藍色と火花

深原カケル

第1話

 世界が終わるので、強盗をすることにした。

 なぜこんな考えに至ったのか、これには小学五年生のときに読んだ小説が強い影響を与えている。その小説の主人公たちは腕利き(?)の銀行強盗団だった。強盗団なのに紳士的かつ華麗に現金を持ち去り、決め台詞で「ロマンはどこだ?」と呟く、またはさけぶ彼らに私はすっかり魅了されてしまったのだ。

 そんなわけで、世界が終わるなら何をしよう、と考えたとき、ダイナミックで日常ではできないこととして「そうだ!銀行強盗をしよう!」となったのだ。

 ただ残念なことに今日、最後の日まで預金しておこうという人も顧客の預金を守ろうとする人もいないため、ほとんど、というかすべての銀行がシャッターを下ろしてしまった。 

このため、私は「銀行強盗」からただの「強盗」への変更を余儀なくされてしまった。

 しかし、そんなことでめげるようでは目標を達成することはできない!強盗をすると決めてからは、必要物資として、拳銃(弾の代わりにシャボン玉が出る)や目出し帽(毛編みのためかなりあつい)などを入手した。初心者でも入りやすく、まだ営業している店という条件の下でターゲットとして選ばれたのは、「浅岡工務店」という何をやっているのかよく分からない少し寂れた感じのする店だった。


 当日は、凍えるように寒い冬の日だった。こんな日ならば、目出し帽をかぶっていても汗で顔がかゆくなったりせずにすむ。早速、浅岡工務店の裏手にある空き地の茂みに行き、全身黒ずくめの格好に着替える。拳銃(モドキ)を手に持ち、準備完了!ということで入り口の若干さび付いたドアを開けて中に入った。工務店と言うからには、部品加工用の機械なんかがたくさん置かれているのだろうと予想して入ったら、拍子抜けした。だだっ広い空間に机がいくつか置いてあるだけだった。そして、机の上には、真っ黒いごま団子のようなものが升のようなものに入れられて置かれている。隅っこの方には、炊飯器の釜を大きくしたようなものもあったが、その他には何もない。

 入ってすぐにやる気はそがれたものの「強盗」らしくそんな素振りは一切出さない。まずは、お金の在処を聞くにも、紳士的に強盗を働くにも、観客となるべき人は不可欠だ。

 そのために辺りを見回し従業員を探すと・・・いた!

 部屋の隅っこの方で長いすに寝そべっている長身の男性を一名見つけた。近づいてみると、高いびきをかいて、寝ていた。

「あの・・・」

 声が小さすぎたのだろうか、反応はなかった。

 さっきよりも大きな声で呼びかけてみる。

「あの・・・!」

 眠そうに身を起こした男は、寝癖だらけの頭をボリボリかいていたが、私の手元を見て表情を変えた。

 オッ、早速、拳銃がその威嚇能力を発揮したか・

と、思っていたら、男が大股でこちらに近づいてきた。しかも、かなり目を怒らせて・・・。

 な、なんで?一応こっちは拳銃を持ってるんだよ?

 戸惑う私の頭に拳骨が落ち、あまりの痛みに両手で頭を抱えて悶絶していると、怒りの声が上から降ってきた。

「こんなとこで拳銃なんか持っていたら危ないだろっ!」


 それから小一時間、強盗が正座で説教を受けた。かなり男性は怒っていたらしく、その間ずっと目出し帽はつけたままだった(拳骨されたときに落とした拳銃は、手際よく回収されてしまった)。しかもその内容というのが、

「火薬のあるところでは火は厳禁なんだっ!」や

「もし火がついて爆発したらどうする気だったんだ!」

といった内容で、自分がさっきまで拳銃を向けられていたということも、こいつ拳銃と目出し帽を用意して何しにきたんだろうということも一切気にしていない様子だった。

 私の足が痺れのために一切の感覚を失った頃、白髪頭のおじいさんが入ってきた。中に入ったら目出し帽をかぶったヤツが正座で説教されているという事態に少し驚いたみたいだったが、落ち着いた声で私の前に座る男に声をかけた。

