1-2
ソロ・クラフトが着陸シークエンスに入った。目的地までは自動操縦なので、わたしはレバーに手を添える必要もない。機体が甲板に接地し、シートベルト着用の表示が消えると、ハッチのロックも解除された。
『どうにか撃墜はされなかったね』
クラウスの言葉は半分軽口だが、後の半分は本当に憂慮されていた危険性だった。本当に反乱を企ている部隊なら、内部監査すら受け入れない。企てが現実味を増せば増すほど、物質的な手段をとる。つまり、調査員に危害を加えるようになる。
ハッチを開くと海風が、潮のにおいと共に吹き付けた。わたしは外へ出た。
上空で感じた風からすると、船の揺れは大きくない。後部座席から荷物を引っ張り出していると、海鳥たちの羽ばたきが聞こえた。
飛び立っていく白い影たちの向こうに、人の姿が垣間見えた。
彼女だった。
右手を挙げ、海軍式の敬礼をされる。こちらも同じように、敬礼を返す。
彼女は堪えきれなくなったように吹き出した。
「まさか、君とこんな挨拶をするとはね」
「お久しぶりです、先輩――イヌイ少佐」
「いつもの呼び方でいいよ」ルカ先輩は肩をすくめた。「髪、伸ばしたんだ」
「切りに行ってないだけです」
「でも似合ってる。大人っぽくなった」
「ありがとうございます」
三年ぶりに見るルカ先輩は、わたしの記憶の中の姿と何も変わっていなかった。背はわたしの胸の高さまでしかなく、母親ゆずりの自然な金髪や透けるような白い肌も、一切くすんではいない。
「先輩はお変わりないようで」
「そうかな? 体のあちこちが痛いよ」
「まだそんな歳じゃないでしょう」
「こんな海の中に一人でいると、今がいつで、自分がいくつなのかわからなくなるんだよ」
寒いし中に入ろう、とルカ先輩は踵を返した。わたしもそれに続いた。
「技術部ってのも大変だね」船内にある、角度の急な階段を上がりながら、ルカ先輩は言った。「はるばるこんな所まで出張させられてさ。サーバのアップデートなんて遠隔でもできそうなものなのに」
先輩は、わたしの本当の所属も、本来の目的も知らない。それが情報部のやり方だ。
「現地でしかできない操作があるんです。システムの根幹に関わる部分なんで、わたしたちが直接行かなくちゃならなくて」
先輩は何も変わっていないが、わたしは変わった。髪の長さだけではなく、平気で嘘をつけるようになった。
「いつまでここにいられるの?」
「四十八時間です」
「なら、割とゆっくりできるね」
この数字は本当だ。四十八時間で先輩が無実である証拠を提示しなければ、浄化部隊が制圧にやってくる。彼女は逮捕されるか、最悪の場合、この場で殺される。
階段を上りきり、狭い通路を進んでいく。通路には窓がなく、低い天井で赤い船内灯が点っているだけだ。基地船は操舵を始め、航行のほとんどを船に搭載された制御AIが担っている。どの海域へどのような進路を取るかは、そのAIと〈件〉の間で話し合いが行われ、決定が下される。乗員は船に関する雑事を一切気にすることなく作戦行動に集中できるが、船内をあたふたと動き回らなくていい分、居住スペースの快適性は考慮されていない。
「狭苦しい所だけど、すぐに慣れるよ。ここには口うるさい寮母もいないし」学生時代はだらしなさと規則破りの多さから〈史上最悪の寮生〉とあだ名された先輩が言った。
「制御AIには叱られないんですか?」
「今のところはないかな。まあ、あたしもちょっとは成長したってことだよ」
通路の右側に並んだ扉の一つを先輩が開けた。個室になっており、正面には丸い窓がある。小さいながらも窓が外の光を取り入れているので、室内は通路とは対照的に明るく、開放感さえ抱かせる。右手には簡易机、左手には一人用のベッドが設えられている。ベッドでは真っ白なシーツが、射し込む光を受けて輝いていた。
「ここが君の部屋。荷物は適当に置いて」
「ちゃんと個室なんですね」基地船の船室というので、二段ベッドを想像していた。
「あたしの部屋は隣だから、寂しくなったら来ていいよ。添い寝してあげる」
何か気の利いたことを返したかったが、言葉を選んでいる間に先輩は再び歩き出して行ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます