【七人の『王』】

【『同盟王』フランベリア】

『同盟王』フランベリア①

「さて、全員いるな?」

 そう言ったのは、暖炉の前に立つ一人の男である。歳のころは二十代後半ぐらい。きん獅子じしのように鮮やかな金色こんじきの髪を持ち、同じく金色の鎧で全身を固めている。腰には立派な剣をさしている。

「この世界を壊さないための定例ていれい会議だ。本人確認をするぞ。まずはこの俺、『同盟王』フランベリア・ギルヴァート。ここに」

 と、『同盟王』……フランベリアが名乗る。

 彼がいるのは大理石だいりせきはしらで囲われた広い部屋である。部屋の中央には長方形の机があり、そこには所狭ところせましと料理や果物が並べられている。その机の周りで椅子に座っているのは三人で、立っているのはフランベリアを入れて三人。部屋の中には、フランベリア以外に六人の人間がいた。

「はあい。『あか女王じょおう』レッド・クイーン。ここにいるわよお」

 と、だるそうに名乗ったのは椅子に座っている女性である。右手の指先でフォークの尻をつまみ、つまらなさそうにぶらぶらと揺らしている。もう片方の空いた手で肘をついている。

 その女性は名乗った通り、全身が赤に包まれていた。胸元が大きくいた赤いドレスはもちろんのこと、首の付け根に届かないぐらいの髪も赤い。爪の先も赤く塗っており、耳には大きなハートのアクセサリーをぶら下げている。彼女が顔を動かすたび、それが小さく揺れている。

 鮮やかな赤色の中で、彼女の白い肌がさらに際立ち、みょうなまめかしく映る。

 服や髪も赤色に染めたそんな彼女は、頭に小さな王冠おうかんを乗せていた。まさに『赤の女王』という名に相応しい格好をした女性である。

「クイーンは本人だな。次は……」

 フランベリアが、『赤の女王』……クイーンの右隣に座る人物に目をやる。

「――『信仰しんこうおう』ソフィスタス。ここに――」

 と、視線を向けられた人物は目を閉じたまま、少女にしては少し低い声で名乗った。

『信仰王』は顔だけ見れば幼い。見た目で言うと十代ほどの少女である。着ているのは白を基調きちょうとした祭服さいふくで、頭には司教しきょうかんを乗せている。

 幼さの残る顔の肌は陶器とうきのように滑らかで、れるのを躊躇ためらうほどの美しさをかもしている。しかしその声色も表情にも、全てを等しく道端の石ころ程度にしか見ていないかのような、そんな平坦へいたんさを浮かばせていた。

 尻のあたりまである長い髪は、よく見ると暖炉の炎が向こう側にけている。『信仰王』の髪は白でも銀でもなく、まるで細いガラス棒をより合わせたように透明だった。

「……よし。信者しんじゃや他の『信仰王』じゃないな。間違いなく本物の本人だな。じゃあ次は――」

「『撃滅王げきめつおう』アーバンクアイト・コールスロイス! ここにい!」

 フランベリアの言葉をさえぎって、老人が声を張り上げた。勢いよく机を殴ったため、グラスのワインがこぼれてテーブルクロスにしみを作る。

『撃滅王』アーバンクは、年季ねんきの入った鎧を身に着けた老騎士である。老いや死の概念がいねんを超えた『王』たちの中でも、一番長く生きている人物の一人だ。彼はフランベリアやクイーンが出てくるよりも前の時代でも、『撃滅王』としてこの世界をべていた王の一人だ。

「……うっせえクソジジイだな。耳がボケてんのか?」

 眉をしかめながらフランベリアがぼやく。先程の好青年の顔とは大違いの口調である。

「ん? 何か言ったか、『同盟王』」

「いいや、何も」

 フランベリアは作り笑顔でそう返す。すると、立っている一人が口を挟んできた。

「ちょっとぉ……元気すぎるのはいいけれど、もう少し大人しくできないのかしら。そんなに大きな声を出すとポックリっちゃうわよ、おじいちゃん」

「ふん。だまっとれい『おう』。わしはまだまだ死ぬ気などない。貴様こそ死者をべる『王』らしく、墓場はかばこもっておればよいのではないか?」

「うふふ。そうしたいけど、私も『王』の一人なのよ、おじいちゃん」

『屍姫王』と呼ばれた女は、くすくす笑った。

「ふん。この『撃滅王』をそこらの耄碌もうろく老人と一緒にするでないぞ、お嬢さん。そもそも『王』という自覚があるならば、もっとわきまえた格好をするべきじゃ。何じゃその格好は……」

