第12話 浅井悠希の正体
「しゃああああ!!いくぞお前らああああ」
俺は柄にもなく大声を出して全員を鼓舞する。
歩が隣で耳を塞いでいるがそんなことはどうでもいい。少し足元がフワフワするだけだ。なんら問題はない。
アルコール耐性がないのに梅酒を一本丸々飲んだのだ。
気がついたときには俺は気持ちよくなっていた。
「おい……最高戦力の悠希がこれかよ……流石に負けたかなぁ……」
歩が隣で愚痴をこぼす。
「大丈夫だって!!俺が何とかしてくっからよ!!」
「お前の話をしてるんだ悠希。まじで戦うときにはちゃんとしてくれよ」
「おう!!任せとけ!!じゃあしゅぱーつ!!」
俺は開幕ダッシュを決めながら愛刀片手に駐屯地へ向かう。
「おい!先にいくな!死ぬぞ!」
後ろから歩の怒鳴り声がした……気がした。
歩の声らしきものに振り返りもせず、どんどん先へ走っていく。
少し走るともう聞きあきた銃声が響く。
それと同時に足元に何発かの銃弾が着弾する。
(右に2体。左に1体か。左から行くか。)
俺はスピードを緩めることなく、左側のゾンビへと突っ込んでいく。
距離が10メートルをきったところで俺は思いっきり刀を引き抜き、真っ正面にいるゾンビに切りかかる。
左腕を銃弾が掠めたが、そんなことお構いなしに刀を振り下ろし、首を跳ねる。
トサッと切り落とされた頭が地面に触れる。
「まずは一匹。次ぃ!!」
叫びながら体を180度回転させ、また走り出す。
残りの2匹の首もあっさりと跳ねる。
「あああぁぁ足りねぇなぁ……もっともっともっともっと殺してぇえええええ!!」
理性を完全に失った俺はそのまま単騎で駐屯地へ暴走したトラックのように走りだした。
━━━━
「━━希!━━悠希!起きろ!おい!」
「んぁ……うるせえなぁ……」
歩のうるさいアラームで目を覚ます。
最悪のアラームだ。もうちょっと美声に起こされたかったのに……
目を擦り、視界をクリアにしていく。そこには血に塗れた戦車や、肉片があちこちに散らばっていた。
「え━━━━━━」
俺が発した言葉は、いや発せられた言葉はそれだけだった。
俺の右手には血で真っ赤になった刀がしっかりと握られていた。
「お前、次から2度と酒飲むな。」
龍太郎がガチトーンで俺に注意喚起をしてくる。
なにかやってしまったらしい。まぁ、この現状を見たら大体予想はつくのだが。
「おーい悠希ー!大丈夫かー?」
遠くから歩が近付いてくる。
その姿は俺が最後に見た歩とは一変して、右手にはハンドガン。左手にはナイフが握られていた。
まるでどこかのミリオタ見たいな見た目になっている。
「頭がいたい。後、腹へった。」
そう伝えると歩は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、大笑いしだした。
「なんだよ急に。てか、俺は何をした?」
昨日の記憶はほぼない。強いていうなら、コンビニで大声だしてたような……
「まぁ、まず結果から言おう。お前は単独でここを制圧した。」
……まじか。俺ってそんな強かったのか。
「お前が酒に酔って走り出した後、俺たちは急いでその後を追ったんだ。でもお前が陸上選手顔負けの走りでどんどん先にいってしまうもんだから諦めて小走りで向かっていったんだ。お前の刀から滴ってた血で大体お前の行き先が分かるようになってからは歩いたけど。
その間に戦車の砲声が3回。銃声は数えきれないくらいになってた。でも俺たちが駐屯地に突入したと同時にそれが一斉に止んだんだ。
お前が死んだと思って大急ぎで入ってみたら返り血で服と顔を真っ赤にしたお前がグラウンドの中心で寝てたんだよ。それも満面の笑みで。」
「それで今起きたってこと?」
俺の質問に歩は首を縦に降る。
完全に想定外だった。もっと自分では酒は強いと思っていたが実は激弱のクソザコだったらしい。
完全に不覚……
「それと……お前。俺たちに何か隠してんだろ。」
新たな悪い一面にしょんぼりしてうつむいている俺にさらに歩は追い討ちをかける。
ハッと顔を上げるとそこには俺がヒロシマ支部に報告する用のタブレットが握られていた。
いつの間に。
酔ったときに道にでも落としたのだろうか。
だが今はそんなことを悠長に聞いている空気ではなさそうだ。
「お前。いや悠希。正体は何だ?」
歩が声のトーンを1つ下げて聞く。
歩の目は普段なら絶対に見れないような真剣なものだった。
あーあ。ヒロシマまで隠しておく予定だったんだけどなぁ……
俺は立ち上がると、歩の手からタブレットを奪い慣れた手付きで操作をする。
「俺の正体ねぇ……強いていうならこれかなぁ」
俺は先ほどまで酔っていたとは思えないほど素早く右手で刀を抜き、今まで一緒に戦ってきた奴らに向ける。
もう片方の━━━━俺の左手には、俺の身分証が掲示されたタブレットが握られていた。
━━━━
浅井 悠希 コードネーム:しんかい
WUAO 日本支局抜刀課 5番隊隊長
2007 0216 出生
生存中
━━━━
「これを見てもらえたら分かるとおり、俺はWUAOの抜刀課の人間だ。生き残りたければ俺の言うことに従ってくれ。」
駐屯地の空気に俺の言葉が冷たく溶けていった。
生きる屍のその先に 不死裂@秦乖 @husisaki
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