カケス男(おとこ)のお蕎麦やさん
しっかり村
カケス男(おとこ)のお蕎麦やさん
えっちらおっちらおっさっさー
カケス男が蕎麦を打つ
えっちらおっちらおっさっさー
「やあやあカケス男さん、おはようございます。こんなに朝早くから何を頑張っておいでですか?」
「これはこれはキタキツネ先生、おはようございます。みての通りの蕎麦打ちです。今日はウグイス女さんの誕生日ですから、お昼にぼくの作ったお蕎麦をご馳走しようと思っているのです」
「それはいい考えですね。ウグイス女さんは大の蕎麦好きらしいですからきっと喜ぶでしょう。ですがカケス男さん、お昼に食べるお蕎麦をこんなに早い時間から打つと、ウグイス女さんが来る頃には乾いて風味がなくなるかもしれませんよ」
「ええ、大丈夫です。これは練習ですから。何しろお蕎麦は挽きたて、打ちたて、茹でたてって言いますからね。ウグイス女さんがいらしてから本番を打とうと思っています」
「ナルホドそうでしたか。さすがはカケス男さんです。お気持ちが伝わるといいですね」
「ありがとうございます」
えっちらおっちらおっさっさー
カケス男が蕎麦を打つ
えっちらおっちらおっさっさー
「こんにちはカケス男さん」
「はいはいいらっしゃいませ。お待ちしておりました。ウグイス女さん」
「お言葉に甘えてご馳走してもらいにきました」
「ようこそようこそお誕生日おめでとうございます。さあさあ上ってください」
「ありがとう。去年も手作りの素敵なコーヒーカップを戴いたのよね。そして今年はお蕎麦だなんて、何て素敵なカケス男さん。去年のコーヒーカップにお庭のコスモスを生けたらとっても合うのよ。まるでコスモスを生けるために作られたコーヒーカップみたいってお友達も大喜び! ほんとにカケス男さんって器用でセンスが良いのね。今日のお蕎麦も期待してるわ。でもちょっと早く来すぎたかしら。ずいぶん元気の良い掛け声がしていたけれど、何かのお稽古の途中だったのかしら」
「いいえちっとも早くはありませんよ。ちょっと蕎麦打ちの練習をしていたのです」
「まあ熱心ですこと。でも蕎麦打ちに練習なんて必要なのかしら?」
「ええ何にでも練習は必要だと思います。だって練習あっての本番ですから。ぼくにとってウグイス女さんと会っていない時間というのは、全て練習のようなものです」
「あらあら意味は分からないけど何となくありがとう」
「では、さっそくこれをお願いします」
「これって?」
「ああ、石臼をご存じなかったですか?こうやって左回りにゆっくりと回して下さい。一分間に四十回転ぐらいでいいですから。その間にぼくは湧き水を汲んで来ますから」
「ちょっちょっちょっと!わたくし何のことだかさっぱりわからないの。わたくしはお客さま。最高に美味しい手打ち蕎麦を御馳走して下さるって言うからわざわざお腹を空かせて来たの。でもね、でもお蕎麦は何処にもないの。それどころか石臼を回せって命令されてる。どうしてかしら? 」
「ああ、ああ、ウグイス女さん。ごめんなさい。ぼくの説明不足でした。ぼくはあなたが大好きで大好きで仕方ないのです。きっとこの森に住む誰よりもあなたのことを好きだと思います。確か去年の誕生日にコーヒーカップをプレゼントしたらコーヒーは好きではないと仰っていました。でもせっかくのプレゼントだからと受け取ってくださって感謝しています。あのとき、コーヒーは好きではないけどお蕎麦なら大好きなの、と仰ったことを胸に抱いて、この一年ずっと練習してきました。練習に練習を重ねて、たどり着いた究極のお蕎麦を召し上がっていただくためには・・・」
「わたくしが石臼を回さなければならないわけなの?」
「いえいえ、ウグイス女さんが回さなければならないわけではありません。ただ、あれこれ考えて、時間短縮のためには、ウグイス女さんに石臼を回してもらっている間にぼくが水を汲んでくるのが一番だと思ったのです」
「……はぁ……」
「お嫌でしたら、ぼくが水を汲んできてから、回しますけど」
「ああ、いえいえ、どうぞ挽いておきますから、水を汲んできてくださいな」
「ああ、ありがとうございます。さすがはウグイス女さんです。石臼の回し方も絶妙の早さ。ほら、蕎麦の香りが立ち昇ってきたではありませんか。美しい蕎麦の粉がだんだん積もってきました。上手です。」
「はいはい。ここに入っている分だけ挽けばいいのですね。そっちこそ早く行ってらっしゃいな。わたくし、もうお腹ぺこぺこなの」
「では、行ってきます」
えっちらおっちらおっさっさー
カケス男が水を汲む
桶を担いで水を汲む
えっちらおっちらおっさっさー
「いちいちかけ声かけないと動けないのかしら……」
「やあやあお待たせしました」
「ああ、わたくし粉を挽き終わってずい分待ったわ。でも、やっとお蕎麦を食べれるのね」
「じゃあ、さっそくお蕎麦を打ちますね」
「……ああ、まだ待ってなくっちゃいけないのかしら。カケス男さん、わたくしあなたのことが嫌いになりそうだわ」
「まあまあそう言わずに。何といってもおソバは打ちたてがいちばん!
