第13話 元凶の封印と勇者の身体能力

 ギルドを出たリカルドはふーと息を吐いて切り替えた。

 とりあえず依頼は受けて完了させたので、しばらくギルドの依頼は受けなくていいだろうと前向きに考え家へと足を向けた。が、


(あーもう今度はなんだよ……)


 何やら視線を感じてリカルドは内心ため息をついた。

 伺うような様子を見ているような、複数の視線を感じてさっきギルドでやらかしたせいかと思ったが、何やら変だった。

 細い路地に入ってみると、連携がとれた動きでリカルドを包囲するように位置を取っている。いくらギルドを騒がしたと言っても、監視程度ならまだしも、何か仕掛けてくるような動きをしているのはさすがに変だとリカルドも思った。

 その場で時を止め、相手が何者なのか虚空検索アカシックレコードで確認して納得した。


「樹くんの追手かぁ。なるほど。俺も黒い髪に黒い目だから。

 歳も背丈も違うんだが……グリンモアに配置してた人間に急遽連絡して追わせているから詳細が伝わってないのか」


 うーん。と、その場でどうするか腕を組み考えるリカルド。

 ここで争ったり、どこか違う所へ飛ばしてしまうとリカルドも目をつけられてしまう。そうなると一緒に暮らしている樹にすぐにたどり着いてしまうだろう。

 そうなっては面倒だし、なによりこのままそれらを放置していてはいつか樹が見つかって面倒な事になってしまう。


「ちょっと記憶を操作するか」


 もう一度虚空検索アカシックレコードで樹を追っている相手を特定すると、すたすたと歩いていき町民に成りすました男二人と女一人の記憶を改変した。

 目標はこの街を出てさらに南下したという記憶にしたところでリカルドは場所を移動し時間停止を解いた。


「考えてみればディアードってまた召喚をやりかねないんだよな……」


 執拗に追いかけてくる現状に、その可能性に思い至ったリカルドはもう一度時を止めて虚空検索アカシックレコードで確認しディアードへと飛んだ。

 南の国と違って、ディアードは深い雪に包まれた国。魔法によって人が住む地の気候を安定させているまさに魔法大国であったが、自慢の魔族を寄せ付けない特殊な防壁とうたっている魔法防壁もリカルドには意味をなさなかった。


 普通に王宮に入りこんだリカルドはその奥の一室、絢爛豪華な部屋で寛いでいるまだ年若い金髪の男の前にいた。

 微笑めば多くの女性を虜にしそうな美貌であったが、その顔はどちらかというと嗜虐的というか見下すというか、そんな感じで従僕と思われる男を跪かせ見下ろしていた。


「いたいた。こいつだこいつ。元凶」


 どういう状況なのか全く興味のないリカルドは男に近づくと、さらっと魔力封印を施した。


「よし。これでオッケー。んじゃ戻ろ」


 用事を済ませるとそのままグリンモアの家の前まで戻るリカルド。

 先ほどの男はディアード王国の公爵家次男でその高い魔力と魔法を扱うセンスから大魔導士と呼ばれており、少々手がつけられない気ままで粗暴なところがあるがディアードの最終兵器でもあった。

 その最終兵器を使い物にならなくしたリカルドなのだが、ディアード周辺国のパワーバランスなど興味がある筈もなく、呑気に家のドアを開いた。


〝おかえりなさい〟


「ただいま~」


 癒しのシルキーを見ていろいろと肩の力が抜けるリカルド。


「おかえりなさい、リカルドさん」

「あ、起きてたんだ樹くん。ただいま」


 居間のソファから立ち上がった樹に座って座ってと手で促しリカルドも向かいの一人掛けの椅子に座った。


「調子はどう?」

「はい。ゆっくり休ませてもらったので大丈夫です」


 頷く樹に、リカルドはシルキーの方を見た。


〝胃の調子も問題なさそうです。普通のお食事で大丈夫だと思いますよ〟


「そっか。それは良かった。じゃあちょっと話をしようか。きっと気になってると思うし」


 リカルドの言葉で、地球へと帰る事だと気づき背筋を正す樹。


「えーと、まずこちら側からあちら側に道を繋げる方法はある。あるんだけど、実は向こうのどこに繋げられるかわからないんだ。

 さすがに海の中とか宇宙空間とか、そういうところには出ないようにする予定らしいけど、空中にでちゃったりとか砂漠に出たりとか山の中に出たりとか、そういう可能性は潰せないって。

