【『撃滅王』アーバンク】
『撃滅王』アーバンク
海岸にあぐらを組んで座っていた『撃滅王』は、静かに目を開ける。あらわになった上半身は老いを感じさせぬほど締まっており、全身に多くの傷が刻まれている。その傷は彼が『王』として、自分の国とそこに生きる人間たちを守ってきた証拠である。
「……何の用じゃ」
と、語りかける。アーバンクの背後にはいつの間にか、ユースフェルトが立っていた。
「フ、フ、フ。相変わらず超人的な
「何の用じゃ、と聞いたんじゃ。用がないなら消えろ。それとも、消し炭にされたいか」
「フ、フ、フ。消し炭になるのはお断りさせていただきます。
ユースフェルトは腰を折る。
「ふん……」
そんなユースフェルトを一瞥し、アーバンクは再び目を閉じた。意識を自分の中に向け、集中する。
こうして
七人の『王』の中では最も年を取った人間であるが、こうした修業は彼の日課の一つでもある。
彼……『撃滅王』アーバンクアイト・コールスロイスが統べる国の名は、軍事国家バンタニア。この“魔法”の世界では非常に珍しい、戦闘に銃や兵器を使う国である。
しかし、この世界では“魔法”以外の武器などただの
遠い昔に忘れ去られた銃弾と
「……ゲーム開始の知らせ、じゃろう?」
と、アーバンクは目を開けて問いかけた。再び瞑想に入ったが、ユースフェルトが来たことで集中力が切れたのだ。
後ろにいるユースフェルトが答える。
「ええ。そうでございます。今回も始まりましたよ。“魔法の世界のゲーム”が」
「……ふん。『ゲーム』か。なんとも馬鹿げた話じゃが、嘘ではないことが
「わたくし、そのための『審判者』でございますので。前回のゲーム同様、そのお知らせをする駒でございます」
「……」
アーバンクは脳裏に、過去の出来事を思い浮かべる。今より二千年前、今と同じように、自分の他に『王』の肩書きを持つ人間がいた。
そしてある日突然“魔法の世界のゲーム”が始まった。
「今回も同じ内容でございます。前回のゲームを見てきたあなたさまならば、今回は、何をすればよいか、おわかりでしょう?」
「……」
「そうそう。今回、ジーニーは『審判者』ではなく『管理人』の駒となっております。監獄におりますので、そこに誰かが来るのを、今か今かと待っているはずですよ」
「ふん。あやつは今回もいるのか。つまり奴がいる場所に、何かがあるということだな」
「フ、フ、フ。その通りでございます。ジーニーがいる監獄の最下層に、このゲームを一気に進めるキーキャラクターがおります。その駒を、このゲーム盤に出して殺害することで、ゲームマスターへの道が開かれますよ」
ユースフェルトはにっこりして言う。
「……今回はそれがルールか。前回も今回も、貴様らは一つも嘘などついておらんのが、非常にムカつくぞ」
「フ、フ、フ。わたくし共は前回と同じく、『審判者』という駒であり、このゲーム盤の『案内人』でございます。このゲームに関して、嘘や偽りを言う機能は与えられておりません」
「……それが本当に、ムカつくな」
アーバンクは小さく呟く。二人の前で、ざざあ、と波が音を立てる。
「ああ、それともう一つ」
と、ユースフェルトが思い出したように言った。
「今回にはわたくしの他にもう一人、このゲーム盤には『審判者』がおります。今後の
「……それが誰かと聞いても答えないのだろ? 貴様らはルールの説明はするが、ゲーム盤の進行や一つの駒に肩入れするような
「フ、フ、フ。その通りでございます」
ユースフェルトはそう言って笑った。
「……」
アーバンクは自分の手の平を見つめる。しわが浮き出て、年月の刻まれた分厚い手。歳を取ったと、自分でも思う。
『撃滅王』になる前と、なったあと。かつての自分は『戦争屋』とあだ名をつけられるほど
しかしいつからか、戦いに対する情熱が薄れた。動きに体がついてこなくなった。
