【七人の『王』】
【『同盟王』フランベリア】
『同盟王』フランベリア①
「さて、全員いるな?」
そう言ったのは、暖炉の前に立つ一人の男である。歳のころは二十代後半ぐらい。
「この世界を壊さないための
と、『同盟王』……フランベリアが名乗る。
彼がいるのは
「はあい。『
と、
その女性は名乗った通り、全身が赤に包まれていた。胸元が大きく
鮮やかな赤色の中で、彼女の白い肌がさらに際立ち、
服や髪も赤色に染めたそんな彼女は、頭に小さな
「クイーンは本人だな。次は……」
フランベリアが、『赤の女王』……クイーンの右隣に座る人物に目をやる。
「――『
と、視線を向けられた人物は目を閉じたまま、少女にしては少し低い声で名乗った。
『信仰王』は顔だけ見れば幼い。見た目で言うと十代ほどの少女である。着ているのは白を
幼さの残る顔の肌は
尻のあたりまである長い髪は、よく見ると暖炉の炎が向こう側に
「……よし。
「『
フランベリアの言葉をさえぎって、老人が声を張り上げた。勢いよく机を殴ったため、グラスのワインがこぼれてテーブルクロスにしみを作る。
『撃滅王』アーバンクは、
「……うっせえクソジジイだな。耳がボケてんのか?」
眉をしかめながらフランベリアがぼやく。先程の好青年の顔とは大違いの口調である。
「ん? 何か言ったか、『同盟王』」
「いいや、何も」
フランベリアは作り笑顔でそう返す。すると、立っている一人が口を挟んできた。
「ちょっとぉ……元気すぎるのはいいけれど、もう少し大人しくできないのかしら。そんなに大きな声を出すとポックリ
「ふん。
「うふふ。そうしたいけど、私も『王』の一人なのよ、おじいちゃん」
『屍姫王』と呼ばれた女は、くすくす笑った。
「ふん。この『撃滅王』をそこらの
「あら。女の子はいつだってお洒落が好きなのよ。可愛いでしょう?」
「そんなに肌を出して戦場を駆けまわるつもりか? もう少し気を引き締めろ」
アーバンクは
だが確かにアーバンクの言う通り、『屍姫王』の格好は戦場には
彼女が着ているのは
「『屍姫王』グディフィベール……お前だ」
と、フランベリアが名乗りを
「はいはい。『屍姫王』グディフィベール。ここに。これでいい?」
彼女……『屍姫王』は改めて名乗った。彼女、と分かるのはドレスを纏う
彼女は頭に、人の顔がすっぽり入るほどの
「本物だな。あとは……」
フランベリアは、立っているもう一人の男に目をやった。その男は部屋の壁にもたれ、一人静かに、グラスの中の氷を揺らしていた。
「おい、お前だよスカーレット。名乗れ」
フランベリアが同じように促すと、その男はテーブルにいる他の『王』らを見やり、ぼそりと言った。
「……『
それだけ言って、男はグラスの中の酒を静かに飲んだ。
『残虐王』と名乗ったその男は、上下しわ一つない黒のスーツに、きっちりと結ばれた黒のネクタイ、磨かれた黒の革靴を履いている。鎧やドレスなどの思い思いの格好をしている他の『王』たちの中でも、明らかに一人だけ目を引く格好をしている男である。
年のころは、三十を少し過ぎたぐらいに見える。短くそろえた髪は薄い
一見すると真面目そうな青年に見えるが、男の目に浮かぶ瞳の模様が、少しばかり相手を圧倒させる。
彼の目は瞳の
「あとは……ペルドットかよ。あいつ、また来ないつもりか」
フランベリアが
鎧はガシャガシャと音を立てながら部屋に入る。その際、全員の頭の中に声が響いた。
(……遅れたけどちゃんと来たよ。『
『喜劇王』とは真逆の、ひどく気だるそうな男の声である。まるで晴れるのか雨が降るのかはっきりしない
『喜劇王』と名乗った鎧は当たり前のようにスカーレットの横で足を止め、同じように壁に背中を預けてもたれる。
「……ペルー。お前、またこんな鎧を代わりに出して……たまには直接顔を出せ。俺だって来たくないけど出てるんだぞ」
と、スカーレットは鎧に向けてこそりと言った。その返答が、スカーレットの頭の中に響いてくる。
(君だけならいいけど、他の奴らと直接会うなんて絶対嫌だね……。うるさいおじいちゃんもいるし、ゾンビ女だっているし、うるさいフランもいるし……あ、君だけなら喜んで会いに行くんだけど……)
スカーレットの頭の中に、ペルドットの声と共に、彼の感情も伝わってくる。
