第14話 魔法訓練と雨乞いの報酬

 午後は魔法の訓練という事で、同じく庭に出て軒先に二人で座った。


「まずは魔法がどういうものか説明するね」

「はい」


 頷く真面目な生徒の樹に、リカルドは虚空検索アカシックレコードで得た知識を語った。


「魔法っていうのは、なんていうのか……願望機みたいなものかな?」

「がんぼうき?」


 オウム返しに言う樹に、願望機を知らないかもしくはこちらの言葉でニュアンスが伝わってないかと考えるリカルド。


「願望機は、なんでも望みを叶えてくれる機械のようなものだね。魔法っていうのは、それに近いんだよ。

 例えばこうして手のひらを上にしていても、手のひらには何も集まらないよね? でも魔力を通して願いを込めると、ひとりでに空気中の水分が集まって――ほら水が溜まった」


 リカルドが見せた手のひらには、小さな水たまりが出来ていた。

 初めて目の当たりにする魔法らしい魔法に、驚いた顔をする樹。追われている最中は追手が何をしているのかよく見る余裕も無かった。


「何でも願いが叶うわけじゃなくて、本来ある現象からかけ離れた事を起こそうと思えば思うほど消費する魔力は大きくなる。例えば何もないところからこの水を創ろうとしたら今消費した魔力の倍以上かかるかな。と言ってもそもそも今使ったのは微量だから、水を創り出す事もそんなに魔力消費はないんだけどね」

「なるほど……」

「あと火の魔法の場合も、大きな火を全て出そうとするより空気中の可燃成分を集めて爆発させた方が効率が良かったり、そういう感じ」


 ふんふんと頷く樹。年頃らしく未知なるものへの興味が出始めたのか、ちょっと目がキラキラしている。


「で、どうやってるかっていうと、魔力を自分の中から引っ張り出して表に押し出す時にイメージを乗せるんだ。何をしたいのか具体的にね。より詳細により強くイメージを魔力に乗せるために詠唱——魔法の言葉を唱える人もいるけど、出来れば何も言わなくても出来た方がいいと思う。ほら、落下してる時に悠長にしゃべれるとは限らないから」


 確かにと頷く樹。

 もう少し詳細に言えば、魔力は自分から離して操作しようと思う程難しく、そしてその技能(高度な魔力操作)が必要な魔法も存在するのだが、水を出すとか火を出すとかそういう簡単な部類のものではそこまで必要ないのでリカルドは省略していた。

 ちなみに、リカルドが本気で水を出そうとすると魔力をあたりに霧散させて影響範囲を広げ周囲一帯から大量の水をかき集める事も可能だ。ただ、そんな事をしなくても無限魔力のおかげで無限に水を生み出す事も可能だが。


「って事で、やってみようか」


 いきなり言われて止まる樹。

 それを見てリカルドは笑い、手のひらに作った水を地面に落としてから樹に差し出した。


「ちょっと手を乗せてくれるかな? いきなり言われても魔力の動かし方なんてわからないだろうから」


 そう言われて、やや緊張しながら樹は自分の手をリカルドの手に乗せた。

 リカルドは息を吐き出して吸うと、意識を集中させた。クシュナにやったように己の魔力をそのまま流さないように変えてごくごく少量を樹の中へと流していき眠って石のようになっている魔力をゆっくりと揺さぶっていく。


 樹は手のひらが暖かくなったのは感じたが、それ以外特に変化はなく真顔で(また表情を作り忘れている)集中しているリカルドを伺い見ていた。

 樹に害を出さないように慎重にゆっくりと作業をしていたリカルドは、外部の刺激情報をほとんど遮断してひたすら集中していた。

 

