回はギャラリーがいるため前回のようにがっつり魔力全開で生体操作を行うわけにはいかず、またヴァンパイア側に吸血による変化だと誤認させるために敢えて血(に見えるもの)を媒体としたのだ。
そしてどうでもいい事だが、せめてその匂いだけでも緩和させようと好きな果物の苺味にしていた。だから少女(のようなヴァンパイアロード)が甘いと言ったのも苺味であるから当然なわけで、あたりに漂う匂いが妙にフルーティなのも天使族に化けているからとか特殊なものだからとかそういう理由ではない。ただただリカルドが自分への精神的ダメージを減らすためにやっている事だ。
ちなみに人間にされていた少女(のような以下略)がリカルドに噛み付いたのは、極度にお腹が空いていた所に異世界日本で研究されまくった甘い苺味にうまーい!と衝撃を受けた事と、長年に渡って血を啜っていた本能が合わさった結果だった。
血を啜る(ように見える)ごとに、少女から男へと姿を変えていく光景にリカルド以外は呆然としていた。
「うそだろ……なんなんだよこれ……」
「まさか、ヴァンパイアだったのか?」
「え? え? どういう事? 天使族じゃないのか? え? でもあれ? 噛まれてるのはこっちで何であの子がヴァンパイアに?」
上から魔導士の少年、ラドバウト、蜜柑頭が口にする。
だが、がっつり腕に歯を立てられて、咄嗟にそれに合わせて血(のような苺味の媒体)を生成しているリカルドは生理的嫌悪感と気持ち悪さにガクブル状態。周りに意識を向ける余裕を失っていた。それでも歯を食いしばり根性で魂を無理矢理眷属化した後、元のヴァンパイアロードに戻し、真祖を相手にするには貧弱過ぎる能力を底上げするため魔力譲渡を行ったところで限界だと腕を振り払った。
「っ……!」
(気持ち悪! 気持ち悪っっ!!)
牙や舌の感触が残る腕を握りしめ、元の男前な姿となったヴァンパイアロード(強化済)を睨みつけるリカルド。
「誰が主人か理解していますか?」
振り払われて口から血(のような苺味の媒体)を垂らしていたヴァンパイアロードは呆けた顔でリカルドを見ていたが、やおら恍惚の表情を浮かべ口元を乱雑に拭うとその場に恭しく跪いた。
「ずっと――ずっと探しておりました。あぁこのように美しい方であったとは……今でも覚えております。ねっとりと纏わりつくようなあの魔力の残滓。身体の隅々まで支配するような感触。あれは私に対する執着の表れだったのだと今確信いたしました。我が主」
それは彼女いない歴=年齢の怨念の塊です。とは言えないリカルド。
魂のみを死霊魔法で強引に眷属化した弊害なのか何なのか、ヴァンパイロードは妙にうっとりとした笑みを浮かべ、ぞっとして引いているリカルドの女性らしくと伸ばした髪を一房取って口付けた。
(うぎゃあああ!)
「ならばあれを退けなさい」
必死に悲鳴を飲み込んで、未だ結界の外で攻撃を続けている真祖を示すリカルド。
「あれ? あぁ、カーラですか」
元は同じ主、始祖を崇める間柄であったが序列的に言えば結界の外で奮闘している真祖の方が格段に格上。だが今は強化された己と比べてそれほどでもないなと考えていた。
ちなみにカーラという名は始祖から与えられた名で、ヴァンパイア界隈では大変な誉である。リカルドにいろいろやられてしまったこのヴァンパイアロードは人間だったころの名はあれど、ヴァンパイアとして与えられた名は無かった。
「………主、一つ望みを口にしても宜しいでしょうか」
「クロ。これでいいですか」
何を望まれるのかは分かっていたので、これ以上気持ち悪い視線を向けられたくなくて早口で言うリカルド。
クロと名付けられたヴァンパイアロードは一瞬驚いたような顔をしてから艶やかに笑みを零し胸に手を当てて恭しく頭を下げた。犬猫のような名前を付けられても全く気にしない男にげっそりするリカルド。
「主の望みのままに」
女であれば見惚れるような所作で立ち上がり、しばし結界を見てから再び視線をリカルドへと向けるクロ。
結界があって行けないのですが、という視線にリカルドはため息をついた。
「私はここから離れます。そうすれば結界は消えますから」
「承知いたしました」
胸に手を当て頭を下げるクロから視線を外し、リカルドはラドバウト以下五名と共に転移でその場を離脱した。
転移先はそう離れていない山中だったが、突然の転移に固まる一行。
空間魔法に属する転移は高度な魔法技術で、それを扱えるだけで国仕えの魔導士としてかなり大きな顔が出来る代名詞の一つなのだがリカルドにその自覚はない。簡単な部類ではないと認識はしているが、人間領内でも上位の冒険者なら使えるだろうなとその程度だった。
とりあえずここまで距離を取れば後は勝手に離脱できるだろうと、リカルドはよろよろしながら立ち上がった。腕に残る牙とか舌とかの感触と生暖かい血液もどきの感触が拭えず、精神的ダメージが抜けていなかった。
「おい大丈夫か」
どう見ても無事に見えない姿に思わずラドバウトは動いた。
大丈夫か大丈夫じゃないかでいけばまったくもって大丈夫なのだが、いつかのように腕を掴まれたリカルドは疲れた気持ちのまま力なくラドバウトを見上げた。
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