六、|穂高《ほだか》の関は金次第(回想の部 全六章中の五)
しかし、机は分厚く、必要以上に大きく、威圧的だった。大きな椅子にすわった役人が書類と前に立っている二人を見くらべていった。
「
「まちがいありません。記載の通りでございます」
「入国目的は?」
「
役人は首を伸ばして
「いえ、ここでのお答えは従者のわたくしがいたします」
「それはそれは。
嫌味な口調だが
「では、旅行中の宿泊所は?」
「併せて提出した書類の通りでございます。旅籠や地域の豪農などに依頼済みです」
「そのようだな。手回しがいい」
「ありがとうございます」
「再度おうかがいする。そちらのだまったままのご婦人は
指をさす。
「あまりといえばあまりではないか。無礼であろう。他国の者とはいえ
激しい口調だが役人はにやりと笑っただけだった。
「これはしたり。ご無礼をお許しください。あなた様にくらべれば卑しい出の者にござりますゆえ態度も粗暴になりまする。しかし口をきいてくださるのですな。なら質問にもお答えください。これがわたしの仕事ですので」
「ことを荒立てるつもりはございません。お嬢様は旅に慣れておらず緊張しておられます。ここはひとつおだやかに参りたい。ところで提出書類がまだあるのを忘れておりました。これを」
そういっておりたたんだ紙を差し出す。役人は広げずに上からなでただけで引き出しに入れた。
「従者のかたは旅慣れておられますな。それでは以後お気を付けください。この関を通過すれば
書類に署名捺印し、一部を引き出しに入れ、一部に
「
関所を出てしばらく歩き、周囲に人通りがなくなると
「どういうこと、と申されますと?」
「なぜわたしの抗議をさえぎった。自国であろうと他国であろうと公的な場所では貴族には敬称をもちいるべきだろう。それに、あの書類とやら、なにをわたした?」
「ご無礼を承知で、一つ目のご質問にお答えする代わりにおたしかめします。なぜ役人があのような無礼な態度をとったのか、そこまでお考えですか」
「それはたしかにそうかもしれぬ。この国の役人が
「人の心は歯車でできているのではありません」
「そのくらいわかっている」
「では、感情を暴れさせずに御してください。そうしないとすぐにでもご研究を中止して帰国しなければならなくなります」
「二つ目の質問は?」
「答えなければなりませんか」
「すまぬ。いま払おう」
「いいえ。旅費には不自由ございません。それになにかあっても一筆書けば届きます。
「甘いのだ。父上は」
「そのようにおっしゃるものではございません」
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