第7話 後始末で疲れた後にデジャヴ

 飛んだ先はどこかの城館だった。

 使われていないのか手入れされておらず城壁はところどころ崩れているようだったが、リカルドは構わず転移で中へと入った。

 城主の寝室と思われる大きな部屋には、そこだけ整えられている柱付きの大きなベッドにあの顔のいい男と魅了をかけられている女性が数人あられもない姿で寝ていた。ちょっとイラっとするリカルド。


 己はリッチなどというものにされてしまったのに、こいつは魔族のくせに綺麗なお姉さんとにゃんにゃんしているとは。と、完全なる八つ当たりに近い感情がふつふつと沸き上がっていた。

 そもそもこのヴァンパイアロード、いきなりリカルドに攻撃を仕掛けてきたのだ。つまりリカルドに非はない。なのになんで自分が逆恨みで来た奴の尻ぬぐいみたいな事をしなければならないのかと憤る。


 ……ちょっとぐらい仕返ししてもよくないか?


 悪魔がリカルドに囁いた。

 果たして死霊魔導士リッチに囁く悪魔などいるのかという論議は置いといて、リカルドは当初予定していた魔法を取りやめ、再び虚空検索アカシックレコードで調べて、にやぁと内心笑った。


 方針を変更したリカルドはヴァンパイアロードに近づき、キューティクルも綺麗な腹立たしいその頭をがしりと掴んだ。そして聖結界と破邪結界で厳重に閉じ込めて一旦時間停止を解除、すぐに呪術の永久の眠りを掛けてから人間の間では禁術の生命魔法、【生体操作】でその身を作り変えた。

 リカルドの鬱々とした腹立ちを反映したのか、真っ黒を通り越してドス黒い禍々しい魔力に包まれたヴァンパイアロードは、男らしい顔立ちから徐々に変わっていき、やがて見る影もなくなり十代後半の儚げな黒髪の美少女に変貌した。さらにリカルドは容赦なく、聖魔法にある破邪結界と並ぶ最上位魔法の一つ、【魔力封印】を施した。

 ヴァンパイアの怪力やその変身能力、魔法などは魔力が全て元となっているので魔力を封印された現在、このヴァンパイアロードは非力な少女でしかない。


(お前に魅了されたお姉さん方の何分の一かでも苦労と苦痛を味わえ!)


 フンスと鼻息を荒くして時間停止を再度かけ、眠りやら結界やらを外す。

 それから今度は周りの女性たちをヴァンパイア化していない事を確認してから記憶を操作し回復魔法をかけて元いた街へと送り返した。

 あとは時間停止が解かれた後、自然に目が覚めればこれまでと世界が一変する事だろう。

 くつくつと完全に悪人の笑いを浮かべるリカルドは、次へと思考を転じた。


「あともう一体だな」


 飛んだ先は鬱蒼とした森の中で、一部あのおどろおどろしい魔族領の黒い森のような様子になり始めている場所だった。

 そしてその先方に、ずんぐりとした黒い木の肌で出来た竜のような姿の千年呪木ウリアネスが見えた。

 小山のようなそれに近づいて見ると、木の肌の合間から覗いた目が血みどろのような濁った色をしており、只でさえ大きくて異様な姿にビビり気味のリカルドは夢に出そうだと(ここに来て一度も寝てないが)そそくさと目を逸らした。


 こちらに関してはどう考えてもいきなり森を吹っ飛ばしたリカルドが悪いので(過剰防衛という事で)、いささか申し訳ない気持ちになりつつ予定通り【時流逆転】で誕生当時のドライアドの姿にまで戻して魔族領へと転送した。

 ちなみにドライアドの姿は想像した可愛い子の姿ではなく、ごっつい樹木人間みたいな奴だった。そういや男性型だったなと気が遠くなりながら思うリカルドは、妄想と現実とのギャップに勝手に打ちのめされていた。

