第11話 転がり込んできたのは勇者だった

 この王太子の事だから、恙無くさくさくこなしているんだろうなーと気楽に見ていったリカルドだったのだが、見ていくうちに段々と王太子が気の毒になっていった。


(なんか、えらく殺されそうになってるんだけど……何で? 第二王子は排除したんじゃないの?)


 調べてみれば第二王子は確かに幽閉されていた。だが、王に近しい血族が他に居ないのでもしもの時に、その血を残すためだけに生かされているらしい事がわかった。そしてその状態でもどうにか第一王子を排除出来ないかと画策しているしぶとい貴族がいる事も。


 穏やかなグリンモアはどこいったと思うのは二度目だが、リカルドは根本的に勘違いをしている。

 この世界で謀殺はごく当たり前に行われている事柄で、グリンモアもその例外ではないというだけだった。

 平和な日本でのほほんと暮らしてきたリカルドからは理解し難いが、気になって他国の様子も調べてようやくその辺りの事を理解していった。


(……なんていうか……人の国もデンジャラスな感じなのね)


 そうは言っても魔族領のように、出会って知らない奴なら即戦闘、知ってる奴でも挨拶代わりに戦闘という事にはならないので平民でいる限り影響はない。


(仕事自体は問題なさそうな様子なんだけど……)


 複数の未来をざっと見たリカルドは唸った。

 仕事よりもむしろ健康面の方が心配になってきて、勝手にそちら方面の確認をしていくリカルド。そして意外にも王太子が胃痛持ちである事を知った。


(腹黒そうに見えて、実は結構ストレス抱えてたんだなぁ……)


 何か胃薬になるようなものあったっけと、手持ちのアイテムで差し入れ出来そうなものが無いかと調べるリカルド。

 余っていた聖樹の雫と葉で回復アイテムが作れる事がわかりサクッと作って時間停止効果をつけた小さなガラス瓶に入れて封をした。胃痛には少々効能が良すぎるものではあるが、大は小を兼ねるというし、いざという時に使ってもらってもいいかとリカルドは思った。


 ちなみに今回はきちんと価格も確認した。世に出せば数百万クルになる代物だったが元々がタダで手に入れたものであるし、ついさきほど比べ物にならないものをあげたばかりなので、誤差の範囲だろうとリカルドは軽く考えている。


「仕事運はこれまでと変わらず良くも悪くも無いようです。それから良ければどうぞ、差し入れです」


 リカルドは時を戻し、また後ろから出す振りをして先ほど作った小瓶を出した。

 王太子は出された小瓶を見て、それからリカルドを見た。


「確認しても?」

「どうぞ」


 再び無骨な皮の手袋をして片眼鏡をつけた王太子は、香水入れのような小さなそれを手に取りそして脱力した。


「主、これが何かわかってる?」

霊薬エリクサーです」


 しっかり答えるリカルドに、「わかってるのかー」とため息をつく王太子。

 それからスっと真剣な表情になってリカルドを見た。


「ちなみにこれを差し入れられるって事は、私は近い将来死にかけるということ?」

「いえ。胃痛で大変そうでしたので」


 真剣な面持ちで問いかける王太子に、リカルドも至極真面目に答えた。


「……いつう?」


 オウム返しに呟いた王太子。しばしその意味を考えるように固まった。


(あぁ、霊薬エリクサーの効能のせいで胃痛に繋がらないのか。そりゃまあ普通に考えて胃痛に最高級回復薬を使う奴はいないもんな)


「手持ちの中で胃痛に効きそうなものがそれしかなかったのです。元手は掛かっていませんから気にせずどうぞ」


 リカルドが再度説明すると、王太子は頭が痛そう額に手を当てた。


「……胃痛に効きそうなものがこれしかない事を疑問に思えばいいのか、元手が掛かっていないという事に驚けばいいのか」


 王太子は長い溜息を吐くと、小瓶を懐にしまった。


「ありがたくいただくよ。胃痛に使うかは、ちょっと……わからないけど」

「それはご自由に。ただ、出来ればお客様に使っていただきたいとは思いますが」


 他の人にあげたり売ったりされたらさすがにちょっと傷つくと思ってリカルドが言えば、王太子は苦笑して頷いた。


「主の好意でもらったものを勝手にどうこうはしないよ」


 さて、そろそろお暇するかなと王太子は立ち上がり、いつも通りお金を置いて出ていった。心なしその背が疲れているようであったが、リカルドは全く気が付かなかった。王太子が転送されたのを確認して、ふぅと息を吐く。


