花に願掛け

かなたはづき

花に願掛け



『ねぇ、知ってる? 花壇の端っこにある花のこと』

『あれね、白い細っこいやつ』

『咲いてから一ヶ月くらい経つのに、全然枯れないの』

『それって単に造花なんじゃないの?』

『ちがうちがう、本物なんだって!』

『えー、それすごいじゃん。ってか、ずっと咲いたままってこと?』

『なんかちょっと、やばくない?』



 ━━はじめは、雑草だから、抜こうとしてたんです。

 何の植物かわからない。花が咲くかもわからない。

 花壇のゴミを拾って、雑草を抜く。そんないつものルーティンの作業だったんですけど。

 ふいに、手が止まったんです。


 雑草ってみんな呼んでるけど、私が知らないだけで、雑草にも名前が多分あるんだろうなとか、

 雑草だって生きているのに、抜いてしまう権利が私にはあるのかとか。

 ……そんな真面目なことを、しっかり考えたわけじゃないですけれど。


 なんで雑草は抜かれなきゃいけないのかって、それは結局、花壇の花のためなんですよね。

 チューリップとか、ひまわりとか。花壇で飾るために植えている花が、雑草に栄養を取られないように抜く必要があるって。

 それはわかってるんですけど。



 私も、そういうものだなって思っちゃったんです。

 私も誰かの人生において、雑草みたいなもので。

 クラスの華やかな子たちにとって、どうでもいい雑草みたいなんだろうなって思って。



 ……別に、いじめられているとか、意地悪されているとか、そういったことがあるわけじゃないです。

 自分で言うのもあれですけど、私、人付き合いが下手なので。地味だし、暗いし。

 真面目にしているつもりだけど、いい子ぶってるとか、クラスの子に時々何か言われてるのも知ってるし。

 それでなにか頼まれたりすると断りきれなくて、いいように使われてるのも知ってるんです。


 意気地なしだから、私。

 嫌われたくないって、思っちゃって。


 でも、そうやって他人のことを利用する人からしたら、私もきれいに咲く花のために、摘み取られる雑草みたいだって思っちゃって。


 だから本当に、気まぐれで。

 別に一本ぐらい置いといてもいいでしょって思ったんです。


 どうせ雑草なら、すぐ枯れちゃうだろうし。

 もしかしたら意外と珍しい草だったりするかもしれないし、ひょっとしたら大きくなるかもしれないし、なんて思って。


 笑っちゃいますよね。ちょっと期待している自分もいたんです。

 先生にも一応、許可もらったんですよ?

 珍しい植物かもしれないから、しばらく抜かずに観察してみたいって。

 自分で言うのもあれですけど、ほら、私真面目な方ですから。

 先生からも特に反対されなかったので、その時見つけた雑草は、そのまま抜かずに残しておくことにしました。


「雑草に自分を重ねてどうするよ」

「しーっ。マスター、言い方」

「年頃の子は繊細なんですよ、特に女の子はね」



 それで、その雑草を毎日しばらく見ていたんです。

 私、美化委員で、花壇の整備をしているので。

 花の水やりのついでに、それにも少しだけ水をあげて。花壇の花には肥料もあげてるんですけど、それはあげなかったです。だって雑草だし。

 今思えば、栄養とかあげなくても枯れなかったらいいなって、期待してたんでしょうね。


 そうしたら、緑色の葉っぱが数本出てきたかと思ったら、数日でぐんぐん大きくなりました。

 けっこう早いペースだったので、最初はちょっとビビりました。だって毎朝来るたび大きくなってるんだもの。

 でもそのうち、それにも慣れて。葉っぱが伸びるのが止まって。

 さらに数日したら蕾もつけました。そのとき初めて、葉っぱだと思ってたのが茎だとわかりました。


(なんだろう……アヤメやカキツバタは季節じゃないし)


