【二千年前の『王』たち】

二千年前の『王』たち①

 二千年前。創造暦一八六四年。この時代も同じように「魔法」が当たり前に使われ、『王』の肩書を持つ人間が八人いた。

「……はーい。以上、会議終わりー。今回もまた、特に内容のない会議だったわねー」

 机の上に広げた分厚い本から顔も上げずに、椅子に座っている小柄な女性が言った。感情がいまいち入っていないような、棒読みに近い口調と声色である。

 身長は、立ち上がっても百五十センチにも届かないだろう。格好は紫のローブ。頭に三角さんかく帽子ぼうしを乗せ、小さな丸眼鏡をかけている。浮かべている表情は完全な真顔ではないものの、声色と同じく、いまいち感情が読み取れない。

 帽子から覗く髪は薄い灰色。汚れてくすんだ窓のような色である。よく見ると左目側の前髪に、大きさの違う二つの歯車の髪飾かみかざりをつけている。

 さらによく見ると、眼鏡の奥にある彼女の瞳はかなり特殊な模様をしている。まるで満天の星空を眼球の形に切り取ったかのようなだ。生まれながらに稀有けうな魔法を持っている人間は、髪や瞳にそのあかしあらわれる。彼女もその一人だった。

 この女性の名を、リートネット・ネルンという。この時代において最高峰の技術を持つ魔導師であり、『魔導王』の名を持つ一人である。

「毎回思うけど、意外と皆ちゃんとやってるのよねー。平和なのはいいけれど、ちょっとひまよねー」

 感情のこもってない声で、『魔導王』リートネットが言う。

 部屋の中にはリートネットを含めて六人いる。横の椅子に座るのは、闇のように黒い髪と目を持つ少年だ。外見年齢は十三ほどに見える。街の人ごみに混ざればすぐに埋もれてしまうほど簡素な格好だ。

 向かいの椅子には、紫のローブと三角帽子を被った女性が座っている。ゆるやかにウェーブのかかった栗色くりいろの髪が、帽子から覗いている。明るいブラウンの目には真面目さが浮き立ち、きっちりした性格の人物であるということがうかがえる。

 その女性の横には、一人の男が椅子に座っている。外見年齢は三十半ばぐらいだろう。着ているのは聖職者せいしょくしゃのような服だ。つまらなさそうに両手を頭の後ろで組んでおり、両足も組んで放り出している。椅子を斜めにして、今にも倒れそうな瀬戸際せとぎわを維持している。

 四人が囲んでいる大きな机の真ん中には、背中に羽の生えた小さな少女が、自分と同じ背丈ほどのリンゴをかじっている。そして部屋の壁際には、頭部が羊の骨になっている人物が立っている。

 この全員は、月に一度開いている定例会議を終えた直後であった。あと二人来る予定だったのだが、何度呼んでも顔を見せないので欠席扱いだ。

 彼らが集まっているのは小さな家の中だ。五人ほどで暮らすにはちょうどいいが、六人入ると少し狭く感じる。部屋の中にはリートネットが魔法で生み出した土人形が四体ほど散らばり、鉢の植物にじょうろで水をやったり、ばたきで本棚を優しく叩いてほこりを落としたりてしいる。

 天井からは伸びた草が垂れ下がり、壁のほとんどは本がぎっしりと詰まった棚で埋め尽くされている。窓際の机の上に散乱しているのは、書きかけの書類や積みあがった専門書。どれも恐ろしいほどに分厚い。これらは全て、リートネットが資料として取り寄せたものだ。何かの作業の途中だったらしく、机の真ん中には、液体の入ったフラスコがコポコポと音を立てている。

 この家がある場所は、「現実世界」ではない。詳しく言うと、現実世界と幻想の狭間はざまにある空間である。

 魔法をある程度扱える者は、想像力と自らの魔力で、このような仮想空間を生み出すことができる。想像力次第でより広く、より細かい仮想世界を。魔力量次第で、より深く階層を重ねていく。そして階層を多く生み出していくと、必ずどこか一つが勝手に、本人の心に根付ねづいた空間となる。例としては二度と立ち入らないと誓った場所であったり、自分の真名の隠し場所になったりする。それが第一階層になるのか、最下層になるのか、階層を重ねて生み出すまで本人にも分からない。