「あら。女の子はいつだってお洒落が好きなのよ。可愛いでしょう?」

「そんなに肌を出して戦場を駆けまわるつもりか? もう少し気を引き締めろ」

 アーバンクはかぶとのつばを下げる。歳を重ねたアーバンクは、女性がみだらに肌を出す格好をすべきではないという、古い考えをいまだに持っているのだ。

 だが確かにアーバンクの言う通り、『屍姫王』の格好は戦場には不釣ふつり合いだろう。

 彼女が着ているのは漆黒しっこくのドレス。体のラインに沿った作りのその服は、大胆だいたんにも肩回りと胸元が大きく開いている。服は床につくすれすれで数センチほど浮いており、彼女の足元には肩幅ほどの黒い水たまりがわだかまっている。

「『屍姫王』グディフィベール……お前だ」

 と、フランベリアが名乗りをうながす。

「はいはい。『屍姫王』グディフィベール。ここに。これでいい?」

 彼女……『屍姫王』は改めて名乗った。彼女、と分かるのはドレスを纏うなまめかしい体のラインと、ドレスから伸びている美しい腕、背中に垂らしている菫色の髪だけである。

 彼女は頭に、人の顔がすっぽり入るほどの山羊やぎ頭蓋骨ずがいこつを被っていた。その頭蓋骨はまるで魂だけが入っているかのように、目の部分がぼんやりとあわく光っている。その頭蓋骨で彼女の顔の上半分は完全に隠され、鼻と口元しか相手に見えない。

「本物だな。あとは……」

 フランベリアは、立っているもう一人の男に目をやった。その男は部屋の壁にもたれ、一人静かに、グラスの中の氷を揺らしていた。

「おい、お前だよスカーレット。名乗れ」

 フランベリアが同じように促すと、その男はテーブルにいる他の『王』らを見やり、ぼそりと言った。

「……『残虐王ざんぎゃくおう』スカーレット」

 それだけ言って、男はグラスの中の酒を静かに飲んだ。

『残虐王』と名乗ったその男は、上下しわ一つない黒のスーツに、きっちりと結ばれた黒のネクタイ、磨かれた黒の革靴を履いている。鎧やドレスなどの思い思いの格好をしている他の『王』たちの中でも、明らかに一人だけ目を引く格好をしている男である。

 年のころは、三十を少し過ぎたぐらいに見える。短くそろえた髪は薄いはい紫色むらさきいろをしており、同じく薄い灰紫の二つの目も、男の端正な顔立ちを際立たせている。

 一見すると真面目そうな青年に見えるが、男の目に浮かぶ瞳の模様が、少しばかり相手を圧倒させる。

 彼の目は瞳の瞳孔どうこうを一番小さいものとして、その周りに円形のしま模様もようが大きさを変えて三つほど並んでいる。『残虐王』スカーレットはこの魔法の世界でも非常に珍しい、同心円どうしんえんの瞳の持ち主であった。

「あとは……ペルドットかよ。あいつ、また来ないつもりか」

 フランベリアがの表情で言ったと同時。部屋の扉が突然開かれた。中に入ってきたのは、何の変哲へんてつもない西洋風せいようふうの鎧である。城門じょうもんを守っていそうなその鎧の胸元には、血しぶきのようなものが付着している。

 鎧はガシャガシャと音を立てながら部屋に入る。その際、全員の頭の中に声が響いた。

(……遅れたけどちゃんと来たよ。『喜劇王きげきおう』ペルドット・アレイスキー……ここに)

『喜劇王』とは真逆の、ひどく気だるそうな男の声である。まるで晴れるのか雨が降るのかはっきりしない空模様そらもようのような、そんな声色だ。

『喜劇王』と名乗った鎧は当たり前のようにスカーレットの横で足を止め、同じように壁に背中を預けてもたれる。

「……ペルー。お前、またこんな鎧を代わりに出して……たまには直接顔を出せ。俺だって来たくないけど出てるんだぞ」

 と、スカーレットは鎧に向けてこそりと言った。その返答が、スカーレットの頭の中に響いてくる。

(君だけならいいけど、他の奴らと直接会うなんて絶対嫌だね……。うるさいおじいちゃんもいるし、ゾンビ女だっているし、うるさいフランもいるし……あ、君だけなら喜んで会いに行くんだけど……)

