『喜劇王』ペルドット②

「はあ……」

 巨大なサーカステント……まくで締め切られた出入り口の上。むき出しになった鉄骨部分に、先程の男はいた。膝を折り、目の上に手を当てて、遠くを見つめている。

 とっくに夜は深くなり、空には星一つ浮いていない。この国の王を否定する人間たちとその声を、男は探知魔法で感じ取る。

 群衆と男の真上には、真ん丸の黄色い月が夜の空にくっきりと浮かんでいる。

「いち、に、さん……六百人ぐらいか……。さっきの倍じゃん。多いなあ……」

 広げている探知魔法で松明たいまつやらを持って押し寄せてくる人間たちを数え、男は独り言を呟く。

 群衆が向かう先は、男が今いる巨大なサーカステントである。群衆との距離は三キロメートルほどか。

『……『喜劇王』などいない! そんな『王』はこの世界に存在しない!』

『そんな『王』などいない!』

『『喜劇王』などこの世界にいない!』

 群衆の叫び声を探知魔法で感じ取る。集まっている人間たちは明らかに正気しょうきではない。それ以外の言葉を忘れたかのように、ただひたすら『喜劇王』はいないと叫んでいる。

 探知魔法で探るに、誰かに催眠さいみんをかけられているわけでも、精神を操作されているわけでもなさそうだ。

「“否定”か。面倒くさいなあ、もう……」

 男は独り言を言い、もしゃもしゃと頭を掻いた。男の藍色の髪が、夜の風に軽くなびく。

 男の格好は一番上のボタンだけを開けたシャツに、黒いズボン。よく見るとスカーレットが履いていたズボンと同じ物である。足に靴下は履いておらず、そのまま靴のかかとを踏んづけている。

 鮮やかな藍色の髪は耳にかかるほどで、顔立ちは驚くほど整っている。外見の年齢は、三十代前半というところだろう。途方もない年月を生きている『王』たちに、年齢などあまり関係ないのだが。

 整った顔に浮かぶ表情はのっぺりとしていて覇気はきがなく、かもす雰囲気からは微塵みじんもやる気を感じられない。男は面倒くさいという感情をわずかに顔に浮かべ、ぼうっとどこか遠くの方を見つめている。

 この男の名を、ペルドット・アレイスキーという。

 先程『王』たちの会議でよろいを代理に出した『喜劇王』、その本人である。

「はあ……。さっさと終わらせて、スカーレットが昨日持ってきてくれたケーキでも食べて寝よう……」

『喜劇王』ペルドット・アレイスキーは心底面倒くさそうに、そんな独り言を呟いた。


『喜劇王』の名をかんする彼が統べるのは、周囲を海に囲まれている小さな国である。総人口は八千人ほどしかいないが、この国は最小無敗と呼ばれ、世界で一番小さいながらも他国からの侵攻しんこう侵略しんりゃく、戦争による敗北はいぼくを一度も許していない国として知られている。

 中心街には劇場や映画館などがきそうように建設され、道の端には芸をする芸人や楽器を演奏家えんそうかがチップを貰うために立っている。そんな街と比例するようにして、歩いている人間たちもありったけの宝石やらドレスやらで自身をかざてている。

 朝も昼も夜も関係なく歌劇場や演劇場の照明が煌々こうこうときらめくこの街だが、それは表向きの姿だ。

 明るいこの国は、世界最大の奴隷どれい市場いちばという裏の顔を持っている。役に立たない人間や行き場のない子供たち、現実ではなく「幻想げんそうなか」にしか生きていない妖精や、森の中に住むエルフと呼ばれる希少きしょうな生き物たちを集めて値段をつけ、人間たちが売り買いをする場所だ。

 夢を追う若者がたまたま乗り合わせた船が、実は捕まえた子供を売りに来た船だった、というのはこの国ではよくある話だ。それぐらいこの国に来る船はそういう目的のものが多く、むしろ、富裕層ふゆうそうの人間たちはそれ目当めあてでわざわざ船を出してここにやってくる。

