第1話濡れた姫と優
僕は、家への帰路についていた。
学生と言う身分と言うこともあって金曜日の帰宅時間は学校からの解放感などからいつもならウキウキ気分で帰るのだが、今日の天気は生憎の雨であり、帰るのも一苦労である。
少し待つだけで雨が止むなら待っていたけど、天気予報では今日一日中雨らしいので大人しく帰る羽目になっている。
僕は基本的に人混みを嫌いなので帰り道は人があまり通らない道を休日に探しルート開発をして通っている。
僕が見つけた帰り道の中で気に入っている場所は、道中にある公園である。
春になるときれいに咲く一本桜があり、屋根付きのベンチなど最低限の設備しかないため子供から人気はなく、地元の人の休憩所のような場所になっており静かでいいところになっている。
現在は四月なので桜は満開になっており、それを見るのが楽しみなのだが、今日は雨が降っているので見ることが出来ない。
こう考えると下校中に雨が降っていい事は一ミリもないじゃないかなどと考えていると例の公園が見えてくる。
「あれ……誰かいるのか?」
僕は公園に誰かがブランコに座っている人らしき姿を見る。今は雨が降っているはずなのだが、その人物は傘をもっている様子はなく動く気配がない。
雨で視界が遮られていることや距離があることなどから、どんな人なのかがわからない。ただ分かるのは、雨の中、傘を使わずブランコに座るようなことをしているなど普通に考えたしないことをしているため、面倒事の可能性が高い。
無視して帰ることも考えたが、これを無視したために後々事件があったなど聞いたら後味が悪し、別に時間に追われているわけではない。
それに今起きている不思議な出来事について知りたいと思う好奇心もあった。
一応現在の時刻を確認するとまだ午後4時30分であり一時間ほど余裕がある。それならばと思い、僕は公園に近づくことにした。
公園の入り口である場所まで行くとその人物がはっきり見えた。
その人物はどうやら同じ学校の人物らしい、右胸にある桜をモチーフにしたバッジジと学校指定のブレザーを着ていたからだ。
その人物に目を凝らす。
雨に打たれている人物の正体がすぐに分かった。
その人物は僕の通う高校で姫と呼ばれている
しかし、僕が聞く宇野綾香のイメージからはなぜこんなことをしているのか分からない。
学校での宇野綾香という人物は、よく手入れされていると思われる長い髪に透き通るような乳白色の肌、全体的に整ったスタイルといいとても良い人形の繊細さを持ち合わせた美しさを持っている。
あまり人との関わりがない僕でも彼女の評判が耳に入るほどの人物であり、耳に入る評判のほとんどが文武両道の完璧美少女であると言わしめるものだ。
その証拠に定期考査では毎回一位を取っており、体育などの授業では本職と遜色のない活躍をしているらしい。
成績優秀で容姿端麗でもあり、性格も決して驕ることなく謙虚であり、大人しく誰にでも優しいと欠点なんて存在しないと思わせるような人物である。
そんな彼女と僕は今年同じクラスになっている。だからと言って彼女との接点は全くない。
僕にとって宇野さんは縁が遠い存在であり、何より僕は彼女に興味がないため、積極的に関わろうとしていなかった。
それでも名前は覚えるほどに彼女の活躍を耳にするのですごい人なんだなと思うぐらいである。
そんな人物だからか、ある程度距離があっても制服やその容姿から宇野さんだと分かった。
そして今、彼女が公園で一人ブランコに座っている。
それも多くの人が外に出るのが嫌になるような雨が降っている中で、傘を忘れてしまった、もしくは壊れてしまっているならまだ納得できるのだが、その場合は屋根付きのベンチで雨が弱くなるのを待っているか誰かに連絡して傘を持ってきてもらっているはずだ。
そんなことからも彼女が奇行に近い行動をしているのは明確だった。
ただ、カバンなどがないところを見るに、一度家に帰って荷物を置いてきた上でここに来た可能性がある。
つまり、彼女自身がやりたくてやっている可能性があるということ。
そのことも考えると、声をかけることは余計なお世話になる可能性がある。
一人でいたいと思うことは誰にでもあるだろう。それならば、僕が声を掛けて心配する方が失礼かもしれない。
それに噂通りの彼女なら一人で立ち直ることは出来るだろう。
