第5話 お客は近衛騎士からの王太子
「あの、もしもし?」
つんつんと血がついていない肩の部分をつついて声を掛けてみるリカルド。
正直、血の匂いで気持ち悪くなっているし、視覚情報的にも意識が遠のきそうになるのでさっさと放り出したいのだが、
だが残念な事に声をかけても当然ながら瀕死の相手から反応は無かった。
リッチとしては素材として有効活用出来る手段は豊富に持っているのだが、リカルドとしては目の前で死なれるとかとんでもなく迷惑だった。
(面倒だなぁ)
とりあえず時を止めて
調べて見ると目の前で死にかけているのはこの国の王太子付きの第二近衛騎士隊の隊長だった。ちなみに第一は国王付きだ。
歳は28歳、父親が伯爵位で兄がその後継ぎ、次男の本人は剣の道へと進んだ筈が身分的にはそうではないが立場的には微妙に兄を越してしまったらしい。王太子の覚え目出度いのねと理解するリカルド。
兄弟間にちょっとした確執はありそうだったが、瀕死になっているのはそれが原因では無かった。なんと、この国の王太子が政敵の第二王子の手先に視察の帰りで襲われたらしい。
段々とリカルドは真剣になっていった。
何しろこのグリンモアの国に来てまだ日が浅い。やっとこさ人間の住処と仕事を手に入れたところなのに、政争のごたつきが自分の生活に波及する可能性など一も二もなく潰してやると思いっきり私情で考えていた。
王太子と第二王子の王としての素質を見ると、王太子の方に軍配があがった。第二王子は能力はあるのだが感情にムラがあって人望に欠けるようだ。
どちらが己にとって都合がいいか即座に判断するリカルド。
間に合う事を確認してから時を戻し、回復魔法をダメージを魔力で受け止めつつ男にかける。
回復魔法の使い手でも上級に位置する【完全回復】によって見る間に傷が癒えた男は、トントンと叩かれガバリと身体を起こして剣を構えた。
剣を突き付けられたリカルドは両手を上げた。尚、表情は微笑みのまま固定だ。びっくりして表情筋を動かす余裕が無かった。
「……違う?」
抵抗する気はありませんというポーズで固まるリカルドに、男の方も相手が第二王子の手先で無い事に気づいた。それからようやくそこが最後に覚えている路地ではない事に意識が移った。
血を失い過ぎて意識がはっきりしない中、裏路地に似つかわしくないミントグリーンの天幕を見たような気がしたが、今いる場所に垂れ下がる布色とそれは同じような気がした。
「ここは……」
「ようこそ占いの館へ。私は館の主です」
「占いの……館?」
戸惑いが強いままの男に、リカルドは畳みかける事にした。
「お客様。王太子殿下は西の見張り塔の中です。ご無事ですのでどうぞ早くお助けに。そしてもし今回を機に一掃するお覚悟がありましたらユルゲン商会の副会頭をお調べください。鍵は地下にございます」
「なにを言って」
ついでに身体強化、魔法抵抗力上昇、速度上昇等々、補助魔法を各種たっぷりかけておくリカルド。
「さあお早く。王太子殿下がお待ちですよ」
「待て、お前は――」
リカルドは何か言いかけた近衛騎士を問答無用で西の見張り塔近くへと転送した。
(ま、補助魔法もしこたま掛けておいたから大丈夫だろ)
床に付いてしまった血を
それからその日はお客は来ず、夜が明けてきたのでリカルドは切り上げた。
〝お仕事お疲れさまでした〟
リカルドが姿を日本版リカルドに改めてから物置から出ると、シルキーがテーブルにお茶とサンドウィッチを用意してくれていた。思わず喜ぶ声が出るリカルド。
「ありがとう。嬉しいな」
