第9話 続けてヒロイン―—ってもう勘弁して

 王太子に侯爵令嬢と、疲れる相手を立て続けに相手にして大分ぐったりしてきたリカルド。

 もう少しして誰も来なかったら今日は早々に閉めようと思った時だった。

 ぱさりと天幕が動いて路地裏からの客がやってきた。


「ようこそ占いの館――へ。今宵はどのようなご相談でしょう」


 一瞬、定型文を噛みそうになったリカルド。

 それもそのはず、路地裏から入ってきたのはヒロインだった。


 何故、目の前にヒロインがいるのだろうか。

 リカルドは微笑みで固定した顔のまま、意識を飛ばしそうになっていた。


「あの、人を探しているんです」


 機会的に椅子を勧めたリカルドに従って、恐る恐る座ったクシュナはそう言った。

 こっそり抜け出してきたせいだろうか。服装は暗闇に紛れやすい地味な色合いで、髪も一つに縛って薄茶の布地で覆っている。


「人探しって占いで出来ますか?」

「はい。可能ですよ」


 とりあえずさっさと調べてさっさとお帰り頂こうとリカルドは微笑みのまま頷いた。


「良かった。あの、探しているのは男の人で、黒い髪で黒い目の、たぶん外国の方だと思うんですけど……」


(……もしかして、俺?)


 と思ったリカルドだが、たったそれだけの情報では該当する人間がかなりいるかと思い直す。


「数日前、追われているところを助けてもらった人なんです。

 それだけじゃなくて魔法を教えてくれて。あ、そうです。その人回復魔法が凄く上手で、聖魔法も使えるんだと思います」


(俺かなぁ……)


 さすがにそこまで聞くと自分以外にはないかと思うリカルド。


「ひょっとしたら教会の人かもしれないんですけど、それとなく聞いてみてもそんな人知らないみたいで、でも無詠唱で一瞬で回復魔法使っていたからかなり高位の使い手の筈で」


 矢継ぎ早に情報を出してくるクシュナに、リカルドはどうしたものかと悩んだ。


「お客様はその方を探し出されてどうされるのでしょうか?」

「え? ……えーと……ちゃんとお礼をしていないので、お礼がしたくて。その方のおかげでなんとか今の生活にも慣れる事が出来そうなんです。……それにハンカチも返さないといけないし……」


 ちょっと頬を染めて言うクシュナに、おいおいおいと思うリカルド。


(まさかの俺にフラグが立った……?!)


 一応リカルドは年齢=彼女いない歴ではあるが、重度の鈍感ではない。人の感情の機微をそこそこ察する事が出来るので、ある程度コミュ力が必要な占いなんかもやっていけているのだが、そこは割愛する。


 ちょっと初めての経験に微笑みの下で荒ぶる気持ちをなんとか宥めるリカルド。

 残念ながらそこに『お前リッチだぞ』と突っ込む者はおらず、(気分的に)ドキドキするリッチが出来上がってしまった。


(い、いや、ちょっと落ち着こう。すごく照れるが、ちょっと嬉しかったりするが、ちょっと落ち着こう。あ、でも、どうしよう。デートとかって出来たりするのかな……まだ街の様子とか全然みれてないしデートスポットとか知らないし)


 完全に暴走思考のリカルドだったが、目の前で「お礼って言っても大した事は出来ないんですけど……」とごにょごにょ言ってるクシュナを見て、理性が働いた。


(この子、15歳だっけ)


 リカルドは29歳。犯罪臭が自分でもするリカルドだった。


(その前に俺リッチだわ……)


