第4話 理解

 城の隠し通路を使用したマリアは公爵からの指示を受けた騎士達によって捕らえられ取り調べられた結果、犯罪組織に繋がるようなことはなくマリオス王子に近づいたのは綺羅びやかな生活を送りたかっただけだったと知れた。

 しかし、複数の貴族令息や王子を騙していたこと、何より隠し通路を知ってしまっていることから城内地下牢に監禁されることになった。



 マリオス王子は宰相から話を聞いた父王から殴打とともに強い叱責を受け、王子教育のやり直しをすることになった。

 あの一件によって自らの視野の狭さ、考えと力の足りなさをようやく理解した王子は憑物が落ちたかの様に熱心に再教育に励んでいる。

 新しく付いた側近は王子の努力する姿に胸を熱くし、自分も王子の役に立つのだと共に切磋琢磨することになる。


 国王は少し前から体調を崩していた王妃を心配してマリオスの件は伝えていなかったが、ある知らせを受けてさらにしばらくの間は口を噤んでいるよう王妃の周囲に緘口令を敷いた。

 それは王妃一人の体ではなくなった今、このようなことで心労をかけたくなかったからだった。

 マリオス王子の立太子がこの先あるかどうかは本人の努力次第でもあり、次子次第になりそうだ。



 王子の側近だった宰相の子息は平民に下ったものの文官としての手腕は確かなものだったことから、公爵がそれを埋もれさせるには勿体ないと公爵領の屋敷に引き抜いた。

 後々その事を聞いた宰相からは表立っての接触はなかったが、それまでより奥方同士の交流が深まる事によって二家の力は高まった。



 もう一人の側近だった外務大臣の子息は諜報部門の見習いから脱して正式に諜報職員として働いている。

 彼は無表情であるが同じように無感情でもあるようで、見聞きしたことに私情を無駄に挟むことなく事実そのままを報告させたら右に出る者はいないと言われている。

 父親の外務大臣から「自分の素質に合った職場のようだから頑張れ」と言われた時には一瞬目を輝かせていたとか。

 実は父親大好きな息子だったようだ。




「お父様、私はもう婚約はもちろん結婚などしたくもありませんわ」


 公爵は娘のローザへ求婚してくる多くの貴族令息への対応に忙しかった。

 王子からされた婚約破棄ではあったが、蓋を開ければ王子の瑕疵しかなかったことから国王と公爵の話し合いによって婚約解消とされた。

 それにより、この国最高位の未婚令嬢となったローザに求婚者が集まるのは仕方がないことなのだが、その本人は結婚なんて真っ平御免だと言うのだから頭が痛い。


「ローザ、だがお前には公爵令嬢としての義務があるのだよ。わが公爵家の血筋を残す義務が。結婚はして欲しい」


 実のところ公爵の妹が嫁いだ別の公爵家には男子が三人いるので、その内の誰かを養子に出してもいいと言われている。

 もちろんまだそれをローザにはまだ伝えていない。

 血筋云々と言うのは本当はどうにでもなるので別にこだわることはない。

 ただ愛する娘に共に歩んでいく伴侶を得て欲しいという親心による願いからの言葉だ。



「それでも…」


 正面から公爵に優しく見つめられることしばし、大きく深呼吸した後にローザがぽつりと呟いた。


「それでも何だと言うのだ?」


 王子との婚約解消からこちら、ローザは結婚したくないと言うばかりでその理由を口にしない。

 仲の良い侍女達にも特にその理由を話している様子もなかった。


「……不潔ですわ」


「…何?」


 公爵はくぐもったローザの声に聞き返す。


「あんな…あんなことは不潔ですわ。

 お父様、私、あの方と魂の交換をしてからずっとあの汚されたような不快感が消えませんの。自分の体での経験ではないのにあの方の経験がまるで自分がした経験のように思われて……」


 胸に秘めていた悩みを一息に吐き出し自らの体を抱きしめるようにして震え始めたローザの様子に公爵は息を止め拳を握りしめた。

『魂交換』の方法は公爵家に代々伝わり引き継がれてきているが、記録によればその術を行使した回数は片手で足りるほど。

 それは、術を行使した者が後に精神崩壊してしまうことが多かったからだ。

 読み取る記憶は術の行使者が選択出来るのでその時々で違った。

 これまでの対象としては重大犯罪者、国家間犯罪者などを相手にしており、記憶を読み取った結果、追体験したかのように罪人の罪を自らの罪と受け取ってしまい命を断つ者もいた。

 今回の術の行使についてマリアの過去の所業もわかっていたため公爵は当初ローザの提案には猛反対したのだ。

 しかしローザの「この国唯一の王子に真実を知って現実を理解して欲しい」という強い意志を聞いてそれならと渋々ながら承諾してしまった。

 そしてその大事を決意しやり遂げたローザの父親は自分なのだ。娘がこのままでは哀しすぎる。

 その辛い心の内を打ち明けてくれた今こそ手を差し伸べなくて何が親だと言うのか。


「ローザ……。私は実際に魂を交換したことがないからお前の辛さがどれほどのものかをわかってあげることは出来ない。

 しかし、過去に術を行使した方々のその後についてお前は知っていたのだろう?知っていても尚、お前は王子の為にと自らを犠牲にしたのだ。

 私は強い意志を持ったローザの純粋さと気高さを知っているよ。大丈夫、ローザは清い女性だ。お前は何も恐れることなく胸を張っていいのだから。たとえ誰が何と言おうとローザは私の自慢の娘だよ」


 公爵は日頃から鍛えている逞しい腕にローザを抱きしめると額にキスを落とし、何度も繰り返し言い聞かせた。

「お前は清らかな女性だ」

「お前ほど素晴らしい令嬢はいない」

「ローザは私の自慢の娘だ」


 公爵の胸元を涙で濡らしながら一言告げられる度に頷くローザ。

 胸の内に凝っていた澱のようなものが吐き出す呼気や涙とともに流れ出て行くようだった。



 ローザはその日から少しずつ落ち着き、周囲の者を安心させるように笑顔を取り戻していった。

 そしてやがて王弟公爵の嫡男からの熱烈アプローチを受けて幸せな結婚をすることになるのだが、それはまた別のお話。

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王子は婚約破棄から現実を知る 金色の麦畑 @CHOROMATSU

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