「……上に立つのって命がけなのかぁ」


 魔族の場合はどこでも命がけなのだが、すっかり自分がリッチである事を忘れて呟くリカルドだった。


 それからは札で転送されてくる普通のお客を二人程相手にした。そのうち一人は肉屋の奥さんだったりするのだが、旦那さんとのあれこれを赤裸々に相談されてどうしようかとても困ってしまった。とりあえず夫婦円満になる方向性で助言したので肉屋は安泰だと思われたが、リカルドとしては今度肉屋に行った時にすごく居た堪れない気持ちになりそうだった。


 そろそろ夜も明けてくるかなと思い、リカルドが店を閉めようとした時だった。

 バサッと勢いよく幕が捲られて転がり込むように人が入ってきた。


 また血濡れの人間か!と、咄嗟に距離を取るリカルドだったが相手は四つん這いの状態から顔を上げて驚いたようにきょろきょろと天幕の中を見回していた。

 匂いからも血は感じられなかったが、薄汚れた身形と焦った様子からして何かしらの事情持ちである事はすぐにわかった。

 と言っても、事情持ちであろうとなかろうとここでリカルドがやる事は変わらない。


「ようこそ占いの館へ、今宵はどのようなご相談でしょう」


 垂れ幕の影からそっと出て椅子に座り直し、何事も無かったかのようにリカルドは聞いた。何気にリカルドはこの定型文を気に入っているし、占いを数多くする内にここに来た者であれば客を選ばないというポリシーみたいなものが出来つつあった。


 声をかけられた相手、十代中程と思われる少年はびっくりしたようにリカルドを見た。

 髪の毛は土埃やらなんやらで汚れているがおそらく黒。そしてその目も日本版リカルドと同じ黒だった。なかなかグリンモアではお目に掛かれない配色に外国の人間かとすっかりグリンモアの人間の気持ちで眺めるリカルド。


「え…あ……え?」


 さっぱり状況がわかっていないらしい少年は、その場に手をついたままだった。

 まだ大人になりきっていない、ともすれば幼いとも言える顔立ちの少年がその状態でいるのは心理的に負担なのでリカルドはどうぞと椅子を促した。


「え…っと、占い? 館?」

「はい。ここで占いをしております」


 ふらふらと立ち上がる少年に再度椅子を勧めると、少年はハッとしたように後ろを振り向いて、それから焦ったようにリカルドに近づいた。


「あ、あの! 俺追われてて、ちょっと隠れさせてもらおうと思ったんです。すみません!」


(うん?)


 リカルドは首を傾げ、そのまま時を止めた。

 どういう状況なのだろうと虚空検索アカシックレコードで調べると、驚愕の事実が判明した。


 目の前の少年の名は、ひいらぎいつき。まごう事無き日本人だった。

 転生している侯爵令嬢とは違う。魂引っこ抜かれてリッチにされたリカルドとももちろん違う。少年は身体まるごとこちらに転移してきているのだ。


 管理者アレの仕業かと思ったリカルドだが、原因は違った。

 誰の仕業かといったら、それは北の魔法大国ディアードに所属する魔導士だった。


 北の魔法大国では南方の魔族領と接する事はないが、魔導士団を支援として南方に派遣しており昨今魔族が騒がしいと感じ何らかの対策が必要と考えていたのだ。ちなみに異世界人は召喚の際に特殊な力を得る事が多く、戦力としてどの国からも非常に有望視されている。

 但し、この異世界人召喚は国際法で禁止されている。

 過去に召喚した異世界人がめっぽう強かったので、各国がこぞって召喚を行う召喚祭りが起き、その結果あっちもこっちもドンパチしまくって挙句の果てに召喚した相手に国を滅ぼされるところまで出たのだ。

 その時は、いくら異世界人といえどこちらの都合で拐ってきた者を戦略兵器として扱うのは如何なものかという聖人ぶった論法が成され禁止されるに至ったのだが、実情としては過ぎた戦力で自滅を防ぐためだった。


 今回ディアードが国際法を破ってまで召喚したのは、ひとえに一部の魔導士の暴走によるものだったが、不運にも召喚されてしまったこの少年の種族のところが勇者となっていたため『勇者だったら強いよな? じゃあ召喚しちまったものはしょうがねぇしなぁ。げへへ』とばかりに対魔族戦での切り札とされてしまった。

 表向き彼はディアードの国民とされたがその裏で隷属の魔法を掛けられそうになり、やばげな空気を察して強化された身体能力をフルに使って逃げ出して逃げて逃げて途中親切な人に助けられたりして、わずか二日程でここまで南下してきたようだった。


「……あれ? 勇者って事は、時を止めてるのばれる?」


 ふと思い出してリカルドは少年をもう一度見たが、焦った顔のまま固まっており反応らしきものは見られなかった。


「シルキーみたいに時を戻した時に違和感を覚えるのかな?」


 まぁそれぐらいなら大丈夫かなと、少年の追手がどこにいるのか続けて調べてみる。追手は道を繋げている路地の近くに居たが見失っているようだったので、そのままでいいかととりあえず放置。


「んー……ディアードの暴走に巻き込まれた被害者だとは思うんだけども。

 しかし種族勇者って……」


 そこは種族人間じゃないの?と思い、勇者についても調べてみるリカルド。


 この世界における勇者というのは、魔族領に存在する王級の魔族に匹敵する戦闘能力を有する者の事で、種族勇者とはまた異なる称号のようなものだった。

 では種族勇者とは何ぞやという事なのだが、大昔一番最初に呼ばれた勇者というのがこの種族勇者というものであったようだ。現在の称号勇者はこの種族名からとられているようで、人間より格段に強靭な肉体と精神を持つ、人に近い姿の生き物という事だった。そしてその初代勇者も異世界人。


 初代と少年の場合、世界を渡る際に例のあの管理者のような存在が介入して存在値を上乗せされて種族が変わってしまったらしい。

 あいつ碌な事しねぇなと毒づきながらますます悩みが増えるリカルド。


 自分と直接関係のある人間ではないし、下手すれば自分が討伐されそうな気もした。放っておけばいいと言えば放っておけばいいのだが、どうしても最後の砦日本人的倫理観がリカルドを悩ませた。

 もう一度改めて少年を見れば、顔色は悪くぼさぼさの頭でぶかぶかの服を折って無理やり着ており、身形に気を遣う余裕などない様子。改めて見てしまうと駄目だった。


 内心しかめっ面のまま一通り調べたい事を調べて、途中ひさしぶりにパーンしながら情報を集めて唸りまくり、とりあえずの方針を打ち出した。


「どうぞお座りください」

「あの、でも近くまで来てるので迷惑を――」


 時を戻して言うリカルドに、違和感を覚えた様子はなく焦ったような様子のままの少年。


「大丈夫です。ここは普通の空間とは異なり、お客様を招いた時点で他の方が入れないように出来ています。私の許可なしに誰も入ってくる事は出来ませんから安心してください」


 少年はぽかんとした顔をリカルドに向けた。


「えっ……と。占い師さん、ですよね?」

「はい。最近このグリンモアで開店しましたが、何かと物騒なので自衛する力ぐらいはあるのですよ」


 自衛どころか一国を余裕で滅ぼす力を持っているリッチだが、そんな事はわざわざ言わない。


「そう……なんですか。なら、良かった」


 やっとほっとしたのか、力を抜いて椅子にぽすんと座る少年。椅子に座るとさらに小さく見えてしまった。


「ところでお客様はこちらの世界の方ではないようですが」


 リカルドが水を向けると少年は息を呑んだ。今までそれを見抜いた者はただの一人も居なかったので、純粋に驚いていた。


「わ、わかるんですか?」

「こういう商売をしておりますから。随分と苦労されたようですね」


 本当に、少年はリカルドから見ても苦労をしていた。

 リカルドの場合は衣食住の全てが不要な存在だが、少年はその全てが必要な存在だ。その上で雪がちらつくディアードから着の身着のまま南へと走り、途中旅の商人夫婦に服と食料を恵んで貰うまで雪を食べ、その辺に生えている葉や果物っぽいものを食べ、食べた植物の毒に苦しみながらも追手から身を隠し、何とか別の国に辿り着いても身を立てる方法がわからず、さらに追われて川の水を飲み魚を捕まえたはいいが火が起こせず生で食べ、とにかくまぁ苦労していた。おそらく種族勇者でなかったら心も身体も無事ではなかっただろう内容であった。

