【『撃滅王』アーバンク】

『撃滅王』アーバンク

 海岸にあぐらを組んで座っていた『撃滅王』は、静かに目を開ける。あらわになった上半身は老いを感じさせぬほど締まっており、全身に多くの傷が刻まれている。その傷は彼が『王』として、自分の国とそこに生きる人間たちを守ってきた証拠である。

「……何の用じゃ。『審判者』」

 と、語りかける。アーバンクの背後にはいつの間にか、ユースフェルトが立っていた。

「フ、フ、フ。相変わらず超人的な察知力さっちりょく。完全に気配を消していたというのに、ご挨拶の前に気づかれてしまいました。フ、フ、フ……」

「何の用じゃ、と聞いたんじゃ。用がないなら消えろ。それとも、消し炭にされたいか」

「フ、フ、フ。消し炭になるのはお断りさせていただきます。無礼ぶれいをお許しください、『撃滅王』さま」

 ユースフェルトは腰を折る。

「ふん……」

 そんなユースフェルトを一瞥し、アーバンクは再び目を閉じた。意識を自分の中に向け、集中する。

 こうして瞑想めいそうをすることは、自分自身の持つ魔力や魔法、集中力を向上させる修行の一つである。自分の内側を通じてこの世界の奥深くにある深淵しんえんのぞくのだ。

 七人の『王』の中では最も年を取った人間であるが、こうした修業は彼の日課の一つでもある。

 彼……『撃滅王』アーバンクアイト・コールスロイスが統べる国の名は、軍事国家バンタニア。この“魔法”の世界では非常に珍しい、戦闘に銃や兵器を使う国である。

 しかし、この世界では“魔法”以外の武器などただのてつくず同然。そのままの兵器ではせいぜいじゅうを数匹殺せる程度である。そこでこの国の軍が扱う全ての銃器や兵器には、この国の王が持つ魔法が付与ふよされた……いわゆる『魔弾まだん』というものが使われている。

 遠い昔に忘れ去られた銃弾と轟音ごうおんの兵器を使う国だが、単純な火力と戦力だけならば、間違いなくこの世界で一番の強さをほこる国だ。

「……ゲームのお知らせ、じゃろう?」

 と、アーバンクは目を開けて問いかけた。再び瞑想に入ったが、ユースフェルトが来たことで集中力が切れたのだ。

 後ろにいるユースフェルトが答える。

「ええ。そうでございます。今回も始まりましたよ。“魔法の世界のゲーム”が」

「……ふん。『ゲーム』か。なんとも馬鹿げた話じゃが、嘘ではないことがしゃくさわる」

「わたくし、そのための『審判者』でございますので。前回のゲーム同様、そのお知らせをする駒でございます」

「前回のゲーム……か」

 アーバンクは脳裏に、二千年前の出来事を思い浮かべる。その時にも、自分の他に七人の『王』がいた。そして同じようにユースフェルトがゲーム開始の宣言をし、ある一人の『王』が、自分と他の『王』を全員殺して……その時の“魔法の世界のゲーム”は終わった。

「今回も同じ内容でございます。前回のゲームを見てきたあなたさまならば、何をすればよいか、おわかりでしょう?」

「……」

「ああ、そうそう。今回はチェックポイントである『監獄』にジーニーがいますよ。

 今回、ジーニーは『審判者』ではなく『管理人』の駒となっております。ゲームを進める駒の誰かが来るのを、今か今かと待っているはずですよ」

「ふん。あのやかましい『審判者』か。前回も今回も、貴様らは一つも嘘などついておらんのが、非常にムカつくぞ」

「フ、フ、フ。わたくし共『審判者』、あくまで進行役であり、盤上に立つ透明な駒でございますので」

「……盤上に、駒か……。貴様らが言っていた通りじゃの。馬鹿げた話じゃ……」

 アーバンクは小さく呟く。二人の前で、ざざあ、と波が音を立てる。

「ああ、それともう一つ。今回にはわたくしの他にもう一人、盤上に『審判者』がおります。今後の展開てんかい次第しだいでは、あなたさまとお会いになるやもしれません」

「……『救世きゅうせいおう』……いや、元『救世王』か……。前回、この世界から落ちたあと、今度は『審判者』となってこの世界に戻ってきたか……」

『救世王』は二千年前、自分の背中を預けていた『王』の一人だ。今度は違う立場となってお互い会うというのは、なんとも複雑な気分になる。

「……」

 アーバンクは自分の手の平を見つめる。しわが浮き出て、年月の刻まれた分厚い手。歳を取ったと、自分でも思う。

 四千年という冗談にしか聞こえない時代を生きてきたこの体にも、さすがにガタがきはじめていた。

『撃滅王』になる前と、なったあと。かつての自分は『戦争屋』とあだ名をつけられるほど好戦的こうせんてきな男であった。いかなる相手でも圧倒的な武力で叩き潰し、蹂躙じゅうりんし、土地を奪ってきた。それゆえ『撃滅王』が通ったあとは死体とはらしか残らない、とまで言われるほどだった。

