十七、狐と狸の話し合い、にもう一匹
応接室はほかとおなじ異国趣味で広く、細工をほどこした卓と椅子が数脚おかれていた。窓には幕が引かれているが、窓だけではなさそうだった。
部屋を見回す
「だれもおりません。さ、どれでもおすわりください」
「そうですか。では御免」館の主がそういった以上幕の裏をたしかめるわけにもいかず、手近な椅子を引き寄せる。壁とは十分距離を置き、部屋の中央あたりにある小卓のそばにした。
「ならばわたしも」
「あ、あの、少々お近いようですが」左隣に来たが、真横ではなくわずかにさがった。
これは
「ええ、すこし声をひそめてお話がしたいので。よろしいでしょう?」
ただうなずくが、香の匂いが暖かい気流となって鼻をくすぐる。
「では、わたしも小さく話しましょう。御用をどうぞ」
「弟と、
向こうからいってきた。なにかある。心を引き締める。
「
「ええ、襲撃の件です。とうとう他国のかたに手を出しました。これは看過できません」
「わたしとしては大ごとにはしたくありません。両家と両国のためです」
「そのようにおっしゃっていただき、感謝いたします。
「いつ?」
「山中でお会いしてからすぐ調べさせました。こたびの任務はよほど急だったのでしょう? あまりうまくお隠しではなかった」さっき声をひそめると言ったばかりなのに、もうふつうになっていた。
「そういわれるとその通りでお恥ずかしい」
「調べ始めると、
「そうですか。急で準備不足だったのは否めませんが、他国での活動が明るみに出た以上、覚悟はできています。しかし、できますればわたし自らの手で始末をつけさせてください。また、このようなことを申し上げる立場ではございませんが、わたしの首と引き換えにお嬢様の無事帰国がかないますよう伏してお願いいたします」
「とんでもない。お命をあまり軽くあつかわれてはなりません。この件はまだわたしの館から外へは出ておりません」
「
訴えかけるような目だった。吸いこまれ、引きはなすことはできなかった。
「おっしゃる通りだと思います。しかし
「いえ。これまではそうだったかもしれませんが、いまはちがいます。われらひとつになり、弟と
言葉を検討し、考えて返事をする。
「申し訳ありません。わたしは他国のお家騒動に巻きこまれるつもりはありません。お嬢様もです。だからこそこの首でご容赦願いたい」手で首をたたくしぐさをしたが、態度が軽すぎ、真剣味に欠けてやしないかとすぐに後悔した。
「なぜです。なぜわかってくださらないのですか」しかし、
「同盟を組むにはおたがい腹の底から隠しごとなしでなければなりません。
「そのようなことは……」
「隠し田はどうなさるおつもりですか」
「さすがは
「さしずめ、
「そう。新たな隠し田の視察に行った帰りでした。あなたがたと出会ったのは」
「しかし、わかりません。この件における
「条件を提示できる立場ですか」
「ここでこのようにお話をしている以上、あなたはそうだと考えていらっしゃるはずです。条件交渉になるのは想定しておられたでしょう」
「ふん、
「
「なんと、そこまでは調べが行き届きませんでした。なかなか抜け目がありませんね」
「しかし、そのときに通行の安全を保障する誓いの盃を交わしたのですが、変ですね」
「かれらにとって盃はその程度の意味しかないのでしょう。しょせんはそのような軽輩です」
「ならば、お嬢様を誘拐しようとしたのは
「お恥ずかしいですが、その愚かな企みに弟が噛んでいます。
「そこまでおわかりでしたら苦労はない。証拠を突きつけて隠居をせまればいい。
「
「いいえ。わたしはお嬢様につきしたがわなければなりませんので」
「警備なら
「もちろんそうでしょう。しかしわたしは自分の任務を果たします。お嬢様をおけがひとつなく
「なんとしてもですか」
「なんとしてもです」
「では、しかたありませんね。
幕が開いた。壁龕にすわって笑みを浮かべていた。さっきの
「
「それはいけません。
「わかっている。しかしみすみすこの機会を逃すのは諜報部員としてはぽんこつだろう」
「そのようなお言葉を自分に使わないでください。しかしながら、養成所での成績を考慮しますと、このような仕事には向いておられません」
「そうはいってもここまで聞いたのだ。やらねばならない。いや、わたしはやる」
「いけません。ならばわたし一人で参ります。帰国まで付き添えず、任務を果たせずという形になりますが、こちらの警備士がつくとのことですのでお帰りください」
「
「器にあわぬ背伸びはおやめくだされ! お聞きわけを!」
「わたしは子供じゃない!」
「どっちもどっちですね。しかし年上の分、
「けれど、
「ええ、行きます。わたしは自分自身を餌とします。そうすればかれらの気を引けるでしょう。またわたしは交渉ごとにおける盾になれます。近くにいればむやみな攻撃はできないはずです。死なせたりけがをさせたりするようなことでもあれば人質の価値がなくなりますから」
「感謝します。わが家にとって恥ずべき事件ですが、無事落着した暁には
「どうかわれらの無理を通してはくださいませんか。任務大事はごもっともなれど、
「いや、そのように頭をさげられると困ります。しかし、このような状況とはいえ、
一回息を吸う。ふたりを見る。
「行きましょう。これほどの賭けをするのはひさしぶりですが、なんとか勝ちをものにしましょう」
壁に飾られた、まったく知らない怪物を退治している、まったく知らない英雄の絵を眺める。
「わたしは冒険は嫌いです。でもこれは大冒険ですね」
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