第5話 続々・少年の不可解な謎

「でも、あの子はどう見ても、私と同じ、歳は十五ぐらいよ。そんなに若くても、いくさについて行くものなのかしら」

「名前も歳も聞いてねえが、まあ、いくさは無理だろうな。刀ではなくて、使いやすい銃がいくさの主流になったとはいえ、調練と実戦ではまるで違う。ひととおり銃を扱えても、肝がついていかねえ。いくら背中に銃をくくりつけていたって、人は撃てねえだろう。敵をやっつけるということは、人を殺めるってことだ。やらなきゃ自分がやられる、理屈は分かっていても、たった十五そこそこで、他人がまっとうするはずだった人生の続きを背負えるか? 俺は、この歳でもいやだね。重過ぎる」


 柚も頷く。自分にもできない。


「おそらく、偉い人の身の回りの世話とか、食事の支度とか、雑用全般をしていたんだろうな」

「この騒々しい時期に、あの身なりで現れたってことは」

「箱館で、最後のいくさが終わったばかりだ。おそらく、蝦夷から逃げてきたんだろう。おい柚よ、あいつのことを、他人に、うかうかと喋るなよ」

「喋らないわよ。せっかく助けた子がお縄にかかったら、寝覚めが悪いわ」

「新政府のやつらは、脱走さんをくまなく探しては、かたっぱしから牢にぶち込んでいるっていう噂だ。ここからは推測に過ぎないが、もし、ほんとうに、箱館で脱走の幹部についていたとなれば、あいつへの詮索も厳しくなること間違いない。箱館に籠った兵は、ほとんどが降伏したが、幹部の何人かが見つからないらしい。戦死したのか、逃げたのか。とにかく、あいつはここで少し路銀を貯めたら、すぐに出て行くだろうよ。余所者だ。深く関わるな、そっとしておくんだ」


 このあたりの土地は、江戸に近接しているため、敗れた徳川贔屓の人間が多い。父も、柚もそのうちのひとり。働きたいと言われたら、認めるつもりらしい。

 けれど、あの少年は路銀を貯めるまでもなく、お金を隠し持っている。

 柚は少年の革袋の話をしようと思ったが、やめた。出所不明の大金を持っていると言いつける形になるから、どうしても後ろめたい。できれば、自分は知らなかったことにしておきたい。


 父は話を続ける。


「あいつの背負っていた刀、見たか? 朱鞘のあれ、相当高価な業物だ」


 柚は曖昧に頷いて、唇を噛んだ。


「……確かに立派そうだったけど、父さまのものよりも?」


 父自慢の一振りに、視線を送る。

 旅籠の主人の持ち物にしては上等だ。実は、お金に困ったとある侍が、宿賃の代わりに置いて行った品だった。武士の魂とも称された刀が、宿賃の代わりになってしまうほど、権威は堕ちている。


「莫迦(ばか)。うちのなまくら刀を十振り集めたとしても、あれほどの刀はきっと買えないだろうなあ。古いものではなさそうだが、いい拵えだ。あいつ自身は凄腕に見えねえから、預かった品だろうな」

「箱館の、偉い人、から?」

「たぶんな。形見分けとして。目覚めたら、見せてもらおうとするか」


 そうすると、鉄之助が従っていた箱館の幹部とは、囚われているか、すでに亡くなっているかもしれない。革袋のお金も、どこかへ運ぶように頼まれたのか。大金を携えているのに、一銭も手をつけず、行き倒れるまで我慢するなんて。忠義で生真面目で、融通のきかない少年。


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