『同盟王』フランベリア②

「……で。フラン。お前、今度は何を企んでるんだ?」

 机の上に組んだ足を乗せているフランベリアに、スカーレットは目を向けて言った。

「あぁ? 何のことだよ、スカーレット」

 横目で見ながら、フランベリアは言う。

「てめえこそ、なんか企んでるんじゃねえのか。お前、人間食うんだもんな」

「……フラン、俺の魔法を忘れたか? 俺に嘘はやめろ」

「ああ、『うそ』の魔法と『虚構きょこう』の魔法だろ。すげえよな。そこに“ない”ものを“ある”ってことにする魔法と、偽物にせものを本物っぽくでっちあげる魔法だろ。お前にぴったりだよなぁ。

 だってお前、人間サマにつくられた偽物なんだもんなぁ。知ってるぜ、お前のことは」

「……なるほど。お前は他人のことをコソコソ探るのが趣味だったのか。どっかの『喜劇王』と同じ趣味だな。あいつは救いようのない変態だが」

(えへへ……スカーレットが僕のことを褒めてく、)

 飛んできたペルドットの思考を、スカーレットはすぐさまぶちりと切断する。

「フランベリア、そういうお前の魔法は『監視』魔法と『結束けっそく』魔法だな。立場の高い人間に触れると、その人間とその人間より下の階級の者の視点をいつでも見られる魔法だ。

 それと、お前と目を合わせて握手をした者は“必ず”お前と結束する魔法だ」

「その通りだよ。よく知ってるじゃねえか。魔法学校の生徒時代、てめえは成績優秀者だってもてはやされてたもんな」

「昔の話だろ。その話はやめろ」

 と言いながら、スカーレットは右のこめかみに手を当てる。また、遠く離れた場所にいるペルドットから思考が送られてきたのだ。

「フラン。ペルドットが、そろそろ死ぬ覚悟はできたかと言っているがどう…………ああくそ、なんで俺が伝書でんしょばとみてえなことをしなくちゃいけねえんだ。おいペルー。話すことがあるなら自分で伝えろ。切るぞ」

 伝令よろしくあいだに立たされたスカーレットは、一方的に響いてくるペルドットの思考を打ち切る。

「……なあフラン。お前が今探しているのは、神器だろ」

 そして椅子にもたれているフランベリアに言った。

「だったらなんだよ」

 フランベリアはあっさりと認める。

 神器じんきとは、彼らが生きる魔法暦まほうれき一七六四年から何千年も昔、この世界の神たちが『王』らを殺すために作り出した兵器と言われている。

 全部でいくつあるかはいまだに不明だが、そのうちの一つは、神々かみがみながく退屈な時を癒すために作られ、またある物は、人間たちの奇跡や運命を逆転させるために作られたという。

 今やそのほとんどは破壊されて世界中に散らばり、おとぎ話と同じく“本当に存在するかも分からない代物しろもの”として扱われている。

「お前の同盟国家に最近入った国……グリンデルモ共和国、とか言ったか? 確か、神器『かみがみいやかね』グロッケン=ベルがあるって噂の国だな。本当に、ここにあるのか?」

「知らねえよ。ある『らしい』ってだけだ」

 と、そこで『屍姫王』グディフィベールが話に混ざってきた。

「グロッケン=ベルといえば……かの有名な『いやしおう』様が持っていた神器じゃない? 私たちよりも二つ前……あの『撃滅王』のおじいちゃんの先代。その時代の王様の一人よ」

 その言葉に、フランベリアは舌打ちをする。

「ああそうだよ。俺がその鐘を探しに来たんだ。そうじゃなけりゃこんなザコしかいねえ国、俺の同盟になんか入れねえよ」

「……なるほどな。神器は探知魔法じゃ探せない。最近、やけに見境なしに同盟を拡大させてると思ったが……戦争しないって協定を取り決めた本人が、我先われさきにと戦力を集めていたわけか。まさか裏でそんなことをしていたとはな」

「……」 

 スカーレットの言葉に、フランベリアは何も答えない。

「この前もお前は同盟国家に新たな国を引き入れただろう? 確か……神器『神が紡ぐ物語』アウローラの隠し場所だって言われてた国だ。ということはお前の手には今……二つほど神器があるってわけだな。ま、お前がやることに俺は興味もないが……世界中に散らばっている代物しろものを二つも噂だけで集めたとは、すごいじゃないか」

気色きしょくわりいこと言うんじゃねえ。言っておくがなスカーレット、てめえの国にも神器が一つあるって噂なんだぜ。『神々かみがみの終わりなき……』」

「『かみがみわりなきたび』、だろう? 別名を『ほしぞらけるぎんれっしゃ』カンタレラ。『移動したい者』を『望む場所』まで運ぶ神器だ。欲しいなら……俺を殺して探すか? あいにくだが、自分の国にずけずけと入ってきたやつを野放のばなしにするほど、俺はできた『王』じゃないぞ」

 ふ、とスカーレットが軽く口角を上げて笑う。戦いを誘うような口調だった。

 その時フランベリアは、小さな違和感を覚えた。こいつはこんなに好戦的な奴だったか。

 ふとそう思ったことが引っかかるが、ただの気のせいにも感じられる。気に止めなければすぐに忘れるような、そんな、小さな違和感。

「あれはお前には扱えないよ。神器っていうのも相性あいしょうだからな。いくら強い道具を持ってても、使い手が馬鹿だったら意味がない、そういうことだ」

 そう言うとスカーレットは、グラスを持っている手の人差し指で、軽くふちを二回叩く。すると空っぽだったグラスに赤紫の液体が湧き上がった。色からしておそらくワインだろう。スカーレットはグラスを傾け、それを一口飲んだ。