 買われた人間たちの行き先は人体実験場であったり、娯楽ごらくで大型の肉食獣と戦わされたり、運がいいと愛人になったりする。いいにあたれば人間として扱われるが、それ以外に買われると、奴隷より階級が下の「家具かぐ」として扱われることもある。

 そして使い物にならなくなったらまたここへ売られに来て、また誰かに買われていく。一度値段をつけられた人間は、それをぐるぐると繰り返すのだ。

 世界で一番小さいが、世界で一番金が動く国。それが、『喜劇王』ペルドットの統べるアーガスト国である。


(き、『喜劇王』様、やはりスカーレット様に助けを求めた方が……)

 と、頭の中に先程の側近の思考が飛んできた。

「うるさいなあ。僕を誰だと思ってんの……」

 側近の思考に口で返事をし、ペルドットは思考魔法を打ち切った。

 同時に、以降いこうの相手から届いてくる思考の一切を遮断する。集中するためではなく、単に頭の中で他人の声が響いてくるのはうるさいからだ。

「……あ。これ、なんとかしたら……スカーレット、褒めてくれるかなあ……えへへ……」

 目の上に当てていた手をのけ、ペルドットは一人でそんなことを呟いた。自分で言ったことに、にやあ、とくらい笑みを浮かべる。

「……うん。間違いなく褒めてくれるはずだ……。へへ……。じゃ、頑張がんばろう……」

 ペルドットはそう言うと、のそりと立ち上がった。

 群衆が目視できる距離まで近づいてくる。このテントまでは残り六百メートルほど。

「一日に二回も『王』であることを否定されるなんて……。悲しいねえ、悲しいねえ……ああ、なんて悲劇ひげきかな……」

 ペルドットは近づいてくる群衆を見つめながら、そう呟いた。その口の端がわずかに、上に吊り上がっている。

 そしてペルドットは群衆を見ながらこう唱えた。

「さぁさぁ今こそ、悲劇ひげき喜劇きげきに変えましょう。

 まくげるかんだよ。さぁさ、みなさまちゅうもく

 パチン、とペルドットは右手の指を鳴らす。ペルドットが、『喜劇王』として持つ魔法が発動する。その音が鳴ったと同時。

『『喜劇王』などいない! そんな『王』など……』

 そう叫んでいた六百人の人間が一瞬にして、全員、二頭にとうしんほどの道化の人形へと変わった。ご丁寧に持っていた松明やらも残らず楽器に変わっている。六百体の道化の人形はそれぞれが持つ楽器を鳴らしながら、テントへと近づいてくる。まるで遠征えんせいに行っていた楽器隊がっきたい帰還きかんだ。

『喜劇王』が指を鳴らしたと同時、大勢いた人間たちが道化の人形に変わった。見たら誰もが笑いだしそうな光景である。そして、誰もが信じないような出来事だ。

 これはペルドットが『喜劇王』として持つ魔法である。自分が「悲劇」と感じたあらゆる悲しい出来事を、めちゃくちゃな「喜劇」に変える。

 ペルドット以外の『王』たちもそれぞれ個人が持つ魔法以外にも、このように名の通りの魔法を持っている。

 しかしその魔法は当然、『その王』として認めていなければ使えない。強力だが、その『王』の座から引きずり降ろされた瞬間、その魔法は使えなくなってしまうというわけだ。

「……うん。これでいいんじゃないかな……」

 ペルドットは鼓笛隊の道化たちを見下ろし、そう呟く。右手の人差し指を動かすと、道化の人形たちは煙となって姿を消した。

 ペルドットは遮断していた思考魔法を解除し、側近に思考を送る。

(終わったよ……。お腹すいたから、スカーレットが持ってきてくれたケーキの準備してて)

(分かりました。『喜劇王』様、ケーキはいくつお召し上がりに……)

