49 月下
水の神の恩恵を授かる国、セレイア王国。
その首都である
一面が青い布のように広がるその湖面は、星見の刻、真上に昇る月明かりに照らされていた。通り抜ける風に合わせて静かな白波を立て、か細い銀の針を散りばめたような光を跳ね返す。その涼やかな風は波立つ水音を城内の奥に存在する静謐な庭園へと運びこんでいた。
小さな庭園は色とりどりの花々に覆われている。庭園のさらに奥には王家の温室もある。大陸の各地から集められた貴重な植物の宝庫は、庭園へと訪れる者に安らぎを与える場所であった。
そしてその日も庭園の端にある東屋に、安息を求めた一人の女が訪れた。
東屋の長椅子に腰かけたその女は、憂いを帯びた表情のまま点々と光輝く夜空を眺めている。
星々の光を透かしたように艶やかなアッシュブロンドの長い髪と、思慮深さを映した深い緑の瞳。身に纏う衣服は深い蒼を基調とした清楚なもので、細やかな金糸の刺繍があしらわれている。
女は静かに息を吐き出すと、ゆるく目を閉じた。
囁くような風と、それに乗る波音。もう一度視界を開くと、女は碧眼をひそやかな庭園を囲う青薔薇のアーチへ向ける。
そして、手入れの行き届いた薔薇が花びらを揺らす下に、かつての記憶が現れた。
――お姉さま。
同じアッシュブロンドの髪が白絹のように舞い、銀のドレスの裾が優雅に翻る。まだあどけなさを残した笑顔が花を咲かせて振り返った。
――ねえ、お姉さま。ご覧になって。
彼女が動けば、その足もとから植物の芽が生まれ、花が咲き、水飛沫が躍った。しなやかな白い指先には蝶が羽を休め、彼女が飛び跳ねれば地面に着いた銀の靴の先から波紋が立ち、踊るように花弁が溢れる。くるくると回るドレスの裾とレースに合わせて風が光る。
――わたくしはお姉さまを信じているわ。
妖精と見間違うほどの清らかな姿に、女は目を細めた。
彼女は自由だった。生まれつき身体は弱かったが、それを跳ね返すほどの明るさを持っていた。そして彼女は大空を舞う鳥のように羽ばたき、どこへでも行くことができた。
そのまま咲き乱れる花に合わせて、彼女は光の中に消えていく。青い薔薇の影の下へ、美しい微笑みを浮かべて。
目の前には静謐な庭園の景色が広がる。
女は、――この国の主は、また一つ静かに吐息をこぼした。すると控えていた一人の侍女が手にストールを持って傍に寄った。女の吐息に気を利かせたのだろう。侍女は女の肩にストールを掛け、頭を垂れたまま再び離れた場所へ戻った。
「それでもまだ、そなたは我を信じるのか。我が妹よ」
青い薔薇の下には蔦と葉の合間を月明かり透き通り、淡い光の欠片が真上の夜空の星を描く。それはまるで彼女が舞い残した光のようだった。
――
藤橋です。
ずいぶんとお久しぶりの更新になりました!
ぼちぼち第二章を……ぼちぼち……更新……していこうかと思っています。
結構間が空いてしまっているので、どれだけの方が読んでくださるか分かりませんが……。
第二章は試作みたいな形になっているので、またどこかで改稿を挟むかもしれません。これからもきっと亀更新が予想されますが、ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします!
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