 冷静になったところで、なんとか肝心なところを思い出すリカルド。

 悲しみに暮れつつも、穏便に済ませる方法はと思考を巡らせて口を開いた。


「その方は確かに外国から来られたようですね」

「やっぱり外国の人だったんですね。髪が黒いからそうだと思いました」

「女性の方と暮らしておられるようです」

「お、んなの人?」


 大きな目をさらに大きくしたクシュナに、リカルドは頷く。


「周りには奥様と紹介しているようです」

「おくさん……そっか。奥さんがいるんだ……じゃあ何か女の人が喜びそうなものをお礼に渡した方がいいですかね」


 うん?と内心首を傾げるリカルド。


「すごく優しい人だったから、奥さんがいるって聞いても納得です。どこにいるんです?」


 あれ?と思うリカルド。

 さっき頬を染めたのは恋とかそんな甘酸っぱいものではない感じですか?と聞きたいけど聞けないリカルド。

 虚空検索アカシックレコードで調べたら、容量オーバーにならなくても恥ずかしい現実にパーンしそうだった。


「……南通りの近くに出る朝市によく行かれているようですよ」


 その辺をゴロゴロと転がって恥ずかしさにのたうち回りたいのを堪えてリカルドは答えた。


「そこ! 最初に会ったところです! そっか、あそこに行けばいいんだ。えっと次、街に出れるのは七日後だからそれまでに準備するとして……

 あ、ありがとうございます。お代は300クルですよね」


 クシュナはぶつぶつ呟きだしたが、はっとしてお金をリカルドに手渡し、跳ねるようにして出て言った。


「………ぅおー」


 リカルドはテーブルに突っ伏して恥ずかしさに呻いた。


 実際のところ、クシュナの方は恋と自覚していないだけでその兆候はあったのだが、奥さん発言で穏便に済ませるというリカルドの目論見通りフラグはきちんと折れていた。目論んだくせにリカルドが察せてないだけで。


「もう店じまいにしよ」


 ぼそりと呟いてリカルドは道を閉ざし、日本版リカルドに戻って階段を上った。

 居間のソファに座るといつものようにシルキーが紅茶とアップルパイを出してくれて、ありがたくいただく。

 やっぱりシルキーが一番だよと、二股男のような事を考えるリカルド。


「あ、そうだシルキー」


〝はい?〟


 キッチンから顔だけ覗かせたシルキーにリカルドは空間の狭間に仕舞っていた、手のひらサイズの小さな鳥のようなものを出した。


「これ、防犯装置なんだけど動かしてもいいかな?」


 シルキーは目を瞬かせて居間の方に来てリカルドの手のひらの上で動かない雀のようなそれをじっと見た。


〝魔道具ですか?〟


「そう。この家にいた人が設計したものなんだけど、この家に近づく人間に反応して映像を記録してくれるんだ」


 ここのところちまちまと修復していた敷地内に敷き詰められた装置の、効果範囲内で起動する監視用魔道具だ。


〝なにか気を付ける事はありますか?〟


「ううん。特になにも。呼べば来るけどそれ以外は屋根の上とかにいるだけだから。メンテナンスも俺がするし」


〝でしたら私は大丈夫ですよ〟


「了解」


 リカルドは雀の形をしたそれに魔力を流して起動した。

 チチチと鳴いて起きたそれはパタパタとリカルドの手のひらから窓枠に飛び移った。


「あ、ちょっとまって」


 窓を開けてなかったので立ち上がって窓を開けてやると外へと飛び出した。


〝生きているみたいですね〟


「うん。かなり腕がいい人だったみたい。手記の内容見る限り偏屈っぽいけどね。

 あとはトカゲ型とモグラ型と、クラゲ型があるんだけど、それはそのうちかな」


 窓を開けたまま外の月を見上げ、うーんと伸びをするリカルド。


「あ、そうだ。明日の朝ちょっと出かけてくるよ。昼には戻れると思う」


〝でしたら何か包みましょうか?〟


「それも嬉しいけど、やっぱりこの家でシルキーと寛ぎたいから戻ってくるよ」


〝わかりました。それではお昼ご飯を作ってお待ちしていますね〟


 ありがととリカルドは言って窓を閉め、シルキーが整えてくれた自室へと戻った。


「血縁関係を証明する魔道具に必要なものは、聖樹の雫にミスリルにヒヒイロカネ。それから地竜の血と、風竜の血……血かぁ……」


 指折り数え、血のところでため息が出た。けれどしょうがないと準備を始める。

 血や雫を入れる特殊なガラス瓶を土魔法と光魔法を合わせて作成し空間の狭間に放り込み、それから魔道具の設計図とも言える回路の部分を紙の上に正確に書き出していく。最終的にはそれをミスリルの回路板に転写して組み込むのだが、元となる紙にも正確に書かないと全てが駄目になってしまうので慎重だ。