 ちょっとだけファンタジーな出会いを期待していたのは墓場まで持っていく所存であった。


「あとはこの汚染された土地だな……」


 気を取り直して上空に浮かび上がり地上を確認するリカルド。

 それだけでかなりの地が汚染されている事がわかる。明確に地面が黒ずみ、生える植物の姿を歪なものへと変えているのだ。


 この変異した植物に近づいた動物は毒に侵され、腐敗して土となってしまう。そうやって千年呪木ウリアネスは栄養分を吸収していたのだが今となってはただ腐敗させる毒なだけだ。

 ちなみに人間がこの毒に侵された場合は、高い毒耐性を持っていたとしても頭痛、目の充血、強い痛み、下痢、熱などの症状に見舞われ、その後精神錯乱を起こして死に至る。

 確認したところ、ヒルデリアの斥候が数名そうなりかけていたが、幸いにも聖魔法持ちに浄化と解毒をしてもらい事なきを得ていた。さすが魔族領との最前線国家。抱えている人材の質が高かった。現在は侵食を食い止めるべく聖魔法持ちをかき集めて聖結界を張ろうとしているところだった。


(あっぶな……死んでてもおかしくなかったぞ)


 もし死んでいたら後味の悪い事になっていたが、今ならまだ間に合う。

 動物が土になってしまったのは、すまんとしか言いようがないが、そこまではもう責任が持てないというか、気にする余裕がリカルドには無かった。


 とにかくどんどん【浄化】を行使して、虚空検索アカシックレコードで漏れがないか確認していくリカルド。リッチの癖にやってる事は聖職者のような無償の奉仕という謎な状況だった。

 そうしてグリンモアへと戻った頃には、リカルドの精神は疲労困憊、気力も尽きていた。いつものごとく実時間はゼロだが、体感としてはまる六日延々浄化しっぱなしだったので、それも仕方のない事である。


 体力魔力ともに問題ないが、精神的にはくったくたでグリンモアの占い部屋へと戻り時間停止を解除したリカルドは、はーと息をついた。

 まだ夜中だがもうこの日は店じまいにしようと入り口を閉めて、札からの転送も止め、日本版リカルドに戻ってから居間のソファへと飛んだ。


〝あら? 今日はお早いんですね〟


 シルキーが気づいてキッチンに何か取りに行ってくれるのを見遣り、リカルドはソファへと沈み込んだ。


「ちょっとねー……早いんだけど、疲れて……自分で蒔いた種だから仕方ないんだけど……」

 

 どんなに疲れても眠気が来ないのは、これはこれでしんどいかもしれないなと初めて思うリカルド。

 日本で働いていた頃よりも、本日に限って言えばよく働いた。

 動く気力が無くてぼーっとしていると、シルキーが暖かい紅茶と市松模様のアイスボックスクッキーを出してくれた。


「ありがとうぅ……」


 泣きながら(涙は出てない)それを口にするリカルドに、シルキーは微笑んで向かいの椅子に座った。


〝今日もお疲れ様です〟


「うん、すごく頑張ったんだよ……」


 誰かに聞いてほしくて零すリカルドに、〝そうでしたか〟と穏やかに返すシルキー。


「俺のせいでもあるんだけど、魔族領から強い奴がこっち側に入ってきちゃっててさ……放置も出来なくて結局お帰りいただいたんだけど、後始末がまー面倒で面倒で」


〝まぁ……魔族領から? リカルド様は大丈夫だったのですか?〟


「うん。相手が時間に干渉出来るタイプじゃなかったから、時間を止めて近づいてちょっと処置して魔族領に転送したんだよ」


〝大変でしたね〟


「そうなんだよぉー……もうね、見渡す限り死の大地が広がっていて気絶したくなった。だけどほっといたら被害が酷いからやるしかなくって、とにかく浄化してまわってさ」


〝浄化が出来るのですか?〟


 ちょっとびっくりしていつもより大きめの声が出るシルキーに、あぁうんとリカルドは曖昧に頷いた。


「俺、ちょっと変わってるリッチだから。聖魔法も使えるんだ」


〝そうなのですか……でも、わかります。リカルド様からは瘴気を感じませんから〟


「そ、そう?」


 それはがっつり己を聖結界で閉じ込める緊縛プレイをしてるからですねとリカルドは声が裏返る。


〝はい。普通なら私も影響を多少なり受けて姿を変えてしまうところですが、何も影響を受けていませんから〟


 え、なにそれ。シルキー闇落ちバージョンみたいなのあるの?と、ちょっと食いつきかけるリカルド。だがすぐに、魔族領での死霊祭りを思い出して、闇落ちがあっち系だったら無理!と、現在のほんわかシルキーを死守する事を誓う。


