二千年前の『王』たち②
「……あらおかしいわね。あなたはここに呼んでないんだけどねー」
リートネットが顔を上げて言うと、
「うっぷっぷっぷ。お忘れですか『魔導王』リートネットさま。『審判者』という駒に入れぬ場所はございません。我々は盤上であれば、いかなる所にも立ち入ることを許可されているのですう。うっぷっぷっぷっぷっぷぅ」
白い煙とともに、ジーニーが姿を現した。
「こんにちは皆様。『審判者』アストラル=ジーニーでございますよぉう。ここにぃ」
全員に向けてうやうやしく一礼する。
「また盤上とか駒とか意味分かんないこと言いに来たのー? それともこの前みたいに、遊びに来ただけって言うんじゃないでしょうねー」
「半分正解。半分不正解でございますよおう、リートネットさま。おっと、その前に」
ジーニーは、目の上に手を当てて部屋の中を見回す。
「『
ジーニーは特徴的な笑い方をする。
「ま、いいでしょう。ここにいる皆様に先にお知らせいたしましょう!」
ジーニーは、ぱん、と手を鳴らした。そしてこう言う。
「ただいまを持ちまして、第二回目の“魔法の世界のゲーム”の始まりですよぉう!
今回のクリア条件は皆様同士でぶっ殺し合って、最後まで残った一人がこのゲームを広げている『“魔法の世界”のゲームマスター』もぶっ殺せたら、今回のゲームはクリアでございますう!
いやあ、ワタクシ、今か今かと待ち望んでおりました! 果たして今回のゲームでは誰が勝ち残るのでしょう。ゲームマスターの椅子に座るのは誰なのでしょうねえ」
ジーニーは一人でうんうんと頷き、さらに一人で話を続ける。
「別にこのゲームに飽きたわけではありませんけれど、ワタクシ、そろそろ違うゲーム盤の駒になりたいわけなのですぅ。理想としては、置かれた場所からあまり動かず、仕事は最低限。
というわけで、ワタクシは皆様にちょっぴり期待しているのでございますよ。
ここから先は
誰が盤上から落ちるのか、最後に誰が残るのか、そして、誰が次のゲームマスターになるのか! ワタクシとっても楽しみにしておりますよおう。さぁ皆様! 張り切ってまいりましょう!」
ジーニーは一人、はしゃぎながら話を終えた。
しばし、部屋の中に沈黙が流れる。集まっている誰も、何も言わない。
「……あなた、いつも訳が分からないことを言っていたけれど、今回ばかりは本当に理解できないわ……」
口を開いたのはアネットだ。額に手を当て、心底から理解できないという顔を浮かべている。
「第二回目のゲームって言っていたけど、それって同じゲームが前にもあったってことよねー」
そう聞いたのはリートネットだ。アネットと違い、特に動揺している様子はない。感情が声と顔に出ていないだけなのかもしれないが。
「ちょっとリル。ジーニーの話、まさか信じているの? 駒とか盤上とかゲームとか
両手で机を叩き、立ち上がったアネットは、ジーニーをびしっと指さす。
「……むむ。アネットさま、ワタクシとユースフェルトのことをそう思っていらしたのですか。ユースフェルトのことはどうでもいいですが、ワタクシ、ちょっぴりショックでございますねぇ……」
心外なことを言われ、ジーニーは困った顔でぽりぽりと頬を掻いている。
「もう一人の『審判者』ユースフェルトだって前にこの家に出てきたけれど、ジーニーと同じようなことしか言ってなかったじゃない。この二人の話を本気にする方がおかしいわ!」
「アネット、落ち着きなさいよー。『魔導王』たるもの、こんなことで動揺してどうするのよー。
そもそも、この世界の『常識』ってこんなもんじゃない。意味が分からないものに意味がある。この世界はそういうものじゃない」
「そ、それはそうだけど……」
「ジーニー。今の話は本当なんでしょう?」
リートネットが横目で見ながら聞く。ジーニーはにこにこしながら答える。
「ええ、もちろんでございますよ。ワタクシ、今回は嘘をつかない役割の駒ですので。ちなみに、ユースフェルトも同じでございますよぉう」
「……」
それを聞いたアネットは、納得していないような表情のままだったが、ひとまず、すげすげと浮いた尻を椅子に戻した。
「……で。ジーニー。前回のゲームの詳細はー? それが分からなきゃ、いきなりゲームって言われても、『はいそうですか』って始められないわよー」
「確かに。それはそうですねえ。しかしリートネットさま。前回の、とおっしゃりましたが、申し訳ございません。ワタクシ共、第一回目の“魔法の世界のゲーム”……および、広げられた最初の盤上について、この時代の駒である皆様方には、詳細を語る許可をゲームマスターから
ジーニーは髭の端の跳ね上がった部分を触りながら言った。一転して、歯切れの悪い返答だった。
「ちょっと待って、最初の盤上って、なんのことを言っているの? 少なくともこの世界は、私たちの前の時代にもあったはずよ。それが最初の盤上なの?」