 一メートル四方の紙を十枚、立体設計になるように細工しながら書き込んでようやく終わった時にはすっかり夜は明けていた。


「うわっもう朝か……」


 どっぷり集中していたリカルドは慌てて部屋を出て、居間に行くとシルキーが朝ごはんを用意してくれていた。

 ふわふわの白いパンに半熟のスクランブルエッグにカリカリのベーコン。ジャガイモのポタージュと本日もがっちりリカルドの胃袋(無い)は掴まれた。


 急いで食べるのはもったいなくて、しっかり味わってから慌ただしくリカルドは居間から転移で目的の土地へと飛んだ。


 そして飛ぶ前に時を止めておくのを忘れていて、慌てて止める。

 焦るリカルドの目の前には、大きな鼻息を立てる目を閉じた三階建ての民家ぐらいでっかい茶色いトカゲがいた。

 ごつごつした質感のアカメカブトトカゲをとんでもなく大きくしたような見た目で、視線を横へとずらすと、少し距離を開けて同じように伏せて目を閉じている同じような個体がいくつも見える。


 そこはとある山脈の地下空洞に広がる世界最大の地竜の巣だった。

 さっそく素材の一つ、地竜の血をいただきにきたリカルドは空間の狭間からガラス瓶を取り出して、それから地竜の腹の下に近づいた。


「一瞬でいくぞ、一瞬。サッとやってスッととってチャッと治してさようなら。大した量じゃない。ちょっとだけだ。大丈夫。いちにのさんでやるぞ……」


 ふーと息を吐いて、ガラス瓶を竜の皮膚の一番柔らかいところ、わき腹の部分に合わせて気持ちを整え魔力を練る。

 虚空検索アカシックレコードによれば、竜の皮膚は生半可な攻撃は弾いてしまうとあった。特に地竜は一番固いので、リカルドも本気だ。失敗して地竜に暴れられるのも大変だし、何度も血を取るという行為をしたくない。


「ごめんなさい。ちょっと血をわけてください。

 いくぞ――いち、にの……さん!」


 時間停止を解除すると同時に渾身の風魔法を叩きこんだリカルド。

 その瞬間、スパッと皮膚が切れるはずが、ズバッとものすごい裂傷が地竜の腹に刻まれドバっとガラスどころか頭から血を浴びるリカルド。コンマ数秒後、寝ていた地竜がカッと目を見開いて痛みに咆哮をあげた瞬間、リカルドは我に返って治癒を施し飛んだ。


 地竜の巣からかなり離れた山脈の麓に転移したリカルドは血に濡れながら震える手でガラス瓶に封をして空間の狭間に仕舞い、以前王太子の近衛が血濡れで店に来た時に使用した汚れを消す魔法を自分に掛けた。


 そうして綺麗になったところで、地面に蹲った。


「うぅ……」


 むせ返るような血を浴びて大ダメージだった。朝食は魔力として変換しているので吐くものなどないのだが、気持ち悪さに撃沈した。


「そうか……無限魔力。魔力を練り過ぎたんだ……」


 とんでもない威力になった魔法の原因に思い当たりよろよろと身体を起こすリカルド。

 この世界での無限魔力というギフトは、リカルドが思っている以上に凶悪なしろものである。種族自体は王級と呼ばれる魔族達に劣るものの、それを補って余りある力があるのだ。もしこれが少しでも自己顕示欲を持った人間が手にしていれば、状勢は大きく変わっていただろう。


 しばらくリカルドは長閑な森の中をぼーっと見ていたが、ぽつりとつぶやいた。


「あともう一体、やらないとだめだよな……」


 さすがに今度は手加減をするつもりだったが、かといって手加減し過ぎて傷をつけられないとそれはそれで面倒な事になる。


「断面思いっきり見ちゃった…………どっかに風竜の血が落ちてないかな」


 落ちているわけがない。

 泣き言を呟くリカルドだったが、なんとかお昼ご飯までに戻ろうとシルキーの顔を思い浮かべて立ち上がった。

 風竜のところでも同じような作業を行ったので割愛するが、そちらでもそこそこの血を被りついでに地竜よりも反応の早かった風竜の尾によって吹っ飛ばされた事を記しておく。


「ぅぅ……なんでこんな目に……」


 吹っ飛ばされながらもガラス瓶は死守していたリカルドは何とか封をして空間の狭間に仕舞った。

 これもあれも全部王太子が侯爵令嬢の手綱を握ってないせいだと責任転嫁するリカルド。誰のせいかという話をするなら魔道具の話を出したリカルドのせいだが、そこは見ないふりをしていた。