そう判断して、僕はその場から移動しようとした時だった。
ほんの一瞬だけ彼女の表情が見える。それは泣きそうな表情をしていた。
その瞬間僕の中に絶望や悲しみなどの負の感情が流れ込んでくる。
やってしまった。
僕はそう思った。
今、流れ込んできた感情はきっと彼女の感情なのだろう。
僕は運がいいのか悪いのが分からないが、相手の表情を見ると相手の感情が分かるのだ。
洞察力がいいのか、それとも才能なのか分からないが、少なくとも僕はいいものではないと思っている。
この才能のせいで幼いころから多くの苦労をしてきた。
今ではある程度読み取らないようにコントロールできるようになったが、絶望などの負の感情は、過去の出来事が起因しているのか分からないがコントロールが出来ていない。
ただ、負の感情だけ受けるだけならまだよかった。問題はその後だ、助けろと助けたいと思う感情が沸き上がる。
この感情はどんなに頭で否定しても抑えることができない。だから僕は気が付けば彼女に声をかけようと歩み出していた。
こうなれば、僕はもうこの気持ちを止める事が出来ない。きっと今から僕はすべての能力を活用して彼女を助けようとするだろう。
僕にとってこれは一種の呪いだ。そんなことを思いながら僕は声をかける。
「大丈夫ですか?そんなところで傘も差さないでいると風邪を引いてしまいますよ?」
優しく問いかけるような声で言うことはしなかった。それは今の彼女にとっては毒になる可能性が高いから。
だから僕は出来るだけ素っ気なく声をかける。彼女に他意はないことを示し警戒されないため。
それと同時に差していた傘の中に彼女を入れる。彼女を入れたため僕は雨に濡れてしまうが特に大きな問題がないので気にしない。
そうすると水分を含んで重そうな長い髪を揺らしながら彼女はこちらを振り向く。
こちらも彼女を見る。
彼女の瞳から、こちらを警戒していることが読み取れる。
警戒されるのは当然だろう。第一、僕は宇野さんとの関わりは皆無だ。普通なら声すらかけないで立ち去っているはずだ。
しかし、僕にとって警戒されたからと言って大きな問題ではない。これよりひどい状況を何度も経験している。
「
名前で言われたことに僕は少し驚いた。
前々から意識していたからという理由なら喜ばしいことだが、そんなことはないだろう。彼女の評判から考えるにクラスメイト全員の顔と名前を憶えているのだろう。
それができる記憶力を自分に分けてほしいと僕は思ってしまう。
「特に用があるというわけでありませんが、雨の中傘も差さないでいるので大丈夫かなと」
「それなら心配にいりません、私は居たくているので。ご心配ありがとうございます、私のことは気にせずに」
警戒をあらわにするような言い方ではなく、できるだけ穏やかな声色で言っているが、その言葉を聞き入れないと宣言しているようなものだった。
ただ、今なお流れ込んでくる感情には不安といった感情の方が多い。
僕を警戒しての不安なら今すぐこの場から去るのだが、僕が話しかけたことによって発生した不安な気持ちは少しだけであり、何か別のことに不安を感じているらしい。
もし、感情が読み取れなかったら言葉通りに捉えて最低限のお節介をして、ここを去っていたのだろう。
知らなければ悩むことないのに、そんなどうにもならないことを考える。
さて、僕自身は彼女の内側まで入ろうと思っていない。というかその役目は僕ではない。
なら今すべきことは、彼女の不安要素を取り除き一度冷静にさせることだ。
どうせここまで関わるのはこれが最初で最後だろう。ならある程度印象などは無視でいい、それなら少し強引な手段が使えるということだ。もちろん捕まらない程度だけどね。
「すいませんが、それはお断りしますね」
「それはどうしてですか?」
彼女はこちらを訝しいむように見てくる。
それは当然だろう、離れろと言ったのに嫌だと返答されたのだ。ぼくでも同じ態度をとるはずだ。とにかく僕は彼女がなし崩し的にこの状況から脱する流れと作るために言葉を紡ぐ必要がある。
「少なくとも今のままではあなたの身が危険です。もしここで何もしないで帰った後あなたの身に危険があった場合、何もしなかった僕の責任になりますし、僕も後味が悪いので」
「いえ、そんなことは起きません。それにただ雨の中いるだけでそんな重い事態になっていないので心配はいりません」