 スカーレットの頭の中に、ペルドットの声と共に、彼の感情も伝わってくる。

(うっふふふ……スカーレット、君は相変わらず今日もカッコイイねぇ……。君の姿は僕からばっちり見えてるよ……。その目、その髪、その服装……ああ、最高だ! 今すぐ君に会って抱きしめたいよ! そしてそのまま君にドレスを着せて結婚式を……あ、君が新郎でも全然いいからね。そりゃもちろん、君の意見を優先させて……うっふふふふ、楽しみだねぇ。僕らの結婚式……)

 頭に響いてくる変態的へんたいてきな思考と感情に、スカーレットは思わずため息をつく。これがいっこくの『王』かと、スカーレットは心の中で呆れ果てる。こういうところがなければまともな奴なのにな、と思う。

(あ、鼻血が出そう……。うう、これはもう無理だ。血が、血が足りないよ……。お願いだスカーレット……死にかけの僕に君からの濃厚のうこうなキスと君の血を……)

気色きしょくわるいことを言うな。血が足りないなら、近くにいるドワーフのスニッジおじさんに頼んで輸血してもらえ)

(えっ。ちょ、待っ)

 ペルドットからの思考をぶつりと切ったスカーレットは、グラスに残った酒をぐい、と飲み干し、もう一度ため息をついた。

 こうして自分が考えていることを、特定の誰かや大多数に向けてやり取りをすることは、ある程度の魔法を習得している者であれば簡単にできる。伝令や電信よりも圧倒的に早いため『魔法』が当たり前に使われるこの世界では、このやり取りが主流になっている。

「……あの野郎、思考を切ってやがる。一つも返ってこねえ」

 こめかみを押さえたフランベリアが、怒りを込めて吐き捨てた。ペルドットへ思考を送っているのだが、ろくに返事が返ってこないのだろう。ペルドットは、嫌いな相手に対しては露骨ろこつに態度を変える。

 フランベリアは舌打ちして、こめかみに当てている手をのけた。ペルドットに思考を繋ぐのは諦めたのだ。

「……『喜劇王』はまた欠席けっせきか。ふん、これだからわかいもんはいかん。『王』の自覚がまったくりん。その根性、わしが叩き直してくれる!」

 その瞬間。アーバンクは右手に一丁のマスケット銃を出現させた。すぐに構え、銃口を鎧の頭へと向ける。

(あ、やば……)

 同時、スカーレットの脳内に響く、ペルドットの声。スカーレットはその声を無視し、横にいる鎧から少し距離を取る。

 アーバンクが引き金を引き、部屋の中に轟音が響く。撃ちだされた弾丸は見事、ペルドットの代理に来ていた鎧の頭に命中した。

 頭が吹き飛ばされた鎧はそのまま床に崩れ落ち、派手な音を立てて転がる。

(お前が悪いぞ)

 スカーレットは、ここにはいないペルドットに思考を送った。その返答が、頭の中に響いてくる。

(だから嫌なんだよね、そこに行くの……)

 目の前で騒動が起こったにもかかわらず、他の『王』たちは眉一つも動かしてさえいない。

 スカーレットが、ペルドットに思考を送る。

(おい、ペルー。鎧の血は消えていないぞ。まだ動かせるんだろう? それとも、大人しく顔を出すか?)

(やだよ……面倒くさいし。大人しく、君たちが見える場所から話でも聞いておくよ……君が不利な状況になったら、出て行こうかな……)

(近くにいるんだったら来い。お前も、少なくともいっこくの王だろう?)

(王様ねぇ……。そりゃそうだけど。いやだね。僕は君だけが好きなんだ。それ以外はどうでもいいよ……)

 そこでぶつりと思考が切れる。スカーレットはため息をつき、グラスに入っている氷を揺らす。

 ペルドットはこの七人の『王』の中でも、もっと個性的こせいてきな王である。一国を統べる人間としてやる気も自覚もあまりないが、その実力や保有している魔力量は他の『王』の中でも間違いなく上位に入る。

