そのまま、溶けてしまえ

黒木メイ

そのまま、溶けてしまえ

 学生達の味方。某ファストフード店。

 正直、雑踏や喧噪が嫌いな俺としては避けたい場所だ。

 それなのに俺はカフェモカをちびちび飲みながら小1時間は居座っている。

 向かいの席でアイスクリームを指差し棒のように振り回しながら話し続けている幼馴染のせいで。


 2つ上の彼女はよく言えば天真爛漫。悪く言えば猪突猛進。こうすると決めたら相手の都合等考えずに襟首を掴んででも引きずっていく。そんな彼女に昔から俺はよく振り回されていた。

 高校に入って、少しは大人しくなったと思っていたが、やはりそう簡単に人は変わらないらしい。


 高校に入学して数カ月、ようやく俺にも友達と呼べる相手ができた。本来ならば今頃友人と遊び歩いているはず……だったんだ。放課後、彼女が教室に乗り込んでこなければ。

 サムズアップしながら見送ってくれた友人には明日あたり根掘り葉掘り聞かれることになるだろう。今から気が重い。

 


 選択権すら与えられなかった俺は訳も分からないまま店に連れて行かれ、今

 思った事をただ口にする彼女の話はちっとも纏まっていなくて支離滅裂だが、要約するとこういうことらしい。

『彼氏に振られた。他に好きな女ができたらしい。実は半年前から二股をかけられていた。あんな男の為に必死に頑張っていた自分が恥ずかしい』

 という内容を、元カレとの思い出とともに延々と語り続けている。

 ちなみに、俺がカフェモカで何とか時間を繋いでいる間。彼女はドリンク2杯にチキンナゲット、ポテトを食べ、今追加注文したばかりのアイスクリームを手にしている。

 元カレの前ではこんな食い意地を張った姿は見せられなかったと嘆いているのでその反動かもしれない。

 付き合っている間、元カレの前では必死に『可愛い彼女』を演じていたらしい。


 目の前の彼女、そして幼少期から知る彼女を思い浮かべながら、『可愛い彼女』とやらを想像してみる。


「え、何その顔」


「いや、別に」


「別にって顔じゃないけど。なんか……すごい気持ち悪いものを見たって顔だけど」


「……あ、虫」


「げっ! 嘘でしょ?! どこどこ?!」


「もう飛んで行ったから大丈夫。それより、早く食わねぇと溶ける」


「え、ああ」


 ホッとした表情を浮かべて、手に持っているアイスクリームに視線を向ける。1度舐め、がぶりと大口で食らいついた。女子にしては豪快な食べ方。半分程があっという間に消えた。唇の端についたクリームすらもったいないとぺろりと舐めている。

 何となく見てはいけない気がして、視線を逸らした。——やたらカフェモカが甘く感じたのはきっと気のせいだ。


 ある程度食べて満足したのか、再び元カレの愚痴トークが始まった。あれだけ話してもまだ話したりないのか。そろそろ、繕う余裕も無くなってきた。うんざりした顔をあえて隠しもせずに曖昧な相槌を返すが、彼女は少しも気付いてくれない。

 ただ、ひたすら聞きたくもない元カレの話を語り続けている。苦痛の時間。できれば、帰りたい。とうとう溜息まで漏れてしまった。


 ふと、彼女が手にしているアイスクリームが目に留まる。

 溶け始めている。あと少し傾ければコーンのふちから垂れそうだ。

 考えるよりも先に手を伸ばしていた。


 彼女の腕ごと引き寄せ、溶けかけのアイスクリームに顔を寄せた。


 突然の行動に彼女が驚いて固まっている。

 口の中に独特の甘さが広がり、つい目を細める。その甘さを誤魔化すようにカフェモカを一気に飲み干した。


「いつまでもつまんねぇ男の話してないで、もっと周り見れば」


 それだけ言うと、飲み終わったカップを持って立ち上がる。

 ゴミ箱に捨てると、後ろを振り向かずにそのまま店を出た。




 名前を呼ぶ声と、駆け寄ってくる足音が後ろから聞こえてくる。でも、まだ振り返るつもりはない。

 少しだけスピードを落としてゆっくりと歩いていると、腕を引かれた。


「待ってってば!」


 必死な表情の彼女は、食べかけのアイスクリームを持ったまま追いかけてきたらしい。少し息も切れている。仕方がなく息が整うまで待っていると、彼女が罰の悪そうな顔で「ごめん」と小さく謝った。


「別にいいよ。いまさらだし」


 突き放すような言い方が堪えたのか、ますますしょげる彼女。

 少しは俺の気持ちもわかってくれただろうかと溜飲を下げて、普段通り笑いかけた。彼女が安堵の表情を浮かべて歩き出す。

 肩からずり落ちている荷物が気になり手を伸ばして代わりに持つと、彼女が少し気恥ずかしそうに前を向いて「ありがとう」と言った。


「……いつの間にか、成長してたんだねぇ」


 アイスクリームを口にしながら呟いた彼女の言葉に、思わず吐息混じりの笑いがこぼれた。


「それこそ、いまさらじゃん。……いつまで子供だと思ってんの?」


 ようやく気づいたのかと、彼女の顔を覗き込む。

 とっくの昔に目標だった彼女の身長は追い越していた。でも、その時にはもう彼女の目には別のヤツが映っていて……言える訳なかった。

 

 溶けかけのアイスクリームが、ぼとぼとと零れ落ちてコンクリートを汚していく。


 顔を真っ赤にした彼女の目にはが映っている。

 破顔せずにはいられなかった。


 ————そうだ。そのまま、よそ見なんてせずに俺だけを見てればいい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そのまま、溶けてしまえ 黒木メイ @kurokimei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