『同盟王』フランベリア②

 この世界は、『願い、信じ続けたものは必ず実現される』“魔法”の世界である。

 魔法を発動させる仕組みは『合図となる動き』と『イメージ』を固定させ、その通りにできると信じること。その三つがそろって、初めて『想像した魔法』が生み出されるのだ。

 魔法の元となる魔力は空気中にただよう魔素まそと呼ばれる物質を集めることや、魔法まほう素養そようの持つ人間の体内に初めからある程度ていどたくわえられている。

 この世界では魔力のない人間の方が珍しく、魔法を扱える者の方が当たり前となっている。

 蓄えられる魔力量が多いほど強く複雑な魔法が扱えるようになり、魔力や魔法素養のない者たちより少しだけ魔法を扱える人間を魔女と呼び、魔法を使って様々な研究などをしている者を魔術師と呼び、魔導書や詠唱などの呪文を使って魔法を生み出す者を魔導師と呼ぶ。

 そんな彼らの上にいるのが、この世界でそれぞれの国を治める七人の『王』たちだ。

『同盟国家』メフィリセの『同盟王』フランベリア。

『不思議の国』ワンダーランドの『赤の女王』レッド・クイーン。

『宗教国』リトリアの『信仰王』ソフィスタス。

『軍事国家』バンタニアの『撃滅王』アーバンク。

『最小無敗』アーガストの『喜劇王』ペルドット。

『死者の国』ニヴルヘイムの『屍姫王』グディフィベール。

『魔導国』ドゥナトゥリアの『残虐王』スカーレット。

 この七人の『王』たちの力は莫大ばくだいで恐ろしく、たった一人で一国を潰す戦力を持つと言われている。ゆえに七人の『王』たちはこの世界を壊さないために、王同士で戦争はしないという協定を結んでいるのだ。


 その中の一人、『同盟王』フランベリアは、森に囲まれた城の中……グリンデルモ共和国の王がいる部屋の前に姿を現した。

「な、ど、『同盟王』⁉」

 突然姿を現したフランベリアに、部屋の前にいた二人の衛兵が顔を青くさせる。

「おい、そこをどけ」

「ご勘弁かんべんを! いくらあなたでもここを通すわけにはいきません! お引き取りを!」

「いいからどけ」

 彼らの言葉を無視し、フランベリアは扉を蹴破けやぶる。こちらに背を向けていた上半身裸の人物が、その音でびくっと身体を跳ねさせた。

「……くせえな」 

 フランベリアは思わず顔をしかめる。

 扉を開けた瞬間、人間の汗の匂いと、甘ったるいこうの匂いが鼻をつついた。この甘い匂いは、裏の路地で売られている媚薬びやくの匂いである。

 部屋には大きなベッドしかなく、他の家具は何もない。ベッドの周りには、虚ろな目をした少女らが座り込んでいる。全員、歳は十五もいっていないだろう。

「こ、これはこれは、『同盟王』様ではありませんか! い、言ってくだされお迎えに上がりましたのに……。ひ、ひとまず、客間に行きましょう。本日はどのようなご用件で……」

 こちらに背を向けていた男……グリンデルモ共和国の王は、いそいそとマントを羽織りながら言葉をつらねる。

 でっぷりと腹に肉をつけた、五十ほどの男である。フランベリアが突然訪問してきたことに動揺し、だらだらと汗をかいている。

「ああ、『同盟王』様……こ、この度はあなたの『同盟国家』メフィリセに入れてくださり、本当にありがとうございます……。こ、これで我が国は戦争や飢饉の心配をしなくてもよく……」

「ベルはどこだ?」

「は、はい?」

 はえのように手をこすらせていた王に、フランベリアは言い放つ。

「神器だよ。『神々を癒す鐘』グロッケン=ベル。ここにあるだろ? 出せ」

 王の胸ぐらを掴み、息が当たるほどの距離でもう一度言う。九十キロ以上はある王の体が、簡単に床から浮き上がる。王を持ち上げたフランベリアは、片手しか使っていない。

「じ、神器……『神々を癒す鐘』グロッケン=ベル……かつて『癒王』が使っていたという……」

「そうだ。それだよ。どこにある」

「そ、それは……」

 持ち上げられた王が、壁の一部に目をやった。

「そこか」

 フランベリアは王の体を放り捨て、そこへ向かう。床に投げ捨てられた王の元へ、部屋の前にいた側近がすぐさま飛んでくる。

「ま、待ってください『同盟王』! それが、それがなくなれば私たちは! この国は……!」

 後ろから聞こえてくる声を無視し、フランベリアは壁を人差し指の関節で軽く叩く。中からは空洞くうどうの音。どうやらここの壁を削り、空間を作っているらしい。

「隠し通路か、ただの隠し場所か……どうでもいいな」

 と言ってフランベリアは、力を入れた関節の指で、コン、と壁を一回叩いた。すると叩いた箇所からひびが入り、見る間に壁が崩れていく。

「あ、ああ……」

 隠していた宝を暴かれ、王が声を搾り出す。無論その声も、フランベリアには聞こえている。聞こえているが、フランベリアは無視して壁の瓦礫がれきを踏み越え中へと入って行く。

 壁の向こう……置物が一つ入るほどの小さな空間の中には、長方形のガラスケースが置かれていた。ケースの真ん中には、黄金おうごんに輝く小さな鐘がるされている。

 これこそがフランベリアが探していた神器、『神々を癒す鐘』グロッケン=ベルである。

 フランベリアはガラスケースを素手で破壊すると、吊るされているベルを手に取った。そしてそれを目の高さまで持ち上げる。磨かれたベルの表面に、フランベリアの顔が反射している。