 そこでぴくりと、ペルドットは、広げていた探知魔法に何かが引っかかるのを感じ取った。頭に響く側近の思考を打ち切る。

 ペルドットの視線の先には松明や農具を持った群衆が、

『『喜劇王』などいない! そんな『王』はこの世界に存在しない!』

 と再び叫びながらこちらに向かって来ている。さっきとは違う人間たちだ。

「……はあ。またか……」

 先程より数は少ないが、探知魔法で感じるに、全部で三百人というところだろう。ペルドットはもう一度『喜劇王』としての魔法を頭の中で唱える。そして同じように、右手の指をパチンと鳴らす。

 しかし、群衆の先頭にいる何人かが道化の人形になっただけで、他の人間たちは止まらない。楽器を鳴らす道化の人形を押しのけ、このテントへと近づいてくる。

「……ち」

 ペルドットは小さく舌打ちをした。

 否定の声が多すぎるのだ。このままでは『喜劇王』の座を落とされてしまう。

 否定の言葉はどんなに強い魔法やおとぎ話や『王』でも、その一言だけでそれを「存在しない」と打ち砕く力がある。この世界でひとたび「いない」と言われてしまえば、その存在は「ない」ものになってしまうのだ。

「はあ……ちょっとこれは、面倒くさいなあ……」

 と、ペルドットはその場に膝を折りながら呟いた。ぽりぽりと頬を掻きながら考える。

 自分を否定している群衆たちとの距離は遠い。『王』としての魔法が弱くなりつつある今、止めるためには自分が動く必要がある。

 人間たちを殺すのは簡単だ。問題はどこからやるか。ペルドットは右手の人差し指を回しながらぼんやりと考える。

「『喜劇王』などいない! そんな『王』はこの世界に存在しない!」

「『喜劇王』などこの世界に存在しない! そんな『王』はこの世界にいない!」

 群衆たちが足元に迫ってくる。テントまで残り三十メートル。

「はあ……めんどくさい……」

 ペルドットは言いながら、着ているシャツの袖をまくっていく。両腕の手首から肘にかけて。無数の傷と、その上に描かれた幾何学きかがく模様もようのタトゥーがあらわになる。

 ペルドットは右手にナイフを生み出した。それを掴むと流れるように、自分の左腕へと思い切り突き刺した。ごり、とナイフの刃が骨に当たる音があがる。

「めんどくさいなあ……もう……」

 面倒くさそうに言いながら、腕に突き刺したナイフをぐちゃぐちゃと掻きまわしていく。傷が広がり、刺さった箇所からとめどなく血が溢れてこぼれ落ちる。とんでもない激痛のはずだが、ペルドットは汗の粒さえ顔に浮かばせていない。

「……っと、これぐらいでいいかな」

 ぼじゅ、とナイフを引き抜いた。真っ赤になった左腕を前に出し、指を下に向ける。傷口から溢れた彼の血が指をつたい、真下にいる群衆の何人かへとそそぐ。

 ペルドットの血は先頭にいる男の頭に付着し、髪を伝い、額を流れていく。それでも男は「『喜劇王』はいない!」と叫んでいる。頭にペルドットの血を付着させた他の人間たちも、誰一人として止まらない。

