七、聞くは一時の恥どころか危険(回想の部 全六章中の六)
「これはようこそいらっしゃいました。雨宮家のお嬢様をお迎えできて光栄に存じます」
そういいながら主人は二人の着物や履物を値踏みするように見た。
どちらの国においても、経済的な豊かさにおいては豪農にはかなわない。現金が常に手の中にある。そういう余裕が家や家具ばかりではなく、服や履物など身の回りの品にもあらわれていた。
「二、三日お世話になります。また、あらかじめお知らせしていましたように、お嬢様の研究のため、農民への取材をお許し願いたい」
「もちろんです。しかし、まずはお部屋へ案内させましょう」
土いじりなどしばらくしたことのなさそうなやわらかい手を打つと、使用人が出てきて二人を離れに案内した。
「
荷物を置いて旅装を解くと、奥の部屋から声がかかった。
「もちろんです。参りましょう」
そういって部屋から出てきた
農民たちは二人に声をかけられてもさほど驚かなかった。すでに話が通っていたのだろう。気のいい人たちで、農作業の邪魔をされてもうっとうしがったりせずゆっくり考えながら答えた。
このやり取りばかりは
「ここらへん一帯はむかし、帝国動乱で落ち延びた武者や貴族が開いたといわれていますね」
「そうでございます。ここらへんというよりは
「そうですか。われら
「はあ、それはご苦労様なことで。なにかお役に立てますかな」
「もう役に立ってもらっていますよ。こうして話をしているだけでいいのです」
「ほほお、世間話が学問になりますので。それはいい」
「そう。世間話でよいのです。ところで、今年の作物の出来はいかがですか」
そんなあせりなど知らぬとばかりに、
「もうこれでよろしゅうございますか」
「ありがとう。たいへん役にたった。感謝する」
「しかし、言葉のお調べというよりは、お役人みたいですなあ。
「はは、まさか。農民の言葉づかいを知るには農業について聞いたほうが良いものなのです。ではお仕事をお続けください」
そういって聞くことさえ聞けばもう用はないとばかりにお辞儀だけしてその場を離れた。
そんな取材がもう二、三あり、日が傾くと宿に帰る。翌日もそうだった。お嬢様は先に部屋にもどっている。きのうきょうで体よりも心がひどく疲れた
落とした手ぬぐいをひろおうとしゃがんだ時だった、井戸の向こう側を通る者たちの気配がした。館の使用人たちだった。前に出て挨拶しようとしたが、話に
「……あの
「そだな、田畑や牛馬のできぐあいばかり聞きやがる」
「まさか役人の手先じゃなかろうな。まずいぞ、隠し田がばれたら」
「おい、そんな大声で」
「だれもいないよ。でも、ちょっと探りを入れるか」
「ああ、今夜忍びこもう。
「ばか。子供だ、ありゃ」
かれらが通り過ぎてしまうと、
それに、中断という形であっても早々に任務を終わらせられるのであればそれに越したことはないだろう。
しかし、隠し田か。主人もからんでそうだな。
「
「こちらです。井戸におります」
「いつまで洗っておる。たのみたいことがある。来てくれ」
「わかりました」
ため息をひとつ、井戸に落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます