第6話 過度の寡黙はいかがなものか
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翌日。
柚が起きようとすると、庭で薪を割っている、いい音が聞こえてきた。
「こんな朝早くに」
父はいつも昼下がりの空き時間にしか、薪を割らないのに。
眠い目をこすって、窓から階下をそっと覗き込んで見れば、例の少年が額に汗を浮かべて薪と格闘している。今朝は戎服ではなく、柚が見慣れている旅籠揃いの着物だった。
「おはよう。どうしたの?」
柚の声に、少年は手を止めて旅籠の二階を見上げた。ふたりの視線が合ったけれど、それは一瞬だった。少年は、額に浮かんだ汗を首に巻きつけてある手拭いでおさえる。
「このあと、雨が降りそうだから。先に済ませておこうと思って。起こしたかな」
ひとことだけ発すると、少年は柚には無関心そうに作業に戻った。
「ううん。もう、起きる時間だったし」
朝だというのに、空には暗い雲が立ち込めている。
そのうち、一雨くるだろう。今は梅雨。いつ降ってもおかしくない。雨になれば、よほどの用事をかかえている旅人以外、旅籠から動けない。
宿の仕事が滞るだけでなく、滞在しているお客の対応もしなければならない。一年前に母と死別したあと、女将の役目を担っているのは柚だった。雨は、気が重い。
急いで身づくろいをして、柚は庭に下りた。
なのに、柚は無視されている。
手早く薪を片づけてゆく少年に、柚は苛立った。
「ねえ。雨が降りそうだから、じゃなくて。なんで、あなたが薪割りしているのかって、聞いているのよ」
興奮気味の柚の声にも、少年は冷静だった。
「昨日、倒れてしまったところを世話になっただろう? 恥ずかしいけれど、金の持ち合わせがなくてね。宿賃も払えない。旅籠の親父さんにお願いして、ここで少しばかり、働かせてもらうことにしたんだ」
やはり、働くつもりでいるらしい。懐に、大金を隠し持っているのに。あれは少年のものではないのか。あれが自由に使えれば、汚い顔で道の真ん中に倒れたりはしないだろうに。
まさか、油断させておいて、盗賊、追剥ぎの輩?
うちは小さな旅籠だから、お金なんか置いてないのに。いや、こういった小さい子に手引きをさせて油断を誘い、家族構成や室内の間取りなどを手に入れ、あとで押し込むという手口を使う一味もあるらしい。
「それは……なんとなく分かったけど、あなたどこから来たの?」
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