「……まぁいい。あいつも聞いているだろうからな、始めるぞ」

 ため息をついたフランベリアが、ようやく本題を話し始めた。思考魔法で呼び出すことを諦め、話を進めることに切り替えたのだろう。

 ペルドットは索敵さくてきなどに使う探知魔法を五百キロ離れた位置から行使こうしできる。これは他の六人の『王』と比べても飛びぬけてすぐれている探知距離である。

 彼がやる気を出し、その気になれば、他の『王』が絶対に届かない距離から攻撃を仕掛けることもできるのだ。

「まずは自分たちの国の近況報告だ。嘘はつくなよ。嘘や誤魔化ごまかしは……そこの『残虐王』サマにすぐバレちまうからな」

 と、フランベリアが、親指の先でスカーレットを指さす。スカーレットはそんなフランベリアを一瞥しただけで、グラスに入っている酒を一口飲んだ。

「まずは俺の『同盟どうめい国家こっか』メフィリセ。最近は大きな出来事はねえなぁ……『赤の女王』、そっちはどうだ?」

「待てフラン。お前、自国の領土を拡大しているだろう? 嘘はつくな」

 話に割り込んだスカーレットが言う。その同心円の瞳が、フランベリアを見つめている。

「……おおっと。すまねぇな。うっかりしてた。そうだよ。俺の同盟国家は領土を広げた。これでいいか? 『残虐王』サマ」

 フランベリアはニヤニヤしながら訂正する。嘘や誤魔化しはするなと言った張本人が、さっそく嘘をついたのだ。相変わらず嫌な奴だと、スカーレットは心の中で思う。

 スカーレットはみずからの持つ魔法がら、他人の嘘を見破ることができる。フランベリアとは『王』になる前……魔法学校に通っていた時代からの付き合いだが、こういうところは変わっていないな、とスカーレットは心の中でため息をついた。

「……アタシのワンダーランドも特にないわぁ。アンタたちがいる現実ゲンジツ世界とは違って、こっちは平和なものよぉう」

 と、クイーンがフォークを回しながら報告する。

「わしのバンタニアも特に大きなことは何もないのう。近くの海域で『喜劇王』の商船しょうせんが襲われたとの報告を受け、こちらで保護しておるが」

 アーバンクが言うが、ペルドットからは何も反応もない。興味もないのだろう。元々、ペルドットはそういうところも無関心むかんしんだ。『王』にはあるまじき態度である。

「そっちはどうだよ? ソフィス」

 フランベリアが、ソフィスタスに目を向ける。『王』たちの中で、とりあえずフランベリアが進行役をやっているようだ。

 フランベリアに問われたソフィスタスは、

「――言うことなどない――」

 と、目を閉じたまま返した。

「おい、ソフィス。てめえの国は遮断しゃだん防壁ぼうへきをかけててこっちからは何も分かんねえんだ。だからって、なんでもやっていいと思うなよ。先月だって、俺の同盟国家から何人か引き抜いただろうが。知ってるんだからな」

「――ならばどうする。『同盟王』――」

 ソフィスタスが、閉じていた目をうっすら開ける。隙間から覗ける二つの瞳は、鮮やかな血だまりのような色をしている。

 フランベリアは舌打ちをして、ソフィスタスから顔をらした。ここで問答もんどうをしても意味がない。フランベリアも一国を背負う王の一人である。無駄な争いはけるべきだと分かっている。

『信仰王』ソフィスタスは、名の通り人間たちの信仰心で存在している『王』である。そんなソフィスタスの持つ魔法は『平等びょうどう』と『絶対ぜったい』。自国の信者以外の人間たちを一瞬で消し去ることなど容易たやすい。それをしないのは、ひとえに未来の信者たちが減ってしまうからである。

 信仰心がなくなれば消えてしまう存在のソフィスタスはこの七人の『王』の中でも、最も異端的いたんてきな部類に入っている。

 こうして『王』たちは定期報告というていで集まってはいるが、あくまで世界を壊さないための関係だ。それだけであり、それ以外もない。誰かが何かをすれば、すぐさま崩れるような関係なのである。

「お前はどうなんだよ。スカーレット。ご自慢のどうこくは順調かぁ?」

 フランベリアが尋ねる。すっかり対面用の仮面を剥いでいるその態度に、スカーレットは小さくため息をつく。こういう、いちいち突っかかってくるような言い方も学生の時から変わっていない。

 何がそんなに気に入らないのかと、スカーレットは心の中でため息をつきながら、問われたことに答える。

「……俺の所も特にない。しいてえば、やまいで子供が二十人ほど死んだことだな。それだけだ」

「おおっとぉ? ガキ共は病気じゃなくて、てめえが食っちまったんじゃねえのかぁ?

