第3話 改名。そして店開き

 山間のすそ野に広がる豊かな畑に、さすが農業国家と思いながら家が見えるところへとスキップを堪えて歩いて向かう拓海。

 と、ほっかむりをしたおじさんが畑作業の手を止めて声を掛けてきた。


「こんな辺鄙なところに魔導士さんとは珍しいね」


 拓海は表情筋を動かし笑みを浮かべて返した。


「あはは。ちょっと道に迷いまして。今年の実りはどうですか?」

「あぁ今年もいい感じだよ。あんた道に迷ったのか」


 ほっかむりを外して、小麦色の肌と茶色の髪をした四十代ぐらいの筋肉質なおじさんは拓海に近づいてきた。


「ここってどの辺ですか?」


 聞いたが知っている。一番近場で人がいるところに来ただけだ。


「アイネス村だよ。街に行きたいならあっちの街道を行ったらいいよ。ただ今からじゃ辿り着く前に夜になっちまうけどな」


 第一村人かつ初人間との会話にちょっとだけ高揚しながら(表情は変わらない)、拓海は聞いてみた。


「私、実は仕事を探しているんですけど何か仕事がありますかね?」

「仕事? あぁ、あんた土魔法の使い手かい?」


 土魔法?となる拓海だったが、表情は動かずそのまま頷いた。

 するとおじさんは納得したという顔で頷き返した。


「それなら猶更街の方に行った方がいい。そしたら国の魔導士試験がいつでも受けられるから。土魔法の使い手ならほぼほぼ通るさ」

「そうなんですね。じゃあ行ってみようかな」

「今から行くと夜になっちまうから、うちの村で一泊してから行くかい? 軽く魔法の仕事を頼まれるかもしれんが、村長なら泊めてくれるぞ」

「あぁいえ、野宿は慣れていますので大丈夫です」


 虚空検索アカシックレコードで土魔法を調べておかないといろいろとボロが出そうなので、やんわり断る拓海。おじさんの方もそれ以上引き留める事はなく、そうかい気をつけてなと言って離れた。

 拓海もありがとうございますと礼を言って歩き出し、おじさんが教えてくれた方へと足を進める。


 ちょっと緊張したが、問題なく人と話せて嬉しくなる拓海。

 仕事の話も聞けたのでさっそく人目が付かないところで虚空検索アカシックレコードで土魔法を調べてみた。人目が付かないところを選んだのはさすがにパーンを人に見られるわけにはいかないので。


 調べてみた結果、土魔法というのは拓海が想像するアースクエイクとか、大地を隆起させて敵を突き刺すアーススパイクみたいなのとか、そういう魔法はあんまりなくて土壌改良とか、土地整備などの魔法が多い事がわかった。使いようによっては攻撃魔法として使えるだろうが、それなら火とか風とかの方がよっぽど簡単に出来そうなので、役割的には後方支援の魔法なのだろうなと拓海は想像した。


 農業国家のグリンモアであれば、土魔法の使い手が求められるのも頷けると、さっそく土魔法の使い方について調べ一通り実践してみる拓海。

 無限魔力と魔力操作LvMAXがあるので、問題なく一通りの魔法が使えるようになり、これで仕事にもありつけるなとホクホクだ。


 と、思っていたのだが現実は非情だった。

 たどり着いた街で件の試験とやらを調べてみると、身分証明が必要となる事がわかり、それはどうあがいても拓海には準備出来ない書類であった。

 例えば、ゲームや小説ではギルドみたいなところで身分証明を作って貰えたりするが、この世界ではそのようなものはなく単にギルドの会員証が配られるだけだった。

 それで身分証明を可能とする事例も無い事もないが、残念ながら国家魔導士となるための試験では身分証明としてギルドの会員証は認められていなかった。最低でも生まれた土地の領主による証明書か、卒業した魔導学校の証明書が必要だった。


(国家公務員はやっぱり身元がしっかりしてないと駄目だもんなー)


 ちょっとがっくりしながら、どうしようかと悩む拓海。

 ギルドに登録して、そこで討伐依頼などを受けるのもいいかもしれないが、残念ながら拓海は血が苦手だ。碌な事にはならないだろうと選択肢から除外していた。


 長考になりそうだったので、一旦街から撤退して山の中で座り込む拓海。


「人の街で生活しようと思ったら、やっぱりお金はいるしなぁ……

 偽造通貨はさすがにまずいだろうし……」


 虚空検索アカシックレコードと、魔力操作LvMAX、土魔法があれば偽造どころか本物よりも質のいい物が作れそうであったが、そこはそれ、日本人の感性が待ったをかけた。人の理から外れた存在のくせに難儀なリッチである。