「えーっと、あとは……聖樹の雫にミスリルとヒヒイロカネ。こっちは大丈夫か」


 はふっと息を吐き出し、何とか切り替えて時を止め聖樹がある大陸北西部の大森林へと飛んだ。


 緑が一段と深い森の中へと飛んできたリカルド。

 と言っても熱帯雨林のような緑でむせ返るという感じの場所ではなく、広葉樹が大きく枝を伸ばしながらも地表に木漏れ日が降り注ぐような、どこかカナダの森を彷彿とさせる場所だった。

 さて、聖樹は~と、辺りを見回したリカルドは、ほのかに明滅している周囲の植物にあれ?と首を傾げた。

 時間停止している筈なのだが、なぜ動きがあるのだろうかと疑問に思って調べると精霊が宿っている事がわかった。


「そっか。妖精の国だけど、精霊の国でもあるんだな……」


 赤や黄色、青やオレンジなど淡いパステル色に明滅する森の風景にしばし魅入っていたリカルド。


「あ。もしかして聖樹も精霊が宿ってる?」


 素材がどこにあるのかは確認していたが、それ以上調べていなかったリカルド。その可能性に気づいて調べると、案の定というか聖樹は意志のある精霊が宿っている樹だった。ついでに、それが妖精族、いわゆる耳長族エルフと呼ばれる種族のご神木のような扱いになっている事もわかった。


「……うーん。まずいかなぁ」


 まずいかまずくないかで言うと、非常にまずい事をしそうになっているリカルド。

 妖精族は死ぬと精霊となって木に宿ると言い伝えられており、その宿った木を聖樹と言って大切に守っている。

 聖樹関係の素材を手に入れようと思ったらまず耳長族エルフに申し入れをして、人間社会では法外とも言える物資との交換の末にようやく、という手順が必要となる。従って人間の世界では王だとしてもおいそれと手にする事は出来ない超希少素材だ。


 うーん。うーん。と考えたリカルドは、その聖樹に宿っている精霊について虚空検索アカシックレコードで調べてみた。すると、意外とフレンドリーな性格なようで頼めばくれる事が判明した。

 何のことはない。聖樹の精霊は耳長族エルフとは何の関係もなく、ただ時を経て存在が大きくなった精霊が仮住まいとして宿っているに過ぎなかった。

 そうは言っても耳長族エルフに無断でとなると信仰の対象を傷つけられたと大激怒間違いなしなので、このまま時間を止めて行くしかない。ただ、それでも時間を止めている事に違和感を抱く者が出るので、事が終わったら速やかに撤退してしばらく寄り付かないようにした方が無難だった。