 一分、二分、五分、十分と時は流れ、それでも動かないリカルドに、段々と申し訳なくなってくる樹。

 十五分は流れようとした時、あっと樹は声を上げそうになった。ぐっと自分の中で何かが揺れ動いたのだ。

 それはさらに揺らめいて、引っ張られるように自分の手に伸ばされ――ポタリ、と重ねた手の上から雫が垂れた。


「……出来たね」


 リカルドは手を放して、ふぅと息を吐いた。

 今まで魔力なんてものに触れてこなかったせいか、まさに岩のように頑固な魔力だった。


「魔力が動く感覚はわかった?」

「は、はい。なんかお腹の底がぐぅって引っ張られるような感じがして」

「たぶん、樹くん一人でやるにはまだ魔力が凝り固まってるから何度か揺らさないと難しいと思う」

「そうなんですか?」

「うん。ちょっと待ってね。またやるから少し休憩させて」


 ふいーと立てた膝に顎を乗せるリカルドに、樹は心配そうな顔をした。

 横目でそれに気づき、リカルドは笑って手を振った。


「あ、別に疲れたわけじゃないよ? こう、小さい針に糸を通し続けてる感じっていうか集中しないといけないから、一度気を抜いて準備してるだけだから」


 それは疲れているって事じゃ?と思う樹だったが、賢く頷くだけに留めておいた。


 ほけーっと力を抜いていたリカルドは、青い空を見上げていた。

 そういやしばらく雨降ってないなぁとぼんやりする事数分、よしやるかとしゃきっとして同じ作業を繰り返した。

 二度目は一度目よりはやや動かしやすく、十回程繰り返したところで樹自身が自分で動かせるようになってきた。だが水を集めるところまでは行かず、魔力を引き出すところまでしか出来なかった。


「焦らなくて大丈夫だから。樹くんはほとんどの魔法に適正があるからちゃんと出来るようになるよ」


 うまく出来なくて凹んでいる樹に気楽に言って、夕方になったので樹を引っ張ってリカルドは家に入った。


「明々後日は用事あるけど明後日までは用事ないから付き合うよ」

「ありがとうございます……」

「ほらほらそんな顔しないで、ごはんはおいしく食べよう?」


 ね?とリカルドが笑っていうと、ちょっと弱弱しいが笑みを浮かべて樹は頷いた。



***


 その日の夜は樹に文字表と練習用の黒板もどきを渡し、いつも通り夜中になると占いの館の準備をして椅子に座って道を繋げるリカルド。


「やあ主、元気だったかい?」


 繋げた瞬間王太子がきて、久しぶりにげんなりするリカルド。もちろん表には出さず変わらぬ微笑みを浮かべているが内面はテンション駄々下がりだった。

 そして王太子の方もいつも通りリカルドが勧める前に目の前の椅子に座って楽し気に手を組んだ。


「ねえ主、昨日主は死霊屋敷に行った?」


 王太子は探るような目をしてリカルドを見ていた。

 リカルドは微笑みを浮かべたまま、知らない単語に素で首を傾げた。


「死霊屋敷というのは?」

「貴族街の中にあるとある屋敷だよ。

 教会の人間も手を焼くような死霊がいて、周囲に影響が出ないよう聖結界で閉じてたんだけどギルドの冒険者がどうやらそれを解決したらしいんだ」


 そこまで言われて、ようやくあれかと思い至るリカルド。


「神官長でも浄化出来ないって言われてたんだけどねぇ……何かの間違いかと思ったんだけど、実際すごい光を放っていたという証言もあるし、ギルドの方も確認したって言ってるから事実みたいでさ」


 王太子は組んでいた手を崩して頬杖をついた。


「という事で、主がやったのかなぁって」


 なんでそこでそうなる、と思うリカルド。


「あそこってクレディンス侯爵のものでね、先々代の当主の弟が死霊術に失敗してあんな事になっちゃって結構いろんなところから叩かれてて、彼かなり喜んで解決してくれた相手に会いたがってるんだ。ギルドの方は冒険者の所在を把握してなくって明日、いや明後日だったかな。その日にやってくるのを待っているみたいなんだけど」


 クレディンス?アレオッティじゃないの?と思うリカルドだが、まあそこはいいかと流す。問題は会いたいとか言ってる事だ。


「そうなのですか」

「……会うの?」

「さあ。その方が会おうと思えばそうなるのではないでしょうか」


 面倒なので会いたくないなぁと思いながら、素知らぬ振りをして返すリカルド。


「私も同席してみようかな?」

「その冒険者に会ってみたいのですか?」

「うん。とても」


 笑顔で言われて、(気分的に)頭が痛くなるリカルド。


「よろしいのではないでしょうか。お会いしてみては」


 リカルドが全く表情を変えず微笑みのまま言ったので、ふぅんと王太子は胡乱な眼差しになった。


「ま、急に会おうと思ってもいろいろ手続きがいるから難しいんだけどね」


 諦めたように言う王太子に、内心ほっとするリカルド。この腹黒王太子に日本製リカルドで会ったら同一人物だとばれそうで怖かった。

 今でこそ道を制限して夜中に占いをしているので人が集まり過ぎるという事になっていないが、占いをしている事がばれたら日中に集られて日常生活に支障をきたしそうだった。そのぐらい当初の勢いはすごかった。