 だから向こうに出た時、環境に対応できるようにする事が、樹くんが準備しないといけない事になる」


 樹は真剣な表情で、けれど少し不安そうなまま頷いた。


「それに関してはそこまで心配する必要はないんだけど、その理由がちょっとね……樹くんはこちらに来るときに誰かに会った?」

「誰か? ……いえ、足元がいきなり無くなって気が付いたらこちらに居ました」


(あの管理者みたいなのは接触してないのか)


「そっか……その、言いにくいんだけど、今、樹くんを鑑定すると種族のところが人間ではなくなっているんだ」

「……?」


 意味が理解できないのか首を傾げる樹に、リカルドは種族勇者の話をした。

 それからディアードが何を考えて樹に対して何をしようとしていたのかも伝えると、どんどん樹は蒼褪めていってしまった。

 様子を見ていたシルキーが暖かい飲み物を出したが、それにも気づいていない様子で自分の手を見つめている。


「……俺、奴隷にされそうだったんですか……人間じゃないから……人間じゃ」


 ぽつりと二度零す樹に、リカルドは努めて冷静な声音で説明した。


「人間と同様の人体構造してるし、生命維持の方法や感情に関しても同じだからほとんど人と同じだよ。違うところは肉体と精神の強度と、各種魔法適正が高いってところぐらいだから。向こうに戻っても普通に生活出来る筈だよ」

「元に戻れたりは……」


 顔を上げた樹に、リカルドは心苦しくなりながら首を横に振った。


「出来ない。というよりそれをしてしまうと向こうに戻った時の安全が確保出来ないんだ。どこに出てしまうかわからないから、その能力を維持したまま戻らないと危険すぎて」


 リカルドの言葉に、樹は目を伏せて静かに「そうですか」と呟いた。

 異能を喜ぶタイプなら受け入れやすかっただろうが、残念ながら樹はそれとは違うタイプだったようで人間ではないと言われた事がショックだったようだ。


「大丈夫だよ。樹くんより上位の存在に鑑定で調べられない限り種族なんてわからないし、ちょっと力持ちだなぐらいにしか思われないから。ちゃんと生殖行為も問題なく出来るし」

「……せっ!?」


 フォローするつもりで言ったリカルドの言葉に遅れて反応した樹。

 あげた顔がみるみる赤くなり、うろうろと視線が彷徨ってシルキーを見てさらに彷徨った。


「あぁうん。子供つくれるから安心して。別にその子が種族勇者になるとかってないから。種族勇者ってのは一代限りの限定能力みたいなものだからね」

「え、あ、こど、も……」


 と言いながら目の前にあった紅茶を一気飲みする樹。


「なんていうか、人の兄弟みたいな種族だから。ベースは人間だから」

「は、い。えーと、はい。すみません。大丈夫です、はい」


 はいはい言いながら空のカップを弄りまわす樹。

 大丈夫かな?と思いつつ、顔色は悪くなかったのでリカルドは話を進めた。


「話を戻すけど、そういう事情なわけだから樹くんにはしばらく身体能力の向上と魔法の練習をやってもらう予定なんだ」

「わ、わかりました」


 と頷いて、首を傾げる樹。


「筋トレとかしたらいいんですか?」

「最初はそうだね。どのぐらいの事が出来るのか自分で確認するところからだね。

 そのうちサバイバルの訓練もしないといけないから採取とか討伐系も出来るようにしよう」


 言いながらリカルドは自分が教える事は無理だなと思っていた。

 知識として伝える事は可能だが、血が駄目なので十中八九役に立たなくなる。


「しばらくは午前中に運動して午後に魔法の練習をしようか。魔法なら教えられると思うし」

「わかりました。よろしくお願いします」

「うん。じゃ晩御飯にしよう。シルキーお願い」


〝キッチンに用意していますが、こちらで召し上がられますか?〟


「それならそっちにいこう。ありがとね」


 いいえと微笑むシルキー。いつもの柔らかな空気にリカルドも樹も癒されながらキッチンへと移動した。



***


 その夜、リカルドはいつものように占いの館を開いて訪れる客の相談に耳を傾けていた。


「もうね、娘が何を考えているのかわからないんですよ。小さい頃はお父さんお父さんって可愛かったのに、年頃になったら煩いとか臭いとか言って……」


 リカルドの目の前でおいおいと泣くのは、花屋のおやじだ。

 今年16歳になる娘がいて、その娘が最近彼氏を作ったらしいと相談しているのだが最初は酔っぱらった状態で路地裏から入り込んできたので大変だった。

 とりあえず解毒の魔法で酒を抜いて、占いの館だと説明したところでおやじは聞いてくださいよぉとそのまま怒涛の勢いでしゃべり倒している。


 今日はもうこれで潰れるかもなと思いながらリカルドは、黙って微笑みを浮かべたままうんうんと聞いている。


「あなたは独り身ですか?」


 唐突に聞かれてリカルドは目を瞬かせた。


「私ですか? そうですよ」

「じゃあ伝わらないかなぁ……」


 ぐでーんとテーブルに突っ伏す男に、面倒だなぁと思いつつ付き合うリカルド。脳裏には職場の上司の顔が浮かんでいた。娘を溺愛していて、5歳になった頃に「お父さん臭い、こないで」と言われて落ち込みまくり職場でもどんよりしていた。


「まぁ……そうですね。私には誕生日を祝ってくれる相手もいませんからね」


 リカルドは一人暮らしをしていたので、毎年一人でコンビニのケーキを買って食べていた。母親からは誕生日だねと連絡は入るが、大人になって誕生日プレゼントなんてある筈も無く、自分へのご褒美で二次元の彼女を増産するぐらいだった。


「………そう……ですか。悪い事を言っちゃいましたね……」


 過去を思い出してむなしくなっていたリカルドは、目の前の男に意識を戻すと何やら憐れまれていた。


「そうですよね、俺は幸せ者なんですよね……すいません、しょうもない話をしてしまって……」


 リカルドの回想もかなりしょうもなかったのだが、誤解をしている男はしきりに謝って、大した相談もせずに代金を払って行ってしまった。


「……いやまぁ確かに今は天涯孤独の身ではあるんだけども、なんか釈然としない」


 そんな大層な過去は背負ってないんだがと微妙な思いで呟くリカルド。

 その後暇な時間は樹に教える魔法をリスト化しながら、訪れる客の相談にのり夜明け前に店を閉めた。

 今日は花屋のおやじが一番面倒でわけがわからなかったなぁと思いながら日本版リカルドになって上へと戻った。


〝お疲れ様です〟


 白豆を煮て白パンで包んだグリンモアの軽食と、ハーブティを貰ってはふーと寛ぐリカルド。

 それから日が昇りかけてきたところでシルキーにメモを貰って籠を手に取り朝市へと出かける。いつものルーチンで野菜や卵、肉を買っていくのだが肉屋のところで若干挙動不審になるリカルド。

 ご機嫌の奥さんを視界に入れるのがなんだか恥ずかしいような複雑な気分で、それでも何とか挨拶して燻製肉と豚肉と鶏肉を殺菌作用のある葉に包んでもらい早々に退散した。


(あー肉屋に行き辛い。冷凍庫とかあったら買いだめ出来るんだけどなぁ……今あるのは冷暗庫だけだし……いってしまえばあれって野菜室みたいなもんだし……作るか。冷凍庫)


 やろうと思えば時間停止させる特殊な魔道具も作れるリカルドだが、そこまで考えが至らず普通に地球での便利な機器の模倣に思考が傾いていた。

 そうして家に戻りシルキーに籠を渡して、そのまま一緒にキッチンについていくリカルド。


〝どうかされましたか?〟


「ちょっとね、食材を冷やしておくものを作ろうと思って」


〝冷暗庫の事ですか?〟


 今あるのは、箱の中に冷気を発する魔道具を入れてあるだけの代物だ。

 それよりももうちょっと強いものを作ろうと思うリカルドは曖昧に答えてキッチンの片隅でシルキーの邪魔にならないように作業を開始した。


「あ、おはようございます。こっちだったんですか」

「おはよ~」


 樹が起きると、いつも居間で会うリカルドがいなくて、気配がするキッチンを覗くとそこでリカルドは四角い赤銅色のそこそこ大きな箱物を抱えてえっちらおっちら何かをしていた。

 シルキーも樹も気づいていないが、その赤銅色の物体はヒヒイロカネで出来ている。そしてその内側にはミスリルを薄くして張り付けてある。とりあえず手元にある材料で~とヒヒイロカネを断熱材代わりに、ミスリルを高熱伝導率物体として作り出したリカルドだが、とんでもない伝説級の食材保管庫を作ろうとしている馬鹿である。


