4歳 二度目の春
エピローグ お花見と指輪
あんなに世界を真っ白に覆っていたのに、雪はあっという間に消えていった。
毎日は相変わらずで、単調な日々が続く。起きてから寝るまで同じようなルーティンを退屈だと笑う人もいるかもしれない。だけど、少しずつ変わる季節の変化を愛でるように、少しずつ成長する子供を見守る日々は、私にとって代えがたい宝物だ。
雪の下で育った蕾が、今年も花を開かせた。森一面が、また幻想的な桜色に染まる。
この『ナハトーム』に来てから、二度目の春。
「ジンさん、地面に敷くシートは用意してくれましたか?」
「あぁ、少し大きめにしておいたぞ」
「炭や新聞紙は?」
「焚き火の準備は完璧だ。何しろ、ヒイロが火を着けてくれるのだからな。その火を簡単に絶やさせるわけにはいかんっ!」
私は台所で、最後の大詰めだ。バスケット籠にアルミで包んだおにぎりを入れていく。タッパーには切った野菜やお肉を分けて入れた。マシュマロの準備もおっけー。お芋もアルミホイルで包んである。お花見なのかバーベキューなのかちぐはぐだけど、子供に喜んで貰ええば何でもいいのだ。
「あとお茶を水筒に入れて……」
冷蔵庫から作ってある水出し茶を取り出す。ドボドボと水筒に注ぎながら、私はリビングでソワソワしているジンさんに声を掛けた。
「ヒイロくんの準備は?」
「完璧だ。本人は暇だと二階に遊びに行った」
今日はヒイロくんの誕生日。年齢は見た目と一致しないから敢えて数えないけれど……ヒイロくんが四歳相当になった。もう当たり前のように一人で階段を上り下りできる。だから、知らぬ間に寝室が荒らされていることもあるんだけどね。
息子が着々と成長する一方で、私の旦那様はとても落ち着きがない。ド派手な野球帽を嬉しそうに被っている。シンプルなパーカーとゆるいチノパンスタイルでも美丈夫を維持しているのは素晴らしいけど、急かすような視線は止めて欲しい。ヒイロくんじゃないんだ。「まだ?」と言われてもまだなものはまだ。
私は水筒の準備を終えて、ふりふりエプロンを外す。私はまだジャージ姿のまま。
「じゃあ、あと着替えてきますから。座って待っててください」
「そんなのは無理だ。今日は待ちに待ったキャンプなんだぞ? でも着替えは急がなくて構わない。ちゃんと俺の用意したワンピースを着てくれさえすれば」
……うん。今日はお花見件バーベキューだというのに、なぜか真っ白なワンピースを用意してくれてるんだよね。絶対これを着てくれと懇願されたから、まぁ現地での準備をお任せすることを条件に受け入れたんだけど。
無理という発言とともに、まったくもって意味がわからない……。
まぁ、立っていたいなら好きにすればと、私はふと目に入ったナップザックを確認する。ジンさんに準備を任せた、いわゆるヒイロくんグッズだ。外で遊べるフリスビーやボール。そして着替えやタオルハンカチ等を入れてもらったのだが――見つけた不備に、私は目を細める。
「ジンさん。ヒイロくんの着替えは?」
「ん? 入れてあるだろう?」
「私、ズボンは二枚入れておいてって頼みましたよね? 一枚しか入っていませんが。しかも、これ冬用。裏起毛なんてもう暑いでしょ⁉」
「……いざとなれば、魔法ですぐ出せるじゃないか」
拗ねて視線を逸らすジンさんを、「え?」と私は睨みつける。すると、ジンさんは眉根を寄せた。
「きみ……言うようになったよな」
「知ってます? 私の故郷では『夫婦円満の秘訣は夫が妻の尻に敷かれること』っていうセオリーがあるんですよ」
「……本当か?」
信じられないといった様子で、ジンさんが私に近づいてくる。そして当たり前のように私の顎を引き寄せて――
「ママー! キラキラみつけたー!」
その時、どんどんと階段から大音が聞こえてくる。二人してそちらを見やれば、ドタドタと階段を下りてくるヒイロくんだ。すでに小さいリュックを背負って、頭にもジンさんとお揃いのド派手な野球帽と被っている。パパとお揃いで、シュートメさんから貰ったものだ。