 いつもの微笑みのまま、声音だけは本当に労わるようにリカルドが言うと、少年の目にじわじわと涙が溢れてきた。


「っ……っ……俺っ、あのっ……っ」

「少しここでお待ちいただけますか? すぐに戻ります」


 言いたい事があるのにうまく言えない様子でつっかえる少年に言い置いて、リカルドは垂れ幕の影に隠れて居間に転移した。


「シルキー? いる?」


〝はい、ここです。珍しいですねそちらのお姿で戻られるのは〟


 声をかけるとキッチンから紅茶とイチジクとクリームチーズのパイを持ってシルキーが現れた。


「まだ接客中なんだけど、丁度良かった。それ、お客さんに出してもいいかな?」


〝はい。構いませんよ。お持ちいたしましょうか?〟


「ううん。俺が持っていくから。ありがとう。

 それと、ひょっとすると居候が一人出来るかもしれない」


 シルキーからトレイごと一式受け取って言えば、シルキーは小首を傾げた。


〝居候ですか?〟


「そうなんだ。ちょっと気の毒だったからさ。彼ならまだ間に合うと思っちゃって……。あ、そうそう、もしここに連れてくるとしたら、今の俺と黒い髪の俺は別人として説明するから」


〝別人ですか? わかりました。お名前はどうしましょう?〟


「黒い髪の方をリカルドでいいよ。今の俺は名無しか、館の主でいいかな」


〝承知いたしました。空いているお部屋を準備していてもよろしいでしょうか?〟


「うん。助かる。もし来なかったらその時はごめんね」


〝いいえ。全てのお部屋は掃除しておりますから、大したことではありませんよ。

 お客人は女性でしょうか、男性でしょうか?〟


「男の子。15歳で、背はこのくらいかな。黒い髪と黒い目の子だよ」


〝承知いたしました。リカルド様、少々リネンの類が不足するかもしれません〟


「あーそっか。俺ほとんど使わないしね」


 シルキーに指摘されて、日常生活で風呂に入る事もないリカルドは参ったなと呟いた。


「って事はあれだ、水回りも整えとかないとだな。最悪トイレは今やらないと」


〝トイレはほぼ使用可能な状態ですよ〟


「そうなの?」


〝はい。洗浄の魔道具が壊れているので、本来は拭き葉を使いますが現在は間に合わせで古紙を置いています〟


「そうなんだ。取り合えず仕事が終わったら先にそれを直すよ。

 ありがとねシルキー」


 シルキーは柔らかな笑みで首を横に振った。

 リカルドはシルキーに感謝しながら地下に転移した。そうして戻ると、ちょっと不安そうな少年が待っていた。


「お待たせしました」


 カチャンと紅茶とパイの乗った皿とフォークを並べ、無言で汚れを落とす魔法を少年に施すリカルド。

 少年は自分に魔法が使われた事も気づいてない様子で、戸惑った顔でリカルドと出された物を見比べていた。


「お腹が空いていると考える気力も出ないでしょう。食べてみてください。おいしいですよ」

「でも……その、すみません俺お金が」


 お腹が空いているだろうに項垂れてそんな事を言う少年に、表情を苦笑に変えるリカルド。

 少年はここに来るまで、お腹が空いていても店の物を盗んだりしていなかった。生き抜くために多少の犯罪は侵してもおかしくないのに、素直というか両親の教育の賜物というか、本人の人の良さが出てしまったというか、とにかく不器用だなとリカルドは思う。


「大丈夫です。これはサービスですから」


 少年が顔を上げてリカルドを見た。その顔はいいの?と言っていて、リカルドが頷くといただきますと手を合わせ勢いよく食べ始めた。


「……お……おいひい……」


(そうだろうそうだろう。シルキーの料理は本当おいしいからな)