「まったく……面倒くさい……」

 ペルドットは、血がついた何人かを見下ろしながら、ナイフを持つ右手の指をパチンと鳴らした。

 その瞬間。

「『喜劇王』はいない! そんな『王』は……」

 ペルドットの血を頭に付着させた人間たちが、叫ぶのをやめた。一斉に後ろを振り返り、突如として、持っていた松明や農具を振り回し始めた。

「『喜劇王』など存在しない! そんな『王』など――」

 松明の火が燃え移り、叫んでいた男が火に包まれる。男は燃えながらも、最後まで『喜劇王』を否定しながら黒焦げになっていった。

「『喜劇王』なんていない! そんな『王』なんて……!」

 そう叫んでいた女を、頭からペルドットの血を垂らしている女が持っている農具で腹を刺した。刺された女は血を吐きながらその場に崩れ落ちる。

 ペルドットの血を頭に付着させた人間たちが、叫んでいる残りの群衆を次々と倒していく。

 ペルドットの血を額から垂らしながら、男が松明を振り回す。火が燃え移り、子供が黒焦げになっていく。その子供を気にかける者など誰もいない。

「『喜劇王』なんていない! そんな『王』などこの世界には存在しない!」

「そうだ! 『喜劇王』なんていない! そんな『王』など存在しない!」

 群衆は止まらない。『喜劇王』を否定しながらテントへと突っ込んでくる。

 ペルドットは治りかけている左腕に、もう一度ナイフを突き刺した。ナイフの刃が向こう側に突き抜ける。ナイフを手首の方へと動かし、もう一度かき回して傷口を広げ、引き抜く。裂け目のようになった傷を、同じように下へ向ける。

 垂れた血が、新たに何人かの頭に付着する。ペルドットはナイフを持つ右手の人差し指を動かした。先程と同じように、血が付着した人間たちの声が止まり、振り向いて群衆を攻撃し始める。

「うふふ……松明の火がゆらゆらしてる。きれいだねえ……」

 その様子を、まるで何かを操るように、ペルドットは右手の人差し指を動かしながら、上から眺め下ろしている。

 彼の左側にはいつの間にか現れた三体の道化の人形が、血まみれの彼の左腕に包帯を巻いたりしている。道化の人形は先程の鼓笛隊の格好をしたものではなく、白衣を着て聴診器を肩に引っ掛けているのが一体と、残りの二体は看護師のような格好をして、頭にナースキャップまで付けている。


『喜劇王』という名を持つ彼だが、その名の通りおどけて周りを楽しませているわけでもなければ、狂人きょうじんを演じて喜劇を振りまいているわけでもない。

 かといって極めて残忍ざんにんな性格の持ち主でもなければ、命を張って国民たちを守るという人間でもない。ペルドットの性格と行動こうどう原理げんりは驚くほど単純で、実にシンプルなものである。

 やりたいことだけをして、やりたくないことはしない。気に入った人間は助けて、嫌いな人間はとことん嫌う。それ以外のことはどうでもいいし、興味もない。ペルドットが考えるのはそれだけである。

 自分の国を世界で一番小さい大きさにとどめているのも、守る範囲をせばめることで、自分が余計な魔力と国を守るための労力を使いたくないからだ。

 この国に対してもいつの間にか人間たちが来てここまで増えていたのであって、彼に「一国の王」という自覚はほとんどない。自分の国にどれぐらいの人間たちが住んでいるのかも知らないし、政治せいじ関連かんれん税率ぜいりつ、この国がどのように収益しゅうえきを得ているのかもペルドットは知らない。

 面倒くさくてやりたくないことを放っておいたら、他の人間が勝手にその仕事をやり始めて、気がついたらその人間たちが自分の側近になっていただけだ。側近たちの名前もほとんど知らないし、全部で何人いるのかも知らない。

 ペルドットにとっては、とある人物の近くにいるためには、その人物と同じ『王』という立場がよいと判断しただけのことであって、この国に対しての愛着あいちゃくもほとんどないし、どうなろうが興味もない。

 ゆえにこの騒動も、ペルドットにとってはどうでもいい。ただ、スカーレットを呼ばれて彼に説教されるのが嫌なだけである。

 壊滅的かいめつてきに王という立場に向いていない人間だが、この国が国として機能できているのも、ここまで安定しているのも、優秀な側近たちや隣の国の『王』スカーレットがこの国のことも気にかけてくれているからである。そうでなければ、とっくにこの国は間違いなく終わっていただろう。いや、国という形すら維持できていなかったかもしれない。


「……さて。こんなもんかな」

 あっという間に、テントの前は静かになった。

 ペルドットは人差し指を動かした。頭にペルドットの血を付着させた人間たちは持っていた農具や松明を自分に向け、自殺した。

(『喜劇王』様、南西からまた……)

(分かってる)