(うっふふふ……スカーレット、君は相変わらず今日もカッコイイねぇ……。君の姿は僕からばっちり見えてるよ……。その目、その髪、その服装……ああ、最高だ! 今すぐ君に会って抱きしめたいよ! そしてそのまま君にドレスを着せて結婚式を……あ、君が新郎でも全然いいからね。そりゃもちろん、君の意見を優先させて……うっふふふふ、楽しみだねぇ。僕らの結婚式……)
頭に響いてくる
(あ、鼻血が出そう……。うう、これはもう無理だ。血が、血が足りないよ……。お願いだスカーレット……死にかけの僕に君からの
(
(えっ。ちょ、待っ)
ペルドットからの思考をぶつりと切ったスカーレットは、グラスに残った酒をぐい、と飲み干し、もう一度ため息をついた。
こうして自分が考えていることを、特定の誰かや大多数に向けてやり取りをすることは、ある程度の魔法を習得している者であれば簡単にできる。伝令や電信よりも圧倒的に早いため『魔法』が当たり前に使われるこの世界では、このやり取りが主流になっている。
「……あの野郎、思考を切ってやがる。一つも返ってこねえ」
こめかみを押さえたフランベリアが、怒りを込めて吐き捨てた。ペルドットへ思考を送っているのだが、ろくに返事が返ってこないのだろう。ペルドットは、嫌いな相手に対しては
フランベリアは舌打ちして、こめかみに当てている手をのけた。ペルドットに思考を繋ぐのは諦めたのだ。
「……『喜劇王』はまた
その瞬間。アーバンクは右手に一丁のマスケット銃を出現させた。すぐに構え、銃口を鎧の頭へと向ける。
(あ、やば……)
同時、スカーレットの脳内に響く、ペルドットの声。スカーレットはその声を無視し、横にいる鎧から少し距離を取る。
アーバンクが引き金を引き、部屋の中に轟音が響く。撃ちだされた弾丸は見事、ペルドットの代理に来ていた鎧の頭に命中した。
頭が吹き飛ばされた鎧はそのまま床に崩れ落ち、派手な音を立てて転がる。
(お前が悪いぞ)
スカーレットは、ここにはいないペルドットに思考を送った。その返答が、頭の中に響いてくる。
(だから嫌なんだよね、そこに行くの……)
目の前で騒動が起こったにもかかわらず、他の『王』たちは眉一つも動かしてさえいない。
スカーレットが、ペルドットに思考を送る。
(おい、ペルー。鎧の血は消えていないぞ。まだ動かせるんだろう? それとも、大人しく顔を出すか?)
(やだよ……面倒くさいし。大人しく、君たちが見える場所から話でも聞いておくよ……君が不利な状況になったら、出て行こうかな……)
(近くにいるんだったら来い。お前も、少なくとも
(王様ねぇ……。そりゃそうだけど。いやだね。僕は君だけが好きなんだ。それ以外はどうでもいいよ……)
そこでぶつりと思考が切れる。スカーレットはため息をつき、グラスに入っている氷を揺らす。
ペルドットはこの七人の『王』の中でも、
「……まぁいい。あいつも聞いているだろうからな、始めるぞ」
ため息をついたフランベリアが、ようやく本題を話し始めた。思考魔法で呼び出すことを諦め、話を進めることに切り替えたのだろう。
ペルドットは
彼がやる気を出し、その気になれば、他の『王』が絶対に届かない距離から攻撃を仕掛けることもできるのだ。
「まずは自分たちの国の近況報告だ。嘘はつくなよ。嘘や
と、フランベリアが、親指の先でスカーレットを指さす。スカーレットはそんなフランベリアを一瞥しただけで、グラスに入っている酒を一口飲んだ。
「まずは俺の『
「待てフラン。お前、自国の領土を拡大しているだろう? 嘘はつくな」
話に割り込んだスカーレットが言う。その同心円の瞳が、フランベリアを見つめている。
「……おおっと。すまねぇな。うっかりしてた。そうだよ。俺の同盟国家は領土を広げた。これでいいか? 『残虐王』サマ」
フランベリアはニヤニヤしながら訂正する。嘘や誤魔化しはするなと言った張本人が、さっそく嘘をついたのだ。相変わらず嫌な奴だと、スカーレットは心の中で思う。
スカーレットは
「……アタシのワンダーランドも特にないわぁ。アンタたちがいる
と、クイーンがフォークを回しながら報告する。
「わしのバンタニアも特に大きなことは何もないのう。近くの海域で『喜劇王』の
アーバンクが言うが、ペルドットからは何も反応もない。興味もないのだろう。元々、ペルドットはそういうところも
「そっちはどうだよ? ソフィス」
フランベリアが、ソフィスタスに目を向ける。『王』たちの中で、とりあえずフランベリアが進行役をやっているようだ。
フランベリアに問われたソフィスタスは、
「――言うことなどない――」
と、目を閉じたまま返した。
「おい、ソフィス。てめえの国は
「――ならばどうする。『同盟王』――」
ソフィスタスが、閉じていた目をうっすら開ける。隙間から覗ける二つの瞳は、鮮やかな血だまりのような色をしている。
フランベリアは舌打ちをして、ソフィスタスから顔を
『信仰王』ソフィスタスは、名の通り人間たちの信仰心で存在している『王』である。そんなソフィスタスの持つ魔法は『
信仰心がなくなれば消えてしまう存在のソフィスタスはこの七人の『王』の中でも、最も
こうして『王』たちは定期報告という
「お前はどうなんだよ。スカーレット。ご自慢の
フランベリアが尋ねる。すっかり対面用の仮面を剥いでいるその態度に、スカーレットは小さくため息をつく。こういう、いちいち突っかかってくるような言い方も学生の時から変わっていない。
何がそんなに気に入らないのかと、スカーレットは心の中でため息をつきながら、問われたことに答える。
「……俺の所も特にない。しいて
「おおっとぉ? ガキ共は病気じゃなくて、てめえが食っちまったんじゃねえのかぁ?
なぁスカーレット。てめえ、自分の国の国民から、なんて言われてるか知ってるか? てめえ、『
「さあな……」
グラスの中の氷を揺らしながら、スカーレットは静かに返す。『残虐王』が人間を食っているというかもしれない話が出ても、他の『王』たちの態度は変わらない。
クイーンはつまらなさそうにフォークを回し、ソフィスタスは静かに目を閉じていて、アーバンクも特に変わった様子はない。グディフィベールも、変わらず静かに
「答えになってねえじゃねえか。ってことは……本当に人間食ってんのか、お前」
「……フラン。
スカーレットはグラスの中を見つめ、氷を揺らしている。
(フラン。それ以上スカーレットを困らせるようなら、君の手足をへし折るよ)
と、フランベリアの脳内にペルドットの声が響いてきた。それと同時、床に倒れていた鎧の胴体が、ぎこちない動きで起き上がろうとしている。
「あーあー、分かったよ、そういうことにしてやる」
そう言うとフランベリアはこめかみに手を当て、ペルドットに思考を送り返す。
(で。てめえはどうなんだよ。話、聞いてただろ)
(……君に、僕の国がどうとか言う
ぶつりと一方的に思考が切られた。フランベリアは、またもや舌打ちをする。と、こめかみに手を当てたスカーレットが言ってきた。
「……ペルドットからだ。アーガストも特に何もないってよ。アーバンクが保護してるっていう商船の人間たちは、好きにしていいとよ」
「ふむ……では
「分かった。そう伝えておく」
ペルドットの代わりに礼を言ったスカーレットは、軽く目を閉じてペルドットに思考を送り返す。
(ペルー。聞いただろ。礼ぐらい言っておけよ)
(やだ。めんどくさい……)
一方的に思考が打ち切られる。スカーレットはため息をつくと、こめかみに当てた手をのけながらアーバンクに言う。
「すまんなアーバンク。ペルーの奴は礼も言えん馬鹿だから……俺から礼を言っておく。本当に助かる」
「気にするな、『残虐王』。貴様も苦労が多いのう」
アーバンクは手を上げて軽く返した。
と、そこで黙っていた『屍姫王』グディフィベールが口を開いた。
「あ、そうそう。私の所はそろそろ死体でいっぱいになりそうだから、できるだけ戦争は
「それは俺らじゃなくて人間共に言えよ」
すぐさまフランベリアがそう返す。
「言ったって、あの人たちは
うふふ、とグディフィベールは軽く笑う。フランベリアは、ち、と舌打ちをした。
『王』と呼ばれる人間たちは
ふざけた年月を超えてきたと思われるだろうが、それほど『王』らが千年生きるのは当たり前になっているのだ。
「……フラン。全員の近況報告は終わったぞ。このあとは何をするんだ?」
スカーレットが、この場にいるフランベリア以外の意を
「……」
フランベリアは全員を見渡すと、言った。
「……会議は以上だ。王同士で戦争をしない、という協定を忘れるなよ。俺らが戦争したら、この世界はめちゃくちゃになるからな。何かあれば思考を繋ぐ」
「はぁい。じゃあねぇ、フラン」