「ま、それは余談だからわりとどうでもいいんだけどね。

 最近雨が降らないんだけど雨がいつ降るかわかったりしない?」


 さらっと本題に入る王太子に、一瞬乗り遅れるリカルドだったが時を止めて虚空検索アカシックレコードで調べると、あと一週間は降らない事がわかった。さらに言えば、水不足気味な事もわかってしまった。


「あと一週間程は降らないようです」


 リカルドの言葉に思わずと言った様子で視線を上にあげる王太子。


「一週間か……ダムの方も水位が下がってるし……最悪魔導士を向かわせて……持つか?」


 今年は豊作は厳しいかもしれないとなると、とぶつぶつと呟き始めた。

 しばらく一人で考え込んだかと思うと、やおら顔を上げてリカルドをじっと見る王太子。

 

「ねえ主、まさかだけど雨乞いの枝とか作れたりする?」


 なにそれ。と思い、また時を止めて確認するリカルド。

 雨乞いの枝というのは周辺から水気を引き寄せ上空に上げる事で雲を生み出し雨を降らせるというちょっと大がかりな魔道具だった。

 材料は取りに行けば作れるが、これは作らない方がいいなと思うリカルド。


「その魔道具はお勧めしません」

「……作れるんだ」


 呆れともつかない感嘆を述べる王太子をリカルドは無視して説明した。


「雨乞いの枝はどの程度の雨を降らせるか調整が効きません。

 もともとの天候の影響も受けますから、三日三晩雨が降り続くという可能性もありますし、わずかな雨が降った後にさらに長く日照りが続くという可能性もあります」


 真面目な説明に、王太子は少し肩を落とした。


「伝説の魔道具も万能というわけでは無いのだね……」


 肩を落としたまま目を閉じそのまま王太子は考え込んだ。


「……このままだと作物の価格は上昇するし、民の生活を圧迫してしまうのは確実か……飢饉にでもなれば影響はグリンモアだけに留まらなくなる……国庫をいくらか解放して調整するにしてもどこまで抑えられるか……諸侯に借りを作る事になるが背に腹は代えられないか」

「ディアードでは気候を魔法で変えているようですが、その技術を応用しては?」


 ぶつぶつ言い出した王太子にリカルドが提案してみると、王太子は苦笑した。


「それは秘匿技術だよ。ディアードが外に出すわけがない」


 あれ秘匿技術だったんだと思うリカルド。結構原始的な方法でやってるんだけどなぁと思ったが、ディアードとグリンモアでは揃えている魔導士の数が桁違いなので、確かに真似るのは難しいかもと思い直した。


「ねえ主、主は雨を降らせられない?」

「………」


 ちょっと投げやりに笑いながら言った王太子に、リカルドは束の間沈黙してしまった。


「……え、ちょっとまって。何その沈黙。まさか出来るの?」


 返答につまったリカルドを見て、引き気味に聞く王太子。

 聞いといてなんだその態度はとちょっとむっとするリカルド。


「可能か不可能かと聞かれれば、可能となりますが」

「えー……冗談で聞いたんだけど」


 はっきりとリカルドが答えると王太子は頬を引き攣らせたが、すぐに持ち直して姿勢を正した。


「じゃあちょっと真面目にお話しよう。

 雨を降らせられるって、どのくらい? 小雨とかそういう事?」

「…………いえ、雨雲を作る事は比較的容易に出来るとは思います」


 少し考えてリカルドは答えた。


、って事は何か問題が?」

「おそらく、雨雲を作って降らせる方法だとかなり調整が難しくなります。具体的に言うと先ほどの雨乞いの枝と同じような状況ですね。風の流れの影響も受けますし、それによっては集中豪雨が発生する可能性もあります」