 頭の中に響いてきた側近の思考に、そう送り返す。国全体に広げていた探知魔法で、『王』を否定する人間たちの出現を感じる。ペルドットはまた、舌打ちをした。

『『喜劇王』などいない! そんな『王』は存在しない!』

『そんな『王』などいない! 『喜劇王』を否定する! 『喜劇王』などこの世界にいない!』

「……」

 新たに出現した人間たちのその声を、ペルドットは探知魔法で感じ取る。自分の『王』としての存在が否定され、持っていた『喜劇王』としての力が薄れていくのを、はっきりと感じる。

(き、『喜劇王』様……)

 側近から思考が飛んでくる。

(なに? まだ何か報告が……)

(き、き、き……『喜劇王』などいない! そんな『王』など存在しない!)

「!」

 側近の思考が頭いっぱいに響いてきた。ペルドットは急いで思考をぶつりと打ち切る。

「ん……」

 ペルドットはわずかに顔をしかめ、こめかみを押さえる。響いてきた他人の声に、頭がズキズキと痛んでいる。たとえるならば耳元で大声を出されたような感じだ。急に大きな声を出してきた側近に、ペルドットは多少苛立つ。

 頭痛が治まってきた頃、自分の下に広がるテントの中へ探知魔法を飛ばしてみた。

『……などこの世界にはいない! そんな『王』など……』 

『そうだ! そうだ! 『喜劇王』なんて存在しない! 『喜劇王』を否定する!』

 探知魔法で拾うのは、群衆と同じく『喜劇王』を否定する声。テントの中にいた全員がその声を上げているだろう。全員を数えなくとも、ペルドットはそのことを把握する。ペルドットはさらに、自分の中の『王』の力が薄れていくのを感じる。

「はあ……」

 ペルドットはため息をつくと、テントの中に飛ばしていた探知魔法を意識から外した。

「面倒くさいことになったなあ……」

 ペルドットは呟き、もしゃもしゃと頭を掻く。それと同時に感じる、自分の中にかろうじて残っていた何かが、完全に消え去った感覚を。

「……あーぁ。王様は終わりか……」

 ペルドットは呟き、自分の右手を見つめる。『王』を否定され、「魔法が使えるだけの人間」になってしまったことを理解する。

 ここから再び『王』に戻るには、「その王である」とこの世界に認められなければならない。「その王」による力の象徴しょうちょう偉業いぎょうを世界に刻み込み、この世界に認めさせるのだ。だが今、それをするのは時間も人間たちも足りない。ペルドットは、ここから再び『喜劇王』に戻ることは、ほぼ不可能だとさっする。

「はあ……めんどくさい……」

 だがそんなことになっても、元『喜劇王』ペルドットの表情は一ミリたりとも動いていない。それどころか、動揺どうようすら顔に浮かばせていない。

「ふあ……」

 彼はのんきに、あくびを一つした。

「放っておいてもいいんだけど……」

『喜劇王』を否定していた人間たちが、今度はテントではなく船をめている港へ向かっていくのを、ペルドットは国全体に広げた探知魔法で感じ取る。

「……もういいか。うん、もういいよね。それだけを殺すのなんて面倒くさいし……うん、全員殺そう……」

 と、恐ろしい独り言を言って、

人形劇にんぎょうげきにしようか。見せるのは……もちろん喜劇だよ」

 パチンと右手の指を鳴らす。彼がいる真下……サーカステント出入り口の前に、大量の道化の人形が出現した。その数はゆうに三百体は越えている。現れた道化の人形は楽器ではなく、全員ノコギリや包丁などを持っている。

 この人形たちはペルドットが自身の魔力を使って生み出した物だ。ペルドットが人形たちに固定した命令はただ一つ、「ペルドット・アレイスキー以外の、この国にいる人間全ての虐殺ぎゃくさつ」である。