「アネットさま。それはあなた方の勝手な認識でございます。この『“魔法”の世界』は、あなた方がこの世界に立つよりもずうっと前から構成され、展開されておりましたよぉう」
「何、それ、一体どういう……」
「最初に広げられた盤上は、今と同じく魔法の世界が舞台でございました。そのゲーム盤は別名、『始まりの盤上』、『始まりの物語』と呼ばれております。
その盤上には『主人公』役の駒とそれを助ける役目の駒がおり、その盤上を読む観測者および読者の駒がおりました。始まりの盤上はこの、置かれた『主人公』の物語だったのです。
このゲーム盤が元となり、『“魔法”の世界』は今に至っているのです」
「……その詳細は話してくれるんでしょうね、ジーニー」
「申し訳ございません、アネットさま。これ以上はご勘弁を。
あなた方が今回のゲームを
と、ジーニーは言う。アネットは話についていけない、とでも言うように片手で額を押さえ、首を横に振っている。
『……ジーニー。さっきから当たり前に言っているが、ゲームマスターというのはなんだ?』
と、黙っていたグディフィベールが尋ねた。その質問にもジーニーは答えていく。
「そのままの意味でございます、『屍王』グディフィベールさま。
ゲームマスターとは、盤上に物語やゲームを展開させる存在でございます。今回のゲームを広げているのは『“魔法の世界”のゲームマスター』でございますが、何もゲームマスターはお一人だけではございません。
駒の置き場所と進行方向で未来が変わるように、盤上に広がる物語も、また
時には疲れたOLが主人公のドロッドロの恋愛物語だったり、時には勇者の駒がひたすら魔王に挑んでいくゲーム盤であったり。駒として盤上に置かれたゲームマスターと、盤上の案内人がずーっとイチャイチャするラブコメディーであったり、魔法などない世界の中で探偵と助手が活躍するミステリーだった時もありました。
それぞれのゲームの詳細を語る許可も下りていませんので、この時点ではワタクシの口からは何も申し上げられません。
これらの詳細が知りたければ、今回のゲームで最後の一人になることですねえ。今の盤上を広げている『“魔法の世界”のゲームマスター』に会うとき、全ての疑問が解決するでしょう。
……ああそうそう、忘れておりました。そういえばもう一つ、ゲーム盤を広げたゲームマスターがおりましたねえ。ワタクシも駒としてそのゲームに置かれておりました。内容はよく覚えておりませんが……確か置かれた駒のほとんどが自分の存在を“否定”して自殺したんですよねえ」
ジーニーはそう言うとなぜか、ライトグリーンの目をちらりと黒髪の少年に向けた。少年は何も言わず、黙ってジーニーを見つめ返していた。
「……なるほど」
ジーニーの説明に、リートネットが漏らす。するとそこで。
「……あほくさ」
と、割り込んできた者がいた。
「何が盤上や、ゲームや。
なぁ、おばば。まさか、そいつの言うこと信じとるわけないやろな」
そう言ったのは、端の椅子に座っていた男である。鮮やかな空色の髪をうなじのあたりまで伸ばしており、線のように細い
男の名は『
「ちょっと、誰が『おばば』よ。私、そんなに年とってないんだけどー」
リートネットが横目でフールを見ながら言う。
「あと、ここにいる時ぐらいはちゃんとしなさいよねー。それとも悪魔は椅子の座り方も知らないのかしらー」
「はいはい。すいませんね、『魔導王』サマ」
フールは斜めにしていた椅子の脚をきちんと床につけ、頭に回していた手もほどいて座り直す。
「じっとしとるんは
フールはだらしなく机に
それは
「はんっ」
と、そこで、机の上でリンゴを食べていた少女が鼻を鳴らした。全員の視線がそちらに向く。少女は
着ているのは、背中が大きく
この少女の名はクロネラ。彼女はおとぎ話や想像世界にしかいない、
「うだうだ言ってるけどさあっ、つまり、もうこんな紙は無意味ってことよねえっ!」
と言ってクロネラはパチンと指を鳴らした。すると、どこからともなく空中に一枚の紙が出現した。これは『王』の全員と取り決めた協定書だ。内容は主に、理由なくそれぞれの領地に侵入しない、『王』同士で争いをしないなどの事柄が記されている。
その紙に裂け目が入っていき、真っ二つに破れる。半分になったものも、さらに勝手に裂け目が入る。バラバラになった欠片は降り積もり、小さな紙の山を作った。
「……『
「だったらどうするのよ、アネット。ゲロカスニンゲンがいくら頑張ったって、クロネラちゃんに勝てるわけないんだから。無駄な
「人間」であるアネットを見下しながら、
「やあっと、こんなクソくだらない集まりから解放されるわっ! 何が『定例会議に出ないと、幻想世界を“否定”して見えなくする』よっ! ゲロカスのリートネットのくせにクロネラちゃんの幻想世界を
クロネラは一人でぷんすか怒っている。そして机の上を歩いていく。机から足が落ちる間際、桃色の
「……まったく。ゴミぐらい一緒に持って行きなさいよねー。人の家をなんだと思っているのよー」