 なぁスカーレット。てめえ、自分の国の国民から、なんて言われてるか知ってるか? てめえ、『人食ひとくい』って言われてるんだぜ。特に女や子供を屋敷に連れて来て、ぜーんぶ食っちまうんだってよ。てめえの部屋は人骨じんこつだらけなんだってな。なぁ、どうなんだよ。『残虐王』サマよ」

「さあな……」

 グラスの中の氷を揺らしながら、スカーレットは静かに返す。『残虐王』が人間を食っているというかもしれない話が出ても、他の『王』たちの態度は変わらない。

 クイーンはつまらなさそうにフォークを回し、ソフィスタスは静かに目を閉じていて、アーバンクも特に変わった様子はない。グディフィベールも、変わらず静かにたたずんでいる。

「答えになってねえじゃねえか。ってことは……本当に人間食ってんのか、お前」

「……フラン。証拠しょうこがないなら、みょうなことを言うのはやめろ。お前はいつから、そんな根拠こんきょもない噂を鵜呑うのみにするようになったんだ?」

 スカーレットはグラスの中を見つめ、氷を揺らしている。

(フラン。それ以上スカーレットを困らせるようなら、君の手足をへし折るよ)

 と、フランベリアの脳内にペルドットの声が響いてきた。それと同時、床に倒れていた鎧の胴体が、ぎこちない動きで起き上がろうとしている。

「あーあー、分かったよ、そういうことにしてやる」

 そう言うとフランベリアはこめかみに手を当て、ペルドットに思考を送り返す。

(で。てめえはどうなんだよ。話、聞いてただろ)

(……君に、僕の国がどうとか言う義理ぎりはないと思うね)

 ぶつりと一方的に思考が切られた。フランベリアは、またもや舌打ちをする。と、こめかみに手を当てたスカーレットが言ってきた。

「……ペルドットからだ。アーガストも特に何もないってよ。アーバンクが保護してるっていう商船の人間たちは、好きにしていいとよ」

「ふむ……では後日ごじつ、船に乗せてそちらに帰還きかんさせよう」

「分かった。そう伝えておく」

 ペルドットの代わりに礼を言ったスカーレットは、軽く目を閉じてペルドットに思考を送り返す。

(ペルー。聞いただろ。礼ぐらい言っておけよ)

(やだ。めんどくさい……)

 一方的に思考が打ち切られる。スカーレットはため息をつくと、こめかみに当てた手をのけながらアーバンクに言う。

「すまんなアーバンク。ペルーの奴は礼も言えん馬鹿だから……俺から礼を言っておく。本当に助かる」

「気にするな、『残虐王』。貴様も苦労が多いのう」

 アーバンクは手を上げて軽く返した。

 と、そこで黙っていた『屍姫王』グディフィベールが口を開いた。

「あ、そうそう。私の所はそろそろ死体でいっぱいになりそうだから、できるだけ戦争はひかえてもらえるとありがたいわぁ」

「それは俺らじゃなくて人間共に言えよ」

 すぐさまフランベリアがそう返す。

「言ったって、あの人たちは百年ひゃくねんらずで死んじゃうわ。だったら、それをまとめる王様に言ったほうがかしこいじゃない?」

 うふふ、とグディフィベールは軽く笑う。フランベリアは、ち、と舌打ちをした。

『王』と呼ばれる人間たちは莫大ばくだい魔力まりょくゆえに病にもかからず、基本的には「死なない」。いるスピードに差はあるものの、人間の寿命である百年はとうに超え、今や千年や二千年生きるのが当たり前になっている。この中の唯一の老騎士、『撃滅王』アーバンクは、今の時代で実に四千年も生きていると言われている。

 ふざけた年月を超えてきたと思われるだろうが、それほど『王』らが千年生きるのは当たり前になっているのだ。

「……フラン。全員の近況報告は終わったぞ。このあとは何をするんだ?」

 スカーレットが、この場にいるフランベリア以外の意をんで聞いた。

「……」

 フランベリアは全員を見渡すと、言った。

「……会議は以上だ。王同士で戦争をしない、という協定を忘れるなよ。俺らが戦争したら、この世界はめちゃくちゃになるからな。何かあれば思考を繋ぐ」

「はぁい。じゃあねぇ、フラン」

 フランベリアが言うと、まずクイーンが、どろりとチョコレートがけるようにしてその場から消える。

 その隣にいたソフィスタスも、光が消えていくようにしていなくなる。

「……『同盟王』、貴様のやり方には何も言うつもりはないが、最近、貴様の同盟国家の領土を広げる間隔がいささか早いと思うのじゃが。どういうことかな。わしの国の端まで侵入しておるじゃろう?」