「何をしてるんです?」


 キッチンに不釣り合いな無骨な胴の塊にも見えるそれに、樹は近づきながら訪ねた。


「ちょっとね~、冷暗庫よりもう少し冷気が強いものを作ろうと思って」


 これでいいかな?と言いながらリカルドは元々ある冷暗庫の横に作ったばかりの伝説級物体を設置した。

 そして魔力を込めると、ぱかりと上につけた蓋を開けてみるリカルド。


「……うん。ちゃんと冷気出てるな。

 シルキー、こっちの冷暗庫、氷が出来るぐらい冷えるから肉とかの生ものの保存に使えるよ」


〝まぁ、氷が出来るのですか?〟


 驚いて料理の手を止めるシルキーに、うんと頷くリカルド。


「内側に冷気を出す板があって、表面に保護材を張ってるけど冷えすぎるかもしれないから注意してね」


〝わかりました〟


「……冷凍庫?」


 後ろで見ていた樹が呟いたので、ちょうどいいとリカルドはその言葉を貰った。


「そうだね、凍らせるものだから冷凍庫って名前にしようか」

「え? あ、いえ名前というか」


 採用されると思ってなかった樹は慌てたが、まぁまぁとリカルドは流してシルキーを手伝い朝ごはんをテーブルに並べた。

 ふわふわのスクランブルエッグに葉野菜の付け合わせ、野菜と鶏肉のスープにパンというシンプルなものだ。ただ、グリンモアの朝食としてはしっかりしたもので、一般的な家ではビスケットと飲み物だけとか、パンと飲み物だけとかが多い。