「そっか。それなら良かった。俺は今のシルキーが好きだから」


 さらっと言ってしまってから、ハッとするリカルド。人間であったら即座に赤面していたところだが、幸いにもリッチ。顔色など変わらず、微笑みのまま固定されていた。


〝まぁ……ありがとうございます。誠心誠意お仕えいたしますね〟


 にこりと微笑まれ、心臓(無い)を撃ち抜かれるリカルド。二度目だった。


「ちょ、ちょっと散歩に出てくる」


〝まだ日は昇っておりませんが〟


「あ、うん。平気。リッチだから。朝になったら戻ってくるよ。シルキーは休んでて」


〝わかりました。それではいってらっしゃいませ〟


 顔は微笑みのままなのに、声は上擦り気味でリカルドは家を出た。

 出たところで顔を覆うリカルド。なにあれシルキー可愛すぎと悶える男は、可愛くないどころかちょっと気持ち悪かった。どこの世界に純情なリッチがいるのだろうか。全くもってどこにも需要などない。


「さーてと、どこぶらつこうかな~」


 しばらくうねうねしていたリカルドは、理性を取り戻しぶらつく先を考えた。

 真夜中を過ぎた時刻なので、開いている店などないだろうし変にうろついていたら怪しい人物認定を受けるかもしれない。

 兵士が見回っている大通りとか外壁近くは危険だなと思って、適当に細い道を選んで歩き出した。


 月明りもない真っ暗な夜道であったが、リカルドの目にはごく自然に見えた。人が寝静まる時刻にうろつくのは、それこそ日本では絶対にやらない事だが(心霊的な意味で)リッチとなった今ではそこまで気にしなくなってきていた。

 いざ目の前に現れるなら別だが、何も出ないと本能的にわかるので逆に安心して歩けるのだ。


 いつもの食料品を買う通りも、閑散としている。

 こんなに広かったんだなぁと眺めながら、何気なく角を曲がったところだった。


「きゃっ」

ドン


 ぼけーとしていたリカルドは、一瞬デジャビュを感じつつ咄嗟にぶつかって来た相手が転びそうになるのを支えた。

 今日は籠が無かったので、普通に救助する事が出来た。


「大丈夫ですか?」


 声と支えた身体の細さからして少女だなと思いつつ、匂い的には血は出てないなと確認するリカルド。匂いで確認するあたり変態である。


「す、すみません。追われてて」

「追われて?」


 怯えたように後ろを気にするフード姿の少女に、リカルドもそちらを見れば闇の中でこちらに向かってきている複数の人間が見えた。背格好から言って男だ。


(厄日か今日は……)


 そう思ったものの、放置するのも躊躇われちょっと失礼と少女を抱え上げ民家の屋根に飛び上がった。


「っ!」


 唐突にとんでもない身体能力で屋根の上へと飛ばれた少女は悲鳴にならない悲鳴を上げてしがみついた。


「そのまま静かに、通り過ぎるのを待ちます」


 囁いたリカルドに、そのままこくこくと頷く少女。

 屋根の影でじっとしていると前の通りを駆けていく男達の姿がはっきりと見えた。

 揃いの服装は白に青いラインの入った騎士のようなもので、腰にはしっかりと剣を佩いている。


(……ちょっと待て……あの服、見た事あるんだけど)


 白に青のラインが入った騎士のような服。それは確か教会騎士の服装ではなかっただろうか。と、思い出して冷や汗(妄想)を流すリカルド。

 そこまで思い出して、芋づる式のように抱えている少女の正体にも気が付いた。


(ヒロインじゃねえか!)


 フードの影から覗く浅黄色の髪。ぱっちりとした大きな目。クシュナというヒロインで間違いが無かった。


(なんでヒロインが教会騎士に追われてんの?! 何があったの??!)


