もぐもぐ週間日記

@mogmog_san

第1話 醤油ラーメン

 スーパーマーケットに売っている三食入りの醤油ラーメンが無性に食べたくなる。

 赤いビニールの袋に入った少しだけ懐かしさを感じる、あの醤油ラーメンだ。

 グレーの片開き式の冷蔵庫を開けると、リンゴのキャラクターのマグネットで固定されている紙がぴらぴらと音を立てて揺れた。

 隙間から覗くとパックに入れられた卵や豚バラ肉、ケチャップやマヨネーズなどの調味料など様々なものが丁寧に収納されている。

 上から二番目の段、ヨーグルトの横にバッグ・クロージャーで留められた赤いビニール袋を見つけた。

 冷蔵庫から取り出し、念のため賞味期限の欄をチェックする。

「三日後が期限か」

 誰に訊かれているわけでもないが一人でぽつりと呟く。

 一リットルの水も入らない小さな片手鍋と、ところどころに焦げがついたヤカンになみなみと水を注いでガスコンロの上に置いた。

 少々古いせいか、しばらく掃除を怠っていたせいか火の着きがよろしくない。

 ボタンを押しカチカチと音立てると火も着くが、ボタンを離すと音と共に火も消えてしまう。

 五回ほど試してみるとガスコンロも根負けしたかのように火を着けた。

 お湯を沸かしている傍らてバッグ・クロージャーを外し、外袋の上部を掴み左右同時に引っ張る。

 個包装された生麺と、同じく個包装され三つに連なったスープを一つずつ取り出した。

 スープの隣にくっついている白く固まった調味油を温めるため封を切らずに底が深めの耐熱皿に乗せる。

 皿には世界一有名なネズミがプリントされていた。

 ヤカンの中身が水からお湯に変わるのを待っている間に、真っ赤なラーメン丼をシンクの下から取り出し水でサッと洗った。

 野菜室からネギを一本取り出し、まな板の上に置く。包丁で根の部分を切り離し薄皮を剥き輪切りにしていく。

 切り進めるたびにネギの青臭さが強く鼻まで届くようになっていった。

 ヤカンの口から白い湯気が漏れ始めたので調味油にかけるようにしながら耐熱皿に湯を注いだ。

 ここで少しばかりの好奇心が働き耐熱皿に人差し指を突っ込んでみる。

 湯に浸かっている部分が真っ赤に染まる。風呂の温度よりは高いが触っていられないほどでもない。

 おそらく五十度あるかないかだろう。

 一歩間違えたら人差し指は火傷をし水膨れになるが何故だか気になってしまう。家には温度計などないのだ。自分で確かめるほかない。

 皿に描かれたネズミは私の無意味な行動を嘲笑うかのように口角を不自然なほどに上げていた。

 自分の好奇心のままに行動している間に小さな片手鍋の中身はボコボコと煮えたぎっていた。

 クマの顔の形をしたキッチンタイマーを二分にセットし、生麺を包装から取り出す。

 右手にタイマー、左手に麺を持つ。

 左手の中身を鍋に落とした瞬間に右手のボタンを押した。

 耐熱皿に目をやると白く固形であった調味油は透明な液体に変化していた。

 封を切り先ほど水洗いしたラーメン丼にスープと油を垂らす。

 黒々としたスープとその周りを囲む透明な油の上に輪切りにしたネギを乗せる。量が多かったようでスープと油は見えなくなった。

 用済みとなったネズミの皿をシンクに入れた。

 片手鍋から目を離していた隙に湯が溢れそうになっていたので、すぐさま弱火に変える。

 菜箸を取りグルグルとかき混ぜる。

 これをきちんとやらないと麺の表面に打ち粉が残りヌルヌルとした食感になる。前に一度だけ横着をしたら舌触りが最悪だった。

 タイマーの時間を見ようとしたら液晶部分が白く曇っている。左手の親指で液晶部分をサッと擦ると残り三十秒が示されていた。

 計量カップにヤカンで沸かしていたお湯、二百七十ミリリットルを計りネギで覆われた丼に注ぐ。

 ピピピッ、ピピピッとタイマーが鳴りはじめた。

 左手で持ったザルの中に湯ごと麺を入れる。

 湯はザルの隙間を通り麺だけが残った。

 麺を丼に移しタイマーを止めて冷蔵庫からメンマと海苔を取り出し乗せる。

 チャーシューや味玉は入れない素朴さが好きなのだ。殆ど買わないことが一番の理由ではある。

 冷蔵庫から茶を取り出し黄色いクマのコップに注いだ。

 テーブルにラーメンと共に移動し箸を置き手を合わせる。

「いただきます」

 右手で箸を持ち麺を掴む。

 顔を近づけると眼鏡が一気に曇り視界が悪くなるが醤油とネギの混ざった香りが鼻を通る。

 箸を口元に持っていき一気に啜る。口の中で咀嚼する際に麺に絡みついたネギがシャキシャキと音を立てた。

 次にメンマに箸を伸ばす。 しゃくしゃくとタケノコの繊維を噛み切っている食感が好きだ。

 メンマは他の料理に使うことがないので多めに入れる。気がつくと期限が切れてしまうからだ。

 海苔は三枚切りのものを贅沢にそのまま入れ、しゃぶしゃぶのように食べる。口いっぱいに広がる磯の香りが好きだ。

 顔や服に飛び散ることを気にせずに、ずるずると食べるラーメンは美味しい。家でしかできない贅沢だ。

 スープを一口啜る。

「はぁー」と声が漏れる。

 飲みすぎると摂取塩分が多くなるし喉も乾く。

 注意をしながら、もう一口スープを啜った。

 ずるずると食べ進めると、あっという間に麺も具材もなくなった。

 他の料理より咀嚼回数が少ないのか一口の量が多いのか、麺類は食べ終わるのが早い。

 最後に一枚だけ海苔をスープに浮かべた。

「ごちそうさま」

 手を合わせ使った食器をシンクに入れた。

 コップの外に水滴が垂れた、冷たい茶を口に含んだ。

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