僕は彼女に強い言葉を使って理由を言った。だからこそ、彼女はこちらが自分の現状を重く見ていると思い込んだ。その時点で僕の目的の一つは達成された。
さっきの返答で僕が聞いている宇野綾香が評判通りならこちらを面倒くさい人に映っているはずだ、そんな人物に無視という行為は得策ではないと考えに至る可能性が高い。
完璧な人間という評判を維持するのに先を考えて行動することは必須だ。先を考えて動けば危機的状況を回避するのは学校という環境なら容易にできるから。
完璧を維持するのに必要なのは失敗をなくせばいい、ならどうするか答えは簡単、失敗するようなことはしなければいい。
だからこそ人によってどのように対応すればいいのかある程度把握しているはずだ。そしてこういう面倒くさいタイプは無視が一番いけない。それは僕の言っていることを肯定することになるから。
少なくとも彼女はこちらの言葉を無視することはない。話し合いが出来るなら後は簡単だ。
この状況で一番面倒だったのが全て無視されること、その場合は手間のかかる策をしないといけない所だった。
それと同時にまだ彼女が冷静であることも確認できる。自暴自棄になっている場合は無理矢理にも突き放すなどの行動をしていたかもしれない。しかし、彼女はそれをしなかった。少し強めに言うだけ済ました。
まあ、心に刺さるのであまりやりたくはないが。さてここから彼女を説得の為に言葉を考える。
「確かに今は大丈夫そうですね」
「ならもういいですよね?私は一人でいたいので」
彼女は相当早めに帰ってほしいらしい。段々と態度を隠しきれなくなっている。
ただ、言葉が軽い。その程度では僕は引かないし動揺することもない。
「僕は今はと言ったんですよ、この後どうなるか何て分かりませんよ?心変わりするかもしれません」
「例えそうなったとしてもあなたに関係あるんですか?」
宇野さんはこちらの意見について否定することはやめて、こちらがしている行動が無価値であると間接的に言ってきた。その声も段々と怒りの感情が込められている。
これは上手くやらないと一生嫌われるかもな。
「さあ、どんな形で影響があるのでしょうか?」
「は?」
あまりに予想していた反応と違ったのか宇野さんは反撃することもなく、こちらを意味が分からないような視線で見る。
「あなたの関係者と親しい中かもしれませんし、あなたに身に危険が及んだ場合に親族の方に責任を問われるかもしれません、上手くやればあなたを追い詰めた極悪非道な人物に仕立て上げることもできますね」
「そんなことある訳が……」
「ないと言いきれるのですか」
宇野さんが言いきる前に追い打ちをかける。今までは穏やかに言っていたが、ここでは宇野さんの目を見て強気に言う。
これは半分賭けだ。普通の人なら有り得ないと切り捨てる。普通の人なら、だけど彼女は違う少なくとも一年近く完璧を演じているはずの宇野さんならその可能性を否定しきれないはずだ。
彼女にとって完璧というイメージが崩れる可能性があればいい。一個人ではなく多くの人にバレる可能性が1パーセントあればいい。彼女はそれを無視することは出来ない。
完璧など存在はしない、それは上に行くほど痛感することだ。完璧と言われているのが不愉快なら守ろうとしていないのなら、この一年間で一回ぐらいは普通だと思わせるような評価を聞くこともあるはずだ、なにより完璧という評判が別のクラスまで知れ渡るようなことになるはずがない。
だが、そんなことになっていない。みんなから聞く彼女の印象は完璧少女なのだから。
雨が降る中、僕は彼女の言葉を待つ。しかし、一向に彼女からの返答はない。しばらく時間が経った後宇野さんは一瞬こちらの目を見た後明後日の方向に向ける。
どうやらこちらを遠ざけることは諦めたらしい。これでほぼ大丈夫になったはずだ。
今回の説得の内容は宇野綾香という人物でなければほぼ失敗していたはずだ。
噂から彼女の状況はある程度推察できる。少なくとも完璧と言われている人物が感情的に判断することはない、いや出来ないといった方がいいかもしれない。感情を押し殺せるほどの何かがあるからだ。
その何かがどんなことかは知らない、知ったとしても今の僕にはどうにもできない。