体内の魔力量が格段に減り、魔法の展開も遅くなっている。体力もなくなり、すぐに息切れするようになった。思考魔法も三十分と繋げていられなくない。全盛期は常時探知魔法を展開し、同時に三十人と思考を繋げたままでも戦闘をしていられたのに。
最近はひげを整えるのさえ体にこたえるようになっている。散歩も六時間ほど歩いていたのが、今では三時間で引き返すようになった。酒を飲める量も減り、今では
いくら魔法で強化しようが、どんなに強い『王』であろうが、何千年と
アーバンクは、かつて背中を預けた仲間の一人の顔を頭に浮かべる。動物の骨で頭を覆っていた異形の王……元『
「……あやつもたいがい、歳をとったと思うがの」
アーバンクはぽつりと呟く。前回のゲームのあと、なぜか再びこの『“魔法”の世界』に『王』として置かれたのは、自分とグディフィベールだけだった。そしてまた、同じゲームをやらされる。なんと馬鹿げたことか。
アーバンクは心の中で、そう思う。
「……」
これが最後になるかもしれないと、老いた『王』は思う。最後になるかもしれないならば、ここが、重い腰を上げる時か。
「……全てを知った上で、何をするか……じゃな」
そう呟いた時。頭の中に兵士の声が響いてきた。
(『撃滅王』様! 反乱! 反乱です! 突然、兵が『王などいない』と……!)
「……来たか」
ぼそりと呟き、脱いでいた
国民のほとんどは魔法を扱えない
古くから通信機自体はあったのだが、かつて『魔導王』と呼ばれていた『王』に開発してもらったものをさらに改良し、スカーレットのドゥナトゥリアで作り直してもらったのだ。
「……まずは『王』の“否定”。その後、
「フ、フ、フ。伝えておきます。『“魔法の世界”のゲームマスター』に」
立ち上がったアーバンクに、ユースフェルトはまたにっこりした。
アーバンクの
(……『撃滅王』様! 反乱した兵はなんとか抑えていますが、いつまでもつか……! は、早く基地に戻って対応を! 反乱した人間の数はどんどん増えています! 『撃滅王』様! 『撃滅王』様!)
(まずは落ち着け。他の兵や
(ど、どうすれば……! 一般人や他の人間たちも口々に『王』はいないと……こ、このままでは内部の反乱が広がり、隣の国にまで…………げ、『撃滅王』などいない! そんな『王』はこの世界にいない! そんな『王』などこの世界に存在しない!)
ぶつりと、兵士からの声が途切れる。アーバンクはため息を吐きながら、こめかみに当てていた右手を離した。
アーバンクは探知魔法を広げ、自分の国全体を探る。国の真ん中にある基地では至る所から煙が上がっており、銃を持った兵士らが口々に「『撃滅王』などいない!」と叫んでいる。まるで魔法が
「今回はわしの所からスタートか……」
アーバンクはため息をつき、探知魔法を解除する。
一歩踏み出すと同時、彼の体が足元から炎に包まれる。炎が消え去ったあとの彼は、頭に兜を。背中に赤いマントを垂らしていた。『王』たちの会議の時に着ていた、『撃滅王』としての名に
「これももう、意味のないものじゃな」
振り返ったアーバンクは手に一枚の紙を持っていた。それを、手の平から出した炎で燃やす。
燃やした紙はフランベリアが書かせた同盟書だ。『王』全員の署名と、『王』同士で戦争はしないなどという取り決めが書かれている。黒焦げになった紙は風に乗り、どこかへと流されていった。
アーバンクはざ、ざ、と砂浜を踏みながら、国の方へと戻って行く。すれ違う時、ユースフェルトが言った。
「前回と同じように、また自分を“否定”する人間たちを殺していきますか? あの時はユークリウッドさまが乱入してきましたが……」
「ユースフェルト。そのよく
「フ、フ、フ。それはそれは恐ろしい。失礼いたしました」
言葉をかぶせ、アーバンクは言い放つ。アーバンクの声色には、張り詰めるような怒りが込められていた。
アーバンクはそのまま、足元から燃え上がるようにしてその場から消えた。
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