第24話 猫と人間、言葉は通じなくても伝えたいことが分かり合える

「そんなところで寝てたら、風邪ひくよ?」

「おばちゃんじゃナーイ!」

「おばちゃんとは言ってないよ」

 声に気づいて目を開けると、黒猫クーが、心配そうに覗き込んでいた。

「大丈夫?」

「んんん?ここは?」

 一瞬、状況を把握できなかったが、徐々に、鮮明に思い出した。

「そうだ、戦いが、終わったんだ」

「うん、猫ヶ原ねこがはらの戦いは、終わったよ」

 無秩序にめた数十台の電動カーのヘッドライトが、猫ヶ原ねこがはら全体を照らしていた。

 漆黒しっこくの上空から、爆音が聞こえてくる。

 ほどなくして、空の一点に着陸灯ちゃくりくとう点滅てんめつが現れ、ヘリコプターが、垂直に高度を落とし、風を巻いて、着陸した。

 着地したヘリから、二人の警官が、風を避けるように、降りてきた。

 警官は、島の警備員と何か話していたが、やがて、後ろ手に手錠をかけられて座り込んでいる三人組へ近づき、何か話しかけると、その身柄を引き取り、ヘリへ戻っていった。敵の三人組を乗せたヘリが、飛び立つ。

 あたしは黒猫クーに、

「どういうこと?」

と訊ねた。

 三人組は、これから、ヘリで強制送還されるという。

 動物愛護法を犯した罪で裁判にかけられ、犯罪者として、数百万円の罰金か、一年以上の懲役を言い渡され、間違いなく、刑務所行きになるだろう。

 刑期が終わって、出所しても、この島には出入り禁止の判決で、二度と、足を踏み入れることが出来ない。

 その証拠となる現場の写真や映像を、手配した弁護士団に見せるため、スケサーとカクサーが撮影している。スケサーとカクサーへ知らせたのは誰だろう?

「ちょっと遅かったけど、僕は、僕なりの強みで戦ったよ」

と、黒猫クーが、得意げに鼻を鳴らした。

 黒猫クーの異様なき方に異変を察したローコー大統領が、パトロールするよう、スケサーとカクサーへ命じたのだという。

「僕の強みは、人間が好きなこと。人間も、僕たちを好きになってくれる。だから、言葉は通じなくても、伝えたいことが分かり合えるんだ」

 そうかも知れない。だから、ローコーと、スケサーとカクサーが、顧問弁護士へ連絡したり、あれこれ動いてくれたのだろう。

「人間とペットは、共存できる。お互い幸せになれる。ペットの犠牲の上に、人間の幸福が成り立つなんて、おかしいと思わない?」

 そう言いたげに、黒猫クーは、後ろ足で耳を掻いていた。

 東の空へ雷雲らいうんは過ぎ去り、いつしか、小雨になっていた。急激に、気温が下がりつつある。温暖な猫ヶ島ねこがしまらしからぬ寒さになってきた。

 あちこちで倒れている猫を、何十人もの島民が介抱していた。

 不幸中の幸いか、普段からケンカ慣れしているキティ組の猫ばかりだからか、命を落とした猫は、一匹もいなかった。

 あたしはホッと胸をなでおろした。

「そうだ!ボス猫ハローは、どうしたんだろう?」

と、彼が横たわっていた所へ駆けつけると、そこに、ドクトル・ゲーがしゃがみこんで、

「まったく、矢が刺さっているというのに、元気な猫だね」

と、ボス猫ハローを押さえつけ、触診しょくしんしている。

 元気な猫?

