第11話 屋上でまたもや災難

 昨日は久代先輩から告白されてしまった。返事は明後日の卒業式のあと。

 好きな人から告白されたのだ、返事は決まっている。一度……いや何度も先輩を選ぶことに躊躇している自分がいるけれど、親友にも背中を押されているし、本当に気合いを入れなくては。


 卒業式のあと、どうやって先輩に返事をしようかな、先輩からもらった連絡先に連絡して、呼び出したりしてもいいのかな。


 昨日も過ごした昼休みの屋上で手すりに背中を預けながら。ヒカリはジャケットのポケットから紙を手に取り、開いてみた。小さく折りたたまれた薄い水色の便箋。そこには久代先輩のものと思われるアドレスが書いてある、きれいな字だ。丁寧に一文字ずつ、先輩が自分のために書いてくれたと思うと嬉しくて、口角が上がる。


「やっぱり俺はあなたが――」


 そんなことを考えている時だった。ここへ向かって階段を上がってくる誰かの足音が聞こえてきた。


 ヒカリは急いで紙をたたむと再びポケットにしまい、手すり側を向いて校庭を眺めているふう、を装った。

 まだみんな昼食中だろうに、ここに来るのは誰だろう、そう思っていると。訪れた誰かが「おっ」と後ろで声を上げた。聞き覚えのある声に嫌な予感がした。


「ヒカリじゃん」


 背筋がゾクッとしてしまう。この声の主を別に嫌いなわけではないのだが、ちょっと苦手で。それでもよく会話をする状況には陥ってしまうわけで。

 仕方ない、挨拶しないと。

 ヒカリは自分を呼ぶ声に反応したかのように、さりげなくゆっくりと振り返り、頭を下げた。


「瀬戸川先輩、こんにちは」


 なぜだろう。久代先輩が近くにいると必ずといっていいほど瀬戸川先輩もそばにいる、この不思議さ。もしかして瀬戸川先輩は久代先輩を追いかけているんじゃないかと思ってしまう。


 瀬戸川先輩は「どーも」と軽く答えながらヒカリのすぐ隣まで移動し、手すりに両肘を置いて校庭に視線を向けた。


「もう少しでこの景色も見られなくなんだよなぁ、せいせいするっていうか、名残惜しいっていうか。よくわかんねぇな」


 珍しく、あまり世間話をすることのない瀬戸川先輩がそんなことを話している。ものすごく奇妙な感覚だ。


 そうか、瀬戸川先輩とこうして二人だけでいるというのが今までなかったからだ。いつもは久代先輩がいる。久代先輩と話をしている時に瀬戸川先輩はちょっと乱暴なスキンシップを取ってくるのだ。

 そういえば、まともに会話をしたことがないような……だから奇妙なのか。実はすごく優しかったり、するのかなぁ。


 ヒカリは横目で瀬戸川先輩を眺め、その奇妙さに身体を身構えた。

 そんな自分の警戒心がわかってしまったのか、瀬戸川先輩は肩を揺らして笑った。


「そんなに警戒するんじゃないっての。別にお前を急に殴るとか、山奥に捨てるとか、そんなことしないって」


 そんな言葉を聞き、頭の中からスッと血の気が引く感じがした。そうは言っているが瀬戸川先輩にはケンカっ早く、キレたら何をするかわからないという黒い噂が立っていて。彼の機嫌を損ねた人物はみな地面に埋められた、という話もあるのだ。


 だから今の言葉は、自分にはしないけど過去に誰かにはやったのだろうなと考えられる。まだ警戒を解くわけにはいかない。


「お前はあいつの特別だからな」


「……あいつ?」


「昨日会ったんだろ」


 瀬戸川先輩にそう言われ、クッと肩に力が入る。脳裏では久代先輩が恥ずかしそうに述べた告白の言葉がよみがえってしまう。


「隠すことはない、わかってんだ。あいつがお前を好きだってのは、ずっと一緒にいたからわかる。お前に何を言ったかもな」


 ウソ、と。ヒカリは心の中で返す。いくらずっとそばにいるからって、なぜ先輩はそこまでわかっているのか。そしてそれを知っているから何をしようというのか。


 ヒカリは再び警戒を結び、今度は瀬戸川先輩の方へと向き直る。何を言われても動じないために拳を握りしめた。

 すると瀬戸川先輩も自分の方を向き、鋭い視線を不快そうに細めた。


「だからって、簡単にことがうまくいってもらったら俺が困る、面白くねぇ」


「な、なんですか、それ」


 気を奮い立たせ、少し強気に言い返す。でないと威圧感だけで負けてしまう。

 瀬戸川先輩は企みでもあるように口角を上げた。


「俺だって、好きなんだよ。久代が」


 えっ? ヒカリは口を半開きにした。

 今、なんて?


「俺は中学からあいつとは一緒だった。そっからずっと好きなんだよ。だがあいつは俺のことを意識することはない。多分、近くにいすぎるからだろうがな」


 瀬戸川先輩と久代先輩。二人は中学からの友人。自分とソウタと同じだ、それは昨日も聞いた。

 けれど瀬戸川先輩の気持ちに久代先輩は気づいていない。久代先輩は他の人物に――こんな自分に恋をしているから。


「お前も本気なんだろうな、ヒカリ?」


 鋭い視線は上から見下すように自分へと降っている。よほど気を強く持っていないと、その目つきの悪さと気迫におののいてしまいそうだ。

 けれど自分は引かない。だって引いたら大好きな人に近づけないから。


「瀬戸川先輩、俺も久代先輩が好きです。だから引きません」


「いい度胸だなぁ」


 瀬戸川先輩の刺々しい言葉はヒカリの背中に十分に冷や汗をかかせた。ヤバい、俺、本当に埋められるかも。そんな危機感を覚える。


「お前の気持ちはわかった」


 瀬戸川先輩は自らの拳をグッと握り、長い息を吐きながら天を仰いだ。


「どっちみちお前とは勝負をつけなきゃいけねぇみたいだ。俺と勝負だ、ヒカリ。明日の夜九時に学園の近くにある公園に来い。あ、九時なのは俺のバイトがその時間じゃないと終わらないからだ、悪いけどな」


「勝負、ですか? 一体なんの――」


 恐る恐るたずねてみたが、先輩は「明日決める」と言っただけで中身については何も教えてくれなかった。

 埋められるだけじゃなくて、その前に叩きのめされるのかもしれない。卒業式の前に病院送りになったら、どうしよう。


 ヒカリがそんな心配をしていると、瀬戸川先輩は空から視線を外し、ヒカリの方へずぃっと身を乗り出した。


「逃げんなよ、ヒカリ」


「に、逃げませんよ」


 そう言うと、瀬戸川先輩は満足したように笑みを浮かべた。

 じゃあな。そう言い残して、屋上を去っていく。再び自分しかいなくなった屋上。

 ヒカリは途端に、また脱力をしてしまった。


「……ハァァァ……何あれ」


 またまたとんでもないことになってしまった。このまま明後日の卒業式を静かに迎えるだけだと思っていたのに。

 まさかの想い人からの告白を聞き、その想い人を想う人物が、互いの想い人を巡って喧嘩を吹っかけてきた。しかも明日の夜に。なんの勝負をするというのか。


 昨日から起こる出来事に嘆きたくなってしまう。どっと疲れて、もう一度「本当にどうしよう」と、ため息をついた。

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