さぁさ、ウグイス女さんに挽いてもらった粉に、ぼくが汲んできた生まれたての湧水を混ぜますよ。 せぇーの」
えっちらおっちらおっさっさー
カケス男が蕎麦を打つ
えっちらおっちらおっさっさー
「あらあらすごいわ!粉と水が団子になっていく」
えっちらおっちらおっさっさー
カケス男が蕎麦を打つ
えっちらおっちらおっさっさー
「あらあらすごいわ!団子が真四角の風呂敷みたいになっていく」
えっちらおっちらおっさっさー
カケス男が蕎麦を打つ
えっちらおっちらおっさっさー
「あらあらすごいわ! 風呂敷が畳まれて細く切られていく」
「はいはい出来ましたよ。これを残りの水を沸かしたやつに放り込んで、サッサってね! ホイホイどうぞ召し上がってください。これがウグイス女さんのために作った究極のお蕎麦です。挽きたての粉を、生まれたての湧き水で、打ちたて、茹でたての何と四たての究極のお蕎麦です。どうぞご賞味ください」
「ああ、何と。やっと食べれるのね。これだけ待たされたら、どんな食べ物だって美味しく感じてしまいそう。でも、この立ち昇って来る蕎麦の香り、つるりとしたのどごし、ほどよいかみ応え、野性的な甘み、まあ何と美味しいのでしょう。こんなに美味しいお蕎麦を食べたのはたぶん生まれて初めてよ。おかわりはないかしら」
「ああ、どうぞどうぞ。ぼくも食べようと思っていたのですが、そんなに美味しいのなら、どうぞもう一杯食べてください」
「ええ、遠慮なくいただきますわ。何しろこれだけ待たされた上に、お手伝いまでさせられたんですもの、二杯くらい食べなくっちゃ元は取れないことよ」
「どうぞどうぞ大好きなウグイス女さんのためなら、もう一回くらい打ちますよ」
「ええありがとう。でももう打たなくって結構よ。また手伝わされたらたまったものではありませんから。でも、とっても美味しかったし嬉しかったわ。わたくしひとりのためにおソバを打ってくれたのね。本当にありがとう」
「じゃあ、ぼくと結婚してくれますか?」
「まあ、ずい分唐突ね。でも以前よりカケス男さんのこと好きになったのは間違いないわ」
「じゃあ、結婚してくれますね」
「ホントに短絡的なのね。前より好きってことは嫌いじゃないってことなの」
「あぁ、難しくてわかりません。つまりもっと好きになるかもしれないってことじゃないんですか?」
「どこまでも前向きなのね」
「ぼくはもっとウグイス女さんに好かれるように一生懸命練習しますよ」
「好かれることは嫌じゃないけど、練習の意味がわからない」
「恋とは、結婚の練習ではないのですか?」
「……う~ん、違うような気もするけど……難しいわ。でもとにかく石臼挽きはもう懲り懲りよ」
「そうは言っても、もっとも新鮮ないちばん美味しい究極のおソバを食べてもらいたかったのです。だから粉だって挽きたて、お水だって生まれたての湧き水を使いたかったのです。それに・・・・・・」
「それに・・・・・・なに?」
「憧れのウグイス女さんとの将来のために、共同作業の練習をしたかったのです」
「…………そう、朴訥に見えてなかなか計画的だったのね。ちょっと引いちゃうけど、まあ好い経験にはなったことよ。お蕎麦ってこうやって粉になるんだって勉強になったし、出来上がる過程を見るのは楽しかったわ。また来年もご馳走してもらえるかしら」
「もちろんですとも!でもその前にクリスマスもありますけど・・・・・・」
「ごめんなさい。クリスマスはタンチョウヅルさんのパーティに呼ばれてるの」
「そうですか。残念です。でも来年の誕生日愉しみにしてます」
「ええ、でも来年は石臼挽きやらないわよ」
「わかってます。今度はもっと早く水汲みができるように練習して石臼挽きもぼくがやりますから」
「……ちょっと違うような気もするけど、あなたのその一途な頑張り精神は魅力よね。来年を楽しみにしてるわ。さようなら」
「うん、さようなら。ぼくは頑張るよ」
えっちらおっちらおっさっさー
カケス男が水を汲む。
桶を担いで水を汲む
えっちらおっちらおっさっさー
「やあやあカケス男さん、ご精がでますなぁ」
「やあやあキタキツネ先生。こないだはどうも。どうです?ノドは乾きませんか?よかったら一杯飲んでいかれませんか?」
「いやいやありがとう。でもそれはカケス男さんがわざわざ汲んできた水じゃないですか。悪いですよ」
「いいんです。練習ですから」
おしまい
カケス男(おとこ)のお蕎麦やさん しっかり村 @shikkarimura
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