微笑みのまま表情は変わらないが、リカルドが喜んでいるのが伝わってシルキーもほほ笑んだ。
早速椅子に座って頬張り、そのおいしさに涙が出そうになるリカルド。マヨネーズとかは無いが、燻製肉を薄く切って軽く火で炙りしゃきしゃきの野菜と挟んであるのが抜群においしかった。
「おいしい。シルキーは何でも出来るんだな」
何もなかった窓には買ってきた布でカーテンがつけられ、無地の木のテーブルにもテーブルクロスがかけられていた。まだまだ家具は少ないが、わずか数日前までは殺風景な室内だったのに、温かみのある部屋へと変わっているのもリカルドは嬉しかった。
〝何でもは無理ですよ〟
くすくすと笑うシルキーに、血なまぐさい事件で疲労した精神が癒されるような気持ちになる。それから、なんか新婚さんみたいだなぁとちょっと妄想もしていた。
段々と朝日が昇る中、シルキーと穏やかな会話をしているとこういう生活っていいかもと、日本で必死に働いている頃よりもゆったりした気持ちになっている自分に苦笑するリカルド。
だが、新婚気分(リカルド限定)でゆったりしていられたのは、数日後までだった。
路地から入ってくる客はあれ以来なく、札を渡したお客がちらほらと訪れて対応していた日の事だった。
二人対応して、今日はもう来ないかなと思って閉めようかと考えた時、珍しく路地からの客が現れた。
「ようこそ占いの館へ。今宵のご相談はなんでしょう」
いつもの定型文を口にするリカルドは、いつも通り穏やかな顔をしていたが、やってきた二人組の客の内、後ろの一人を見て内心はきょどっていた。
「どうも。お邪魔するよ。館の主殿。
今日は相談もだけど、お礼を言いたくてね。あなたのおかげで私は大切な部下を失わずに済んだよ」
グリンモアで好まれる明るい新緑の髪に、透き通ったエメラルドのような瞳。しなやかな筋肉がついた身体つきに着ている服は上質なものだと一目でわかるそれ。
極めつけは青年の後ろに付き従っている均整の取れた体つきの男が、あの日瀕死だった近衛の顔だった。今日は血やほこりで汚れていないので、綺麗なモスグリーンの髪と端正な顔立ちがはっきりとよくわかる。
(って事は、こいつ王太子じゃん!!)
なんで路地裏からこんなとこに来てるんだよと突っ込みたいリカルドだったが、キャラを崩さないようにするので必死だった。
「いいえ。それには及びません。私もここで平和を享受する身です。
グリンモアが平和であればそれ以上の事はありません」
「なるほど? 安全を望まれているのかな?」
王太子はまだ18歳という歳の筈だが、29歳であるリカルドよりもよほど老獪そうな匂いがした。胃(は無い)がキリキリとしてくるリカルド。
「私は所詮根無し草。気の向くままどこへでも浮いていきますよ」
「それは困るな。あなたの力は多くの者が認めているし、私もそれについては同様の気持ちだ。
まぁでも、だからといってあなたを引き留める力は私には無いだろうけどね」
「……本日のご相談はなんでしょう」
微笑みで固定されたままの顔で穏やかに尋ねるリカルド。内心では逃げたい気持ちで一杯だ。こういう権力者というものにそもそもリカルドは慣れていないし、気圧される小心者だった。
「そうだね。今日はね、ちょっと私の婚約者殿について相談なんだ」
「婚約者の方ですか」
「そう。とても可愛らしい方で聡明でもあるんだけど、ちょっと何を考えているのかわからなくてね……」
王太子が見せる少し弱った顔に、リカルドは意外とこの王太子も年相応に若いところがあるんだなと思っていた。
「時々、こう、『モエ』と言って固まる事があるんだよ」
(……もえ?)