「それはあまり良くないね……一度に降ると地盤がゆるくなって災害が起きやすくなる」

「はい。なので雨雲を作るのではなく、直接雨粒を空に作って落とす方が安全ではないかと思うのです」

「それは……そうかもしれないが」


 リカルドが言っている事は、魔導士が水を作り出す魔法で如雨露のように直接グリンモアの国土に水を撒いていこうと言っているようなものだ。

 とても魔力が足りるものではないし、本気で水不足を解決するほどの水を生み出そうというのならとんでもない量の魔力を必要とする事は魔導士でない王太子でも簡単に想像がついた。


「……主にはそれが出来ると?」

「さすがにグリンモア全体に一度に落とす事は調整する意味でも無理ですが、地方ごとにならなんとか可能かと。ですので一晩でというのは無理です。数日にわけて実施する必要がありますし、私も集中しないと出来ないので人の居ない夜間のみという事になりますが」

「なるほど、そうなんだね」


 落ち着いた様子で頷く王太子だったが、非常識な回答に内心では少々混乱していた。それでも王太子はこの国の王太子だった。


「わかった。いくら積めばいい?」


 ひたりとリカルドの目を見据えて尋ねる王太子。

 いつものふざけた様子は見られず透き通ったエメラルドの瞳には為政者の気迫がある。


「……」


 対するリカルドは困っていた。

 金を貰ってもいいのだろうが、中途半端な額を言ったらそれはそれで問題な気もするし、かといって貸し一つねでは済まされない気配を感じた。事実そうなのだが。


 困って困って時を止めて助けて虚空検索アカシックレコード~と泣きつくリカルド。だが虚空検索アカシックレコードはあくまでもリカルドの疑問に該当する答えを提示するだけで、曖昧検索をすると無限に近い回答を送り返してくる。


 早速一回パーンしてちょっと冷静になるリカルド。

 とりあえず、王太子が納得する答えはなんだろうと調べると、お金の場合だと数千万クルから数十億クルで、他には土地の権利とか王家に伝わる国宝の下賜だったりでリカルドには荷が重すぎるものばかりだった。

 

 うーんうーんと悩んで、リカルドはふと閃いた。

 今現在住んでいる家を土地ごと貰えるんじゃないか。と。

 だがそれをしてしまうと占いをしている自分とリカルドが結び付けられてしまう。それはまずいよなと思う反面、いやいけるかもと思い始める。

 別個人だと認識されればいいわけで、多少目をつけられたとしても日本版リカルドが街中で占いを強いられ集られる事がなければ普通に生活は出来るのだ。


 早速リカルドは虚空検索アカシックレコードで想定問答集を作成し、対策を練った。

 学生の頃の試験対策並みに頑張ってリカルドは調べまくり、時々パーンしながらも作り上げて一息いれてから時を戻した。


「それでは、ある土地とそこに建てられたものをいただけますか?」

「土地と、建物? どのあたりだい?」


 土地と聞いた時点で、領土かと一瞬考え警戒した王太子だったが続く建物の言葉にどうやら願われている土地が随分と小さい事を察した。


「王都の西町にある一軒家です」

「……一軒家?」


 何を企んでいるのだという雰囲気で聞き返す王太子を、リカルドは変わらぬ微笑みを浮かべて向かい受ける。想定問答集で答えはバッチリだ。


「実は今、そこに私の兄弟子のような存在が住んでおりまして。仮住まいとして借りているのですが少々腰を落ち着かせて旅暮らしを止めさせたいと考えておりました」

「兄弟子?」


 リカルドは虚空検索アカシックレコードを師として魔法を習得した。そして先に外見が完成したのは日本版リカルドの方なので兄弟子。グリンモア版リカルドはその後なので弟弟子。と、リカルドはそういう解釈にした。

 慎重にリカルドの表情を探っている王太子に、リカルドはくすりと笑みを零して見せた。


「さきほどお客様が言われた冒険者ですよ」

「……死霊屋敷の冒険者」

「ええ。少々抜けたところがある人ですが、だからといって取り込むのはお勧めしません。私以上に自分に素直な人ですから」

 

 いつもの微笑みに戻ってリカルドが釘をさすと、王太子は少し考えてから笑って頷いた。


「そういう事なら、わかったよ。主も敵に回したくないしね」


 とか言いながら間接的な接触はしてくるかもなと思うリカルド。虚空検索アカシックレコードでもその傾向は見られたのだが、占いをしているリカルドが釘をさせば直接的な事はしないと判明していたので問題はない。


