第23話 戦い終わって日が暮れて、あたしの視界は闇に溶け

 りしきる雷雨らいうの中で、戦闘は、激しさを増していた。

 クロスボウの男をたおしたことで、猫たちは、闘い方を学んだ。

 猫は、親から狩りを学ぶ。生まれもったハンターの才能が、学習を応用して戦うようになる。

「次は、スリングショットの男だ」

と、あたしたちは、飛び道具を封殺ふうさつすべく、スリングショットの男へ走り寄った。男は、

「この猫どもが!」

たけくるいつつ、パチンコ玉をつがえては発射しているが、なかなか、猫に当たらない。

「一発も?」

 不思議に思って、しばし、男を観察すると、致命的、かつ、重大な欠陥を発見した。

 スリングショットの強靭きょうじんなゴムを、何十回と引けば、腕の筋肉が疲弊し、射出されるたまの速度も、威力も、落ちる。

 開戦時に比べると、弾を避けやすくなったのが、疲労困憊の証拠。反撃のチャンスが近い証拠だった。

 もう一つ、気づいたことある。

 もし仮に、一千匹の猫に対し、一匹あたり一個のパチンコ玉を費やすとすると、一千個のパチンコ玉が要る。

 パチンコ玉の重さは、約五グラム。一千個で五キログラムになる。五キログラムといえば、ボウリングのボールの重さに等しい。

 小さなウエスト・ポーチの中に、補給用のパチンコ玉が、千個も入るはずがない。せいぜい二百個か、三百個が、関の山だろう。

「もうすぐ、弾が、きる」

と確信したあたしは、弾よけに専念するよう呼びかけた。

 やがて、男は、ウェストポーチの中をのぞき込み、不覚ふかくを取ったように眉根を寄せ、スリングショットの本体を、猫の群れの中へ、渾身こんしんの力を込めて、ブン投げた。それが、最後の一撃だった。

たまが切れた!」

「チャンス到来!」

 男が、腰のホルダーへ手を伸ばし、サバイバルナイフを引き抜くより早く、暗視ゴーグルの死角から、猫が一匹、また一匹と飛びついた。学習の応用が早い。

 ナイフを奪うべく指先に噛み付き、自立を奪うべくあしへ爪を立て、押しつぶすように、肩や背中へ飛び乗った。

 ついに男は、バランスを崩して、横倒しに倒れた。

 すぐさま、数十匹の猫が殺到し、全身へ乗りかかり、百キロ近い重量で、布団蒸しならぬ、猫蒸しにして、失神させてしまった。

「最後の一人は?」

と、あたりを見回すと、数百匹の猫たちが、スタンガンの男を、遠巻きに取り巻いて、進退の自由を奪っていた。

 男は、片手に棒状スタンガンを持ち、もう片手にサバイバルナイフを持ち、腰を引き、腕いっぱいにスタンガンを伸ばし、ゆっくり、弧を描くように廻りながら、ナイフを振り回し、猫らが近づかないように威嚇していた。

「近寄るんじゃねえ!」

 言われなくても、近づけない。飛び道具と違って、サバイバルナイフも、棒状スタンガンも、間合いの中が攻撃範囲になる。安易に近づくのは危険。

 この雨の中、もう一つの武器であるスタンガンは使えない。放電すると、雨水に反応し、自分自身も感電してしまうリスクを背負う。

 同心円の中心に位置する男から三メートルほど離れた猫たちは、まるでミステリーサークルのように、円形に取り囲んだまま、しばらく、膠着こうちゃく状態が続く。

 刹那せつないかづち閃光せんこうが、夜のやみを、昼のように照らし、ほぼ同時に、落雷がとどろいた。一匹の猫が、

「わっ」

と耳を塞いだ。低くて大きな音が嫌いな猫たちは、

「まずい」

「危険だ」

「来るぞ」

と、口々に騒ぎ出した。雷のことである。

 雲の中で、放電が起きている。その雷放電らいほうでんが、頭上を覆い始めた。見上げると、あたかも、雲の中で、竜が火を吹き、遊弋ゆうよくしているようだった。

「逃げよう」

「逃げるんだ」

 恐怖が伝播でんぱし、数百の猫たちは、蜘蛛くもの子を散らすように逃げ散った。

 その時、あたしの脳裏に、ボス猫ハローの言葉がよみがえった。

「逃げようとすれば、敵に後ろを見せる。敵に後ろを見せれば、スキができて、殺られる。そんなもんじゃ」

「そうか。いどまず、逃げて敗れるんじゃ、負け犬ならぬ、負け猫だ。挑んでこそ、活路は開ける」

 ハッと名案が浮かんだ。うろちょろ作戦である。

 あたしは、わざと男へ近寄り、棒状スタンガンの先が届く位置まで進み、ヒラリヒラリと左右へ飛び跳ね、逃げるように後退し、また近寄っては、涼しげに座り、寝転び、縦横無尽じゅうおうむじん翻弄ほんろうした。

 苛立いらだった男は、

「チョロチョロと、目障りな!」

と、サバイバルナイフを振り回していたが、動きが俊敏な猫に、かすり傷一つ負わせられない。

「くそッ」

 つい、頭に血が上ったのか、

「くたばれッ!」

と、手裏剣よろしく、あたしに向かってサバイバルナイフを投げつけたが、かわされたと見るや、

「たかが猫の分際で」

と、棒状のスタンガンを突き出し、

「これでも喰らえ」

と、放電スイッチを押した。

 その瞬間、かみなりが猫ヶ森ねこがもりへ落ち、直撃した大木を、真っ二つに引き裂いた。

 スタンガンの放電が影響したのか。

 地面に突き刺さったクロスボウの矢が導雷針どうらいしんになったのか。

 男たちが落としたナイフに反応したのか。

 金属製のスリングショットやクロスボウが雷を呼び寄せたのか。

 それとも、ただの気象現象か。

 続いて、第二波の雷が、猫ヶ原に落ちた。

 電流は、地を這う大蛇のような誘導雷ゆうどうらいとなって、スタンガンを持った男の足元へと走った。

 一瞬の出来事だった。感電した男は、激しく体を震わせ、

「ぎゃあっ」

と悲鳴を上げて倒れた。

 数メートル離れていたにもかかわらず、あたしも、感電して、倒れた。痛みや、熱さは感じなかったが、串刺しにされたように、硬直して、動けない。

「死ぬかも」

と思った。

「でも、いいや。勝ったんだから」

 三人すべてたおした安堵感からか、急に、気が遠のく。

 瞼の裏に、ボス猫ハローの気難しそうな顔が浮かんだ。あたしは意識の中で、

「必ず勝つって約束したよね?」

と話しかけた。そして、

「約束通り、勝ったよ」

と報告した。気難しそうな顔が、微笑んだように見えた。

 血だらけになって倒れているカシラのジロチョーの姿も見えた。

「勝ったから、もう安心して、ゆっくり眠りな」

と声をかけた。

 やがて、霞がかった視線の遥か先に、車のヘッドライトの大きさの光が、四つ、六つ、ともった。やがて光は、徐々に数を増し、あたしの視界を真っ白に染めた。

 夢かうつつか、黒猫クーの声が聞こえる。

「そんなところで寝てたら、風邪ひくよ?」

 もうろうとした意識の中で、

「この光景、どこかで見たことがあるような……」

と思ったとたん、あたしの視界は暗転して、闇に溶けた。

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