 ちなみに虚空検索アカシックレコードで調べた適正職は碌なものが無かった。大体が死霊系に関するもので、リッチなので当然とも言えたが拓海にとっては論外だった。


 何かないかな~といろいろと考えていると、拓海はふと閃いた。

 虚空検索アカシックレコードがあるなら、占いとか百発百中じゃね?と。


 思い立ったが吉日とばかりに、さっそく辻占いをやろうとしてすぐに挫折した。

 まず、場所代が払えなかった。

 何かしらの商いをするには、決められた場所で行う必要があり、その場所で店を開くなら場所代を求められたのだ。


 お金の入手方法を模索して結局お金が必要となる。どうしたらいいんだと悩んだ拓海は、それこそ虚空検索アカシックレコードで未来を見てみればいいんじゃないかと思いついた。

 天才じゃないかと自画自賛していた拓海だったが、早速調べようとしてすぐにパーンした。

 何も考えずに未来を見ようとすると、それこそ星の数程ある無数の未来を見る事になるのだった。しかも先々まで見ようとするとさらに分岐する無限の未来を見る事になりやろうとした瞬間にパーン。


「……えーと、条件を絞ろう」


 虚空検索アカシックレコードを全然使いこなせない事にちょっと落ち込みかけるが、そこはリッチ――以下略。

 切り替えて、どこかに雇ってもらえるか、ギルドに登録して討伐が出来るか、討伐以外の仕事が出来るか、一つ一つごく近い未来を見ていく事にした。


「……畑仕事の手伝いが一番いいって………」


 結果、身元の知れない拓海はグリンモアではかなり雇用条件が厳しく、特に大きな街では雇って貰えないどころか門前払いである事が判明した。次にギルドに登録する事だが、登録自体は可能だったが討伐依頼をこなそうとすると討伐証明部位を持ち帰る必要があり、その時点でアウトだった。最後の討伐以外の仕事だが、荷運びは地理感覚が無いため出来ず、残るのが畑仕事の臨時の助っ人だった。


「いや、文句言ってる場合じゃないな」


 千里の道も一歩から。拓海は再度街へとくり出して酒場のような軽い木のドアが正面についているギルドに向かった。

 カウボーイが居そうな外観であったが、中は役所のような造りで窓口が三つに分けられていた。

 一つはギルド登録者の依頼受理と結果報告。一つはギルドへの依頼申請。最後の一つが何でも相談窓口だった。


 とりあえずどれがどれか知らない拓海は、唯一人が並んでいない何でも相談窓口に向かった。受付に座っているのは強面の男性職員。女性職員は奥にいるらしく、どの窓口にも厳つい男が座っていた。


 拓海は特に気にせず強面の男性職員にギルド登録したい旨を伝えるとその場で登録申請の紙を書く事になった。が、文字が書けないので代筆してもらった。

 その際、名前はリカルドにした。顔が名前負けしてるとの誹りは甘んじて受けるつもりだが、一応拓海にも考えがあってこの名前にした。

 その他出身は魔族領と人間領の間の緩衝地帯という事にして事なきを得、得意な事は土魔法としておいた。


 登録にはお金が必要であったが、借金という形で会員証ドッグタグを貰い、さっそく畑仕事の依頼を受ける事にした拓海改めリカルド。

 ちなみに、肉体労働という事で魔法は使用禁止だった。不当に魔導士の力を搾取する事を防止する目的と肉体労働しか出来ない者を守るための措置だった。


 どうせ魔法は禁止なのでローブは消して、Tシャツにズボンのラフな格好で行くとほっかむりしたおじさんは、ひょろっとした日本版リカルドに本当に大丈夫かねぇという顔をしていた。

 だが、休耕地を耕すように言うと、リカルドは鍬を持ってひたすら掘り返した。

 鍬の使い方は小さい頃の農業体験以来だったが、畝を作るわけでもなくひたすら掘るだけなのでなんとなかった。


 もくもくとぶっ続けで作業を進めるリカルドに途中おじさんが休憩を呼びかける程で、それでも汗もかかず疲労した顔も見せないリカルドを見て人は見かけによらないと感心していた。