「具体的な家の位置を教えてくれるかい? 間違った場所を押さえたら目も当てられないからね」

「朝市が立つ大麦通りの西隣りの通りにある、南から三軒目の生垣に覆われた家です。土地の権利は兄弟子に渡してください」

「兄弟子殿の名前は?」

「リカルドです」

「主の名前は?」

「それは今回不要かと。権利は兄弟子のものですから記載する名前もそちらで事足りる筈です」


 王太子は笑みを強めた。


「やっぱり教えてくれないかぁ……残念。

 じゃあ土地の権利がリカルド殿に渡ったら、水をお願い出来るかな?」

「いえ、それは今晩からとりかかりましょう。お客様ならば違える事はないでしょうから。ひとまず水が不足している地域から巡りますので、しばらくこちらの占いは休業させていただきます」

「地域を指定しようと思ったのだけど……主を信用する事にするよ」

「十全に、というよりは現状を維持できる程度に留めるよう努めます。過ぎるよりは悪影響が無いでしょうから。不足があればまた再開した時にでもおっしゃってください」

「わかった。よろしく頼む」


 そこだけは真面目な顔をして頭を下げる王太子に、なんだかんだ腹黒だけどちゃんとした為政者なんだよなぁと思うリカルドも、承りましたと頭を静かに下げた。


 王太子がそれはそれ、これはこれと代金の300クル置いて帰った直後、リカルドはすぐに店へと繋がる道を閉ざし虚空検索で対象の地域の選別にかかった。

 とりあえず先に既に水不足に片足突っ込んでいる地域を割り出して、闇夜に同化するよう黒いローブを出して頭からすっぽりと被り飛んだ。


 転移した場所でリカルドは空へと浮かび、細かい雨粒を大量に生みだして順繰り落としていった。約二時間程そうしてからその地方のダムへと行き、そちらへは直接水を注ぎこむ。

 そこからまた別のところへと転移して同様の作業を行いまた別のところへと転移し、という事を三か所ほど川の増水や地盤のゆるみが酷くならないように監視しつつ続けていった。

 

「あー…………疲れた」


 夜明け前に日本版リカルドになって戻ってくると、リカルドは深々とソファに沈み込んだ。毎度の事ながら体力魔力は平気なのだが、精神的に疲労していた。災害を起こさないように監視しつつというのが非常に面倒だった。


〝お疲れ様です。遅かったですね〟


 暖かい紅茶とクレープよりもしっかりした生地で、ナッツを砕いて混ぜたリコッタチーズを巻いたものをリカルドの前に出すシルキー。


「ありがとぅ」


 ありがたやありがたやと両手で拝みながらいただくリカルドに、シルキーはくすくすと笑った。


「今日はさ、ちょっと水を撒いてっていうか、もうほとんど雨になるのか。それを降らせてきたんだ」


〝雨ですか。そういえばここのところ降っていませんでしたね〟


「うん。それで水不足を心配したお客さんがいてね、ちょっと取引して雨を降らせる事になったんだ」


〝それで遅かったのですね〟


「そうなんだ。あと三、四日はこんな感じになるんじゃないかなぁ。なるべく早く終わらせたいけど、ドバッて落として水害起こすわけにもいかないしさ。これおいしいね、チーズだけどさっぱりしてる」

 

 もぐもぐお菓子を食べながら言うリカルドに、シルキーはちょっと嬉しそうに微笑んだ。


〝脂肪分の少ないチーズですから、重たくならないのですよ〟


「へ~」


 リカルドは全部平らげるとシルキーにお礼を言って、そのままソファにごろりと横になった。

 寝る必要はないのだが、何をする気にもなれずそのまま目を閉じているとシルキーが薄手の毛布をそっと掛けてくれて、何だかくすぐったい気持ちになるリカルド。


「ありがとシルキー」


〝おやすみなさい。リカルド様〟


 シルキーはリカルドが睡眠を必要としていない事を知っている筈だがそう言って下がった。

 そのシルキーの言葉が何故だかとても嬉しくて、リカルドは内心小さく笑っていた。

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