「あと、『トウトシ』と言って両手を合わせている事もあるかな? 公式な場ではそういう事はないし、ごくプライベートの時にだけだけど。
それに最近少し避けられているような節もあってね。婚約者としての義務はきちんと果たしているからこれといって私から何か言うのも憚られてねぇ……」
(……とうとし。もえ。)
ちなみに、この世界の言語は日本語ではない。リカルドはごく自然に話しているが、リッチとなった瞬間に種族として必要な魔導言語が組み込まれ、それに必要な基本的な言語理解もついでに組み込まれて意識する事もなく話せている。
何となく話が見えてしまったリカルドだったが、一応時を止めて確認した。
そして案の定婚約者のエッケハルト侯爵令嬢は日本からの転生者である事が判明した。そして調べれば調べる程頭が痛くなっていくリカルド。
アイリーン・エッケンハルト侯爵令嬢。
やや釣り目の意志の強そうな若竹色の瞳に、少し赤みがかった金髪は縦ロール。15歳という若さながら出るとこは出て引っ込んでるとこは引っ込んでる、誰が見ても迫力満点の美女。
ただ、その髪色が緑系統でない事から母親が不義を疑われた事があり彼女自身が三代前の血筋に他国の人間が入っている事を突き止め、内々に父親を始めとする疑いを持った人間達に証拠を突き付けた過去があった。7歳の時だ。
しかしエッケンハルト家は他国の血を入れた事がないと言われていたため、内々のまま処理され表に公表される事はなかった。母親は貴族社会から冷ややかな目で見られたままで結局侯爵家の本邸から別宅の地方へと居を移してしまった。彼女もそれについていって、三年程田舎で暮らしたのだが第一王子の婚約者候補として呼び戻され、貴族のパワーバランスの結果出来レースに参加する形で一年後、婚約者にされてしまった。
そこから始まるのは母親と同様不義の子というレッテルと嘲笑、陰湿な陰口の祭りだった。
幸いというか、王太子の方は不義だろうと何だろうとアイリーンの真面目さや芯の強さ、努力家なところを買っており、少なからず好意を抱いている。
(……のどかな農業国家はどこいった。グリンモアよ)
これ、転生者で大人の心でなかったから壊れてるぞと呟くリカルド。
あまりに事前情報と違う現状にもう少し調べると、嫌な情報を得た。
管理者のようなアレが介入していたのだ。しかもリカルドがこちらに来るときに運ばされた存在値を使って、乙女ゲームのような環境を作り上げていた。
アイリーンが生まれたのは十五年前。リカルドがこちらに来たのはつい最近。現在も過去も関係なく介入するアレに軽く苛立ちながらさらに情報を集めるリカルド。
(要するにこのエッケハルト侯爵令嬢っていうのは悪役令嬢で、先日発見された聖女がヒロインの、乙女ゲーの舞台になっている……と。
侯爵令嬢は日本から連れてこられた魂で、そのゲームをやったと例のあの存在に錯覚させられていて? で、いずれ断罪される前にヒロインに席を譲るつもりであるけど最推しの王太子を前にして萌えが爆発して尊死しそうだからもう今から距離を置こうと。そういう事?)
母親ともども冷遇されているのに最推しを目の前にして尊死しそうになっているとか、メンタル強いなこの人と思うリカルド。
(中身は47まで生きたお局様……。うん、なんか強そうな気がする)
アイリーンの方は中身は47歳まで生きたご婦人であったが、なかなかに乙女ゲーを嗜んでおられたようで、刷り込まれた記憶が綺麗になじんでしまっている。
本人の性質としては真面目でしっかり者。日本人の感性が残っているため無駄に偉ぶるところはなく、身の回りの世話をする者達には不憫で優しい令嬢で通っているようだ。
周りが何と言おうと侯爵家での教育と、将来国母として立つための教育を現王妃から受けている事もあり、最も為政者の伴侶として有力な存在だった。
対するヒロインというのはクシュナという名の同じく15歳。聖結界を張る事の出来る将来有望な聖女だった。
こちらは平民生まれで突如聖魔法を発現させたため、攫われるように教会に引き取られ不安な中にいた。しかもやる事成す事駄目出しされてかなりお疲れのようだ。
性質はこちらも真面目。ただ、平民生まれなためアイリーンが叩き込まれているような上に立つ者の覚悟などは無く、ふんわりとした慈愛の心を持っている。
それでも、鍛えれば確かに国母になる素質はあるし、国母として立った時に国民受けもかなりいい。現在グリンモアに張られている結界は数名の聖女が担っているようだが、彼女ならば一人で賄えるほどの力を秘めているからだ。
「一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
時を戻したリカルドは、目の前でニコニコした笑顔を浮かべている王太子に尋ねた。