言いながらリートネットは、またもや机を人差し指で二回叩く。先程と同じように、小さな土人形の“
土人形の“
「ねえ、ジーニー。一応聞いておこうかしらー」
リートネットは相変わらず感情のこもっていない声で、ジーニーに言った。
「あなたたちって、どういう立場なのかしらー?」
「そうですねえ、リートネットさま。ゲームも始まりましたし、お答えいたしましょう」
そう挟んで、ジーニーは答える。
「ワタクシ、アストラル=ジーニーとユースフェルト・バロンは今回この盤上では、主要な駒……今回のゲームで言う、あなたたち『王』にゲーム開始などのお知らせをする『審判者』という駒でございます。それと同時に、今回の“魔法の世界のゲーム”における案内人なのでございます」
「案内人?」
アネットが首をかしげる。
「ええ。案内人は、その盤上に広げられたゲームのルールを説明する
ワタクシ
ワタクシ共はあくまで
「なるほどー。じゃ、敵ではないのねー」
「それはどうでしょう。ワタクシ共が敵や味方になるというのは、盤上の進行次第……ゲームマスターの紡ぐ
ですが、ひとまずご安心を。今回、我々に嘘や偽りを言う機能は与えられておりませんので」
と、ジーニーはうやうやしく腰を折る。
「ちなみにワタクシの
顔を上げたジーニーは指を一本立てながら語った。
「それ、今言う必要あるかしらー? ねえ、ジーニー」
「……いえ、ないですね。失礼いたしました」
リートネットの冷たい視線にジーニーは、ごほん、とわざとらしい咳をして話を戻す。
「ともかく、皆様が今回の“魔法の世界のゲーム”を広げているゲームマスターに対面するときは、ほかの『王』を全員ぶっ殺して最後の一人になったときでございます。
そのときに初めて、ワタクシ共も『“魔法の世界”のゲームマスター』の詳細を語る権限を
「……つまり、真実を知ろうとしても、私たち同士で争わないといけないってことね」
顎に手を当てたアネットが呟くように言う。ほかの『王』……フールは再び両手を組んで頭の後ろに回し、椅子を斜めにして遊んでいる。
「……」
『……』
黒髪の少年と、壁際に立つグディフィベールは、ジーニーの話を黙って聞いている。
「ああ、一つ言っておきますと、前回から引き続き、同じ『“魔法”の世界』という盤上に置かれている駒には……ワタクシ共が話せない
「前回からの引き続き……?」
「ということは、私たちの前の時代から残っている駒は、ジーニーやユースフェルトが言えないことを知っているってことねー。
二千年前の
リートネットは、黒髪の少年を見た。
その少年は、リートネットより十センチほど身長が高い。立ち上がったら百五十五センチほどだろう。十三ほどにしか見えない外見とは裏腹に、闇を混ぜ込んだような黒の目は、
格好は暗い色の長袖シャツと、しわのついた黒のズボン。どちらも一般の店に売っているものだ。履いているのも、多少値が張るだけの
シースから覗く剣の
この少年の名はユーリ・ユークリウッド。これより前の時代にも生きていた『王』の一人であり、『
「前の時代に何があったのか、唯一分かるのは、その時代に生きていた『王』だけ。そうでしょう? ユークリウッド」
「悪いけどな、リル。俺は何も知らねえよ」
と、ユークリウッドは返した。
「ほおう、何も知らない。うっぷっぷっ……」
「なんだよ。ジーニー」
「いいえ。別に何でもありませんよおう。うっぷっぷっぷ」
ジーニーは、ライトグリーンの瞳をユークリウッドに向けて意味深に笑った。
「……俺は帰るぜ。もう話すこともねえだろ」
と言いながら、ユークリウッドは椅子から立ち上がる。
「ちょっと待って、ユー。現時点で一番情報を持っているのはあなたのはずよ。何か、知っていることがあるなら
先月の会議の時に思考が繋がらなかったのは、もしかしてこれと関係がある?」
「だから、俺は何も知らねえって。先月はめんどくせえから会議に出なかっただけだ。お前ら真面目過ぎなんだよ。
俺は無駄に、この世界に生きさせられてるだけだ。知りたいことがあるなら、そこのうるせえお
ユークリウッドは、立っているジーニーを右手の親指で指す。
「ユー。私たち、仲間でしょう? この世界を守るための」
「……はっ、仲間ね」
リートネットの言葉に、ユークリウッドは小さく鼻で笑った。
「仲間、ね……。あー、そうだな」
明らかに適当な声色で言うと、ユークリウッドは背を向ける。すぐに、闇色の煙となってどこかへと消えた。
「私たちの前の時代に、何があったのかしら……」
アネットがぼそりと漏らした。
「彼らの魂を呼んで“
とリートネットが返す。ユーとはユークリウッドにつけたあだ名だ。リートネットはほかの『王』に対して個性的なあだ名をつけるのが趣味だ。
「『魔導王』としてはゲームマスターっていうのは気になるところだけれど……駒っていうのなら、私たちが動かなかったらゲームも進まないでしょうし。誰かと戦うことになっても、なるべく
今まで通り、優先すべきはこの世界を守ること。人間たちを守ること。いい?