「今日は俺時間があるから、樹くんがどこまで出来るか一緒に見るよ」

「いいんですか?」


 朝ごはんを食べながらその日の予定を話すリカルド。


「リカルドさんの仕事に影響とか……」

「ないない。俺、ギルドに登録してるけど長期間かかるような依頼は受けないし、他からの依頼も当日で終わるやつだから」

「そうなんですか……あの、俺も働いた方が」

「平気平気。子供一人ぐらい養えるから気にしないで」


 本当にいざとなれば王太子に霊薬エリクサー売りつければ大丈夫だしと頭の中で皮算用するリカルド。

 でも、と言葉を探す樹にリカルドは微笑んだ。それはいつもの微笑みではなく、樹を安心させるための笑みで少しだけ優しかった。


「不安なら、いろいろ鍛えてからギルドに登録して依頼を受けてみる?」


 そのうちサバイバルに耐えれるようにしないといけないので、そっちで誰か紹介してもらって教えてもらうのもありだなと考えるリカルド。


「はい! あ、でも文字書けないですけど……」

「大丈夫、書けなくても登録できるから。まぁ出来た方がいいけど……名前とか、簡単な文字を練習してみる?」

「いいですか?」

「いいよ。後で文字表と練習板渡すね」


 自分が使っていた文字練習用の黒板もどきを渡そうと思うリカルド。

 朝食を食べ終えると後片付けをシルキーにお願いして、庭に二人で出る。

 樹はこちらのゴムを使わない服や、革靴に慣れたのか特におかしなところは見られず、動きやすいように袖まくりをしていた。


「じゃあちょっと腕立て伏せしてみようか」

「はい!」


 元気よく返事をしてその場に手をつき、腕立て伏せを始める樹。

 樹はここへとたどり着くまでに必死で駆け抜けてきたので自分が異常な体力や筋力を持っている自覚が無かった。

 全て火事場の馬鹿力だと思っていたので、余裕で腕立て伏せをこなしていくうちにあれ?とようやく思い始めていた。


 無言で回数を数えていたリカルド。それを二百程数えたところで、腕立て伏せをしていた樹が戸惑いの声をあげた。


「あの、全然平気で出来るんですけど……これ、どこまでやったらいいですか?」

「どのぐらい出来そう?」

「……正直わかりません。今のところ疲れた感覚もないので」

「そっか。じゃあちょっと重しを乗せるよ? きつかったら言ってね」

「はい」


 リカルドは樹の背にペラペラのタオルを乗せて、それに重力魔法を掛けた。

 まずは五キロと弱めに設定して様子を見るが、樹の腕はまったくブレなかった。


「重くしていくから気をつけてね」

「はい」


 六キロ、七キロ、八キロ、九キロ、十キロと、少しずつ重くしていきそれが百キロを超えたところでようやく樹が反応した。


「子供を乗せてる感じですね。まだいけます」


 なるほどと思うリカルド。

 樹のステータスは以下の通り。


------

ひいらぎいつき

種族 勇者

HP 682/682

MP 84/84

STR 101

VIT 134

DEX 119

AGI 158

INT 71

LUK 21

スキル 怪力 Lv1

    俊足 Lv1

------


 普通の人間の場合、STRは成人男性で50前後、VITは40前後。HPも100前後なので、今の時点でもかなりの力を有している。


「ちなみに、今何キロ乗ってると思う?」

「十キロぐらいですか?」

「外れ~。今は百四十キロだよ」

「え?!」


 驚いて思わず腕立て伏せが止まる樹。


「そのぐらい今の樹くんって怪力なんだよ。ご飯食べる時とか、生活の中ではうまく調整出来てるから幸いだったね。じゃ上に乗せてるの取るよ」


 運動の目的は樹に自覚させる事なので、そこで重力魔法を解いてタオルを取るリカルド。それから呆然としている樹の前にしゃがんで、ぽんぽんと肩を叩いた。


「大丈夫大丈夫。こっちの世界には、そのぐらいのステータスの人間いるから。

 昨日も樹くんより上のステータスの人いたし」


 と言いながら赤い髪をした大男を思い出すリカルド。冷静になって振り返ると、イライラして突っかかってちょっと悪かったなと思っている。


「そうなんですか……すごいですね、こちらの世界の人って」

「うん。だから気にしないで利用できる力は利用しよう?」

「はい」


 それからリカルドは樹が自分の身体能力がどの程度上がっているのかを自覚できるように、パルクールのように木の上に登らせたり、屋根へ飛び移らせたりいろいろとやってみた。

 最初は戸惑っていた樹だったが、驚くほど自由に動ける身体に徐々に楽しくなったのか最後にはリカルドと追いかけっこをして笑っていた。


「リカルドさん早いですね」

「はっはっは。年の功だよ少年」


 結局リカルドを捕まえられなくて座り込んだ樹に、年甲斐もなく一緒にはしゃいで逃げたリカルドは意味もなく胸を張った。


〝リカルド様、イツキさん、お昼ご飯できましたよ〟


 シルキーが声を掛けてきたので、リカルドは自分と樹を魔法で綺麗にして家へと入った。


「午後は魔法の練習ですよね?」

「うん、最低水と火と風…または、重力魔法は覚えないとね」


 キッチンに入ると、テーブルには平べったい麺のタリアテッレでミートソースのパスタと、シャキシャキとした水菜と細く刻んだ根菜に小さく刻んだ燻製肉が混ぜてあるサラダ。上からバルサミコ酢のドレッシングが掛けられていた。

 二人とも椅子に座ると手を合わせ食べ始め、安定の美味しさにニコニコした。


「リカルドさん、さっきの魔法の話ですけど。

 水と火はサバイバルで使うからわかるんですが、風か重力っていうのはどうしてです?」


 キャンプを思い浮かべながら先ほどの会話で疑問に思った事を樹は聞いた。


「あぁそれは出たところが空中だったら不味いでしょ?

 飛ぶ方法を持ってないと落ちちゃうよ。まぁ肉体強度的にある程度の高さでも平気だとは思うけど」

「なるほど……その可能性がありましたね」


 頷き、そのまま、ん?と首を傾げる樹。


「でも向こうで魔法って使えるんですか? 魔法使える人なんて向こうに居ないんですが」

「使えるよ。樹くんの中にある魔力を糧としているからね」

「じゃあ俺、向こうで初めての魔法使いになるのかな?」

「んーどうかなぁ。樹くんは魔法使える人はいないって言ってるけど、実はいたりするかもしれないよ?」


 嘘である。断定していないので厳密には嘘ではないが、限りなく嘘である。

 リカルドは虚空検索アカシックレコードで地球に樹が戻った場合、きちんと魔法を使って身を守る事が出来るのか、種族勇者の能力がそのままなのか確認した。その時に地球には魔法というものが無い事は判明していたのだ。


「ひょっとしたら、俺みたいな人もいるかもしれませんもんね……」


 その人も苦労しただろうなぁと呟く樹に、そうだろうねぇと相槌を打つリカルド。

 自分一人だけじゃないと思うと気の持ちようも違うので、敢えてリカルドは誤解させていた。


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