「おっと、そうかよ。気をつけるぜ。俺の国は『同盟国家』なんでなぁ。こころざしを同じくした奴らが、他の奴らを勧誘かんゆうしようとしてるんだ。よく言っとくよ」

「……世界一の軍事力を持つわしの国を貴様の同盟国家に、じゃと? 冗談はほどほどにすることじゃな、若造わかぞう。敵と間違えてはいにするところじゃったぞ。国境を超える時は思考魔法なりで伝えろと、前も言うたぞ」

「はいはい。悪かったよ、オジイチャン。あと一歩で戦争になるってところで、止めてくれてありがとよ」

 フランベリアはまじめに聞いていない。会議を始めた時に浮かべていた好青年の仮面を、すっかりいでいる。

「……ふん、『王』のうつわものとは思えん態度じゃ。今すぐその頭を吹き飛ばしたいところじゃが……弾がもったいないわい」

 言いながら、アーバンクも席を立つ。と、スカーレットと目が合った。

「あー……『撃滅王』、すまないな。こいつはその……まあ、しっかり言っておくよ。

 このたびは、定例会議に顔を出してくれて感謝する。どいつもこいつも、個性的な奴ばっかりだからな。先代せんだいの『王』が顔を出してくれると、少なからず場がまる。俺もその……あんたと同じ場所に立てていることを誇りに思うよ」

 スカーレットは、アーバンクに軽く頭を下げる。

「なに、気にするな。集まる奴らの大半は餓鬼がきと同じに見えるがの」

 アーバンクは軽く返す。人間を食っていると言われたスカーレットのことは、特に気にしていないようだ。

「わしも、貴様のような『王』の成長が見られて楽しいぞい。ひまがあれば、我が軍事国家に顔を出すがよい。たるさけおごってやる。ビールは飲めるか?」

「あー……ありがたいが、俺はあまり、酒は飲めなくてな」

「なんと! ではワインか。いいだろう。用意しておく。ではな」

 そう言うとアーバンクは、足元から燃え上がるようにして姿を消した。

「俺はワインもあまり……あー、いいか……」

 スカーレットは頭をがしがし掻きながら、ぼそりと言った。

「……で。フラン。お前、今度は何を企んでるんだ?」

 机の上に組んだ足を乗せているフランベリアに、スカーレットは目を向けて言った。

「あぁ? 何も企んでなんてねえよ。なに言ってんだ。てめえこそ、なんか企んでるんじゃねえのか」

 頭の後ろで両手を組んでいるフランベリアが、スカーレットに言葉を返す。

「……フラン、俺の魔法を忘れたか? 俺に嘘はやめろ」

「ああ、『うそ』と『虚構きょこう』の魔法……だっけか? すげえよな。“ない”ものを“ある”ってことにして、それをこの世界に存在させちまう魔法だ。『虚構』魔法はなんだっけぇ? ……ああそうだ。偽物にせものを本物っぽくでっちあげる魔法だろ。お前にぴったりだよなぁ。だってお前、人間サマにつくられた偽物なんだもんなぁ。知ってるぜ、お前のことは」

「……なるほど。お前は他人のことをコソコソ探るのが趣味だったのか。どっかの『喜劇王』と同じ趣味だな。あいつは救いようのない変態だが」

(えへへ……スカーレットが僕のことを褒めてく、)

 飛んできたペルドットの思考を、スカーレットはすぐさまぶちりと切断する。

「『同盟王』、そういうお前の魔法は『監視』と『結束けっそく』だな。立場の高い人間に触れると、その人間とその人間より下の階級の者の視点をいつでも見られる魔法だ。

 それと、お前と目を合わせて握手をした者は“必ず”お前と結束する魔法だ」

「その通りだよ。よく知ってるじゃねえか。魔法学校の生徒時代、てめえは成績優秀者だってもてはやされてたもんな」

「昔の話だろ。その話はやめろ」

 と言いながら、スカーレットは右のこめかみに手を当てる。また、遠く離れた場所にいるペルドットから思考が送られてきたのだ。

「フラン。ペルドットが、そろそろ死ぬ覚悟はできたかと言っているがどう…………ああくそ、なんで俺が伝書でんしょばとみてえなことをしなくちゃいけねえんだ。おいペルー。話すことがあるなら自分で伝えろ。切るぞ」