 実際はリッチなので当然汗はかかないし疲労もしない。顔は表情筋を動かすのが大変なのでデフォルトのぼんやり顔のままなだけだが、知らなければ関係ない。


 こうして山中泊と農作業の手伝いを繰り返しギルドへの借金を返済して小金を手にしたリカルドは、早速場所を借りようとして不意に立ち止まる。


 場所を借りただけでは、占いは出来ない。

 さすがにテーブルも椅子も無い状態では恰好もつかない。それに虚空検索アカシックレコードを利用するとしたら、場合によっては目の前で頭パーンを見せる事になる。

 今更そんな事に気づいたリカルドはまた山に帰った。もう山に住めばいいぐらい山中が落ち着くのだが、リカルドは諦めない。どうせファンタジーな世界に来たんだからファンタジーな出会いをぜひしてみたかった。


「まず、虚空検索アカシックレコードを使う場合のリスクを回避しないとな……魔力でダメージを受けるって奴出来ないかな?」


 ちょっと試しにやってみるリカルド。だがパーンした。

 何故だと思って調べると、防衛本能が働いた結果だった。

 もし魔力でダメージを受けた場合、疑似脳で受けていた負荷がそのまま精神核まで到達して存在ごとパーンとする事が判明。あやうく霧散しかけていた。


「……えーと、方向を変えよう。パーンを防ぐんじゃなくて、パーンを見せない方向で」


 思いつくのは幻のような感じで、一見何事もなかったかのようにする方法だった。

 虚空検索アカシックレコードで見れば方法はすぐにわかった。だがさらに確認していくと、リカルドの場合パーンとなる瞬間に、魔力があたりに飛び散るので魔導士や勘の鋭い者には感じ取られてしまう事もわかった。


「……時を止めよう」


 もう考えるのが面倒になってきて、リカルドは雑な案を出した。

 時を止めてしまえば相手は何も感知出来ないだろうと。

 そうして虚空検索アカシックレコードで時魔法を習得し、余りある魔力と魔力操作LvMAXにより実現してしまった。


 時魔法を操れるのは時の魔王と呼ばれる魔族領を支配する十家の内、上位三家の一角、悪魔族のバリアント以下数体だけなのだが、強大な力を持つと言われているバリアントですらリカルド程気軽に何度も時を止める事は出来ない。

 とんでもない力を手にしたリカルドだったが、


「やばい……この力があったらスカート捲り放題じゃ」


 発想が貧困だった。


「いや、時が止まっているからスカートも絶対硬度になってるわけで、とすると下から覗き込むしかないのか」


 思考も変態だった。


「違う違う。そうじゃなくて、それはまずい。話を戻そう」


 最後の砦日本人的倫理観が仕事をし、思考を戻すリカルド。

 とりあえず虚空検索アカシックレコードを使用する際に時を止める事は出来るとして、あと必要なものは机に椅子、それっぽい垂れ幕にそれっぽい水晶もかと指折り数える。

 椅子と机、水晶は土魔法で作る事が出来るが、さすがに垂れ幕は土魔法では出来そうになかった。

 しかし布製品はちらっと露店にあったのを思い出してみてもそれなりのお値段のような気がした。金銭価値については既に虚空検索アカシックレコードにより把握済みだ。


「服なら出せるんだけど……ん?」


 自分で言って自分の発言に気づくリカルド。

 服なら出せる。なら布も出せるんじゃね?と。


 ただ、これまでの経験からすると手放すと魔力に戻りリカルドの中に吸収されてしまうのだ。しかし維持出来るとなると布代が大幅に減らせる。

 試しにモンゴルの遊牧民の家、ゲルの小型版みたいなものをイメージして作ってみる。色は黒に近い濃い紫でちょっと唐草模様みたいな蔦模様をも入れて見たり。


「………駄目だな。触ってないと維持出来ない。しかもこれ、下手したら魔力でバレるかも……」


 さすがに魔力操作LvMAXでいろいろとやってきたせいか、何となく魔力を感知する事も出来るようになってきたリカルド。作った布が自分と繋がっている間は、コントロールによって物質内に魔力を閉じ込め隠蔽出来ているのがわかるが、手から離れるとそれが解けて自分に戻る一瞬、魔力が辺りに漂っているのがわかった。


 助けて虚空検索アカシックレコード~と、リカルドは早速何かないか調べた。

 そして解決策として魔力で精製したものを維持するために空間魔法を習得。ついでに何があるかわからないからと他の魔法もまとめて習得し、死霊魔導士リッチの名に恥ずかしくない立派なステータス構成へと変化していった。