 スカーレットは、酒は苦手だが飲めないほどではない。そのことは、学生からの付き合いでもあるフランベリアも知っている。

「……ずいぶんと、知ってるようなくちぶりじゃねえか。持ってんのかよ、その神器」

「さあな。それも合わせて、俺を殺してから探してみればいいじゃないか」

「……」

 わずかに、何かが引っかかる。こいつはこのんで自分から酒を飲むような奴じゃないはずだ。学生の時でも、このような、戦いを誘う発言はしていなかったはずだ。それはただの……気のせいか?

 フランベリアは一瞬そんなことを考えるが、ふと思った違和感は、すぐに忘れて消えた。

「ま、いいじゃない。その話はもう」

 と、『屍姫王』グディフィベールが口を挟んできた。

「私の所に死体を送るようなことをしないのなら、なんでもいいわ」

 そう言った『屍姫王』グディフィベールは、スカーレットに顔を向ける。目が合ったスカーレットは、

「……そうだな。俺も、お前がこっちの国を潰そうとしない限りは何もしない。他の奴は知らんがな。ペルーも……まあ、あいつは動きたい時になったら動くだろう」

 と、二人にそう返す。

「くれぐれも、自分で決めた協定を自分から破ることはしないようにな、『同盟王』サマ」

 フランベリアにそう言うとスカーレットは、黒い砂のようなものに姿を変える。黒い砂はそのまま、窓の隙間から外に出て行った。

「手伝いが欲しくなったらいつでも言ってねえ、フラン。同じ魔法学校の生徒だったよしみよ。そっちが泣きつくなら助けてあげるわよぉ。うっふふふ……」

 笑い声を残し、『屍姫王』グディフィベールも自分の足元に広がる穴に沈んでいく。

 部屋にはフランベリアだけが残される。

 椅子に座っているフランベリアは、大きな舌打ちをした。

「……おい、ユースフェルト」

 と、誰かを呼ぶ。

「はい。『審判者しんぱんしゃ』ユースフェルト、ここに。お呼びでしょうか。『同盟王』フランベリアさま」

 すると部屋の中……フランベリアの視線の先に、床から蒸気が噴き出した。そして声と共に、蒸気の中から一人の男が姿を現した。

 右目にモノクルをつけ、燕尾服を着た長身の男である。呼び出したフランベリアに対し、うやうやしく腰を折っている。

 この男の名は、ユースフェルト・バロン。この世界の“神”と呼ばれる存在につかえ、その決定を『王』たちに伝える、『審判者』と呼ばれる役割の男である。

「神器『神々を癒す鐘』グロッケン=ベル……本当にここにあるんだろうな」

「ああ、『癒王』ニィナさまがお持ちになっていた神器ですね……」

 頭を上げたユースフェルトは何もない空間から書物を出現させ、それを眺めながら言う。

「はい。噂の出所でどころは、南西二百キロ地点にあるグリンデルモ共和国からになっております。もう一人の『審判者』……前任の担当が移動中に落っことした位置とも重なります。間違いないかと」

 ニコニコしながら答え、パチンと指を鳴らす。出現させた書物は、一瞬にして消え去った。

「その国の周りはひどく土地も乾き、雨も降らず稲やらも枯れておりますのに、なぜかその国だけは無事です。特に王が居座る城は……通常時以上に豪華ごうか絢爛けんらんとしているそうですね。

 国民たちは重い税の徴収ちょうしゅうと流行り病で死にかけていますのに、王がいる城では、夜な夜なパーティーなんかもやっているそうですよ」

「保管場所は? 地下とかだったら面倒くせえな……」

「申し訳ございませんが、わたくしにも、ベルがどこに隠されているのかは分かりません」

 ユースフェルトはにっこりする。

「人間共だって馬鹿じゃねえ。神器のレプリカでも国が買えるんだ。しんそうリフューサルやアウローラを手に入れてねえ限り、おおやけに使う奴はいねえ」

「その通りでございますね。もっとも、アウローラは今、あなたさまの手にございますが」

「俺が手に入れたのはアウローラのペン先だ。もとの形は万年筆だって聞いてるが、握る部分がなけりゃ使い物にならねえよ」

「フ、フ、フ。果たしてそれはどうでしょうね」

 何が面白いのか、ユースフェルトは肩を揺らして笑った。それを見て、ふん、とフランベリアは鼻を鳴らす。

「フランベリアさま。このままベルを取りに行くので?」

「当たり前だろ。エレーンとスカーレットにも俺がベルを狙ってるってことをバラした以上、グズグズしてたらあいつらに横取りされちまう」

 フランベリアは、言いながら椅子から立ち上がる。

「では、わたくしはこのあたりで失礼いたします。何かあればお呼びください」

 腰を折って一礼すると、ユースフェルトの体が足元から吹き上がった蒸気に包まれる。そのまま、煙とともに景色の中へ溶け込んで消えた。

「……ふん。相変わらずよく分かんねえ奴だぜ」

 ユースフェルトがいた場所を見つめながら吐き捨てると、フランベリアも足元から姿が薄くなり、その場から消えた。

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