 図鑑を見るのも勿体ないような気もして、調べずにはいなかったんですが、まだその雑草の名前はわかりませんでした。

 そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられました。


「何してんの?」


 別のクラスの石田くんでした。


「関根、美化委員だっけ」

「うん、そう…」


 話すことも殆どないのに、彼は私の名前を知っていました。そうだ。たしか一年の時、同じクラスだった。会話なんて、全然したことなかったのに。

 それでも、覚えていてくれてたんですね。ちょっとびっくりしました。


「珍しそうだから、抜かないでそのままにしてるの」

「どんどん大きくなってんな」

「うん。もしかしたら、花も咲くかもしれない」

「へぇ」


 彼はちょっと面白そうに言って、私の隣に並びました。


「どんな花が咲くのか、楽しみだな」




 それからしばらく、時間はまちまちだったけど、石田くんは花壇に来てくれました。

 石田くんはサッカー部で、グラウンドから花壇が見えるんですって。

で、最近放課後になると誰かがいつもじっと立っているなって思って、気になったんだって。そう言ってました。


 やがて蕾が膨らんで、数日後登校したら、花が咲いていました。



 咲いたのは、彼岸花でした。それも赤じゃなくて白。

 珍しいでしょう? あるんですって、白色も。


 私も初めて見ました。

 正直言うと、すごく嬉しかった。雑草だと思ってたのに、こんなに綺麗で、しかも珍しい花になるなんて思ってもみなかったから。

 早く石田くんにも教えたくて、柄にもわくわくしちゃいました。


 いつものように花壇の水をあげ終わった後、ご褒美みたいにそれにもたっぷり水をあげました。

 けれど少し浮かれた気分で教室に戻っている時に、廊下ですれ違った子たちの会話が聞こえてきたんです。



「聞いた? 昨日のサッカー部の話……」

「知ってる! 石田くんと南くん、ぶつかっちゃったんでしょ?」

「フリーキックしたボールを取ろうとして、かち合っちゃったんだって」

「二週間は入院らしいよ」




(石田くん、花が咲いたよ。彼岸花)


(白い彼岸花だった。すごく珍しいんだって)



 私、その花に自分を重ねてたんです。

 雑草でも、いつかはきれいな花が咲かせられるかもとか。

 それを見つけてもらえたら、私も、花壇の花と並ぶくらい、きれいな花になれるかもしれないなんて。

 身分不相応なこと……身勝手なこと、思っちゃったんです。

 だから、彼に見せてあげたくて。見て欲しくて。



 でも、花は二週間も保たない。

 数日もしたら、先から色がどんどん変わって、やがて枯れてしまう。



 だから私、花に願をかけたんです。

 私にあげられるもの、なんでもあげるから。

 どうか枯れないで。もう少しだけ、咲いていてって。



 なんでもあげるなんて、大袈裟って思います?