 

 よし、これで準備万端だとリカルドは意気揚々街へとくり出し、場所代を収め人目を忍んでさっそくテントを生み出す。中に机と椅子、それからそれっぽい垂れ幕のような感じでレイアウトを整え、最後に水晶を台座の上に出して、客を待った。


 さて、いきなり露店広場の片隅に突如現れたちょっと見た目おどろおどろしいテント。さらに店の者と思われる人間は魔導士風のローブ姿にフードまで被っているのでその素顔がよくわからない。

 生憎とグリンモアには占いと言う習慣があまり無いためそれが何なのかサッパリ理解されず、顔の分からない主の店にみな怖がるように近づかなかった。


 一日目、誰も入って来なかったのでおかしいなと思ったリカルドは虚空検索アカシックレコードで原因を知った。

 占いと認識されていないならばと文字を調べて、『占いの館。恋愛、仕事、金運、何でも占います。一回300クル』と書いた看板を置いた。300クルは日本で言うと大体3000円ぐらいだ。


 二日目、誰も入って来なかったので今度は外観を変えた。占いといえば紫だろという固定概念を泣く泣く諦め、明るいミントグリーンの色へとガラッと変えた。

 グリンモアで好まれるのは緑色。思いっきり阿るリカルドだった。


 三日目、誰も入って来ないので今度は顔をイケメンに変えた。

 グリンモアで好まれるのはしっかりとした筋肉のついたいわゆる細マッチョ系で、高身長、緑系統の目と髪色の男性だ。リカルドはがっつりそれに寄せた。

 元の自分よりプラス10cmの身長、ぜい肉は無い代わりに筋肉もなかった身体に虚空検索アカシックレコードで調べまくった筋肉美を再現、淡い新緑の瞳に長い鮮やかな翠色の髪を後ろで一括りにした。

 服装もグリンモアのちょっと裕福な人が来ている白いシャツにグレーのベスト、同色のトラウザーズに編み上げのブーツを装着。

 なりふり構っていられなかった。そろそろお金が尽きるところだった。


 袖を捲ってテントを張り直す振りをしていると、ちらほらと視線を感じるリカルド。さらにはちょっと顔を赤らめた女性に声を掛けられる事もあり、昨日一昨日と遠巻きにされていた時とは雲泥の差だ。


 リカルドは内心、顔か!と突っ込みまくっていたが、その顔を利用しているので人の事は言えない。

 悲しい現実に勝手に凹みつつリカルドは待ち構えた。

 そして客は来た。


「ようこそ、占いの館へ。本日のご相談は何でしょうかお嬢様」


 微笑みで表情筋を固定したリカルドが丁寧に椅子を勧めると、おずおずと入って来たのはまだ若い女性だった。薄い黄緑色の髪を可愛くサイドから編み込んでいる十代後半ぐらいの女性で、踝まである柿色のスカートをぎゅっと握りこんで緊張した顔で椅子に座った。


「あ、あの……外に、恋愛も占うってあったんですけど」

「ええ、何でも占いますよ」


 穏やかに頷くリカルドに、女性は意を決したように語った。


「実は、私、恋人との関係を親に反対されてて、それで恋人がこのまま反対されるなら駆け落ちしようって……」


 一件目からわりと深刻なのが来た。

 うわぁ……と内心思いつつ、表情筋は固定されたまま「そうですか」とあくまでも穏やかに頷くリカルド。


「私……どうしていいか……もちろん、彼の事は好きです。でも、両親の事だって……反対されて悲しくて、本当は祝ってほしくて……」


 これはまた難しいのが来たなぁと思うリカルド。

 結局どうしていいのか本人もわかっていないパターンだ。このまま未来を確認しようとしても方向性すら決まっていない現時点では頭パーンにしかならない。未来の選択肢があり過ぎて。

 しくしく泣き始めてしまった女性にリカルドは仕方がないと、とりあえず時を止めた。


 虚空検索アカシックレコードでまず相手を確認。

 すると隣国フルエストの大店商人の後継者が出た。名前はブラネスト・エクスナー。歳は23歳。グリンモアで好まれるイケメンとは違うが、なかなかの知的イケメンだった。けっ。と思うフツメンリカルド


 ブラネストの考えを確認すると、本気だった。本気で目の前で泣いている女性、エマを愛していて、自分の両親に反対されてでも一緒になる気だった。一緒になった後も商人修行で培った人脈を使って店を開いてやっていく気らしい。