 伝令よろしくあいだに立たされたスカーレットは、一方的に響いてくるペルドットの思考を打ち切る。

「……なあフラン。お前が今探しているのは、神器だろ」

 そして椅子にもたれているフランベリアに言った。

「だったらなんだよ」

 フランベリアはあっさりと認める。

 神器じんきとは、彼らが生きる魔法暦まほうれき一七六四年から何千年も昔、この世界の神たちが『王』らを殺すために作り出した兵器と言われている。

 全部でいくつあるかはいまだに不明だが、そのうちの一つは、神々かみがみながく退屈な時を癒すために作られ、またある物は、人間たちの奇跡や運命を逆転させるために作られたという。

 今やそのほとんどは破壊されて世界中に散らばり、おとぎ話と同じく“本当に存在するかも分からない代物しろもの”として扱われている。

「お前の同盟国家に最近入った国……グリンデルモ共和国、とか言ったか? 確か、神器『かみがみいやかね』グロッケン=ベルがあるって噂の国だな。本当に、ここにあるのか?」

「知らねえよ。ある『らしい』ってだけだ」

 と、そこで『屍姫王』グディフィベールが話に混ざってきた。

「グロッケン=ベルといえば……かの有名な『いやしおう』様が持っていた神器じゃない? 私たちよりも二つ前……あの『撃滅王』のおじいちゃんの先代。その時代の王様の一人よ」

 その言葉に、フランベリアは舌打ちをする。

「ああそうだよ。俺がその鐘を探しに来たんだ。そうじゃなけりゃこんなザコしかいねえ国、俺の同盟になんか入れねえよ」

「……なるほどな。神器は探知魔法じゃ探せない。最近、やけに見境なしに同盟を拡大させてると思ったが……戦争しないって協定を取り決めた本人が、我先われさきにと戦力を集めていたわけか。まさか裏でそんなことをしていたとはな」

「……」 

 スカーレットの言葉に、フランベリアは何も答えない。

「この前もお前は同盟国家に新たな国を引き入れただろう? 確か……神器『神が紡ぐ物語』アウローラの隠し場所だって言われてた国だ。ということはお前の手には今……二つほど神器があるってわけだな。ま、お前がやることに俺は興味もないが……世界中に散らばっている代物しろものを二つも噂だけで集めたとは、すごいじゃないか」

気色きしょくわりいこと言うんじゃねえ。言っておくがなスカーレット、てめえの国にも神器が一つあるって噂なんだぜ。『神々かみがみの終わりなき……』」

「『かみがみわりなきたび』、だろう? 別名を『ほしぞらけるぎんれっしゃ』カンタレラ。『移動したい者』を『望む場所』まで運ぶ神器だ。欲しいなら……俺を殺して探すか? あいにくだが、自分の国にずけずけと入ってきたやつを野放のばなしにするほど、俺はできた『王』じゃないぞ」

 ふ、とスカーレットが軽く口角を上げて笑う。戦いを誘うような口調だった。

 その時フランベリアは、小さな違和感を覚えた。こいつはこんなに好戦的な奴だったか。

 ふとそう思ったことが引っかかるが、ただの気のせいにも感じられる。気に止めなければすぐに忘れるような、そんな、小さな違和感。

「あれはお前には扱えないよ。神器っていうのも相性あいしょうだからな。いくら強い道具を持ってても、使い手が馬鹿だったら意味がない、そういうことだ」

 そう言うとスカーレットは、グラスを持っている手の人差し指で、軽くふちを二回叩く。すると空っぽだったグラスに赤紫の液体が湧き上がった。色からしておそらくワインだろう。スカーレットはグラスを傾け、それを一口飲んだ。

 スカーレットは、酒は苦手だが飲めないほどではない。そのことは、学生からの付き合いでもあるフランベリアも知っている。

「……ずいぶんと、知ってるようなくちぶりじゃねえか。持ってんのかよ、その神器」

「さあな。それも合わせて、俺を殺してから探してみればいいじゃないか」

「……」

 わずかに、何かが引っかかる。こいつはこのんで自分から酒を飲むような奴じゃないはずだ。学生の時でも、このような、戦いを誘う発言はしていなかったはずだ。それはただの……気のせいか?

