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ベッドに寝転んだまま、白んでいく空を窓越しに眺めた。気がつくとそうしていた。いつ目が覚めたのか、そもそも眠っていたのかも、定かではない。
『ナギ、大丈夫かい?』クラウスの声がする。『あまり眠れていないようだけど』
「そうだね、眠れてない」
『昨日、彼女と何があったんだい?』
「何が……」
説明しようとすれば、簡単な話だ。事が単純なために、却って隠すために費やさなければならないカロリーも大きい。
「何もない。ただ、昔話をしただけ」
『仕事に障るほどの夜更かしをしてまでかい? 社会人なら、節度というものをわきまえなければいけないよ』
「そうね。ほんとそう」わたしは唱えるように言う。「クラウスはいつも正しい」
夜が明けた空は、しかし青ではなく灰色に変わっていく。窓の向こうには雲が敷き詰められていた。心なしか、船も揺れている気がする。
枕元で内線のベルが鳴った。わたしは手探りで受話器を取った。
ルカ先輩の声が、朝食の時間だと告げた。
テーブルの向こうでトーストにバターを塗る先輩を、わたしは見つめていた。バターナイフを滑らすその手つきから、あるいは溶けたバターの輝きから、何らかの示唆が得られるような気がしたのだ。
もちろん、そんなわけはなかった。
「ん?」ルカ先輩が小首を傾げる。彼女の顔に、寝不足の色は塵一つ分もない。昨夜のことが全てわたしの夢だったと思うぐらい、何もない。「どうかした?」
「いえ」わたしは自分の前に並んだ朝食へ目を落とす。
トーストに目玉焼き。焼いたウインナーに、グレープフルーツの付け合わせ。コーヒーにはしっかり角砂糖とミルクが添えられている。
「朝は和食がよかった?」
「いえ、どちらでも構いません。普段食べないんで」
「卵、もっと焼いた方がよかった?」
「半熟の方が好きなんで」
「それならいいけど」
「あの、先輩」
「ん?」トーストを囓りながら、ルカ先輩が蒼い眼をこちらへ向ける。
真っ直ぐ見つめられると、何も言えなくなる。何かを問うことそのものが、悪いことのように思えてくる。
わたしは、喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。
「ご飯、ありがとうございます」代わりにそう口にした。
「いいよ、ついでだし」先輩は肩をすぼめた。いつもそうするように。
船体が、軋むような音を立ててゆっくりと傾いた。
「波が出てきたね」先輩が、窓の外を見て言った。「嵐が近づいてる」
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