第15話 本屋のバイトとギルドへの顔出し
午前中は樹の運動に、午後は魔法の訓練に付き合い、夜はグリンモア各地を回って雨を降らせるという事をしていると約束の日はあっという間に訪れた。
まずは先に本屋の依頼を済ませようと午前中に店に行ってみると、カウンターの向こうの作業台らしきところで、エプロンをつけて装丁を直している老人が居た。
「こんにちは」
「お前さんか」
よいしょと老人は木の椅子から立ち上がり、奥のドアの向こうへと消えた。
リカルドは気にせずカウンターに近づいて、作業台らしきものの上に置いてある紐が解かればらばらになった本を眺めた。リカルドにとっては珍しいので、見ているだけでも不思議とわくわくしてくる。
しばらくすると老人は両手で抱えるぐらいの木の箱を持って戻ってくると、カウンターの上に乗せて蓋を開けた。
中には、艶のある緑色の布に包まれたボロボロの本が置かれていた。
「随分と年代物みたいですね」
「あぁ、だいたい四百年前の代物だな。これは時間停止5年だ」
あ、はい。とリカルドは手を翳して言われる通り時間停止をかけた。
「出来ました」
「本当にお前さんは早いな」
老人は片眼鏡でさっと確認するとさっさと本を包みなおし蓋をしてまた奥の部屋へと運んでいき、また別の木の箱を持ってきてカウンターに乗せた。
全部纏めて持ってくればいいのにと思ったリカルドだが、箱にはそれぞれ保護の魔法が掛かっていたのでたぶん依頼主が違うのだろうと想像がついた。
「これも5年」
同じように時間停止を掛け、出来ましたと言うとまた別のものを持ってくる老人。それを繰り返す事十回したところでようやく作業が終わった。
総額はかなりのものになり、しっかりとした革の袋にお金を入れてもらい(革の袋分はさっぴかれた)リカルドは受け取った。
「どうする」
唐突に言われてリカルドは首を傾げた。
「今後も依頼を受けるか?」
あぁそういう事かと合点がいって、リカルドは少し考えてから頷いた。
「定期的に伺えばいいですか?」
「なんだ、定宿を決めとらんのか」
「あぁいえ。そういうわけではないですが……ならギルドに……」
言いかけて、ギルドにあんまり顔出してないしなぁと思うリカルド。
「ギルドを挟むとなると間を取られて報酬は下がるぞ」
老人の言葉に、それもちょっと釈然としないなぁと思うリカルド。
「えーと、家を借りて住んでいるんですが、常にいるとは限らないので……」
「なら書置きでもなんでも差し込んでおけばいいだろ。一週間音沙汰ないなら取りやめにすればいい」
そんなのんびりざっくり対応でいいのだろうかと思うリカルドだったが、老人の方は特に問題ないようだったので、それならと頷いた。
「大麦通りの西隣りの通りにある南から三軒目の生垣に覆われた家です」
言った瞬間、老人は噴いた。
「お前さん、あの曰く付きの家に住んどるのか」
「え? あ、あー……そうですね。でも特に問題ないですよ?」
そういえばシルキーが怖がられて曰く付きになってたなと思い出し、曖昧に言うリカルド。老人はやや胡乱気な目でリカルドを見てため息をついた。
「お前さんぐらいになると、その辺も子供だましになるのかねぇ……
まぁわかった。依頼があるときはそちらに知らせるよ」
「ありがとうございます」
礼を言って店を出たところで重たい袋をさっさと時空の狭間に放り込む。次は気が重いがギルドへと足を向けた。
「面倒くさいなぁ……」
結果的に本でかなりの額を稼いだので、別に報酬を貰えなくてもいいかと思うのだが、ギルドでの依頼を完了させたという事実は欲しいので行くしかないかぁと諦めて足を進めるリカルド。
ギルドに着いて溜息をつきながら中に入ると、人の姿は疎らだった。
昼前だったので依頼を受けに来る人間と、報告に来る人間がいないタイミングだったのだが丁度いいとリカルドはカウンターに近づいた。
カウンター業務に着いていた職員はリカルドを見るなりハッとして姿勢を正した。相手はあの時のマッチョ職員ではなかったのだが、前回と随分違う態度に王太子から得ていた情報を思い出して足が重くなった。おそらくギルド側にもなんとか侯爵から手が回されたのだろうと。
が、行かないわけにもいかないのでリカルドはカウンターまで行くと依頼票を出した。
「こんにちは。この依頼の完了について確認したいのですが」