 見ると、ボス猫ハローが、ジタバタ暴れている。

「生きていたんだ!」

と、あたしは嬉しくなって、駆け寄ろうとすると、ゲー先生が、

「病院へ連れて帰って、麻酔かけて、矢を抜くから」

と、暴れるボス猫ハローに「うるさい!」と一喝してから、助手へ、

「包帯でも巻いて、猫カゴの中へ放りこんでおきな!全治一ヶ月の入院!」

と言い捨て、あとを助手に任せ、次に、血だらけになっているカシラのジロチョーを見つけて歩み寄り、聴診器を心臓にあてると、

「死んだように」

と言った。

熟睡じゅくすいしている。神経のズ太い猫だこと」

 カシラのジロチョーは、イビキをかいて眠っていた。猫だっていびきをかくし、夢も見る。激戦で疲れたのだろう。

「派手に血が流れているように見えるけど、創傷そうしょう数が多いだけで、どれもこれも傷は浅い。ほれ!起きろ!」

と言って、ゲー先生は、ジロチョーを助手へポーンと放り投げ、

「丸刈りにして、傷薬きずぐすりでもつけておきな!全治一ヶ月の入院!」

と言い放ってから背を向け、他の倒れている猫のもとへ歩いて行った。

「がらっぱちで、大雑把な女医だなあ」

と、あたしは、親しみを覚えた。

 猫ヶ原ねこがはらの中央では、白猫ジョーが倒れていた。その脇で、アイパッチ猫のダンペーが、

「立て!立つんだ!ジョー」

と声を張り上げているが、白猫ジョーは、

「無茶いうなよ、おっつぁん。矢が刺さってんだぜ?」

鼻白はなじろんでいる。

 あたしは、ジョーへ駆け寄り、

「足に、矢が刺さったのね。でも、元気そうで、良かった」

と声をかけた。ジョーは遠い目をして、

「燃えたよ、燃え尽きた、真っ白にな」

と微笑んた。あたしは、

「あんた、もともと、真っ白い猫じゃないの」

とは茶化さず、

「お疲れさん」

ねぎらった。

「結局、亡くなったのは、矢に射抜かれて死んだ、キティ組の若い者だけ……か」

「いいえ。一匹たりとも失っていないよ」

 いつの間にか、ロシアンブルーのシャドーが横にいた。

「いたの!影みたいなやつ」

「もしかして、ミーちゃん、誤解しているかと思って、教えにきたの」

「何を?」

「動物病院の診察台の上で寝ていた猫」

「うん?」

「死んでないの」

「は?」

「みんなが病院が去ったあと、静かになった診察室にドルトル・ゲーがやってきて……」

「ふんふん?」

「無造作に矢を抜いたとたん、キティ組の若い者は、目を覚ましたの」

「気絶していただけ?」

「そう。その猫を、ゲー先生が治療して、今は、病院の折の中で、疲れ切って眠っているよ」

 良かった。

 人間との闘いで亡くなった猫は、ゼロ。

 あたしたちの完全勝利で幕を閉じた。

 あたしも疲れた。猫ヶ森ねこがもりで休もうかと思ったとき、

「あれ?猫ヶ森ねこがもり?」

と、大事なことを思い出した。

「しまった!クリスマス・プレゼント、まだ、四つしか渡してない!」

 もうすぐクリスマスの夜が終わる。この島には、何千匹もの猫がいるのに、今から配ったんじゃ、間に合わない。

 あわてて、クリスマス・プレゼントを隠した場所へ急行した。

「無い!」

 探しても探しても、隠したはずのクリスマス・プレゼントが見つからなかった。

「なぜ?」

 訳が分からず、ボーッと棒のように突っ立っていると、どこからかアメリカンショートヘアのショーが姿を現し、

「大丈夫。私が配っておいたから」

と微笑んだ。

「ショー!あんた、どこへ消えてたの?こちとら、大変だったんだから」

「ああ、知ってるよ。とても忙しそうだから、君の分のパワーキャンドルも配っておいた」

「どういうこと?」

「私も、君と同じで」

「同じ?」

「サンタクロースの代理で、プレゼントを渡すように頼まれたんだ」

「え!」

と驚いたのは、うしろを付いてきた黒猫クーだった。

「サンタクロースの代理?」

「そうだよ」

「サンタクロースって、本当にいるの?」

「この世には、いない。あの世に、いるんだ」

「あの世から来るの?」

「年に一度のクリスマスに、ね」

「そうだったの」

「私と三毛猫ミーも、サンタと一緒に、天国から来たんだ」

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