 リア充めと思ったが、並々ならぬ覚悟だったので苛立ちをおさめるリカルド。本気の人間を相手にするならこちらも本気にならないとなと変な覚悟を抱いた。

 当人だけでは情報不足だと二人の両親や兄弟、祖父母などなどとにかく調べまくったリカルド。

 実時間はゼロだが、止めた時の中でほぼ二日ほど唸り続けていた。残念ながらリカルドはあんまり頭は良くない。なので悩む時間が大半だった。


 エマの家はこのグリンモアで商売をしているそこそこ大きな店の一人娘。家人は、国内の素性の確かな婿をと考えており、そこに他国の人間であるブラネストが現れたので泡を食って反対しているところだった。

 そもそもこのグリンモア、他国へと嫁に出す事をあまり好まない風潮があった。

 グリンモアの国民が総じて緑の手の持ち主であり、それを欲する者達が人さらいのように若い娘を嫁として奪っていってしまった過去がありそれが原因だった。

 他国へ行けば馬車馬のように働かされ二度とグリンモアの土は踏めない。そう信じられてしまったのだ。


 ブラネストの家人はというと、グリンモアの人間と揉めるのは良くないと否定的な者と、ブラネストの応援をしてやりたいという者にわかれており、こちらも一枚岩ではなかった。


「両方に祝福してもらうって……かなり細い道になりそうなんだけどな……」


 時が止まった空間で涙を零したままのエマを眺め、溜息をつくリカルド。

 ブラネストと駆け落ちした場合でも、ブラネストの手腕によってエマは生活に不自由しない暮らしを得る事が出来る。しかし、そこに実家との繋がりはなく、やはり気がかりは残っている。

 ブラネストの方もそうだ。こちらも長男がいきなり店を出て行ってしまったので、次男が急遽跡継ぎとなりかなりの苦労をする事になる。それを噂に聞いて申し訳ないと思いつつも顔を出す事は出来なかった。


 もう一度エマの姿を見て、リカルドは腹を括って結論を出した。

 時が再び流れ出し、涙をこぼすエマに穏やかにリカルドは告げた。


「お嬢様。まず、お相手の方をあなたのおばあ様に引き合わせてみてください」

「祖母に……?」

「おばあ様はあなた方の事について、はっきりと否定の言葉は使われていないのではないですか?」


 指摘されてエマは思い返してみて、「あ……」とそうである事に気づいた。


「お相手の方の想いがおばあ様に伝われば、おばあ様があなた方の味方になってくれるかもしれません」

「………祖母が」


 エマの父方の祖母は、グリンモアの出身ではない。エマは知らないが、祖母と祖父は恋愛結婚をしており、その際両親に反対されて絶縁となってしまっていた。

 父方の祖父は自分達と同じような辛い目には合わせたくないと他の家人同様に反対しているが、この祖母だけが複雑な思いで見守っていたのだ。


「はい。お話を聞いていただけると思いますよ」

「……彼に言ってみます」


 頷くエマに、もう一つとリカルドは告げた。


「一つ助言を。おばあ様とお話しするときは、白いワンピースに、彼から贈られた黄色の花のブローチをしてみてください」

「え?」

「お持ちでしょう?」

「は、はい……」


 家族の事にくわえて、ブラネストから贈られた黄色い花のブローチまで言い当てられ驚くエマ。それでも占いってそういうものなのかしらと頷いた。


「では、お代は200クルで」

「え? でも表には300と」

「初めてのお客様ですから。ちょっとした応援と言ったらいいでしょうかね」

「あ、ありがとうございます」

「その代わり、もし話し合いがうまくいったらそれとなく宣伝していただけると助かります」


 ちょっとだけ表情筋を動かして笑みを濃くすると、エマは戸惑いの顔から少し力が抜けてふわりと笑って頷いた。

 お代を支払ってテントを去るエマの後ろ姿に、内心でエールを贈るリカルド。


 話し合いは実際のところ五分五分の勝負だ。白いワンピースと黄色い花のブローチは祖母の思い出に重なる品で、その勝負をちょっとだけ後押しする事しか出来ない。それでも数多ある未来の中で最も両家に祝福される未来に近い道を示したつもりだった。


「上手く行けばいいなぁ……」


 ふーと椅子の背に身体を預け力を抜くリカルド。その日のお客は彼女だけだった。

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