「はい。こちらの依頼については確かに確認させていただきましたので、報酬の支払いは可能です。また依頼主から追加報酬も出ておりますので、合わせてお支払いいたします」
丁寧な口調でしっかりと答えるやや細身の男性職員に、追加報酬かぁと思うリカルド。
「裏で用意しておりますので少々お待ちください」
後ろの職員に声を掛けてから向き直った細身の男性職員に、わかりましたとカウンターを離れ脇に用意してある待合所のような椅子とテーブルの一画に行こうとするリカルド。
「お待ちください。少々お話をしてもよろしいですか?」
「……はい」
よろしくないです。と思いながらも、表情は微笑みを浮かべているので職員には面倒臭がっているのは伝わらなかった。
一見すると機嫌が良さそうにも見えるリカルドに、職員は事前に聞いていた怖い人物とは違うじゃないかと思いつつ、依頼主からの希望を伝えた。
「こちらの依頼主の方が、リカルド様に会ってぜひお礼をしたいとおっしゃっています。日取りはリカルド様に合わせるそうですから、ご都合の良い日を教えていただけますか?」
会う事前提で話を進められ、気分が下降するリカルド。
「依頼をこなしただけですからお礼は結構ですと、そうお伝えください」
「え? あ、もしやご存知ない? あの依頼はアレオッティという名で出されていますが、本当はこの国の侯爵様からの依頼なのです。お会いすればリカルド様にとってもプラスになる方だと思いますよ」
真面目な顔をして言う職員に、たぶん善意で言ってるんだろうなぁと思うリカルド。だがそれに応える気はさらさらなかった。
「いえ、結構です」
「いやでも……」
「会わないと罰則でもありますか?」
「え? いえ、そういったものはありませんが……」
「では問題ありませんね」
「は、はぁ……」
いいのかな?という顔をする職員に背を向けて、待合所になっているらしい場所の椅子に座って頬杖をつくリカルド。
早く終わらないかな~とぼーっとしていると、目の前に大男が座った。
相席か?とリカルドが見れば、前回止められたあの赤髪の男だった。今日は何やら完全武装しており、髪と同じ真っ赤な鎧に大剣にとガチャガチャさせている。見た目は完全に某狩り行こうぜ的なあれだ。肩の部分とか肘の部分とか脛の部分とかやけにトゲトゲしていて下手に動いたら自傷しそうな装いに、思わずしっかり見てしまうリカルド。
「久しぶりだな」
久しぶりという程の期間も空いてなければ、久しぶりと言う程の間柄でもない。
それでも社会人としてリカルドは軽く目礼した。
「俺はラドバウト。あんたは?」
「……リカルドです」
「あの時は疑って悪かった」
「はい?」
二言目に謝ってきた大男、ラドバウトにリカルドは何の事かと見返した。
ラドバウトはごついガントレットをしたまま頭を掻いて、少し恥ずかしそうにしていた。
「死霊どもを討伐出来るとは思ってなかったんだが、行ってみれば綺麗さっぱり消えてて驚いた。あんたすごい魔導士だったんだな」
「……偶々、相性が良かっただけですよ」
相性だけで言えば最高だが、好みから言えば最悪だ。思い出してしまい、顔には微笑みを浮かべたまま肩が下がるリカルド。
「ギルドに登録したのは最近なのか?」
「そうですが……それが何か」
「単なる興味」
正面から興味本位だと言ってくるラドバウトに、リカルドは微笑みのままきょとんとした。
ここ最近探られるような事があったので素で返される事に意表を突かれていた。
「そういうあなたはこの辺で長く仕事をされているのですか?」
こほん、と咳ばらいを一つして態勢を立て直すリカルド。
「長くって程でもないけどな。一年ぐらいはここを拠点にしてるが、もう少ししたらまた南に戻る予定だ」
リカルドはラドバウトの赤い髪を見て、あぁ外国出身だしなと思った。
「ギルドに入る前は何をしてたんだ? 魔導士らしく研究か?」
「いえ、普通に仕事をしていましたよ。朝から晩まで働いて家に戻って寝るだけの生活でした」
「へえ? そんだけの腕があるのに……あぁ、どっかに士官していたのか」
そういうわけではないが、リカルドは曖昧に微笑んだままにしておいた。
「ちなみに、どんな魔法が得意なんだ?」
「どんな……特に得意なものはないですが」
一番適正があるのは死霊魔法なのだが、そもそもその魔法はリカルドの頭の中から除外されている。
「じゃ何が使えるんだ?」
「何……まぁだいたいは?」
「なんだよだいたいって。四大属性ぐらいはって事か?」