 動揺するリカルドだったが、今更すんませんしたーと姿を現したらどうなるかは容易に想像出来てしまうので、ヒロインを差し出す選択肢は除外する。

 しばらくじっと男達が完全にいなくなるまで静かにしていた。


「………行きましたね」


 膝に乗せた状態のクシュナに言えば、クシュナはほっとしたような息を吐いた。


「あの……ありがとうござい――あ、あの時の」


 礼を言ってリカルドから手を離したクシュナは、一度ぶつかった相手だと気づいて口に手を当てた。


「先日はすみませんでした」

「いえいえ。お元気そうで何よりです」


 いつもの微笑み固定の顔で当たり障りの無い答えを返すリカルド。


「どこか行く途中だったのですか?」


 追っかけてきていた教会騎士について質問するつもりも、何があったのか聞くつもりもリカルドには無い。厄介ごとしか感じないのでさっさとどこかへ送り届けて離れたかった。


「えっと……明確な場所は知らないのですが……噂では、路地のどこかから通じているという占いの館へ行くつもりだったんです」


 ちょっと恥ずかしそうに言ったクシュナに、リカルドは(俺のとこかよ!)と内心毒づいた。


「占いの館ですか……」

「ご存知ですか?」


 ご存知も何もそこの主だ。


(もう王太子でお腹一杯でヒロインとか来てほしくないんだけど……)


 どうしようかとリカルドは迷い、やがて内心嘆息しつつしょうがないと口を開いた。


「すみません。噂は聞いていますが…」

「そう、ですか……そうですよね……噂ですから」

「何かお悩みが?」


 よいしょとリカルドは立ち上がってクシュナを屋根の天辺の棟の部分に腰かけさせ、隣に自分も座った。


「えっと…」


 言いよどむクシュナに、努めてリカルドは穏やかな微笑みを浮かべた。


「あるのかどうかわからない占いの館を探すよりかは、関係ない人間に話してみるのも手かと思いまして。もちろん、嫌でなければですが」


 探してうろつかれて来られるくらいなら、ここでさようなら出来ないかと試みる事にしたリカルド。

 クシュナは少し迷ったようだったが、口を開いた。


「……あの、回復魔法……」

「回復魔法?」

「以前、無詠唱で回復魔法を使われましたよね?」

「え?」

「私がぶつかってしまったときです」

「あぁ……そういえば、そうでしたっけ」

「いきなりなんですけど、私に魔法を教えてくれませんか?」

「はい?」


 クシュナは切羽詰まった顔でリカルドの片手を掴んだ。


「お願いします!」


 咄嗟に防音魔法を使うリカルド。ついでに隠蔽の魔法も使って周囲から姿を消した。


「じ、実は私、ある魔法がいきなり使えるようになってしまって! それで、それを勉強しなくちゃいけなくなったんです! だけど、全然うまくできなくてっ……本当にダメで! 出来た事も出来なくなっちゃってっ……! 教えてくれる人には溜息つかれるぐらいで……」


 感情が高ぶったのか、矢継ぎ早に言葉を紡ぎぼろっと大きな目から涙が零れ落ちた。

 そういえば聖魔法以外の作法とか礼儀とかそういうのでも駄目だしされまくっていたなと思い出すリカルド。

 まだ年若い少女が全方位からダメ出しされたらそりゃクるかと思って、そっとハンカチを作り出しクシュナに差し出した。


「あ、すみません……」


 若草色のハンカチを差し出され、見ず知らずの相手に迫った形になっている事に気づいて恥じるようにクシュナはハンカチを受け取った。


「うまくいかなくて悩んでいるんですね」


 穏やかに、穏やかにと心がけてリカルドが言えば、クシュナは小さく頷いた。


「私、今まで普通に平民として生きて来たんです。だから、急に生活が変わってしまって、街に出るのも難しくなってしまって……誰にも相談出来なくて……それで、占いの館があるっていうのを聞いて覚えていたから、なんとなくそこに行ったらどうにかなるんじゃないかって……思って……抜け出して…きたんです。すみません」