フランベリアが言うと、まずクイーンが、どろりとチョコレートが
その隣にいたソフィスタスも、光が消えていくようにしていなくなる。
「……『同盟王』、貴様のやり方には何も言うつもりはないが、最近、貴様の同盟国家の領土を広げる間隔がいささか早いと思うのじゃが。どういうことかな。わしの国の端まで侵入しておるじゃろう?」
「おっと、そうかよ。気をつけるぜ。俺の国は『同盟国家』なんでなぁ。
「……世界一の軍事力を持つわしの国を貴様の同盟国家に、じゃと? 冗談はほどほどにすることじゃな、
「はいはい。悪かったよ、オジイチャン。あと一歩で戦争になるってところで、止めてくれてありがとよ」
フランベリアはまじめに聞いていない。会議を始めた時に浮かべていた好青年の仮面を、すっかり
「……ふん、『王』の
言いながら、アーバンクも席を立つ。と、スカーレットと目が合った。
「あー……『撃滅王』、すまないな。こいつはその……まあ、しっかり言っておくよ。
この
スカーレットは、アーバンクに軽く頭を下げる。
「なに、気にするな。集まる奴らの大半は
アーバンクは軽く返す。人間を食っていると言われたスカーレットのことは、特に気にしていないようだ。
「わしも、貴様のような『王』の成長が見られて楽しいぞい。
「あー……ありがたいが、俺はあまり、酒は飲めなくてな」
「なんと! ではワインか。いいだろう。用意しておく。ではな」
そう言うとアーバンクは、足元から燃え上がるようにして姿を消した。
「俺はワインもあまり……あー、いいか……」
スカーレットは頭をがしがし掻きながら、ぼそりと言った。
「……で。フラン。お前、今度は何を企んでるんだ?」
机の上に組んだ足を乗せているフランベリアに、スカーレットは目を向けて言った。
「あぁ? 何も企んでなんてねえよ。なに言ってんだ。てめえこそ、なんか企んでるんじゃねえのか」
頭の後ろで両手を組んでいるフランベリアが、スカーレットに言葉を返す。
「……フラン、俺の魔法を忘れたか? 俺に嘘はやめろ」
「ああ、『
「……なるほど。お前は他人のことをコソコソ探るのが趣味だったのか。どっかの『喜劇王』と同じ趣味だな。あいつは救いようのない変態だが」
(えへへ……スカーレットが僕のことを褒めてく、)
飛んできたペルドットの思考を、スカーレットはすぐさまぶちりと切断する。
「『同盟王』、そういうお前の魔法は『監視』と『
それと、お前と目を合わせて握手をした者は“必ず”お前と結束する魔法だ」
「その通りだよ。よく知ってるじゃねえか。魔法学校の生徒時代、てめえは成績優秀者だってもてはやされてたもんな」
「昔の話だろ。その話はやめろ」
と言いながら、スカーレットは右のこめかみに手を当てる。また、遠く離れた場所にいるペルドットから思考が送られてきたのだ。
「フラン。ペルドットが、そろそろ死ぬ覚悟はできたかと言っているがどう…………ああくそ、なんで俺が
伝令よろしく
「……なあフラン。お前が今探しているのは、神器だろ」
そして椅子にもたれているフランベリアに言った。
「だったらなんだよ」
フランベリアはあっさりと認める。
全部でいくつあるかはいまだに不明だが、そのうちの一つは、
今やそのほとんどは破壊されて世界中に散らばり、おとぎ話と同じく“本当に存在するかも分からない
「お前の同盟国家に最近入った国……グリンデルモ共和国、とか言ったか? 確か、神器『
「知らねえよ。ある『らしい』ってだけだ」
と、そこで『屍姫王』グディフィベールが話に混ざってきた。
「グロッケン=ベルといえば……かの有名な『
その言葉に、フランベリアは舌打ちをする。
「ああそうだよ。俺がその鐘を探しに来たんだ。そうじゃなけりゃこんなザコしかいねえ国、俺の同盟になんか入れねえよ」
「……なるほどな。神器は探知魔法じゃ探せない。最近、やけに見境なしに同盟を拡大させてると思ったが……戦争しないって協定を取り決めた本人が、
「……」
スカーレットの言葉に、フランベリアは何も答えない。
「この前もお前は同盟国家に新たな国を引き入れただろう? 確か……神器『神が紡ぐ物語』アウローラの隠し場所だって言われてた国だ。ということはお前の手には今……二つほど神器があるってわけだな。ま、お前がやることに俺は興味もないが……世界中に散らばっている
「
「『