 もともと「ない」ものを想像力だけで生み出す行為こういは、ただでさえ脳への負担が大きい。そのため一般的な魔法使いが生み出せるのは第三階層までと言われている。それ以上の階層を作っていくと、見えている現実世界と生み出した創造世界とのさかい曖昧あいまいになってしまい、精神が壊れて廃人はいじんになってしまうのである。

 だが、それはあくまで一般的な魔法使いの話。『魔導王』の名を持つリートネットの仮想空間は、全部で四階層。その第二階層に、彼女はこの家を構えているのだ。

「平和なのはいいことでしょう? リル。平和すぎて暇だ、なんて、とても一般の人間たちには聞かせられないわね」

 と言ったのは、リートネットの向かいに座っている女性だ。

 名前はアネット・リトルグレイ。リートネットと同じく『魔導王』の名を持つ魔術師だ。

 そもそも『魔導王』という肩書きは、「魔法」を基礎とした魔導と、「魔法」を呪文とした魔術を極めた人間に与えられる。そのため『魔導王』が二人いても、特におかしいことではない。

「これぐらいの愚痴ぐちならいいでしょー? アネット。

 あんただってこの前、魔法まほう教育省きょういくしょうのおえらいさんから直々じきじきに頼まれて開いた特別講義のあと、『集まった奴、全員理解が足りてない』って怒ってたじゃなーい。『最初から最後まで、誰一人として話についてこられてなかった』って」

「だ、だって、それなりに実績のある魔法使いのための講義を……って頼まれたから開いたのに、ふたを開けたら“魂人形ビスク・ドール”の構成こうせい説明せつめいもできない人たちばっかりだったし……。結局講義の内容よりもそっちの話のほうが長引いちゃったのよ」

「下の人間に何かを教えるときは、教える内容をさらに噛み砕いて説明してあげなきゃ。教えられる側は何も知らないんだから」

「そんなことをやっていたら、無限に近い時間がかかるわね……」

 アネットはため息混じりに言う。現時点においてこの世界最高峰の技術と知識を持つ『魔導王』の二人は、たびたび魔法使い相手の特別講師を務めているのだ。だが彼らと比べて二人の知識の差はひらきすぎているため、アネットがため息を漏らすのも無理はない。

『……そういえば講義で思い出したが』

 と、二人の会話に入ってくる者がいた。

 バリトンのきいた男の声である。話しかけてきたのは、壁際に立っていた人物だ。男、と分かるのはその声のみ。

 身長は軽く百九十センチ以上はあるだろう。その姿は人間ではない。

 本来人間の頭がある部分には羊の頭骨が乗っており、隙間のない首の下から、金の刺繍ししゅうが施された黒のマントが足の先までもを隠している。目玉の部分に空いた穴に、淡い光が浮かんでいる。

 男の名を、ゼイル・グディフィベール。『死者の国』ニヴルヘイムを治めている『しかばねおう』である。

『リートネット。魔法学校を建てようとしているとか』

 グディフィベールの問いかけに、リートネットが答える。

「ええ、そうよー。まだ準備中だけどねー。

 私が校長、アネットも教師として参加する予定よー。校舎の建築は、同じ魔法まほう安全省あんぜんしょうの所属だし、アイリスにでも頼もうかと思ってるわー」

『アイリス・ガウェインか。確か、魔法まほう工学こうがく権威者けんいしゃだな……。彼女の噂はニヴルヘイムにも届いている』

「あら、珍しいわね、ベール。外のことは興味がないと思ってたわー。

 アイリスとはこの前会ったけど、かの有名な『万能ばんのうおう』の万能書ばんのうしょを一ページ手に入れたみたいではしゃいでたわー。本人は『住んでたアパートと研究論文の著作権を三つ売っても足りなかった』って言ってたけどねー」