 ぽろりとまた涙が零れ落ち、慌てて握ったハンカチで拭いて隠すクシュナ。

 普通ならその庇護欲を抱かせる様子も、リカルドの頭は素通りして(あー……これどうしたらいいんだろう)と後腐れなくお別れする方法について考えていた。

 リカルドが枯れているのではなく、単純にヒロインという厄介そうな相手に加え精神的疲労が蓄積した状態が重なっていたので、巻きで終わらせたかったのだ。


「魔法が上手になりたいのですか?」

「わ、わかりません……確かに、上手にはなりたいけど、私、あんなところでやっていけるのか……ふ、不安で……」


 固くハンカチを握りしめ、頑張って涙を堪えながら話す少女に溜息が出そうになるリカルド。


(周り、もうちょっとフォローしろよ……この子、かなりの素質持ちなんだぞ……

 ってそういや攻略対象はどうなった? ヒロインが教会に入ってからすぐに全員に合う筈では?)


 管理者らしき存在の筋書きではそうなっていた筈と思い出し、ちらっとクシュナの頭を見下ろして聖女として覚醒していないっぽい今ならいけるかな?と、時を止めて確認するリカルド。


(確かに会ってるな……神官に、教会騎士に、王太子に、幼馴染。でも誰ともそれ以降接触してない……?)


 管理者らしき存在の描くルートから大きく外れている状況に首を傾げるリカルド。別に筋書き通りに行かなくてもいいと思っているが、このヒロインの場合攻略対象と親密になるごとに力が開花するので、このままだと聖結界を安定して使用する事も危うくなる。

 王太子のルートは侯爵令嬢の件があるので論外だが、個人的には他の誰かとはくっついていただいて破邪結界までマスターしていただきたいリカルド。マスターすればグリンモアの守りが大分と強化されるので。

 ちなみに誰がいいのだろうかと思ってそれぞれの人物を見て見ると、呻きたくなった。


 神官のキャストレイという男は23歳。神官長候補のエリートで完璧主義者。ヒロインの事は最初はどんくさい子供だと思っていたが、ひたむきに努力する姿に目を惹かれるようになる。表向き誰にでも優しく物腰も柔らかだが、認めた相手に対しては己と同程度の成果を求めるところがあるため、段々と口調が厳しく冷たくなっていくという、内弁慶。付き合えばほぼほぼヒロインは心が死んでいく。

 お前ヒロイン潰す気かと言いたいリカルド。


 教会騎士のジルドは21歳。13歳から教会騎士見習いをしており、18歳の時に正式に教会騎士として認められている。性格は温厚で人懐っこく、誰からも慕われている。ヒロインの事は妹のような感覚で見ており、そのためヒロインの方から声を掛ける事が必須で、関係が進んだ先もどちらかというとヒロインが引っ張るような関係となる。温厚で人懐っこいとは良く言った方で、簡単に言えば周りに合わせる優柔不断さがあった。付き合えばほぼほぼヒロインは苦労する。

 むしろお前がヒロインを引っ張れよと言いたいリカルド。


 王太子は置いといて、幼馴染のジャンニは17歳。ヒロインの隣の家に住んでおり小さなころから一緒になって遊んだ仲だった。彼に関してはジャンニの方が先にヒロインに好意を寄せており、街に出て来た姿を見かけてそっと後ろをついていっていたりする。

 世が世ならストーカーだ。それでもヒロインがジャンニの方を向けば丸く収まるかとリカルドは思ったのだが、このジャンニ、彼女にしたとたん俺様が爆発する超絶亭主関白野郎だった。付き合うとか論外。


「普通の奴はいないのか!」


 思わず叫ぶリカルド。疲れもあって今日は沸点が低かった。

 一旦リカルドはルートだとか設定だとか、そういう事は頭からどけた。

 それに囚われていたら碌な事にならなさそうだと判断し、やたらめったらヒロインの周りの人間で可能性がありそうな奴を探しまくった。

 生身だったら過労死コースまっしぐらの働きで頑張ったのだが、内心血の涙を零すリカルド。


(ない……どこにも救いがない……)


 フラグが立ちそうな人間が残念な事に先の四名しか見当たらなかった。王太子は除外するので実質三名だ。というか、先の三名の結果からするに王太子は間違いなくヤンデレ枠なのだろうなという要らない確信を得てしまった。

