第6話 過度の寡黙はいかがなものか

 2


 翌日。

 柚が起きようとすると、庭で薪を割っている、いい音が聞こえてきた。


「こんな朝早くに」


 父はいつも昼下がりの空き時間にしか、薪を割らないのに。

 眠い目をこすって、窓から階下をそっと覗き込んで見れば、例の少年が額に汗を浮かべて薪と格闘している。今朝は戎服ではなく、柚が見慣れている旅籠揃いの着物だった。


「おはよう。どうしたの?」


 柚の声に、少年は手を止めて旅籠の二階を見上げた。ふたりの視線が合ったけれど、それは一瞬だった。少年は、額に浮かんだ汗を首に巻きつけてある手拭いでおさえる。


「このあと、雨が降りそうだから。先に済ませておこうと思って。起こしたかな」


 ひとことだけ発すると、少年は柚には無関心そうに作業に戻った。


「ううん。もう、起きる時間だったし」


 朝だというのに、空には暗い雲が立ち込めている。

 そのうち、一雨くるだろう。今は梅雨。いつ降ってもおかしくない。雨になれば、よほどの用事をかかえている旅人以外、旅籠から動けない。

 宿の仕事が滞るだけでなく、滞在しているお客の対応もしなければならない。一年前に母と死別したあと、女将の役目を担っているのは柚だった。雨は、気が重い。


 急いで身づくろいをして、柚は庭に下りた。

 なのに、柚は無視されている。

 手早く薪を片づけてゆく少年に、柚は苛立った。


「ねえ。雨が降りそうだから、じゃなくて。なんで、あなたが薪割りしているのかって、聞いているのよ」


 興奮気味の柚の声にも、少年は冷静だった。


「昨日、倒れてしまったところを世話になっただろう? 恥ずかしいけれど、金の持ち合わせがなくてね。宿賃も払えない。旅籠の親父さんにお願いして、ここで少しばかり、働かせてもらうことにしたんだ」


 やはり、働くつもりでいるらしい。懐に、大金を隠し持っているのに。あれは少年のものではないのか。あれが自由に使えれば、汚い顔で道の真ん中に倒れたりはしないだろうに。


 まさか、油断させておいて、盗賊、追剥ぎの輩?


 うちは小さな旅籠だから、お金なんか置いてないのに。いや、こういった小さい子に手引きをさせて油断を誘い、家族構成や室内の間取りなどを手に入れ、あとで押し込むという手口を使う一味もあるらしい。


「それは……なんとなく分かったけど、あなたどこから来たの?」

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