 ペルドットは恐ろしいほどに単純な思考が行動理由になっている。興味のないことを即座に切り捨てる理由もまた、恐ろしいほどに至極しごく単純だ。

「『にんぎょうたちのあかよる』だ。全員残らずぶっ殺すまで、帰ってきちゃダメだよ。さ、行っておいで」

 ペルドットが、人形たちに言う。その言葉を聞いた瞬間、それぞれ凶器を持った道化の人形たちはけたたましく笑いながら、国中へと散らばる。

 ほどなくして探知魔法を通じて感じるのは、道化の人形たちによる一方的な殺戮さつりく。『喜劇王』を否定していなかった人間たちの、悲鳴や絶叫。

『こ、これは『喜劇王』様の“人形ドール”⁉ な、なぜここに!』

『きゃあ! 『喜劇王』、『喜劇王』様! 助け……』

『ケヒ、ヒヒヒヒ!』

『アハハハハ!』

 血を浴びた人形たちがけたたましく笑う。持っているノコギリやナイフを振り回し、地面や劇場の看板に、人間たちの血が飛んで付着する。

 広げた探知魔法を通じ、人形たちの歌が聞こえてくる。

『おいらは人形にんぎょう喜劇きげきの“人形ドール”。楽しいことが大好きさ。ご主人様のためならば、どんなことだってこなすのさ。

 おいらは人形。喜劇が大好き。喜劇をえんじる道化の“人形ドール”。ご主人様の命令通り、一人残らず綺麗さっぱり、人間共をぶっ殺すのさ。

 ナイフがびりゃあ、なぐって殺そう。手足がもげたら噛みついてやれ。おいらが主役の『人形たちの赤い夜』! 飛び散る臓物ぞうもつ、増えてく死体! 肌にしみこむ血はあったかい!

 おいらは人形。道化の“人形ドール”。ぼっちゃんじょうちゃん、楽しい楽しい喜劇はいかが?』

 あとは人形たちに任せればいいかと、ペルドットは、国全体に広げていた探知魔法を切った。

「……おなか、減ったな……」

 きゅるる、とペルドットの腹が鳴る。そういえば、午後におやつを食べてから水も口にしていないことをペルドットは思い出した。

「スカーレットのケーキ……」

 ケーキを用意してくれる側近も、もういない。着る服を用意してくれる側近も、風呂の用意をしてくれる側近も、『王』ではなくなった自分にはもういない。真下にいるテントの中から二百人ほどが外に出ようとしているのを、ペルドットは感じ取る。

「なんで急にこんな人たちが出てきたのかなっていうのは気になるけど……ま、いっか……。全員ぶっ殺せば、とりあえず静かになるでしょ……」

 ペルドットは右手の人差し指を動かした。テント入り口の幕が開き、中から人間たちが一斉に出てくる。

 なるべくならば自分の持つ魔法は使いたくないのだが、こればかりは仕方がない。ペルドットは心底から嫌そうなため息を吐き出す。

 テントから出てきたのは、全員が自分を支えてくれた元側近たちだ。彼らがいたからこそ自分は『王』になれたし、『王』でいられた。そしてこの国は、国として維持いじできていた。彼らがいたからこそ、自分は『喜劇王』でいられたのだ。

 まあそのことなど、ペルドットにとってはどうでもいいのだが。

「はあ、めんどくさい……」

 ペルドットはもしゃもしゃ頭を掻きながら、これからやることを頭の中で組んでいく。元側近たちをどう効率こうりつよく殺すかを考えていく。

 今まで自分を支えてくれた元側近たちといえど彼が今からやることも変わらないし、やろうとしていることを変えようともしないだろう。ペルドットはそういう人間なのである。この程度で狼狽うろたえたり動揺どうようする人間ならば、ペルドットは他の『王』たちに一目いちもく置かれる存在ではない。

「面倒くさいなあ、もう……」

 そう言って今いる場所から、右足を一歩前に出した。足場を失った右足が、ぷらぷらと宙に浮く。

 ペルドットは、左足も前に出した。彼の体が空中に浮いた瞬間。まるで見えないまくが、ペルドットの足元から彼を隠していく。そのまま、彼の姿はそこから消えた。

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