今回はただその何かを利用させてもらっただけ、宇野さんにとってその譲れない何かを命と同等もしくはそれ以上だと仮定して、会話と表情などの動作からその仮定が正しいのか見極めながら話の内容をその何かが関わってくるようなものになるように誘導すれば最終的な判断は必然的にそれに委ねることになる。
まあ、ここにいることが許されただけでどうするべきかなど言えるような立場になった訳ではない。そこまで彼女に入り込む必要もないので取り敢えず当たり障りのない解決策でも言っておけばいい。
「僕はあなたが家に帰るなどして、あなたの身が安全になったと思うまでお節介をさせていただきますね」
「家には帰りたくない……」
その声は先程までとは打って変わって消え入りそうな声だった。
どうやら本当に家に帰りたくないらしい。彼女の感情からも何かから逃げたいと思っていることが分かる。
この際どうして家に帰りたくないかなどの理由は考えないでおく。そして今、僕がするべきことは彼女に今日1日安心して過ごせる環境を用意するということだと認識する。
やるべきことが決まれば後は早い。先程の話し合いに比べれば比較的に簡単だ。
取り敢えずはこの場から移動をしなければならない、移動先はどうしようか。
そこらのホテルという案もあるが精神的に不安定な彼女を一人にするのも不安が残る。ここは信頼できる誰かが見守ってくれる所が最適だろう。
運がいいことに僕はその条件に当て嵌まる場所を知っている。すると後は連絡しなければならない。
宇野さんを見た所携帯らしきものを持っている様子はない。一応携帯電話を持っているのか確認する。
「宇野さんは今携帯電話を持っていますか?」
「いえ、持っていません」
宇野さんは持っていないということで僕はバックからスマホを取り出すと宇野さんに聞く。
「宇野さん、家に帰らないことを親に連絡とする必要があるならスマホを貸すけど、どうしますか?」
「え……いえ大丈夫です」
宇野さんは困惑したような表情をする。それも当然だろう、家に行きたくないと思っているがそれが叶うとは思っていいないはずだ。
「宇野さん、今から光井旅館というところで部屋を取りたいと思っていますがどうしますか?もちろん料金などのことはこちらで済ませますので」
「光井旅館にですか!?」
今の反応を見るに、宇野さんは光井旅館について知っているらしい。これは良かった。いきなり知らないところに行くより少しは知っている所ほうが安心できるだろう。
「そこまでして貰うわけにはいけません!」
「僕の祖母が運営している所なので、そんなにすごいことをしている訳ではないですよ。それにあなたに恩を売って後でいろいろとして貰いたいとか思っていませんよ。何なら今から誓約書でも書きましょうか?」
そこまで言うと宇野さんは不思議そうにこちらを見ている。宇野さんの評判から多くの人から好意などを受けてきたはずだ。そのためこういうことは神経質になっているのだろう。
そういう意味では人気になることがいいことばかりではないとよく分かる。
「でも、そこまでして貰うわけには」
「たまには甘えることも大切ですよ、それに家に帰りたくないのでしょう?」
ここはごり押していく。説得であんな強引な手を使ったのだ今更何を言ってもさほど影響はないはずだ、雨のことなど時間を掛けている余裕はない。宇野さんも他にいい案が思い浮かばないのか同意の意思を見せる。
「取り合えず連絡するので、あそこのベンチに行きませんか?」
「あ……すいません気が付かなくて」
「こちらがしているので宇野さんが謝ることはありませんよ」
僕は宇野さんを屋根付きベンチまで移動させる。これによって僕の教科書が軽傷で済む。
ベンチにつくと僕はタオルを宇野さんに渡す。濡れたままだといろいろ困ることがある。
「タオルありがとうございます」
宇野さんは申し訳なさそうな表情をしている。それも当然だろう、今のところ僕のやっている行動は赤の他人するようなレベルは越えている。雰囲気でごり押ししているだけで普通はありえないことである。
それに先程までこちらを攻め立てるようなことをしていたのだ、そんな人物にここまでして貰っては流石に思う所があるのだろう。
まあ、これで嫌われないで済むならいいな、さっきまで一生嫌われることも覚悟していたからね。
僕は光井旅館に連絡をするため、スマホを取り出し、光井旅館の女将であり僕の
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