「亮、何してるんだい?」

亮と呼ばれた男はおじいさんの方を振り向くとまだ少し怒っている口調で自分が仮眠を取っている間に私が入ってきたこと、私が拳銃を使おうとしていたことを話した。目を閉じて静かに話を聞いていたおじいさんは、話を聞き終わるとゆっくりこちらを向いた。

「それで、火器を使おうとしたっていうのは本当カイ?」

 ・・・この人たちは、ちょっとずれているみたいだ・・・。


 自分が持ってきた拳銃は、偽物でシャボン玉しか出ないことを話すと、ようやく二人は怒りを解いてくれた。

 あのとき、恭一さん(白髪のおじいさんはそう名乗った)が帰ってきてくれなかったら四時間でも五時間でも正座で説教を受けるハメになっていたかもしれない(一時間正座で座っていただけでも十分足はしびれていて足の甲と裏が分からなくなった)。

 その後、亮さんの若干乱暴な説明と恭一さんの丁寧な説明によりここがどんな場所であるかを知った(あと恭一さんが亮さんのお父さんであることも)それでも。「浅岡工務店」は普通の工務店ではなく、打ち上げ花火を制作するための工場らしい。だから、先程、亮さんは私の拳銃を見て激怒したのだ(もしも拳銃からこぼれた火花が火薬に引火したら爆発事故につながってしまうから)。

 入ってきたときに見た升に入った黒いごま団子のようなものは花火が開いたときにその花弁となる「星」と呼ばれもので、炊飯器の釜みたいなものは星を丸めるために使うものだった。他にも星を乾燥させるためのサウナみたいな部屋や星を飛ばすための火薬・「割薬」の芯に使うための米の籾殻なんかがあった。

 優しく説明してくれる恭一さんの声をきくうちに、私はだんだんとこの未知の世界に魅せられていった。


「あの・・・」

「どうしたんだい?」

 穏やかに問いかける恭一さんに思い切ってきいてみた。

「どうして 今 花火を作ってるんですか。」

 一瞬、亮さんと恭一さんは顔を見合わせた。無遠慮すぎたかと思ったが、この問いに亮さんはにやりと笑った。

「最後の日に打ち上げるんだよ、こいつらを」


 帰り際に思い切って弟子入りをお願いしてみると、恭一さんはあっさりと承諾してくれた。

 こうして私のライフワークは「強盗」から「花火作り」へと変わっていった。


 亮さんや恭一さんを手伝っている(と言ってもほとんどは雑用か家事だったが・・・)うちに花火についてのいろいろなことを知った。例えば、たった六秒間しか空中にいられない花火は、星を作るだけでも一ヶ月かかること。今ではコンピューターに打ち上げる順番などを入力しておくと打ち上げ作業をやってくれることなど。打ち上げの順番や打ち上げる高さはシミュレーションアプリを使って何回も検討すること。ここにきていなかったらたぶん永遠に知らなかったであろうことばかりだ。花火作りは、かなりの重労働でなれるまでは毎日腕が筋肉痛だった。それでも今までの何かをしなくてはと思いながらも何をしていいか分からない日々とは比べることもできないほど、充実した日々だった。

 

 しかし、私には、一つの大きな疑問が残されていた。

 それは、世界が終わるというのになぜ花火をを作っているのか、ということだ。


 世界が終わるというのは、ノストラダムスや誰か怪しげな予言者の予言ではなく、世界各国が巨大隕石の軌道を何度も求めた末に七ヶ月前に出された結論であった。地球には、毎年かなりの隕石が飛来しているが、NASAが発見したこの隕石はそれらと比較にならないくらい巨大だ。地球に落ちればその衝撃波で生物は死滅するだろうと言われ、しかもそれは、地球めがけて一直線にやってきて、来年の夏に人類を滅亡させる。