その手には、黒いベルベット生地の四角い箱。
「そ、それは――‼」
私とヒイロくんを交互に見てくるジンさんは、明らかに動揺していた。その様子があまりにもおかしくて……私はヒイロくんに近づく。
「何見つけたのー? ママにも見せて?」
「ミツキっ!」
ふふ、こんな時に名前を呼ばれたって、気づかぬフリですよ。だって赤い目をキラキラさせた息子が「みたいー?」と可愛く聞いてきているのですから。
うんうん、と頷くと、ヒイロくんが「じゃじゃーん」と箱をパカッとしてくれる。
中には、私の知る通り三つの指輪が入っていた。大粒のダイヤモンドが付いた指輪が一つ。シンプルなプラチナの指輪が二つ。それは、夏にジンさんの寝室からシュートメさんが見つけた指輪たち。
「寄越せっ!」
誰よりも高い位置から、ジンさんが無理やり奪い取る。当然、ヒイロくんは「いやあ!」と泣きそうな顔。あーあー。せっかくこれからキャンプなのに。私は屈んでヒイロくんを抱きしめる。そろそろ抱っこするのがキツくなってきたんだよね。大きくなったもんだ。ヒイロくんは未だ抱っことせがんでくるものの。
ともあれ、私がジンさんに文句を言おうとした時。ジンさんが床に膝をついた。立膝の姿に、私は「え?」と小さく疑問符を漏らす。ジンさんの浅黒い肌に赤みが帯びていた。
「あとで、出会った木の下で渡すつもりだったんだが――」
ジンさんが再びケースを開く。
「お、俺と結婚してくださいっ!」
「……すでにあなたと結婚して一年が経ちますが」
思わず真顔で事実を述べると、ジンさんは「それはそうなんだが」と気恥ずかしそうにモゴモゴし始める。
「ほ、本当はけじめが大事だろうと、もっと昔に渡すつもりだったんだ。だが……俺が育児を甘く見ていたのもあって、ついつい……」
うん、そうでしたね。そういや、ちゃんと初めて帰ってきてくれた日、渡そうとしてくれてたんですよね。……私が叩き落としちゃったんですけど。
いやぁ、我ながらよく愛想つかされなかったな。改めてジンさんの器の大きさに感謝しなきゃ。
私はキョトンとしているヒイロくんを下ろして、左手を差し出す。ジンさんがビックリした様子で顔を上げた。私は頷く。すると、ジンさんがゆっくりとダイヤの付いた婚約指輪を私の薬指にはめてくれた。その逞しい手が、また震えているものだから。余計に、指輪への愛着が湧いちゃうね。
「ひいろもー! ひいろもやるー!」
「じゃあ、ヒイロくんには結婚指輪をお願いしようかな」
「ひいろはけっこんゆびわー!」
その無邪気な笑顔に、ジンさんも肩を竦めて。シンプルな小さな輪をヒイロくんに渡す。
「落とすなよ」
「はーい!」
私も屈んで、手を差し出せば。すんなりと結婚指輪を婚約指輪の上に重ねてくれた。ジンさんよりもスムーズな手付きに、思わず苦笑する。
将来ヒイロくんが女たらしになったらどうしよう?
でも、そんな将来の悩みは後回しだ。今は――
「ジンさん、ケースを貸してください」
残った指輪を、その嵌めるべき人へ。私がこれから一緒に生きていく旦那へ、お揃いの指輪を嵌めて。ささやかな結婚式。そうか、あのワンピースもウエディングドレスの代わりだったのかな。そう考えると、ジンさんからのせっかくのサプライズが、全部壊れてしまっているけれど。
それでも、私が嵌めてあげた指輪を嬉しそうに見ているジンさんが愛おしいから。
私は彼の頬にチュッと口付けする。
そして、愛しの息子にも頬を寄せて。
「それじゃあ、おでかけしようか!」
目を白黒させている精霊と一緒に、ふにふに可愛すぎる息子を今日も育てていく。
目まぐるしい毎日の生活に予定調和なんてない。だけど、私たちはどんなことがあっても――三人で今日も生活をしていくのだ。
【完】
もふもふ美丈夫な精霊と育てる、ふにふに可愛すぎる勇者は闇堕ち予定。 ゆいレギナ @regina
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