 フランベリアは一瞬そんなことを考えるが、ふと思った違和感は、すぐに忘れて消えた。

「ま、いいじゃない。その話はもう」

 と、『屍姫王』グディフィベールが口を挟んできた。

「私の所に死体を送るようなことをしないのなら、なんでもいいわ」

 そう言った『屍姫王』グディフィベールは、スカーレットに顔を向ける。目が合ったスカーレットは、

「……そうだな。俺も、お前がこっちの国を潰そうとしない限りは何もしない。他の奴は知らんがな。ペルーも……まあ、あいつは動きたい時になったら動くだろう」

 と、二人にそう返す。

「くれぐれも、自分で決めた協定を自分から破ることはしないようにな、『同盟王』サマ」

 フランベリアにそう言うとスカーレットは、黒い砂のようなものに姿を変える。黒い砂はそのまま、窓の隙間から外に出て行った。

「手伝いが欲しくなったらいつでも言ってねえ、フラン。同じ魔法学校の生徒だったよしみよ。そっちが泣きつくなら助けてあげるわよぉ。うっふふふ……」

 笑い声を残し、『屍姫王』グディフィベールも自分の足元に広がる穴に沈んでいく。

 部屋にはフランベリアだけが残される。

 椅子に座っているフランベリアは、大きな舌打ちをした。

「……おい、ユースフェルト」

 と、誰かを呼ぶ。

「はい。『審判者しんぱんしゃ』ユースフェルト、ここに。お呼びでしょうか。『同盟王』フランベリアさま」

 すると部屋の中……フランベリアの視線の先に、床から蒸気が噴き出した。そして声と共に、蒸気の中から一人の男が姿を現した。

 右目にモノクルをつけ、燕尾服を着た長身の男である。呼び出したフランベリアに対し、うやうやしく腰を折っている。

 この男の名は、ユースフェルト・バロン。この世界の“神”と呼ばれる存在につかえ、その決定を『王』たちに伝える、『審判者』と呼ばれる役割の男である。

「神器『神々を癒す鐘』グロッケン=ベル……本当にここにあるんだろうな」

「ああ、『癒王』ニィナさまがお持ちになっていた神器ですね……」

 頭を上げたユースフェルトは何もない空間から書物を出現させ、それを眺めながら言う。

「はい。噂の出所でどころは、南西二百キロ地点にあるグリンデルモ共和国からになっております。もう一人の『審判者』……前任の担当が移動中に落っことした位置とも重なります。間違いないかと」

 ニコニコしながら答え、パチンと指を鳴らす。出現させた書物は、一瞬にして消え去った。

「その国の周りはひどく土地も乾き、雨も降らず稲やらも枯れておりますのに、なぜかその国だけは無事です。特に王が居座る城は……通常時以上に豪華ごうか絢爛けんらんとしているそうですね。夜な夜なパーティーなんかもやっているそうですよ。国民たちは重い税の徴収ちょうしゅうと流行り病で死にかけていますのに。フ、フ、フ」

 何が面白いのか、ユースフェルトは肩を揺らして笑った。

「保管場所は? 地下とかだったら面倒くせえな……」

「王の私室ししつにて保管しているそうですよ。そこのどこに隠しているのかは……フ、フ、フ。わたくしにも分かりませんが。

 たまたま拾っただけなのに、家宝かほうとして代々だいだい継承けいしょうされているそうですよ。まさに国の宝とか。フ、フ、フ。神器に金銭的価値をつけるのならば、大きな国二つ分の国家予算はくだらないですがねえ」

「それほど力があるってことだろ。人間共だって馬鹿じゃねえ。『そいつ』が死んでも、伝説やおとぎ話で偉業いぎょうは語り継がれる。それがこの世界だ」

「フ、フ、フ。その通りでございます。だからあなた方『王』は“死なない”。……魂となったあと再びこの世界に戻ってくるかどうかは……少々難しいお話になりますがね」

 ユースフェルトはまた、フ、フ、フと肩を揺らして笑った。

「さて、『同盟王』さま。このままベルを取りに行くので?」

「当たり前だろ。グズグズしてたら他の奴に横取よこどりされちまう」

 フランベリアは、ようやく椅子から立ち上がる。

「では、わたくしは下がりましょう。また、何かあればお呼びください」

 来た時と同じく腰を折ると、ユースフェルトは蒸気となってその場から姿を消した。

「……ふん。相変わらずよく分かんねえ奴だぜ」

 ユースフェルトが消え去った場所を見て吐き捨てると、フランベリアは背を向ける。そしてそのまま、足元から消えていった。

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