笑いながら言うラドバウトに、まぁそうかなと頷くリカルド。
火、水、風、土が一番基本の属性魔法で、他は特殊魔法に位置する。回復魔法も聖魔法も死霊術も、毒魔法も空間魔法も時魔法も全て特殊魔法で、使い手は限定的だ。例外としては生活魔法と呼ばれるもので、少量の魔力で発動する魔法群の総称として使われ、これは魔力があればほぼ誰でも使えるので、いちいち話題に上らせる者はいない。
リカルドからしてみれば魔力操作で調整すればどんな種類の魔法も使用可能なので細かく分類する意味はあんまりないのだが、人には向き不向きがある事も知っているので郷に入れば郷に従えの精神で特に異論を唱える気もない。
「リカルド様」
カウンターの方から声がかかり、リカルドは立ち上がった。
「では私はこれで」
「今度一緒に飲まないか?」
「え?」
「疑った詫び――っていうのは建前で、単純にあんた面白そうだからってのが理由だな」
あけすけに言うラドバウトに、リカルドは一瞬虚空検索で確認しようとして止めた。なんでもかんでも素性をそれで知ってしまったらフェアではない気がするし、なによりラドバウトからは相手をどうこうしようという気が微塵も感じられなかった。
こういう相手なら酒盛りをするのも面白いかもなと、笑ってそれもいいかとリカルドは思った。
「じゃあ明後日でどうですか?」
「いいぞ」
「場所は……生憎私はこの辺の店に詳しくないので」
「ならここで落ち合うか。明後日の夕方、鐘六つあたりでどうだ」
鐘六つってなんだろ?と思ったが、これは後で調べればいいかとリカルドは頷いた。
カウンターへと戻ると、お盆のようなものの上に濃い色の袋が置かれておりそれが報酬だった。一応中を開けて確認すると、当初言われていた報酬の数倍と思われる額が入っており思わず職員の顔を見るリカルド。
「追加報酬ですよ」
「相当な額ですよ?」
「正当な手続きを経ていますから何も問題ありません」
そういうのならとリカルドは受け取り、重たいそれを持ってギルドを出たところですぐにしまった。
さて家に戻ろうかと歩き出し、そういえば樹くんは全然街に繰り出そうとしないなぁと思う。ディアードの追手は南に逸れているし、色も変えているので問題はない筈なのだが追われていた経験から恐怖心が残っているのかもと想像し、今度一緒に街歩きしようかなと考える。
とりあえず一緒に市へ行って店の人と顔繋ぎすれば自分の手が空いてないときにシルキーのお使いに行って貰えるかな、と打算的な事も考えつつ戻ると庭で魔法の自主練主をしている樹の姿を見つけた。
手のひらを上に向け、真剣な表情で見つめている樹。
そっと近づいてリカルドが観察していると、手のひらに丸い水球が生まれそこから四角、三角と形を変えていった。
(昨日まで水を集めるのもやっとだったのに、操作まで可能になってるのか。努力家だなぁ)
内心拍手を送っていると、疲れたのか樹は息を吐いて水を落とした。
「すごいね」
「うわっ!」
パチパチ手を叩くリカルドに、びっくりしたと胸を押さえる樹。
「いたなら声を掛けてくださいよ……」
「いやぁ集中してたから邪魔しちゃ悪いと思って」
ごめんごめんと片手を上げて謝るリカルドに、いいですけどと口を尖らせる樹。
「周りから集めるんじゃなくて、自分で水を作り出す事は出来る?」
「えっと、ちょっとずつなら」
親指と人差し指を触れるか触れないかぎりぎりの隙間を開けて見せる樹。
「うんうん。動かせる魔力が増えてる証拠だよ。頑張ってるね」
リカルドが褒めると、照れくさそうに樹は頭を掻いた。
「そのまま水を作る量を増やしたり、水の形を変えてみたりしてみて。魔力操作の練習になるから他の火とか風とか操る基礎になるよ」
「はい」
頷く樹に、真面目だなぁと思いつつそれじゃあ追いかけっこしようかと言って、狭い敷地内での鬼ごっこを始めるリカルド。
鬼はもちろんリカルドで、ここのところ午前中はこれを中心にしていた。心肺機能強化のために敷地内の酸素濃度を下げたりしているので妖精のシルキーでなければ倒れる者が出る荒業だ。樹も初日は違和感を覚えていたが、二日目には早くも慣れてしまいそれからはちょっとずつ敷地内の環境を変化させている。一度気温をかなり上げた時は植物にまで影響が出てしまいシルキーから苦情を入れられ、それからは家と植物に保護を掛けてから実施していた。
「っだー!! 駄目だ!」