何かあれば思考魔法で報告。やり方は教えたでしょー? 思考を繋ぎたい相手の顔を頭に浮かべて、頭の中で呼びかけるだけよ」
「分かったわ」
アネットが頷く。
のちの時代で当たり前に使われるようになった思考共有の魔法は、彼女がこの時代で編み出したものなのである。
「フーちゃんも聞いてるー? 思考魔法とか探知魔法が使えないからって、自分には関係ないって思わないでねー」
「はいはい。分かった分かった。なんかあったらここに来たらええんやろ。言われんでも分かる」
フールは適当に返事をする。
「ベールも、何かあったら思考を繋ぐこと。ただでさえゲームなんていう異常なことが始まったんだから、全体連絡を
『……了解した』
グディフィベールも、低い声で頷いた。
「うっぷっぷっぷっぷ。駒が動かなければ、ゲームは進まない? 皆様面白いことをおっしゃられますねえ。
あなたたちのこの行動もまた、ゲームの中の展開の一つなのですよぉう」
いつの間にか、ユークリウッドのいた椅子に座っていたジーニーが、ガイゼル
「ところで皆様は、ユークリウッドさまのアルマディアはご
と、ジーニーは急に話を変えた。
「……知らないわー。いくら聞いても、どこにあるのか教えてくれないのよねー。だから『見えざる国』なんでしょうけど」
リートネットが答える。
ユークリウッドが統べている国、アルマディアがどこにあるのか、ほかの『王』の誰も知らない。『楽園』とも言われているらしいが、この世界の地図のどこにも表記されていないため、別名を『見えざる国』とも呼ばれている。
「うっぷっぷっぷ。地図上だけではなく、盤上からも観測不可能という意味の『
「またわけ分かんないこと言ってるのー? 付き合う気はないわよ、ジーニー」
「うっぷぷ。失礼。独り言でございますう」
ジーニーはリートネットの言葉に、にっこり笑った。
「それよりも」
と、リートネットが言った。
「あいつら、今回も会議に来なかったけど。どこで何やってんのかしらねー」
「ああ……『
アネットはこめかみに手を当て、目を閉じる。
「おい、おいおい。ちょい待てやおばば。あのクソイカレを呼ぶ気なん? 俺は嫌やで。あいつとおんなじ空間におるだけで吐き気がするわ」
すると
『……』
壁際にいたグディフィベールも無言のまま、足元に広がる影の中にずぶずぶと沈んでいく。
「……まったく、相変わらずねー。ま、私もあいつのこと大っ嫌いなんだけどー……」
リートネットがため息まじりに漏らす。
「『撃滅王』さまと『狂楽王』さまは、ユースフェルトに同じ話をされている頃でしょう。我々はそれが今回のオシゴトなのですからねえ。うっぷっぷっぷっぷ」
と、ジーニーが割り込んできた。いつの間に出したのか目の前には大量の菓子が乗った皿がある。
「あんたが居座ることは許可してないわよー。さっさと帰りなさいよー」
「リートネットさま。ワタクシいっぺんに色々なことを喋って疲れてしまいましたので、紅茶を一杯飲んだら帰りますよおう」
ジーニーは皿のスコーンをつまみ上げ、一口かじる。明らかに
「……ああもうまったく、頭が痛いわねえ……」
リートネットは額に手を当てて呟く。向かいの席では、アネットが思考魔法を行使している。
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