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鉄が、悲鳴を上げているような音がこだまする。
海は着実に時化ている。船というよりは、巨大な振り子に乗っているようだ。支給品の酔い止めがなかったら、今頃どうなっていたかわからない。
窓の外に見える雲は、ねずみ色ですらなくほとんど黒だ。日が傾いているのもあるが、純粋に、厚い雨雲なのだろう。クラウスが入手した最新の予報では、船がこのままの進路をとれば、宵の口にも嵐に入るという。
刻限が迫っている。
「クラウス、本部に打電」わたしは言った。「執行権の委任要求を」
『了解』
押し上げられた船が下がりきらないうちに、結果が出る。
『申請の受理と承認を確認。調査官一〇七に執行権を一時譲渡』
服の下で〈スーツ〉の人工筋が引き締まるのを感じる。
『ナギ、大佐から着信だよ』
「通信不能ということにして」
クラウスはわたしの望み通りにする。
『いいのかい、それで?』着信を拒否したことではない。
「まだわからない」わたしは答えた。「これは、万が一のための準備」
扉を開け、自室を出る。
シーソーのように上下する通路を、壁に沿って進んでいく。目指すは船底。クラウスの検知によると、そこに彼女はいる。
階段を降りるにつれ、揺れがダイレクトに伝わってくるようになる。最終的には手すりにしがみつきながら進まなくてはならなかった。そうしてどうにか目的の防水扉の前にたどり着いた時には、一呼吸置く間もなく、揺れの力で部屋の中へ放り込まれた。
前のめりで数歩、たたらを踏んで、人工筋の支えで踏みとどまる。顔を上げると、通路の先に、ルカ先輩の顔があった。
「大丈夫か?」椅子の上で足を組んだまま、彼女は笑った。
「どうにか」わたしは居住まいを正した。「先輩こそ、よくこんなところにいられますね」
「この船の操舵手は優秀だからね。ひっくり返る心配もない」
「それで、先輩はここで〈仲間〉たちと作戦会議を」
「君も混じるか?」
左には赤、右には青い光をたたえながら、先輩の眼がわたしを見る。
わたしは息を呑んでから、口を開く。
「話は、上で泳ぎながらしませんか?」
彼女は小首を傾げる。青に染まった髪が、微笑みに掛かった。
「いいね」
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