ふ、とスカーレットが軽く口角を上げて笑う。戦いを誘うような口調だった。
その時フランベリアは、小さな違和感を覚えた。こいつはこんなに好戦的な奴だったか。
ふとそう思ったことが引っかかるが、ただの気のせいにも感じられる。気に止めなければすぐに忘れるような、そんな、小さな違和感。
「あれはお前には扱えないよ。神器っていうのも
そう言うとスカーレットは、グラスを持っている手の人差し指で、軽くふちを二回叩く。すると空っぽだったグラスに赤紫の液体が湧き上がった。色からしておそらくワインだろう。スカーレットはグラスを傾け、それを一口飲んだ。
スカーレットは、酒は苦手だが飲めないほどではない。そのことは、学生からの付き合いでもあるフランベリアも知っている。
「……ずいぶんと、知ってるような
「さあな。それも合わせて、俺を殺してから探してみればいいじゃないか」
「……」
わずかに、何かが引っかかる。こいつは
フランベリアは一瞬そんなことを考えるが、ふと思った違和感は、すぐに忘れて消えた。
「ま、いいじゃない。その話はもう」
と、『屍姫王』グディフィベールが口を挟んできた。
「私の所に死体を送るようなことをしないのなら、なんでもいいわ」
そう言った『屍姫王』グディフィベールは、スカーレットに顔を向ける。目が合ったスカーレットは、
「……そうだな。俺も、お前がこっちの国を潰そうとしない限りは何もしない。他の奴は知らんがな。ペルーも……まあ、あいつは動きたい時になったら動くだろう」
と、二人にそう返す。
「くれぐれも、自分で決めた協定を自分から破ることはしないようにな、『同盟王』サマ」
フランベリアにそう言うとスカーレットは、黒い砂のようなものに姿を変える。黒い砂はそのまま、窓の隙間から外に出て行った。
「手伝いが欲しくなったらいつでも言ってねえ、フラン。同じ魔法学校の生徒だったよしみよ。そっちが泣きつくなら助けてあげるわよぉ。うっふふふ……」
笑い声を残し、『屍姫王』グディフィベールも自分の足元に広がる穴に沈んでいく。
部屋にはフランベリアだけが残される。
椅子に座っているフランベリアは、大きな舌打ちをした。
「……おい、ユースフェルト」
と、誰かを呼ぶ。
「はい。『
すると部屋の中……フランベリアの視線の先に、床から蒸気が噴き出した。そして声と共に、蒸気の中から一人の男が姿を現した。
右目にモノクルをつけ、燕尾服を着た長身の男である。呼び出したフランベリアに対し、うやうやしく腰を折っている。
この男の名は、ユースフェルト・バロン。この世界の“神”と呼ばれる存在に
「神器『神々を癒す鐘』グロッケン=ベル……本当にここにあるんだろうな」
「ああ、『癒王』ニィナさまがお持ちになっていた神器ですね……」
頭を上げたユースフェルトは何もない空間から書物を出現させ、それを眺めながら言う。
「はい。噂の
ニコニコしながら答え、パチンと指を鳴らす。出現させた書物は、一瞬にして消え去った。
「その国の周りはひどく土地も乾き、雨も降らず稲やらも枯れておりますのに、なぜかその国だけは無事です。特に王が居座る城は……通常時以上に
何が面白いのか、ユースフェルトは肩を揺らして笑った。
「保管場所は? 地下とかだったら面倒くせえな……」
「王の
たまたま拾っただけなのに、
「それほど力があるってことだろ。人間共だって馬鹿じゃねえ。『そいつ』が死んでも、伝説やおとぎ話で
「フ、フ、フ。その通りでございます。だからあなた方『王』は“死なない”。……魂となったあと再びこの世界に戻ってくるかどうかは……少々難しいお話になりますがね」
ユースフェルトはまた、フ、フ、フと肩を揺らして笑った。
「さて、『同盟王』さま。このままベルを取りに行くので?」
「当たり前だろ。グズグズしてたら他の奴に
フランベリアは、ようやく椅子から立ち上がる。
「では、わたくしは下がりましょう。また、何かあればお呼びください」
来た時と同じく腰を折ると、ユースフェルトは蒸気となってその場から姿を消した。
「……ふん。相変わらずよく分かんねえ奴だぜ」
ユースフェルトが消え去った場所を見て吐き捨てると、フランベリアは背を向ける。そしてそのまま、足元から消えていった。
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