まるまる一時間追いかけっこをしたところで、汗でぐっしょりになった樹は庭の上に大の字に転がった。
それを屋根の上からひょっこりと顔を覗かせ見下ろすリカルド。
「おしまい?」
寝転がったまま見上げた樹は、涼しい顔をしているリカルドに「くっそー」と悪態をついた。
ひょいっと地面に飛び降りたリカルドは、音もなく着地すると身動き取れない樹の身体を起こし、肩を貸して歩かせた。
「ほらほら、急に動きを止めたら後が辛いよ」
「……っんと、どう、なって…るんです」
自分が日本に戻ればとんでもない身体能力を有している自覚はもう出来ている樹。それを遥かに凌ぐリカルドに、切れる息の合間にぶつぶつと文句を言いながらよたよたと足を動かした。
「まぁなんていうか俺の場合は盛大な犠牲の結果というか? 常に苦手なものと共にある結果というか? むしろそのものになってしまった結果というか?」
「???」
「努力してる樹くんの方がすごいよ」
「……はぁ」
なんだかよくわからないという顔の樹だったが、無理やり歩かされている状態から少し回復してリカルドの肩から腕を外した。
「そろそろ大丈夫です」
「回復早いねぇ」
樹が復調したところで敷地内の環境を元に戻し、魔道具に影響が出ていないかチェックをするリカルド。
飛んできた小鳥型の魔道具にも見慣れた樹は、様子を見ているリカルドを眺めながらそういえばリカルドさんの顔立ちってちょっと日本人っぽいなと思っていた。もしかすると自分と同じようにこちらに呼び出されてしまった人の子孫だったりするんだろうかと想像したところでリカルドのチェックが終わった。
「問題なし。じゃあ家に入ろうか。そろそろお昼ご飯だ」
家の外にもいい匂いが漂ってきているので、そろそろ出来上がるだろうと自分と樹を魔法で綺麗にしていそいそと勝手口から入るリカルド。
その後ろ姿に、ぐーとお腹が鳴った樹もいそいそとついていった。
二人とも完全にシルキーに胃袋(内一体は無いが)を掴まれていた。
〝おかえりなさい。もう少しで出来ますから〟
「ありがとう。皿を――ってもう用意してあるのか」
〝はい、盛り付けるぐらいですから座っていてください〟
はーいとリカルドは返事して言われる通り椅子に座り、樹にもこいこいと手招きして椅子に座らせた。
「樹くん、外に出てないよね」
「外っていうと、この家の外ですか?」
「そうそう。気づまりにならない?」
リカルドに言われて樹は複雑そうな顔をした。
「なんか、こういうと情けないんですけど、ちょっと怖くて……」
「怖い……」
呟いたリカルドは、あぁやっぱりそうだよなぁと反省した。
追われまくっていた樹としては、色を変えたぐらいでは安心出来なかったのだろう。
「この姿なら大丈夫だとはわかっているんですけど、でも俺の顔がわかる奴が来たらと思うと、ちょっと踏ん切りがつかなくて」
せっかく作ってくれたのにすみませんと視線を落とす樹に、リカルドは手を振って気にしないでと言って口元に手を当てた。
(……そうだよなぁ。俺は大丈夫だってわかるけど。樹くんはそうじゃないもんなぁ……。今でも十分逃げられる実力はあると思うけど、その辺を客観的に判断するなんて出来なかったんだよな)
「じゃあ明日の朝、俺と一緒に朝市行こうか。この辺の地理が頭に入ればここまで逃げ帰られるだろう?」
「えっと……見つかっても、ここに戻ってきていいんですか?」
「うん。シルキー、もし樹くんが追われて帰ってきたら二人であの仕事部屋に入って」
〝よろしいのですか?〟
「いいよ。あそこなら安全だから」
グリンモア版リカルドが自分であるとバレてしまうかもしれないが、樹なら無暗に話すような事もしないだろうとリカルドは許可した。
「あの、でも、その場合かなり迷惑をかけると思うんですけど……」
「大丈夫大丈夫。この家強化しとくし、なんなら多少壊れても直せる自信はあるから。樹くんが無事ならそれでいいよ」
気楽に笑って言うリカルドに、樹は初めて出会った時同様じーんとしていた。親でも兄弟でも友人でもない、見ず知らずの自分のためにそこまで言ってくれるリカルドに何か恩返しが出来ればと思うが残念ながら街に出る事すらまだ怖い自分。それでもちょっとずつ前に進んで何か恩返しになるような事を探そうと思った。
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