虹の橋で待っていた変異体は叫ぶ。再開を喜べずに、ただ心の底から泣き叫ぶ


 渓谷から眺める空は、夕焼けから星空へと変わった。


 23時と言われても納得できる暗闇が辺りを包み込む。


 その中で、懐中電灯を手にしたバンダナと電気ランタンを手にしたマフラーが渓谷のすぐ側まで近づいてきた。


 小屋からそう離れていない位置だった。






「はあ……今回も変異体がらみなんて……」

 渓谷を前に、バンダナの背中は曲っていた。

「あたしはよかったと思いますよ。またこうして、憧れのバンダナさんと取材が出来るんですから」

 それとは対象的に、マフラーはわくわくしているように目を輝かせていた。

「君はよくても、僕はよくないんだよ……僕が変異体の耐性がないって、わかっているだろ?」

「それでもバンダナさんはそれでもこの依頼を受けたんですよね」

「確かに受けたけどさ……あれは先輩が強引に仕事を振ってきたから断れなかっただけで……」

「あ、現れましたよ!」




 マフラーが指を指した方向を見て、バンダナは目を見開いた。




 渓谷の崖と崖をつなぐように、半透明の石橋が現れた。


 その石橋の色は7色……いや、正確には数え切れないが、感覚的には虹の7色で間違いない。




 見た目はなんの変哲もない虹の橋だが、バンダナはその場で崩れ、白目で気絶した。まるで、得体えたいの知れない恐怖に取り付かれたように。

 一方、マフラーは何事もないようにバンダナに近づいて、彼の耳元でささやいた。

「それじゃあ、あたしはちょっと橋を渡ってみますね」

 バンダナがその言葉を聞いているのかもお構いなしに、マフラーはひとりで虹の橋に向かった。




 半透明であるにも関わらず、虹の橋はマフラーの足を載せた。


 マフラーが歩くと、石橋の橋を歩いた時と同じ音が渓谷に響き渡った。


 橋の中央に到着すると、マフラーは虹の橋の手すりに手を置き、景色を眺めた。


 しばらくしてからスマホを撮りだし、周りの景色を写真に収めていった。


 虹の橋が現れて5分後、手にあるスマホから着信音が鳴り出した。




「バンダナさん、大丈夫ですか?」

 スマホを耳に当てながらマフラーが尋ねると、スマホのスピーカーからバンダナの声が聞こえてきた。

「う、うん。橋から目をそらしているから大丈夫」

「それならよかった。今、橋の上からの景色を撮りましたから、十分堪能してから戻りますね」

「十分堪能ってことは、しばらく見続けるの?」

「はい。12時までには戻ってきますよ」

「それだとギリギリになっちゃうかな……まあ、僕が知らせばいいか……」


 その直後、「ん?」と首をひねっていそうな声が聞こえた。


「バンダナさん?」

「あ、いや、ちょっと思い出してね」

「なにを思い出したんです?」

「ほら、虹の橋がかかっているだろ? それでちょっとした昔話を思い出したんだ。確か……死んだペットは、天国に続く虹の橋の前で飼い主を待っているって話」

 バンダナの話を聞いて、マフラーはうっとりとしたようにまぶたを閉じた。

「なんだかロマンチックな話ですね……あ、そういえば、あの小屋にも犬小屋がありましたよね」


「ああ、レインってかかれたあの犬小屋ね。多分あの小屋の主人が飼っていた犬の物だろうけど……なんかおかしいんだよなあ」


「おかしい?」


「ええ、普通はボールとかオモチャとか、犬が大切にしていたものが入っているだろう? でもあの中に入っていたのは、財布とか、髪飾りとか、バッグとか……犬が大切にしていないものばかり……」




 それから、バンダナの声は聞こえなくなった。


「もしもし? バンダナさん?」

 スマホからは、声は聞こえない。

 マフラーは首をかしげながら着信を切り、バンダナのいた方向にむかって橋を降りようとした。




 ふとマフラーが後ろを振り返った時だった。




「……!!?」




 橋が、中央から消え始めていた。


 まるで幻だったかのように、半透明から完全な透明へと変わっていく。




 マフラーは歩きから走りへと速度を変えた。


 橋の消滅も同じように早まり、マフラーの足元に迫る。




 まもなく橋を渡りきるところで、




 マフラーの足が、宙に浮いた。



 足場がなくなる直前、宙に身を踊らせたのだ。






「いつっ!!」


 全身を地面にたたきつけられても、マフラーはつぶれたトマトにはならなかった。渓谷の底ではないからだ。

 後ろを振り向いて、橋の架かっていない渓谷が広がっているのを確認すると、大きな安心のため息をついた。

「でも、まだ12時じゃないのに、どうして消えたんだろう……」


 その疑問を問いかける相手であったバンダナの姿は、どこにもいなかった。


 代わりにいたのは、小屋の女性だけだ。


「……もう少し待ってて。ひとりはすぐに落ちるから。もうひとりは……」


 女性は、渓谷を眺めながらブツブツとつぶやいている。

 起き上がったマフラーが後ろに近づいても、気づかないようだ。




 その直後、マフラーは渓谷に目を向けた。


「……さん……」


 渓谷から、バンダナの声が聞こえてきた。

 マフラーは女性を無視して渓谷に近づき、のぞいた。


 バンダナは渓谷の崖にしがみついている。


 マフラーの顔を見ると一瞬だけ唇が緩んだが、すぐに目を見開いた。




「マフラーさん、後ろ!!」




 マフラーの後ろに、女性の影が覆いかぶさった。


 バンダナの声に合わせて、横に避ける。


「――っ!!」


 押し倒そうと前方に体重をかけていた女性は、バランスを崩し、




 何も言わず、渓谷の底へ落ちていった。






 渓谷の前に、地面に尻をつけて息を切らしているバンダナとマフラーの姿があった。 


「……バンダナさん、何があったんですか?」


「うん……電話をしていたら急に背中を押されて……」


「でも、どうしてあの人が……」


「それなんだけど、崖に捕まっていた間にあの人が言っていたんだ。虹の橋になった君のために、今日も遊び相手を連れてきたわよ。君は人間が好きだったから、ずっと寂しい思いをしてごめんね……レイン……って」


「それじゃあ、あの虹の橋の変異体は……!?」


「どうだろう……人間が化け物の姿になったのが変異体だから、動物が変異体になるはずはないけど……でも、確かにあの橋は変異体だった……」




 バンダナは先ほどまで橋があった場所に目を向けた。


 その直後、渓谷の底から何かが聞こえてきた。




 それは、犬の遠吠とおぼえ。




 どこか悲しく、どこかやるせない遠吠とおぼえだった。










 渓谷に虹の橋がかかった最後の日の出来事である。

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化け物ライター、虹の橋を取材する。 オロボ46 @orobo46

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