四、火中の末娘を拾う(回想の部 全六章中の三)
空にかかり、庭の池に映る月の形は日々変わり、またおなじ形にもどった。昼の熱が土にのこって翌朝まで冷めず、そこに昇った翌日の太陽が熱を足していくようになった。
「かまわぬ。顔をあげよ。おまえを呼び出したのはほかでもない。これまでの勤務成績優秀と警備士長から聞いておる。現地雇用の者の中では群を抜いておると。ほめてとらせるぞ」
正面上座の
「ありがたき幸せ。謹んでお受けいたしまする」
その後、茶菓が供され、
彼女が小さくあくびを噛み殺したのを潮に
「……そうか、そこまで開けてきたか。あのあたりは田舎と思うておったが。いい話を聞かせてもらった。さて、きょうわざわざ中央に呼び出したのは褒美を与えるだけが目的ではない」
いま気がついたかのようにとなりの娘を見る。大きな口を一文字に結んでいる。
「顔を合わせるのは初めてだったな。末の
「それはおめでとうございます」
「うむ。で、教授から研究の題目の指示があってな。わしにはよくわからんが言語の変遷に関する研究とのことらしい。その調査と卒業旅行を兼ねて
「それはそれは、ご研究とご旅行がご無事にすみますように」
そういう
「いや、実はな、成績優秀な警備士のおまえに
「は、ご命令とあらば否やはございませぬが、お嬢様のご旅行とあらば通例は女官がつくのでは?」
そういうと、
「それはわたしが断った。お父様は卒業旅行を兼ねているといったが実質は研究旅行。物見遊山ではない。また、長期になると予想される。柔な女官では不足だ」
「そういうおつもりとは知らず、差し出がましいことを申し上げました。では、わたしを含め護衛は何人編成でしょうか」
「おまえ一人だ。こたびの研究は農村部をまわって取材を行う。ぞろぞろと来られては話も出来ぬ」
彼女はあらかじめいうことを決めていたかのように大きな作りの口を動かした。
「失礼ながら申し上げます。わたしのみとは驚きました。それは護衛ではございません。ただのお供でございます」
「その通りだ。
「とんでもないことでございます。ご主人様からの直接のご下命。喜んでお引き受けいたします。また、お手当などは不要にございます。すでに充分頂いております」
「そうか。まあ、そちらのほうはまた考えよう。悪くはせぬぞ」
「おまえ、名はなんと?」
「
「呼び名は?」
「
「そうしよう。さて、
「申し訳ございません。一般的な知識以上は持ち合わせておりません」
「そうか。出発までもう七日無いがその間に詰めこめるか」
「わたしのできうるかぎり」
「よし、それでいい。家の蔵を使ってよい。とくに地理については掌を指すが如くにしておけ」
「は、仰せの通りに」
娘は父のほうを見ていった。
「お父様、この者、わたしの護衛兼従者として連れて行きます」
「なにをいう。連れて行くもなにもわしがつけるのだ」
「いいえ。決めるのはわたしのはず。きのうそうお約束なさったでしょう」
「そうであったか?」
「そうです」
そう強くいってから、
「この者、まじめすぎ、かたすぎのようだが不まじめよりましだ。ついてきてもいいだろう」
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