 げんなりした気持ちで目の前の少女を見る。


(……まぁ……ここまで見ちゃって頑張ってというのは、さすがにな……)


 苦労する未来しか見えないそれに誘導する事も出来ず、リカルドは時間停止を解いた。


「お嬢さん。手のひらを出してくれますか?」

「手?」


 リカルドの差し出した手の前に、おずおずと手を出すクシュナ。

 リカルドが見たところ、クシュナが魔法をうまく使えないのは心理的なストレスともう一つ、魔力操作の素養が開花していない為だった。


 クシュナの手に自分の手のひらを重ね、顔を赤くするクシュナには気づかず集中するリカルド。己の魔力を聖結界内に少し出し、浄化で人間に入れても問題ないものに変えてからクシュナに流した。

 リカルドの魔力は魔族のそれなのでそのまま人間に流したら拒否反応で身体の中がズタズタになる。そして無限魔力なんて馬鹿みたいなものを抱えているので、ちょっとでも流す量を間違えたら魔族がとか人間がとか言う前に破裂してしまう。小さな針孔に糸を通すかの如く繊細な作業だった。


「……?」


 ぼんやりとした温もりが手のひらに伝わり、クシュナは目を瞬かせ繋がれた手を見た。

 リカルドは微笑んだまま(いつものごとく表情筋を動かす余裕がない)、わずかに入れた魔力を使ってクシュナの中に眠っている魔力を揺り起こし、さらにそれを誘導して小規模な聖結界を発動させた。


「え……」


 自分の周りに展開された聖結界を見てクシュナは驚きに固まった。


「わかりますか? お嬢さんの中で動く魔力が」

「わ、わかります!」


 うんともすんとも言わなくなってしまった自分の魔力の揺らぎに、興奮して頷くクシュナ。


「維持をお嬢さんに戻しますよ?」

「は、はい!」


 主導権をクシュナに渡すように、ゆっくりと自分の魔力を引かせるリカルド。

 クシュナは焦ったような顔をして必死に魔力操作に取り掛かったが、一度揺り動かされたからか、なんとか維持出来た。


「出来ましたね」


 リカルドが声を掛けると、クシュナは呆けた顔で頷いた。


「では今度はもう一度最初からやってみてください」


 リカルドに言われるまま、一度聖結界を解いて再度聖結界を発動させるクシュナ。時間は掛かったが、それでもきちんと自分の力で出来た。


「で、出来ました……!」


 自分でもびっくりという顔をしているクシュナに、今度は表情を笑みの形に変えてリカルドは頷いた。


「おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます!」


 嬉しさで頬を緩めるクシュナに、リカルドは聞いた。


「お嬢さんの周りで、口うるさく言ってくる方はいますか?」

「口うるさく? ……えーと、お世話してくれている人が厳しいです、ね。結構きつく言われてしまって……」

「その方、三十代ぐらいの泣き黒子がある方では?」

「え? バルバラさんをご存知なんですか?」

「知り合いではありませんが少しだけ。その方は厳しいですが、その分相手の事を真剣に考える人です。不安や悩みがあったら、少しだけでも打ち明けてみてはどうでしょう?」

「バルバラさんが……」


 リカルドは微笑みを浮かべたまま、再び失礼しますねと言ってクシュナを抱えて屋根から飛び降りた。

 いきなり飛び降りたのでヒッと喉の奥で悲鳴が漏れるクシュナ。


「そろそろ夜が明けますから、心配されている方も多いと思います」


 そっと地面に降ろされて、クシュナはハッとした。確かに教会騎士を撒いてきてしまったので、今頃大騒ぎになっている事間違いなしだった。


「あ、あの、ありがとうございました。おかげで私、出来るような気がします」

「それは良かった。家まで送りましょうか?」

「い、いいいえ! 大丈夫です! 一人で戻れるので!」


 リカルドと一緒に教会に行っては、リカルドが自分を拐ったと勘違いされる可能性があるとクシュナは大きく手を振って後ずさり、それでは!と言って頭を下げて駆け出した。

 それを見送ったリカルドは、あー疲れた、と零して踵を返した。

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