「なんだい?」
「伴侶の方に、何をお求めになりますか?」
王太子はにこやかな顔のまま小首を傾げた。
「それが婚約者殿の態度と関係あるのだろうか」
「最終的には、そこが一番重要かと」
(だってこの王太子が誰を望んで選ぶかってとこが肝だしなぁ。自覚させとかないとヒロインの方に行っちゃうかもしれないし)
今ここで侯爵令嬢の方の態度の理由を話して、関係を改善した後に結局ヒロインを選ぶなら侯爵令嬢の子はたまったものではないだろうとリカルドは思う。
アレに巻き込まれている時点で同情ものなのに、上の意志で人生まで右往左往させられるのは憐れに思ったのだ。
「そうだねぇ……背を、任せられる事かな」
後ろに控えていた近衛が少し表情を変えたが、リカルドは気にせず思考に戻った。
背を任せられるかどうか、という点では間違いなく侯爵令嬢だ。ヒロインの方は任せるというより手中で守るという表現が適切だろうと思ったのだ。
「……わかりました。
御令嬢がおっしゃっている『モエ』と『トウトシ』は、誉め言葉です。おそらく感動のあまり口から出てしまったのでしょう」
「……ほめことば?」
「はい。軍服などを着られる機会はありますか?」
「……軍服。あるには、あるが……」
言葉を濁す王太子に、リカルドは頷く。
(知ってる。畑仕事に着てるもんな)
グリンモアでは、王族の軍服とは即ち畑仕事の装束だ。
ちなみに近衛も一般兵も、体力づくりの一環として普通に畑仕事をしていたりする。グリンモアの成人男子は基本的に畑を耕すのが通例だ。
畑仕事を大切にしている一方で、その姿で御令嬢に会うというのは憚られてもいる。
いくら大切にしていると言っても汚れた姿で顔を見せるわけには、という貴族的な思考なのだが、リカルドから言わせればそもそも軍服じゃなくてもっとラフな格好で耕せよと言いたい。
まぁそれは余談であって、本題は別にある。
「その軍服を、御令嬢の前でボタンを二つほど外して着崩してみてください」
「……?」
王太子がハテナ顔をする後ろで、近衛も若干戸惑った顔をしている。
何故わざわざそんな事をと二人とも言いたげであったがリカルドは続けた。
「御令嬢は逃げるかもしれませんが、追いかけてください。面白いものが見れると思いますよ」
「……そうなのかい?」
いまいちわかっていない王太子に、他にもとリカルドは侯爵令嬢のツボをつきそうな事を伝えていく。
今ですら王太子のご尊顔に尊死しそうになっている御令嬢だ。瀕死になるだろうなと内心生ぬるい笑みを浮かべるリカルド。
疑問を抱いたままの王太子が多すぎるお代を支払おうとするのを、近衛騎士と合わせて2回分の金額だけいただき全て突っ返した。
「最後に一つだけ。どうかその御令嬢を大事になさってください。
いわれなき言葉に傷つかない人間はおりません」
表向き気高く振舞う同郷の侯爵令嬢の姿に思うところがあり、最後にリカルドがそう付け加えると王太子は少し意外そうな顔をしてからにこりと笑い、何も言わず帰っていった。
どうなるかねぇと思いながらまた穏やかな日々を送っていると、また二人はやってきた。今度は満面の笑みで。
「ようこそ、占いの館へ――」
「やあ主、君はすごいね」
意気揚々と勝手にリカルドの前の椅子に座り楽し気に話し出す王太子。
「確かにいいものが見れたよ。あんなアイリーンを見れるなんてね。もっと早くに知りたかったよ」
(鼻血出してないといいけど……)
ご機嫌な王太子に、どんな反応であったのか容易に想像ついてリカルドは微笑みを浮かべたまま黙祷した。
「顔を真っ赤にさせて涙目で、あやうく手を出しそうになってしまったよ」
(……やり過ぎたかなぁ)
うおほっん。と、王太子の斜め後ろからあからさまな咳払いが聞こえた。
「あぁ失礼。それで、ちょっと気になった事もあって今日は来たんだけど」
(まぁ困ってないとここには来れないから、それは確かなんだろうけど……)
面倒くさいなぁと思うリカルド。
お偉いさん相手はあんまりやりたくなかった。
「君はアイリーンのあの可愛い姿を知っていたという事なんだろうか?」
(……?)
若干、威圧のようなものを感じつつ内心首を傾げるリカルド。
可愛い姿を知っていたのか、と言われると一応検索した時に姿形は見ているので知っているという答えになると思ったのだが、それを言ったらいけない気がした。
「顔を真っ赤に染めて、涙目でこちらを見上げてくるあの姿を、知っていたという事なんだろうか?」
重ねて問うてくる王太子の瞳孔は、よく見ればかっぴらいていた。
即座に時を止めるリカルド。
ばくばくする心臓(気のせい)を抑え、冷や汗(出てない)を拭う。
(こええよ王太子! 占い師に嫉妬すんなよ! 会った事もねえよ!)