 リートネットは相変わらずいまいち感情の入っていない、棒読みのような口調と声で言う。

 話に出た万能書は今より二千年前、前の時代にいた『王』の一人……『万能王』ドグラグラムが書いた書物である。その本には『癒王いやしおう』さえも治せなかった難病の治療法や、おとぎ話に出てくる『願望がんぼうおう』の財宝の隠し場所が記されているらしい。だがドグラグラムが死亡したあと、長い年月と欲にくらんだ人間たちによってその本はバラバラに千切られ、今では一ページだけでもかなりの金額で取引されるようになっている。

『ニヴルヘイムにはアイリスと懇意こんいにしていた人間の魂もやってくる。最近落ちてくるのは……フォン家に実験台にされた人間の魂ばかりだがな』

 グディフィベールがその家の名を口にしたとき。あきらかに聞いていた二人の空気が変わった。

「……その家の悪行あくぎょうは私やアネットの耳にも入ってくるんだけど、向こうは『魔王』の魂の欠片を持っているのよねー。だから現状では、警察も私たちも手が出せないの。

 向こうがもし『魔王』の魂の欠片を“人形ドール”にでも入れたら、文字通りの魔王復活よー」

 危機感など微塵みじんもない声色で言い、リートネットは本をめくる。

「『人間を造る』ことも、『生きている人間に別の人間の魂の欠片を入れる』ことも、魔法界最大のタブーなのに。人工的に魔法を使える人間を造り出そうとするなんて、正気の沙汰さたじゃないわ」

 と、アネットが嫌悪けんおをあらわにする。

 三人が話しているフォン家というのは、この世界で最もきらわれている家の名前である。彼らが行っている非人道的な実験だけで、本が一冊埋まる。

 彼らが行った実験の一つに、人工的に魔法が使える人間を生み出す、というものがある。魔法素養のない者の脳を開いて魔力を流し込み、「魔法が当たり前の世界の認識」を強制的に植え付けるのだ。

 元来がんらい「魔法」を学ぼうとする者は、ゆっくりと時間をかけてその常識を受け入れていく。修練を積んでいない者がいきなり妖精などの「見えていなかった」存在と「想像すればなんでもできる魔法」という認識を一気に受け入れると、「見えている世界」と「今までの常識が積み重なった認識世界」に大きなズレがしょうじ、精神が壊れて発狂はっきょうしてしまうからだ。

 そしてフォン家の人間たちはある時、かつてこの世界にいた『魔王』の魂を入手して砕き、生きている別の人間に、その欠片を埋め込むという恐ろしい行為に手を出した。

 これは、この魔法界最大のタブーとされている行為である。他人の魂の欠片を“人形ドール”ではなく生きた人間の中に入れると、元々の人格と欠片に入っている人格が混ざり合い、時には、あとから来た欠片の人格に元の人格が乗っ取られたり、さらに時には二つの魂が混ざり合い、全く別の人格が生まれてしまうからである。

「紅茶の中にいってきでもコーヒーのしずくを入れると、それはもう『紅茶』でも『コーヒー』でもないものよ。ま、分かりやすく言うとこんな感じねー」

 机を指で二回叩き、カップを生み出しながらリートネットが補足する。カップの中身は形容しがたい色の液体が入っている。

 リートネットはもう一度指で机を叩いた。生み出された土人形の“人形ドール”がトコトコ歩き、カップごと持ち上げて口の中に放り込む。命令された仕事を終えると、土人形は星空の煙となって消えた。

「最近では、近くの町の子供たちや大人が、一夜いちやで数十人もいなくなった事件があったわねー。うわさじゃそれは、フォン家の仕業しわざだって言われてるわねー」

 と、リートネットが言う。

「魔法も使えない人たちをさらって、子供まで実験に使うなんて……。許せないわ……!」

 アネットも続き、怒りに拳を握る。

 と、そこでリートネットが、ぴくりと何かを察知した。

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