「神器グロッケン=ベル。てめえの新しい主はこの俺、『同盟王』フランベリアだ」

 そう語りかけると、ベルは返事をするように音を鳴らした。その音は細く、清流せいりゅうのように透明である。

「ど、『同盟王』……なんてことを……それが、それがなければこの国は……」

「うるせえなぁ。この国じゃなくて、てめえ自身が、だろ? このベルの力でずいぶんといい思いをしてたみたいじゃねえか。これは持ち主を癒す神器だからなぁ」

 瓦礫を踏み越えて部屋に戻ってきたフランベリアは、床にいる王を見下ろして言った。

「……も、もしやそれが狙いで、最初からそれが狙いで、我が国をあなたの『同盟国家』に……⁉」

「だったらなんだよ。それ以外に、この国で使える物あんのか?」

「そ、そんな……」

「この程度の国なんざ最初からいらねえよ。俺の同盟にれるのは、国家予算がそこらの国の三倍あるか、魔法が使える人間が最低でも千人はいる国だ。

 まあよかったじゃねえか。短い間だけでも、ベルが夢を見せてくれたんだろ? 

 この国の人間共も俺の所にゃいらねえ。ペルドットのアーガストにでも送るか……。普通の人間でも何かしらに使うだろ。あそこは別名『奴隷どれい市場いちば』だしな……」

 王の前を通り過ぎ、フランベリアは部屋から出ようとする。

「『同盟王』……あなたは、あなたは……!」

 床を見つめていた王が顔を上げ、フランベリアを睨みつける。

「え、衛兵‼ 『同盟王』を殺せ! この国から出すな!」

 そう叫ぶと同時、先程の衛兵二人がフランベリアの前に立ちふさがる。王の招集に、城中の兵たちがこの部屋に向かってくるのを、フランベリアは探知魔法で感じる。

「……そうか。そんなに死にてえか。おい、グロッケン=ベル。さっそく仕事だぞ」

 目の高さに持ち上げたベルに、フランベリアは語りかける。

「今から俺は殺されるらしい。そのことにひどく俺は傷ついた。グロッケン=ベル。この俺を癒せ」

 それに答えるようにベルはひとりでに震え、透明な音を響かせた。


『神々を癒す鐘』グロッケン=ベルは名の通り、神の退屈や心を癒すために作られた神器である。持ち主の「癒し」に繋がる為ならば、ひとりでに震えて透明な音を響かせ、その力を発揮はっきする。

 かつてのベルの持ち主『癒王』ニィナは、これを使って数々の戦場や小さな村を渡り歩いていた。負傷した兵士の傷を癒すためや、金が払えず治療を受けられない人間たちを癒すためである。

 しかし彼女の疲れ切った心を癒すために、彼女が救った人間の倍以上の死体をその音色ねいろで生み出したことは、決して今の時代には語り継がれていない。


「……なるほどな。命令した通り、といえばその通りか」

 ベルを目の高さに持ち上げたフランベリアが、そう独り言を呟いた。

「全員死んだ……というより、魂ごと消えたな。この国の人間、誰一人として残っちゃいねえ。命令する前の会話も聞いてたってことか」

 探知魔法の索敵範囲を広げ、この国には自分以外の人間がいなくなったことをフランベリアは感じる。

 部屋にも当然フランベリア以外、誰一人としていない。王も衛兵も、服ごと一瞬にして消え去ったのである。

「手に入れた記述きじゅつによると複数の命令をされたら、まず小さな癒しからしか実行できねえって書いていたが……そこが難点なんてんだな。ま、よくやった」

 フランベリアが褒めると、ベルは嬉しそうに小さな音を鳴らした。

「……あいつ。嘘はついてなかったようだな。信用ならねえ奴だが」

「おや。『同盟王』さま。わたくしをお呼びになられましたか?」

 フランベリアが独り言を言うと、蒸気と共にユースフェルトが姿を現した。突如として出現したユースフェルトに、フランベリアは舌打ちをする。

「呼んでねえよ」

「おや。そうでございましたか。わたくしのことをおっしゃっているような気がしたのですがね。フ、フ、フ」

「信用ならねえクソったれだって言ったんだ。それだけだ」

「フ、フ、フ。お褒めの言葉と受け取っておきます」

 ユースフェルトは低く笑い、うやうやしく腰を折った。

「……それで、『同盟王』さま。次の神器をお探しになられますか? 『神々の終わりなき旅路』カンタレラ。スカーレットさまのドゥナトゥリアにあるという噂ですが」

「知ってるならてめえが取って来いよ」

「フ、フ、フ。ご冗談を。此度のわたくし、ゲーム盤の展開に影響する出来事はおこなえぬ駒でして。

 それにスカーレットさまの領地に入ったことを知られれば、あのおかた粉々こなごなに引き裂かれてしまいます。わたくしもさすがにそれはおそろしゅうございます」

「……ちっ。相変わらず、意味分かんねえことを言う奴だな。まるでチェスでもしてるような言い方じゃねえか」

「フ、フ、フ、フ。『チェス』という例えはいささか間違っておりませんねえ」

 ユースフェルトは口元に手をやって笑う。また意味不明なことを言う彼に、フランベリアはもう一度舌打ちをする。

「じゃあな。てめえと違って暇じゃねえんでな」

「フ、フ、フ。行ってらっしゃいませ、同盟という名のもとで、おの野望やぼうを育てている『王』よ」

 ユースフェルトの声を聞いたフランベリアは、彼に背を向ける。そしてそのまま、足元から煙となって消え去った。

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