 ぽろぽろ泣きながら食べる少年を黙って眺めるリカルド。

 あっという間に平らげた少年は紅茶を飲み干し、少しだけ落ち着いたようだった。


「お客様はディアード王国によってこの世界へと連れてこられたようですね」


 一息ついただろうと思ってリカルドが話し始めると、少年は背筋を正した。


「は、はい。そこまでわかるんですか……すごいですねこの世界の占いって。……魔法があるぐらいだから、占いも魔法なのかな……?」


 後半の呟きは聞こえなかった振りをして、リカルドは話を続けた。


「お客様はこの世界で異世界人を召喚するのは国際法違反だとご存知でしょうか?」

「……え? 国際法?? 違反??」

 

 目を点にする少年。異世界に国際法とか違反だとか、そういう向こうの世界に通じるような制度があると思っていなかった。


「はい。国際法違反です。表向きは誘拐と変わりない行為を非人道的と非難した結果ですが、戦闘力が高い異世界人によって自滅する国が出ないようにするための措置ですね」

「は、はぁ……」

「ディアード王国はあなたを召喚した時点で国際法違反になります。他国にその事を訴えれば、そう簡単にディアードはあなたに手が出せなくなりますよ」


 少年はハッとしたようにリカルドを見た。しかしすぐに眉を寄せて首を横に振った。


「すみません。俺、異世界人っていう証拠になるようなもの何も持ってないです。こっちに来た時に着ていた服とか持ってたものとか、全部取り上げられて……」


 悔しそうに俯く少年に、そうだろうなぁと思うリカルド。過去を覗いてもその辺はしっかりと対策をされている様子であった。

 現在ディアードはこの少年を罪人として追っているが、他国に対して協力要請まではしていない。事が知られれば面倒になるのは明白なので、内々に連れ戻す算段だ。


 まぁいろいろと気になる事はあるリカルドだったが、とりあえず一番重要な事を聞いてみる事にした。


「お客様はどうしたいですか?」

「……どうしたい?」


 リカルドに聞かれて俯いた顔を上げる少年。


「他国に亡命して身の安全を自由と引き換えに得るのか、それとも力を得てディアードに仕返しをするのか、それともずっと隠れて逃げ続けるのか。目先の事だけ考えるとこのようなものが浮かびますが、もう少し先の事です」

「もう少し、先」

「お客様はこの世界で生きていくおつもりでしょうか?」


 一拍置いて、リカルドの言葉の意味を理解し大きく目を見開く少年。


「そ、れは…でも、あいつら戻れないって」

「普通の魔導士には困難でしょう。あちらからこちらへは道を繋げやすいのですが、逆は随分と難しいので」


 少年の素性を知ってリカルドは地球へと少年を送り返してやる事が出来ないか調べたのだ。そのせいでパーンとなったが、それでも段階的に情報を引き出してそれは可能であると結論を出した。

 無限魔力を持っているリカルドでも条件が必要な程で、簡単な事ではなかったが不可能ではなかった事にこっそり安堵していた。


「戻れるんですか……?」


 どこか信じきれない様子で尋ねる少年に、リカルドは微笑みを浮かべて頷いた。


「すぐに、とはいかないですが。お客様にも準備していただかなくてはいけませんし――」

「お、俺! 何でもします!」


 勢い込んで言う少年に内心苦笑するリカルド。


(何でもしますは駄目だろう……気持ちはわかるけどな)


 リカルドは戻ったところで存在が消えてしまっているので戸籍すらない。だがこの少年はまだ戻れる。種族勇者となってしまっているが、それでもまだ人の社会で生きていけるのだ。


「何でもしますは、この世界では言ってはいけませんよ。魔法で絡めとられてしまうかもしれません」

「あっ、えっと……」


 ディアードで魔導士達に取り囲まれて威圧されながら隷属魔法を掛けられた時の事を思い出したのか、言葉に詰まる少年。隷属魔法と知らなかったが、やけに言質を取ろうとしていた事が引っかかって、それで逃げ出したのだ。


「すみません。でも俺何も持ってなくて」

「大丈夫です。これから持てばいいのですから。

 ある方にあなたを匿ってもらいますので、彼から今後の具体的な事を聞いてください」

「わかりました」


 しっかりと少年が頷いたのを見て、リカルドは時を止めた。

 そして日本版リカルドになって一緒に居間へと転移した。

 

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