 リカルドは後ろを振り向いて、ひと際大きな縄文杉のような木を見上げた。

 それが聖樹なのだが、時を止めたままでも会話が出来るだろうかと考え、試しに声をかけてみた。


「あのー、ちょっとお話いいでしょうか?」


 リカルドが声を掛けると、大きな木の幹がぼんやりと光って木の葉一枚一枚が存在感を増した。

 あ、これ行ける奴だなとリカルドが思った時、音ではなく頭に直接思念が伝わった。


〝なんでしょー? リッチがこんなところにいるなんて珍しいねー〟


 事前情報通り随分と軽い調子で、ちょっとほっとするリカルド。


「実は聖樹の雫というものが欲しくて来たんですけど、分けて頂けないかと思いまして」


〝しずく? いいけど、代わりに何か面白い話をしてほしいな〟


「面白い話……」


 無茶ぶりきた。と思うリカルド。

 うー。あー。と悩み、そうだ虚空検索アカシックレコードだ!と見てみれば自分の境遇をただ語るだけで良かった事が判明。

 俺の経緯面白いの?となるリカルドだったがそれでいいのならと、腑に落ちないまま、かくかくしかじかと異なる世界から魂引っこ抜かれてやってきたあれやこれやを話した。


〝へ~。それは初めて聞くなぁ。管理者なんてもの感じた事なかったけど……まだまだ知らない事があったとはね~。でも災難だったね〟


「いや本当にそうなんですよ。移住ってあったのに、こんなのになっちゃってるし……向こうは存在している位相が違うから腹が立っても何も出来ないし……」


〝あははは。すごいね、同じ位相なら何かするんだ?〟


「出来るなら。何も言わずに勝手に引っこ抜いて配達させたんですから、そのぐらいのアフターケアがあってもいいじゃないかと思うんです」


〝なるほどね~君の精神はしっかりとリッチになっているんだね〟


「え?」


〝だって普通の人間なら怖がるとこだと思うよ? 恐怖が薄いんじゃないのかな〟


「………ええ? いや、でも未だに血は駄目だし心霊系駄目だし、人間相手でも怖い事ありますけど……」


〝そうなんだ~。じゃあ中途半端なんだね~〟


 中途半端と言われて、何となく傷つくリカルド。難しい年頃(生後数か月)のリッチである。


〝面白かったから約束通りあげようか〟


「あ、これに入れて欲しいです」


 目的だった物を言われて慌ててガラス瓶を出すリカルド。


〝それに入れるの? じゃあもう少し前に出して〟


「こうですか?」


 リカルドは一歩前に出た。


〝そうそう、そのまま時を流してね〟


 リカルドは動かないように気をつけて時を戻した。

 時が流れ始めた瞬間、上からストンと瓶の中に金色のこぶし大の雫が落ちて納まった。さらにどさどさっ!とリカルドの後ろに何かが落ちて来た。

 何だ?と振り向けばかなり太い枝や葉が多くくっついている枝がいくつも落ちていた。上を見れば、いくつかの枝が折れているのが見えた。


 咄嗟に時を止めたリカルドは辺りを見回した。幸い、聖樹は神聖なものとして扱われているので耳長族エルフの集落は離れたところにある。近くにいる様な気配は無かった。


〝耳長がそれもよく欲しがるんだ。ついでにあげるよ。だからまた面白い話をしにきて欲しいな〟


 もし見つかったらめっちゃ怒られるよな。と思いつつ、内心引き攣りながら落ちて来た枝や葉をガラス瓶と一緒に空間の狭間に仕舞って礼を言ってリカルドは転移した。

 転移して人の国へと戻ったリカルドは山中で座りこみ、心臓(無い)に悪かったと胸を抑えた。


 その後、ミスリルとヒヒイロカネは普通に採掘(環境的に人間が採掘するのは不可能な場所)をして戻ったリカルドは、シルキーが用意してくれたお昼ご飯に癒された。

 オーソドックスなミートパイと、芽キャベツと人参のサラダにトマトとほうれん草のコンソメスープ。苦手なトマトもあのジュルジュルを感じずどれも優しい味わいで幸せな気持ちにさせてくれるものだった。


 午前中の苦行で痛めつけられた精神を復活させ、リカルドはさっそく部屋にこもって魔道具製作に取り掛かった。

 まずはミスリルを人間用に変えた魔力でこねこねとこねて伸ばし不純物を取り除く。その次に苦労して採取した地竜と風竜の血を一定の割合で聖樹の雫に合わせ、薄く正八面体に伸ばしたミスリルの外側に回路の設計図を転写させ、さらに内側にも縦軸と横軸二つに転写してから、転写した部分に血と雫で出来た赤いインクを流し込む。


 全て流し込み、回路に定着させた後は圧縮し手のひらサイズのサイコロのような見た目となった。

 最後は不純物を取り除いたヒヒイロカネでそれを覆い杯の形へと整形し台座の部分と杯の中の一点だけ露出させた。


「………っ出来た」


 ぶっ続けで作業を行っていたが、外はすっかり日が暮れて真夜中を回っていた。

 途中シルキーが部屋の前まで来ていたが、中の様子を察して音を立てないように静かにしていた。

 そんな事は知らないリカルドは出来上がった喜びと達成感で、魔道具を空間の狭間に仕舞うと使用頻度の低いベッドに倒れこんだ。


「あー…疲れた。もう魔道具作るとか言うのは止めよ。趣味でやるのはいいけど仕事となるときついわ」


 しばらくベッドでごろごろしていたリカルドだが、シルキーに何も言わずずっと作業していた事に気づいて慌てて部屋を飛び出していった。

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