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 その後は順番に、食堂とブリッジ、わたしがほとんどの時間を過ごすことになるであろうサーバ室を案内された。どこも、先輩が一人で過ごしているにしては整然とし、清潔さも保たれていた。あるいは、彼女の本性は全て、彼女の個室に押し込まれているのかもしれないが。

『何か、気になるところがあるようだね』クラウスが頭の中で言った。首に装着した体外式端末デバイスに収まる、わたしのパートナーでありコンシェルジュであり口うるさい監視人でもあるこのAIは、わたしが自覚する以前に消えてしまう無意識的思考(この場合は違和感)をも汲み取り、認知の俎上に上げてくれる。日常生活ではお節介に感じることも多々あるが、任務遂行においては情報の取りこぼしを防げるため重宝している。

『違和感の対象がわからない』と、わたしは無発声の内省会話でクラウスに言う。『ルカ先輩か、船全体に対してか』

『船の構造に関しては、他の基地船と大差はないよ。制御AIから提供された情報を精査したけど、特に不審な点は見つからない』

『だとするとルカ先輩……』彼女にはそもそも嫌疑が掛けられている。認知バイアスの可能性は否定できない。

 久しぶりに入ったというサーバ室の様子を確認していた先輩が、こちらを振り向いた。

「最後に、みんなを紹介するよ」

 サーバ室を出て、わたしたちは狭くて急な階段を下っていく。クラウスがわたしの視界に表示した船内図によると、ほとんど船底に近い所まで降りている。機関音を間近に聞きながら、両側に配管の迫る通路を進んでいくと、防水扉に行き当たった。ルカ先輩はハンドルを回し、分厚い扉を開けた。

 青い、というのが最初に浮かんだ感想だった。

 他の通路や階段とは対照的に、船底に位置するこの空間は、青で彩られている。照明は深い青、両側に六本ずつ並んだガラスのシリンダーは水色の光を発している。直径二メートルほどのシリンダーの中では一本につき一頭ずつ、バンドウイルカが立った状態で収まっている。

「〈武装イルカ〉は初めて?」ルカ先輩が問うてくる。

「実物を見るのは」わたしは答える。「これは……眠ってるんですか?」

「体は休眠して、意識は仮想空間で泳いでる。元々イルカは、眠ってる時も脳の半分は起きてるんだけどね。出撃命令が出たら、そこから本物の海に出て行く」

「ちゃんと先輩の言うこと聞いてくれるんですか?」

「もちろん。この子たちは特に頭がいいからね。こちらの求めた通りに動いてくれるよ」

 海洋哺乳類の軍事利用は諸外国で昔から行われていた。しかし、それらは機雷の除去や遭難者の救出といった部分に限られていて、攻撃手段として用いたのは我が国が最初といわれている。世界中の動物愛護派から批難が殺到したものの、これら海洋動物の扱いに関して昔から揉め事の絶えなかった我が国は無視を決め込み、遺伝子操作で脳のニューロン密度を高めた〈兵士〉としてのイルカ――〈武装イルカ〉を次々と産み出していった。

 イルカと指揮官コンダクターとのコミュニケーションは、〈ドリトル〉と呼ばれるシステムを介して行われる。これは、動物の脳波から感情を読み取り、自然言語に翻訳するもので、一般的に知性が高いとされている動物が相手なら、かなりの精度でコミュニケーションをとることが可能となっている。国防軍ではイルカ以外にも馬や猛禽類(いずれも脳を強化している)にこのシステムを使い、偵察や目標破壊の任を負わせている。利点としては、もし反撃を受けた際に人的被害を出さずに済むということもあるが、それ以上に、敵に警戒されないという点が大きい。武装イルカでいえば、たとえレーダーで捕捉されても回遊中のイルカと思われるので、相手の懐深くまで侵入できる。前の戦争では、敵の旗艦に爆弾を設置し、撃沈させるという戦果も上げている。

 武装イルカとのやり取りをするにあたって、コンダクターは脳に端末を組み込む〈電化〉が義務づけられている。体外式端末経由では必ず発生する遅延をなくし、イルカたちと密な連携を取りながら作戦を遂行するためだ。当然、ルカ先輩もコンダクターとなった際には電化手術を受けており、その記録は軍のデータベースに残っている。

 先ほどから漫然と感じている違和の原因は、まさにここにあるのかもしれない。何も変わっていないように見えても、ルカ先輩の頭の中には機械が入っている。そうした情報が、わたしの閾下にバイアスを掛け、意識と無意識の間に認識の違いを生んでいるのかもしれない。わたしはあくまで、三年前と変わっていない先輩を見ているつもりなのに。

 ふと、一本だけ空のシリンダーがあることに気づいた。照明が消え、ただのガラスの筒となっている。しかもよく見ると、内側に小さなヒビが入っている。

「一頭足りませんね」

「ああ」ルカ先輩は金髪を掻きながら、言いにくそうな調子で、「実は、おととい脱走しちゃってね」

「脱走」わたしは思わず繰り返した。クラウスに船のログを表示させると、確かにおとといの日付で〈瑕疵事案発生〉の文字がある。「瑕疵事案って……結構大事じゃないですか。ちゃんと報告しないと」

「いや、こういうところではよくあることなんだよ。大抵はお腹が空いたら帰ってくるんだ。だから今回もそのうち戻るとは思うんだけど」

「そんな、猫じゃあるまいし」

 わたしはため息をついた。そうして、さっきまでの考えを追い払った。やっぱりこの人は、何も変わっていない。

「先輩」気づいたら、先に声が出ていた。

「ん?」ルカ先輩は小首を傾げた。

「元気そうで安心しました」

 ルカ先輩は肩を竦めて笑った。三年前と同じ笑みだった。

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