第25話 今年のクリスマスも疲れたぜ!帰るぞ!終わりじゃ!

「あのから来たということは、もうすでに、くなっているということですか?」

 いつの間にか、ものものしり猫のリューがいる。

「そう。死んだあと、てんに召され、天国てんごくで暮らしているんだ」

「天、すなわち、神様かみさまに召され、天国、すなわち、神の国で暮らしているということですか?」

「ああ。そこに、にじはしという、七色なないろの橋がある。私たち猫は、その橋にいるんだ」

「虹の橋で、どういう風に暮らしているのですか?」

神々かみがみのお手伝いをしながら暮らしている。忙しいけど、楽しいよ」

「忙しい?」

「ああ。世界中で、毎日、なにかしらのまつりごといわい事、ねがい事があるからね」

「なるほど。そうですね。日本だけでも、全国各地かくちそれぞれの神をまつ祭事さいじがありますからね」

 もの知り猫リューは得意げに続けた。

「全国共通きょうつうなのは、織姫おりひめ彦星ひこぼし七夕たなばた星祭ほしまつり

 さらには唄うように、

夏祭なつまつりのとうろうながし。お正月の初詣はつもうで神社仏閣じんじゃぶっかくもうでますから、神事しんじですね」

 しまいには自分の知識に酔いつつ、

「インドやネパールのホーリーさいや、キリスト教の復活祭ふっかつさいも神事ですね。フランスでは、酒神しゅしんバッカスにささげるブドウの収穫祭しゅうかくさい。スペインの三大祭さんだいまつりといえば、バレンシアの祭り、セビリアのはる祭り、パンプローナの牛追うしおい祭。それに、ブニョールのトマトなげげ祭り。タイの旧正月きゅうしょうがついわみずかけ祭り。ハロウィーンも元々は民族行事みんぞくぎょうじですからね。他には……」

 ショーが「もういいから」と苦笑にがわらいしながら肉球にくきゅうせいし、

「そうした中、クリスマスの日は、サンタクロースを手伝うんだけど、サンタは、イヴとクリスマスの二日間で、世界各国かっこく二十億人の子供たちにプレゼントを渡さなければならないんだ」

