『同盟王』フランベリア②
「……で。フラン。お前、今度は何を企んでるんだ?」
机の上に組んだ足を乗せているフランベリアに、スカーレットは目を向けて言った。
「あぁ? 何のことだよ、スカーレット」
横目で見ながら、フランベリアは言う。
「てめえこそ、なんか企んでるんじゃねえのか。お前、人間食うんだもんな」
「……フラン、俺の魔法を忘れたか? 俺に嘘はやめろ」
「ああ、『
だってお前、人間サマに
「……なるほど。お前は他人のことをコソコソ探るのが趣味だったのか。どっかの『喜劇王』と同じ趣味だな。あいつは救いようのない変態だが」
(えへへ……スカーレットが僕のことを褒めてく、)
飛んできたペルドットの思考を、スカーレットはすぐさまぶちりと切断する。
「フランベリア、そういうお前の魔法は『監視』魔法と『
それと、お前と目を合わせて握手をした者は“必ず”お前と結束する魔法だ」
「その通りだよ。よく知ってるじゃねえか。魔法学校の生徒時代、てめえは成績優秀者だってもてはやされてたもんな」
「昔の話だろ。その話はやめろ」
と言いながら、スカーレットは右のこめかみに手を当てる。また、遠く離れた場所にいるペルドットから思考が送られてきたのだ。
「フラン。ペルドットが、そろそろ死ぬ覚悟はできたかと言っているがどう…………ああくそ、なんで俺が
伝令よろしく
「……なあフラン。お前が今探しているのは、神器だろ」
そして椅子にもたれているフランベリアに言った。
「だったらなんだよ」
フランベリアはあっさりと認める。
全部でいくつあるかはいまだに不明だが、そのうちの一つは、
今やそのほとんどは破壊されて世界中に散らばり、おとぎ話と同じく“本当に存在するかも分からない
「お前の同盟国家に最近入った国……グリンデルモ共和国、とか言ったか? 確か、神器『
「知らねえよ。ある『らしい』ってだけだ」
と、そこで『屍姫王』グディフィベールが話に混ざってきた。
「グロッケン=ベルといえば……かの有名な『
その言葉に、フランベリアは舌打ちをする。
「ああそうだよ。俺がその鐘を探しに来たんだ。そうじゃなけりゃこんなザコしかいねえ国、俺の同盟になんか入れねえよ」
「……なるほどな。神器は探知魔法じゃ探せない。最近、やけに見境なしに同盟を拡大させてると思ったが……戦争しないって協定を取り決めた本人が、
「……」
スカーレットの言葉に、フランベリアは何も答えない。
「この前もお前は同盟国家に新たな国を引き入れただろう? 確か……神器『神が紡ぐ物語』アウローラの隠し場所だって言われてた国だ。ということはお前の手には今……二つほど神器があるってわけだな。ま、お前がやることに俺は興味もないが……世界中に散らばっている
「
「『
ふ、とスカーレットが軽く口角を上げて笑う。戦いを誘うような口調だった。
その時フランベリアは、小さな違和感を覚えた。こいつはこんなに好戦的な奴だったか。
ふとそう思ったことが引っかかるが、ただの気のせいにも感じられる。気に止めなければすぐに忘れるような、そんな、小さな違和感。
「あれはお前には扱えないよ。神器っていうのも
そう言うとスカーレットは、グラスを持っている手の人差し指で、軽くふちを二回叩く。すると空っぽだったグラスに赤紫の液体が湧き上がった。色からしておそらくワインだろう。スカーレットはグラスを傾け、それを一口飲んだ。
スカーレットは、酒は苦手だが飲めないほどではない。そのことは、学生からの付き合いでもあるフランベリアも知っている。
「……ずいぶんと、知ってるような
「さあな。それも合わせて、俺を殺してから探してみればいいじゃないか」
「……」
わずかに、何かが引っかかる。こいつは
フランベリアは一瞬そんなことを考えるが、ふと思った違和感は、すぐに忘れて消えた。
「ま、いいじゃない。その話はもう」
と、『屍姫王』グディフィベールが口を挟んできた。
「私の所に死体を送るようなことをしないのなら、なんでもいいわ」
そう言った『屍姫王』グディフィベールは、スカーレットに顔を向ける。目が合ったスカーレットは、
「……そうだな。俺も、お前がこっちの国を潰そうとしない限りは何もしない。他の奴は知らんがな。ペルーも……まあ、あいつは動きたい時になったら動くだろう」
と、二人にそう返す。
「くれぐれも、自分で決めた協定を自分から破ることはしないようにな、『同盟王』サマ」
フランベリアにそう言うとスカーレットは、黒い砂のようなものに姿を変える。黒い砂はそのまま、窓の隙間から外に出て行った。
「手伝いが欲しくなったらいつでも言ってねえ、フラン。同じ魔法学校の生徒だったよしみよ。そっちが泣きつくなら助けてあげるわよぉ。うっふふふ……」
笑い声を残し、『屍姫王』グディフィベールも自分の足元に広がる穴に沈んでいく。
部屋にはフランベリアだけが残される。
椅子に座っているフランベリアは、大きな舌打ちをした。
「……おい、ユースフェルト」
と、誰かを呼ぶ。
「はい。『
すると部屋の中……フランベリアの視線の先に、床から蒸気が噴き出した。そして声と共に、蒸気の中から一人の男が姿を現した。
右目にモノクルをつけ、燕尾服を着た長身の男である。呼び出したフランベリアに対し、うやうやしく腰を折っている。
この男の名は、ユースフェルト・バロン。この世界の“神”と呼ばれる存在に
「神器『神々を癒す鐘』グロッケン=ベル……本当にここにあるんだろうな」
「ああ、『癒王』ニィナさまがお持ちになっていた神器ですね……」
頭を上げたユースフェルトは何もない空間から書物を出現させ、それを眺めながら言う。
「はい。噂の
ニコニコしながら答え、パチンと指を鳴らす。出現させた書物は、一瞬にして消え去った。
「その国の周りはひどく土地も乾き、雨も降らず稲やらも枯れておりますのに、なぜかその国だけは無事です。特に王が居座る城は……通常時以上に
国民たちは重い税の
「保管場所は? 地下とかだったら面倒くせえな……」
「申し訳ございませんが、わたくしにも、ベルがどこに隠されているのかは分かりません」
ユースフェルトはにっこりする。
「人間共だって馬鹿じゃねえ。神器のレプリカでも国が買えるんだ。
「その通りでございますね。もっとも、アウローラは今、あなたさまの手にございますが」
「俺が手に入れたのはアウローラのペン先だ。もとの形は万年筆だって聞いてるが、握る部分がなけりゃ使い物にならねえよ」
「フ、フ、フ。果たしてそれはどうでしょうね」
何が面白いのか、ユースフェルトは肩を揺らして笑った。それを見て、ふん、とフランベリアは鼻を鳴らす。
「フランベリアさま。このままベルを取りに行くので?」
「当たり前だろ。エレーンとスカーレットにも俺がベルを狙ってるってことをバラした以上、グズグズしてたらあいつらに横取りされちまう」
フランベリアは、言いながら椅子から立ち上がる。
「では、わたくしはこのあたりで失礼いたします。何かあればお呼びください」
腰を折って一礼すると、ユースフェルトの体が足元から吹き上がった蒸気に包まれる。そのまま、煙とともに景色の中へ溶け込んで消えた。
「……ふん。相変わらずよく分かんねえ奴だぜ」
ユースフェルトがいた場所を見つめながら吐き捨てると、フランベリアも足元から姿が薄くなり、その場から消えた。
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