 本気でした。その引き換えに、何かよくないことが起きたとしても。



 それでも、一生に一度くらいは、何かかけてみたいと思ったんです。


 放課後中、ずっと花壇の前でしゃがみ込んで、願いました。


 その時は、魔法がかかったかどうかはわからなかったです。

 でも願をかけた次の日、朝起きて、鏡の前で支度をしている時に気づいたんです。

 私、三つ編みしてるでしょう? 結んだ時に、気づいたんです。髪が少しだけ短くなってるって。


 急いで学校に行きました。結びかけの髪もそのままに、朝ごはんも食べずに鞄だけ持って駆け出しました。

 そうして学校で、誰もいない校庭を横切って、花壇に向かいました。


 そうしたら……昨日と変わらないまま、花はそこにありました。


 そんな簡単にわかるかって? わかります。一日経つだけで、植物ってまったく違う顔になるんです。

 でも寸分違わず、昨日のまま、その彼岸花はそこに咲いていました。



 落ち着いて、まだ誰も来ていないけどこそこそとトイレに行って、改めて鏡を見ました。

 見間違いじゃなく、私の髪は短くなってました。


 あ、私の代償、これなんだって思いました。

 ショックではなかったです。これでよかった、って感じでした。元々なんとなく伸ばしてただけだし。

 女の子らしく少しはなれたらいいなって、子供の頃からずっとしてた髪型だっただけなので。


 思い入れは多少あったけど、それで願いが叶うなら、いいやって思いました。



 次の日も、次の日も、花は枯れずにありました。

 咲いた日のまま、瑞々しく。

 少しも色が変わることなく、花びらを散らすことなく、ありました。


 私の髪の毛は、毎日1センチ弱くらい、少しずつ短くなっていきました。


 怖いとかはなかったです。髪の毛の成分と、植物や虫とかの成分って一部が同じって聞いたことありますし。

 だからあの花は、私の髪で生きながらえてるんだなって、素直に思えました。



「ねぇ、知ってる? 関根さんの…」

「髪でしょ、なんかどんどん短くなってるよね」

「毎日ちょっとずつ短くなってるよね」

「一気に切ればいいのに、なんでだろ」

「変に色気づいちゃっさ、やらしー」

「ねー、誰も見てないってのに、ばっかじゃないの」



 それでも、別にいいって思ったんです。

 変だって言われてもよかった。


 きれいなまま、彼に見せてあげたかった。見て欲しかった。



「でも今じゃもう三つ編みできなくなって、ショートカットじゃん。このままじゃ結ちゃんの髪の毛、全部なくなっちゃうよ……」


 いいんです別に。

 髪の毛がなくなったっていい。誰に陰口とか言われたって、気にしない。

 あの花を、枯れさせたくないんです。



「不自然な形で時を止めることが、あの花にとって幸せなのかね」



 不自然? お言葉ですが、あの花は、私の体の一部分で生きながらえているようなものですよね。

 釣り合いが取れてる。だったら別に、不自然とかではないんじゃないですか。



「……花に自分を重ねるのはいいがな、それで死んでもいいと、本気で言い切れる気か?」


 え?


「大袈裟だとでも?時間を止める魔法の代価が、髪の毛くらいで済むと思ってるのか?」



 ……え?


「人間の体で、髪の毛と同じ成分なのは爪だったか…? 忘れちまったが。髪の毛がなくなったら、次は体のどこが消えると思う?」



 ……。


「ど、どこなんですか、マスター」

「オレが知るか。魔法をかけたのはこの子だ」


 ……。


「次に来る代償を支払った時、本当に、後悔も何もないと言い切れるか?」



 それは……。



「明日の朝、同じように目覚められるのか、同じ魔法使いのオレでも保証はできんぞ」






 そんな、大それた願いだったの?



 

 魔法使いという人のところから帰って、悶々と考えた。



 髪の毛ぐらい、なくなったっていいと思ってたけど。

 人生で一度くらい、全てをかけてみたっていいやって思ってたけど。



(死ぬかもしれないのは、こわい)



 ああ、私はやっぱり意気地なしだ。

 でも、もし、本当に死んじゃったら、


 花は咲いてても、石田くんに、会えない。



 ……そっか。

 私、見せてあげたかったんじゃない、見て欲しかったんだ。


 自分を重ねたあの花を、一人の人に。



 私も、大事にされたかったんだ。


 誰かに大事にしてもらえたなら、それだけで、何か特別な存在になれる気がしたから。


 でも、もう。




 次の日の朝、彼岸花は咲いていた。同じように風に揺れていた。

 でも、この姿を見られるのは、今日限り。


「ごめんね。今までありがとう」



 その一言で、魔法は解けたようだった。

 白い彼岸花の瑞々しさがわずかに失われた。

 その瞬間にわかった。これでもう、この花は他の花と同じものになってしまったんだ。

 ごくありふれた、普通の、枯れてしまう花になった。



 彼岸花は、種を残さない。



(白い彼岸花は、通常勾配でしか誕生しない珍しい花だって聞いた)


 視界が少しだけぼやけた気がして、目を拭った。


(赤いのに比べて弱い種だっていうから、きっと、来年はもう見られない)



「咲いたんだね。それ」




 そのとき、声が聞こえた。

 ゆっくりと振り向くと、石田くんがいた。

 松葉杖をついた片足には、まだ白い包帯があった。

 花と同じだ、なんて思った。



「綺麗だな。これなんて花?」

「彼岸花」



 どこか夢うつつな気分で答える。



「へぇ、白いのなんて初めて見た」


「私も」


 初めて見たの。




「関根、髪切ったんだ」



 ……うん。



「いいじゃん。似合ってるよ」




 知ってる? 彼岸花の花言葉



「何それ」




「また会う日まで」







END















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花に願掛け かなたはづき @kanatahaduki

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