第4話 続・少年の不可解な謎
日本がふたつに分かれた、大きないくさが終わったばかりの、明治二年五月。
薩摩や長州をはじめとする新政府軍が、国内を完全に制圧したのは、今月のこと。もっとも、最後の戦いは遠い蝦夷地だったゆえ、大きないくさになったという印象はあまりない。江戸湾に大きな船が浮かぶ光景も、黒船以来すっかり恒例。
西からやってきた新政府の軍隊が、東海道を続々と通過した去年の春は、さすがに緊張したけれど、江戸の近郊では大きないくさは避けられた。旧徳川幕府側の抵抗があったのは、上野山。それに箱根。甲府や下総方面でも小さな衝突はあったらしいものの、新政府軍にあっけなく撃破されている。
目の前の少年に、再び視線を落とす。
ところどころ擦り切れていて、しかも土埃や汗で汚いけれど、どこからどう見ても、戎服(じゅうふく・洋服)だった。
戦から、逃れてきた?
戦といえば、蝦夷の箱館(はこだて)。箱館に渡った旧幕府軍の兵……となれば、新政府の反勢力。きっと、お尋ね者。
新政府軍の兵なら、堂々と道の真ん中を歩けるし、食べるものや寝るところに困ったりなんかしない。店や民家に押し入り、新政府の威光をちらつかせながら、腕づくで徴発すればいいだけの話。柚の旅籠の前で行き倒れる必要は、まったくない。
戎服の肩には、『誠』の一文字の腕章が縫いつけられている。
「まこ、と?」
どこかで聞いた気もするけど、柚には思い出せない。
着ているものが珍しいせいで、柚自身よりもやや歳上に見えたが、少年をよくよく観察してみると、自分より幼く映ってきた。しつけは相応にあるけれど、あどけない顔に、規則正しい寝息。よく寝ている。
柚は、ほっとしながらも首を傾げつつ、忍び足で部屋を離れて父に報告を入れるために、再度階段を下りた。
どこにいるのかと、柚は父の姿を探した。
旅籠にはおらず、珍しく、父は自分の部屋で刀の手入れをしていた。柚が入ってきたのを認めると、丁寧に刀をしまった。もちろん、父の刀は血に濡れたこともない。まっさらで美しい刃紋を保っている。観賞用だった。今後もずっと、この刀が人を斬ったりするようなことはまずないだろう。絶対に、そのほうがいい。
「あいつは、脱走さんだな」
刀を片づけた柚の父は茶をすすりながら、つぶやいた。
「だっそうさん? あの子、やっぱり脱走さんなのかしら」
新政府を認めずに、叛旗を翻して江戸を出て行った旧徳川幕府の兵を総称し、こう呼んでいた。本来ならば、静岡に下った徳川宗家に従うべきところを、己の意思で江戸を脱していくさを続けた者たち、という意味だろう。
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