と、返したいところだが王太子相手にそんな事は言えない。
何と返すか考えて、困って
間違った対応をしたらその場で刺されそうになっていたので、調べて良かったと心底思うリカルド。
というか、王太子がガチすぎて怖かった。こんな嫉妬で束縛魔みたいになりそうな奴でいいの侯爵令嬢?と思うリカルドだったが、グリンモアの平和のためにその身を捧げて貰おうとも瞬時に思った。
「私は数ある未来のいくつかを幻視したにすぎません。朧げな形を現実にされたのは王太子殿下です」
穏やかな微笑みで固定されている表情のまま、落ち着いてリカルドが返すと王太子は開いていた瞳孔を通常サイズに戻した。
「そう。はっきりとしたものは見えないんだね。それなら、まぁいいかな」
(ヤンデレ予備軍だよ完全に……いや、すでにヤンデレ入ってるか?)
表情筋をがっちり微笑みで固定している裏で、なんとか精神を落ち着かせるリカルド。
「ところで主、ここへは札というもので来れるそうだね?」
(どいつがしゃべった!?)
と、思うものの、王太子に調べられたらそりゃしゃべらざる得ないよなぁと諦めるリカルド。
「はい。特にごひいきいただいている方には贈らせていただきました」
「ねえ主。私はお得意様になれそうかな?」
リカルドは時を止めた。
(要求されてる……札を要求されてる……)
だが、ここで札を渡したら安穏とした夜が訪れないような気がしたリカルド。
毎夜、王太子が来るかもしれないとびくびくする未来が
助けて
久しぶりに何度もパーンしながら、なんとか己が平穏に暮らせる道を探し続けた。
「……どうぞ、こちらです」
諦めた。
内心は涙で一杯。ドナドナされる子牛のように札を差し出すリカルド。
「ありがとう。とても嬉しいよ。
主はどうやら回復魔法や補助魔法にも精通しているようだし、頼りにさせてもらうよ」
にっこり笑顔で言われ、思わず近衛の方を見そうになるリカルド。
てめぇ話しやがったなと思うものの、言うなと言わなかったリカルドが悪い。
がっちり固めた微笑みのまま、何の事でしょうか?と小首を傾げて見せるが無駄だった。
「さて、話したい事は山とあるんだけど、私もなかなか時間が取れない身でね。
ここ数日、主の館を探していたから仕事が溜まっているんだ」
まさかこの王太子、王太子のくせに夜の裏道をうろついて探していたのだろうかと思うリカルド。
実際は人海戦術を使って見つけ出したのだが、心底困ったと思っている人間でないと見つけられないので、偶々その状態の人間が配置について見つけるまで数日を要したのだ。
「今日の本題はね、コレなんだ」
そう言って王太子が取り出したのは、小さな包みだった。
「主には、コレの出所を見て欲しい」
リカルドは時を止め、とりあえず調べてみた。
いわゆる、麻薬と呼ばれるものだった。出所は隣国のフルエストで、グリンモアの国境から山一ついったところにある山中で栽培されているようだ。
栽培を指示しているのは、カーミラ商会というところで最近顔を売り始め店をどんどん大きくしていっているらしい。それに一役買っているのがコレかと理解するリカルド。
問題は、その麻薬を栽培しているのがこのグリンモアの人間というところだった。
彼らは無理やり連れていかれたわけではない。自分から高額なお金を提示されて自らそこへ行ったのだ。
純粋にいい暮らしがしたいという者もいれば、親の借金返済のためだったり、治療費を稼ぐ為だったりという者もいた。
王太子は、出所を知れば全て潰して無かった事にするつもりらしい。
グリンモアの人間が麻薬栽培に関わっていたという話は極めて外聞が悪いからだ。
リカルドとしても、金の為に犯罪に手を染める人間は知った事ではないが、親のため兄弟のため、子のために必死になっている人間を見てしまうと、一緒くたに口封じされるのは忍びなかった。
「……条件を言ってもよろしいでしょうか。その代わりお代は不要です」
時を戻したリカルドは、少し緊張しながら聞いた。
王太子はふぅん?と笑みを強くして、先を促した。
「私が言う者を助けてやって欲しいのです。
私の前へ連れて来てくだされば、彼らの記憶を封じる事が出来ますので」
「主にはもう見えているようだね」
王太子は目を閉じると、一つ頷いて目を開けた。
「いいよ。主の言う者は私の名にかけて助けよう」
「ありがとうございます」
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