「一日あたり十億人ということは、もし仮に、二万人のサンタがいたとすると、一人当たり、一日で十万人もの子供たちへくばばらなければ、とてものこと、配り終えませんね」

「そういう計算になるね」

「でも、一時間に四千人ちょっとの子供たちへ配るなんて、不可能ですよ」

「普通に考えれば、そうだね」

「仮に、一億人のサンタがいれば、可能かも知れませんが、移動時間まで含めると、まずもって不可能です」

「大丈夫。サンタには実体じったいが無いから」

「実体が無いいいい?」

「だから、世界各国の子供たちに一斉にプレゼントを渡せる」

「二日で二十億人の前に現れることができる……」

「一日で十億人でもいいんだろうけど、イブって前夜祭があるから」

「あんさん、そらぁ」

と、いつの間にか、ぼやき猫のモンクーがいた。

幽霊ゆうれいっちゅう意味かいな?」

「そう。心霊しんれいとも亡霊ぼうれいとも言われる。おけ、化け物、ゴースト、物のけ猫とも言われる」

「ひえー」

「だから、私たちの姿は、人間に見えないんだよ」

 道理で、あたしの姿が、人間には見えないわけだ。

 そういえば、おととい、この島へり立った時も、あたしを見た女子たちが、

「もしかして、お化け?」

とか、

「出たあ!」

さわいでいたっけ。あれは、あたしのことだったのか。

 もの知り猫のリューが、人差し指を立てて説明した。

「千七百年前に実在じつざいしたセントニコラウスという司教しきょうが、サンタクロースのモデルと伝えられています」

「その、聖ニコラウスが亡くなって、サンタクロースになったんだよ」

とショーが補足ほそくした。

「ほなら、サンタクロースは、聖ニコラウスの幽霊ゆうれいちゅうわけやな」

「そうだよ。そのサンタクロースが、人間の子供たちへ、プレゼントを配るのに手一杯だから、猫には猫のサンタクロースをつかわしたというわけなんだ」

「三毛猫ミーはんも、それで一緒に来たんやな?」

「一緒じゃないよ。三毛猫ミーが先」

「なんでや?なんで一緒やないねん?」

「サンタクロースが言ってた。おてんばな三毛猫ミーは、何か事件を見つけては首を突っ込み、プレゼントを配る使命なんか忘れるだろうから、お前がサポートしてやれって」

 お見通みとおしだったってワケね。それにしても、どうしてサンタクロースは、ショーを選んだのだろう?お目付めつやくなら、他にも猫がいるのに。

 そのショーが、

「もうすぐ十二時になる。サンタクロースが迎えに来る時間だ。さあ、草原でサンタを待とう」

と言って歩き出した。あたしも続いて歩く。そのあとを、黒猫クーも、もの知りリューも、ぼやき猫モンクーも付いてくる。

 いつしか小雨こさめは、ゆきになっていた。あたたかい猫ヶ島ねこがしまに雪がるのは、とても珍しい。戦いが終わって、静寂せいじゃくを取り戻した草原に、雪がもる。

 草原が、うっすら白くなり始めた頃、二十四時をげるかね鳴り始めた。もうすぐサンタがやってくる。あたしが、

「みんな、元気でね」

と、わかれを告げると、ぼやき猫のモンクーが、

「また来てや」

と、さびしそうに、消え入りそうな声で言った。

「ミーはんからもろうた“る心”な。大事にするさかい」

「うん」

 鐘の音が五回、六回、鳴った。

 もの知りリューも、別れをしむように目をうるませ、

天国てんごくにある、にじの橋で暮らしているんでしたよね?」

「そうだよ。あたしたちは、いつも、虹の橋にいる」

「いつか僕も、虹の橋に行くでしょう」

間違まちがいなく、ね」

「そこでえますよね?」

「もちろんさ。待ってる」

 鐘の音が七つ、八つと鳴った。

 黒猫クーが、鼻声で、

「また会えるよね?」

と言った。黒毛の上に雪が落ちた。深緑ふかみどり色のひとみが、涙でにじんだように見えた。

「大丈夫。きっと会える」

「きっと?きっとだよ?」

「約束する。あたし、約束は守るよ」

 鐘の音が九つ、十と鳴った。

「さあ、もう行こう」

とショーがうながすと、ひときわ大きく鐘の音が十一、十二と鳴った。

「零時だ」

 しかし、サンタクロースは現れない。日付は二十六日になった。

「あれ?」

 ショーは、不思議そうに、夜空を見つめて首をかしげた。

「どうしたんだろう?」

「もしかして、このまま猫ヶ島に?」

 黒猫クーが言った。

「それもいいんじゃない?」

「帰れないってこと?」

「もう二十六日だよ?」

「サンタさん、どうしちゃったんだろう」

と、猫たちが口々に騒いでいると、夜の空一面そらいちめんが、金色こんじきまった。

 金色にいろどられた夜空よぞらから、赤鼻あかはなのトナカイがソリを引いて現れた。ソリを引くトナカイのルドルフも、千七百年前に亡くなったトナカイらしい。

 赤いソリは、上空じょうくうを大きく旋回せんかいしつつ、ゆっくりと下降かこうし、やおら羽毛うもうのようなしずけさでフワリと着地ちゃくちした。

 ソリに乗っているサンタクロースが、

「いやあ、悪い、悪い。遅刻ちこくしちゃったよ」

とソリから降りてきた。

 早くも一杯ひっかけたように顔が赤い。それを見咎みとがめたショーが、

「もしかして、もう飲んでる?」

「あれ?バレちゃった?」

「もう、クリスマスは終わったよ?」

「バーカ。だから飲むんじゃよ。今年の仕事は、昨日で終わりじゃ」

とサンタは機嫌きげんよさそうに、

「ほれ、帰るぞ」

とソリへ乗り込んだ。

「今年のクリスマスもつかれたぜ。とっとと帰って、飲み直しじゃ」

と、出身地しゅっしんちのトルコしゅ・ラクを取り出して、グビグビ飲み始めた。自動操縦じどうそうじゅうよろしく、トナカイのルドルフがソリを引くので、飲んでもよろしいという解釈かいしゃくらしい。

「ほれほれ。ミーとショーも、さっさと、乗った乗った。うぃ」

 釈然しゃくぜんとしない気分で、あたしたちがソリへ乗り込むと、ソリはフワリとかび上がった。あたしはいそいでソリの中から、

「みんなー、さよーならー」

と手をると、みんなも、

「さよーならー」

と手を振っている。

「また来てねーっ!」

「また会おうねーっ!」

 みんなと過ごした昨日と今日が、幻となって消え入りそうな寂しさにおそわれ、涙があふれた。

 ソリの中でひとり泣いているあたしへ、ショーがやさしくかたりかけた。

「独りじゃないんだ。もう泣かないで」

 あたしが泣きべそ顔を上げると、ショーは、

「私のことに、まだ気づかないのかな?」

微笑ほほえみながらたずねた。あたしが首を振ると、ショーは高らかに笑って、

「ずいぶんと冷たいねえ」

と、わざと怒った顔つきで、

「私は、君の夫だったアメリカンショートヘアのショーだよ」

「え!」

「サンタは、それを知っていたから、私を遣わしたんだ」

「それが本当なら、初対面の時、どうして、名前を訊いたの?知っていたはずなのに」

「教えていないのに、知っていたら、おかしいと思うだろう?だから、知っていても、知らんふりして、えていたんだ」

「どうして、にじの橋で会えなかったの?」

「虹の橋といっても、広いからね。それに、君が虹の橋に来たのは、つい先日せんじつだろ?」

「つい先日って?」

「今日のクリスマスからさかのぼること二十日前。十二月六日。午後四時」

「知っていたの?」

「サンタから訊いた。虹の橋に、きみが来たって」

「本当?本当に、ショーなのね?」

「また会えたね」

「こんなところでえるなんて」

「だから“あたしの心”を受け取る必要がないって言ったじゃないか。もうっているからね」

「そういうことだったの」

「それにしても、私とは気づかず、他のアメショーに“あたしの心”を差し出すなんて」

「姿かたちから名前まで一緒だもの、同一人物だと思った」

と、あたしはショーにきついて誤魔化ごまかした。

「これからは、虹の橋で、ずっと一緒だね」

「うん。そうだね」

「あ、忘れてた」

「なに?」

「一日ぎちゃったけど、メリークリスマス」

 天空てんくうから見下みおろせば、猫たちの心の中へ入った数千すうせんのパワー・キャンドルが七色に美しく光り輝き、猫ヶ島ねこがしまおおいつくしていた。「了」

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三毛猫ミーのクリスマス~猫の島で起きた小さな奇跡 おしょう @dodoitsu

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