 しかしいつからか、戦いに対する情熱が薄れた。動きに体がついてこなくなった。

 体内の魔力量が格段に減り、魔法の展開も遅くなっている。体力もなくなり、すぐに息切れするようになった。思考魔法も三十分と繋げていられなくない。全盛期は常時探知魔法を展開し、同時に三十人と思考を繋げたままでも戦闘をしていられたのに。

 最近はひげを整えるのさえ体にこたえるようになっている。散歩も六時間ほど歩いていたのが、今では三時間で引き返すようになった。酒を飲める量も減り、今ではたる三つで酔うようになってしまった。

 いくら魔法で強化しようが、どんなに強い『王』であろうが、何千年と酷使こくししてきた体だ。老いには勝てない。かつての仲間の一人……「ときひらの上で操る」魔法を持った『王』ならば話は別だが。

 アーバンクは、かつて背中を預けた仲間の一人の顔を頭に浮かべる。動物の骨で頭を覆っていた異形の王……元『しかばねおう』グディフィベール。

「……あやつもたいがい、歳をとったと思うがの」

 アーバンクはぽつりと呟く。今から二千年前のゲームが終わった後、再びこの世界に『王』として戻ってきたのは自分とグディフィベールだけだった。その時知ったこの世界の真実の、なんと馬鹿げたことか。

「……」

 これが最後になるかもしれないと、老いた『王』は思う。最後になるかもしれないならば、ここが、重い腰を上げる時か。

「……全てを知った上で、何をするか……じゃな」

 そう呟いた時。頭の中に兵士の声が響いてきた。

(『撃滅王』様! 反乱! 反乱です! 突然、兵が『王などいない』と……!)

「……来たか」

 ぼそりと呟き、脱いでいたそでを羽織る。まずは落ち着くようにと、動揺する兵に思考を送り返す。

 国民のほとんどは魔法を扱えない従軍者じゅうぐんしゃたちだが、基地内にある通信機から直接アーバンクの頭に声が届くようになっている。この通信機を使って、兵士らはこの国の『王』とやり取りをしているのだ。ちなみにこの通信機は、この世界で一番発展しているスカーレットの国、ドゥナトゥリアの魔導師たちにわざわざ作ってもらったものである。

 古くから通信機自体はあったのだが、かつて『魔導王』と呼ばれていた『王』に開発してもらったものをさらに改良し、スカーレットのドゥナトゥリアで作り直してもらったのだ。

「……まずは『王』の“否定”。その後、肩書かたがきのなくなった元『王』同士の潰し合い。……どうせまた同じことじゃろう。まったく、趣味が悪い」

「フ、フ、フ。伝えておきます。この世界の神に」

 立ち上がったアーバンクに、ユークリウッドがにっこりしながら言った。アーバンクの物言ものいいはまるで、過去にも同じことが起こったような、そんな反応だった。

(……『撃滅王』様! 反乱した兵はなんとか抑えていますが、いつまでもつか……! は、早く基地に戻って対応を! 反乱した人間の数はどんどん増えています! 『撃滅王』様! 『撃滅王』様!)

(まずは落ち着け。他の兵やたみたちの避難ひなんを……)

(ど、どうすれば……! 一般人や他の人間たちも口々に『王』はいないと……こ、このままでは内部の反乱が広がり、隣の国にまで…………げ、『撃滅王』などいない! そんな『王』はこの世界にいない! そんな『王』などこの世界に存在しない!)

 ぶつりと、兵士からの声が途切れる。アーバンクはため息を吐きながら、こめかみに当てていた右手を離した。

 アーバンクは探知魔法を広げ、自分の国全体を探る。国の真ん中にある基地では至る所から煙が上がっており、銃を持った兵士らが口々に「『撃滅王』などいない!」と叫んでいる。まるで魔法が普及ふきゅうする前の、いにしえの戦争を見ているようだ。反乱を起こしたという兵士の他に、一般人や子供までもがこの国の『王』を否定している。

「わしの所からスタートか……」

 アーバンクはため息をつき、探知魔法を解除する。

 一歩踏み出すと同時、彼の体が足元から炎に包まれる。炎が消え去ったあとの彼は、頭に兜を。背中に赤いマントを垂らしていた。『王』たちの会議の時に着ていた、『撃滅王』としての名に相応ふさわしい格好かっこうである。

「これももう、意味のないものじゃな」

 振り返ったアーバンクは手に一枚の紙を持っていた。それを、手の平から出した炎で燃やす。黒焦げになった紙は小さな欠片になり、風に乗ってどこかへと消えていった。

 アーバンクはざ、ざ、と砂浜を踏みながら、国の方へと戻って行く。すれ違う時、ユースフェルトが言った。

「今回はあなたさまの国からスタートですねえ。前回と同じように、また自分の国の国民を一人残らず殺しますかな? それとも、このゲームを進める駒になりますかな?」

「『審判者』よ。そのよくしゃべくち、灰にせんと黙れぬか?」

「フ、フ、フ。それはそれは恐ろしい。失礼いたしました」

 睨みつけるアーバンクに、ユースフェルトは何が面白いのか肩を揺らして笑った。

 アーバンクは、ふん、と鼻を鳴らすと、足元から燃え上がるようにしてその場から消えた。

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