第22話 こんなところで死ぬな!生きて勝ち残るんだ

「負けるかも」

とは思わなかったが、徐々に恐怖感が高まってきた。その恐怖をあおるかのように、黒い海の彼方かなたから、雷鳴らいめいが近いづいてくる。

「どうしよう?」

と、地に顔を伏せ考えを巡らせていると、カシラのジロチョーがうように近づいてきて、

「このままじゃ、やられる一方だぜ」

「まず、飛び道具を封じなければ」

「接近戦に持ち込もう」

 さすが、百戦錬磨の猛者もさは、話しが早い。

「賛成」

「クロスボウの男と、スリングショットの男、どっちを狙う?」

殺傷力さっしょうりょくが高いクロスボウから先にだまらせよう」

 お互いの目が合った。言わなくても分っている。どちらかがおとりになって、やつらの目をそらしているすきに、もう一方が死角から忍び寄るしかない。

 うまくいけば良いが、危険を伴う戦法であることは確か。囮には、最悪、死が待っている。

「あたしが囮に」

「いや。オレが囮になるから、走って、間合いの中へ入れ」

「だって」

「体重が軽いぶん足の速いねえさんなら、早く遠まわりに迂回うかいできる」

「わかった」

 カシラのジロチョーは、あたしの目を見つめ、黙ってうなずくと、クロスボウの男めがけ、飛び出した。すかさず、クロスボウが、照準を合わせる。

 その隙に、あたしは大きく迂回して、クロスボウの男の背後に回ろうと駆けた。

 すると、突然、クロスボウが、あたしの方を向いた。

「え?気づかれた?」

 予期せぬ出来事だった。おとり作戦が見抜かれたのか?それとも、猫殺しの単なる気まぐれか?忍び足で回り道するあたしを、間違いなく狙っている。

 ブン

と、弓の震える音がして、矢はクロスボウから勢いよく放たれた。

「ギャッ」

と射抜かれて転がったのは、どこからともなく現れた、ボス猫のハローだった。あたしをかばうために飛び出して、たてになってくれたらしい。

「親分!」

 目の前に転がっているボス猫ハローへ、あたしはすがりついた。

「しっかり!」

 ボス猫ハローは、弱々しく、

「おまえの前でられりゃ、本望じゃい」

「バカ。死ぬんじゃないよ」

間尺ましゃくに合わん仕事したのう」

「生きるんだ!生きて勝ち残るんだ」

「わしらの時代は終わりじゃけん」

と、のどの奥から声を絞り出すようにうめき、目を閉じた。

「親分!親分!」

 目を、一粒の水滴が濡らした。

 雨が降ってきた。雨脚あまあしは、徐々に強まりつつある。海に落ちる稲妻いなずま雷鳴らいめいが、稲光いなびかりに遅れて低くとどろく。

 あたしは、ボス猫ハローの体から身を起こし、憤怒ふんぬに燃えさかる目で、クロスボウの男を見据えた。

 その視線の先に、カシラのジロチョーが、忍び足で、男の背後へ回り込もうとしているのが見えた。

 結果的に、あたしが囮になった形で、カシラのジロチョーは、間合いへ入ることに成功したようだ。

「よし!」

 あたしは、再度おとりになるべく、男へ向かって突進した。

「チャンスだ」

 カシラのジロチョーが、背後から、男の背中めがけ飛びかかった。肩甲骨せなかの辺りに飛び乗り、無防備な首筋の後ろへ、するどい前爪を食い込ませた。

「痛え!」

 暗視ゴーグルの死角から急襲きゅうしゅうしてきた猫を、男は、片手でつかんで引き離そうとするが、厚手の防護グローブをはめているため、なかなか掴めない。

「ちくしょう」

と男は、防護手袋グローブを外して、またも掴もうとした、その手の甲に、カシラのジロチョーが噛み付いた。

「痛え!」

 悲鳴を聞きつけ、スタンガンを持った男が、助けに走り寄ってくる。弾切たまぎれになった電動マシンガンは、置き捨てたらしく、もう、所持していない。

 スリングショットを構えた男が、猫を射落として救出しようと、目一杯ゴムを引いて、じっくり照準を合わせてから、パチンコ玉をはじき飛ばした。

 ビシッ

と、弾は、猫を引きがすのに躍起なクロスボウの男の口元に当たった。

「痛え!」

 衝撃で、歯が口腔こうこうを傷つけたのか、口元から、血が流れた。クロスボウの男は、スリングショットへ向かって、

「おい!撃つな!俺に当たるじゃねえか!」

と命じ、なおも猫を振り落そうと、腰を回して、上体を振った。

 振り回せば振り回すほど、振り子のように猫が振られ、体重五キロを支える前足のかぎ爪が、どんどん深く皮膚に食い込んでいく。

 あまりの痛さに耐えかねた男は、腰のホルダーからのこぎり刃つきのサバイバルナイフを取り出し、うしろにブラ下がっている猫を突き刺そうと、目暗滅法めくらめっぽういた。

 鋭利な刃物が、振り回されているカシラのジロチョーの体を、何度も切り裂いた。

 鮮血が、クリーム色の体毛を、深紅に染めた。それでも、カシラのジロチョーは、しがみついている。

 次の一刺しが、男の肩に突き刺さった。自損じそんした男は、

「ガアッ」

え、サバイバルナイフを落として、肩を抑え、前かがみになった。そのはずみで、カシラのジロチョーは前方へ放り出された。

「今だ!」

 あたしは、男へ向かって跳躍ちょうやくした。顔面の暗視ゴーグルに飛びつき、

「みんな!」

と、振り向き、

「かかれ!」

と号令すると、ムクドリの大群が空をおおって移動するかのように、猫の大群が地をって襲来しゅうらいし、次々と、男の顔面めがけて飛びついた。

 猫の体重が加算され、身体を支えきれなくなった男は、ふらつき、やがて、膝を突き、折り崩れるように倒れた。

 その上に、猫たちが、容赦なく殺到し、爪を研ぐように、男の戦闘服や、皮膚を引っかく。

 男は、痛みと、恐怖で、気絶した。

 それを見届けたあたしは、血だらけで倒れているカシラのジロチョーのそばへ駆け寄った。 

「しっかり!」

 激戦で、息も絶え絶えのカシラのジロチョーが、

「し、仕留めたか?」

と、弱々しく訊ねた。

「うん」

と頷くと、

「そうか」

と微笑み、

「あとは頼んだ」

と、気を失うようにガクリと首を落とした。

「こんなところで死ぬな!」

と叫んでも、目を開けることはなかった。

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