 はじめは、誰もがフェイクニュースだろうと思っていたので混乱もなかった。しかし、各国の宇宙機構が次々と同じ内容の研究結果を発表したことによって世界はパニックになった。詐欺事件と殺人事件が多発し、ニューヨークウォール街で世界の株価の暴落が始まった(おかげで現在、紙幣の価値はティッシュ一枚よりも下だ)。今まで「よりよい未来のために」生きてきた人々は未来がないときいて絶望し、一部の人々は自殺した。政治家や警察官と行った人々が次々と退職したことによって政治は成り立たなくなり、治安は大いに乱れた。最近は落ち着いてきた方だが、それも最後の日々の中で希望を持ったからなんて言うことではなく、人々が絶望することにも飽き、暴れることに疲れてしまっただけだ。まあいわば、今の世の中は、大量の迷子が発生している、そんな状況だ。

 偉そうに語る私もその迷子の一人である。


 そんな荒んだ世界の片隅でなぜ花火を作るのか?作った花火を打ち上げても誰も見てくれない確率の方が高い、なのに、なぜ?

 その疑問を恭一さんの弟子になってしばらくたった頃、二人にぶつけてみた。恭一さんは「ふふふ」と笑って答えてはくれず、亮さんはきかなかったふりをした。

 数日後、恭一さんが留守だったとき、亮さんが答えてくれた。

「今まで花火職人として生きてきたのに、突然、他の生き方ができるほど俺も親父も器用じゃなかった。他の生き方を知って、それを体になじませるのにも時間がねぇ。そんな理由で俺たち親子は打ち上げられもしない花火を作ってた・・・。」

 どこか遠い過去の記憶の一点を見るような遠い目をしていた。そして、ふっとこちらに目を戻し、にやりと笑っていった。

「でも、お前がヘンテコな格好してきた日にさ、お前、きいいただろ? 何で花火を作ってるんだ、って。そんときに、ふっと思いついたんだよ。

 世界最後の日に花火がパッて打ち上がったら粋じゃないかな、ってな。だから、あの日、お前に答えたのはあの場の思いつきだ。でも、おかげで俺らにも生き甲斐ができた・・・。

 だからこの花火を打ち上げるのは、ただの自己満足だ。」

 そう言って、幸せそうにほほえむ彼の姿は、少し、ほんの少しだけうらやましかった。

 

 そして、花火の打ち上げ当日。事前に許可をもらっておいた河川敷の広場に花火を打ち上げるための筒と点火装置を設置した。汗がじわじわとにじみ出るような猛暑の中、準備を手伝いながらもワクワクする胸は止められなかった。

 今日が地球最後の日なのに。

 

 早朝から準備を始めて全部設置し終えたのは、昼過ぎ頃だった。そして、少し離れところにレジャーシートを広げ、クーラーボックスで家から持参した焼きそばやたこ焼き、焼き鳥で日が暮れるまで、恭一さんと亮さんと三人でささやかな宴を催した。

 

 そして、日が沈み、まだ夕焼けの名残が残る空に最初の一発目が打ち上がった。

 おなかの底まで響くような音ともに夜空に大輪の牡丹が咲いた。

 それを皮切りに次々と花火が打ち上がっていく。赤や青や緑の花がその花びらをめいいっぱい開き、一瞬、息をのむほどに美しく咲き誇り、そして小さな火花となって消えていく。



 そのとき、ある人は好きな人に想いを伝えるのをためらっていた。しかし、夜空に一斉に咲いた色とりどりの菊を見て、覚悟をきめた。花火の音にかき消されないよう彼女は彼の耳元で自分の気持ちを、震える声でささやいた。彼女は、彼の表情を見て自分の想いが成就したことを知った。

 

 そのとき、ある人は最後の日まで何も残せなかった自分の人生に絶望し、やけ酒をしていた。しかし、暗闇で金色の枝を垂らした柳を見て、自分の人生もそう悪くもなかったかもしれないと思い直した。ただ苦く感じていた酒は、そのときから舌を喜ばせる美酒へとかわり、彼が過去を懐かしむよい友となった。

 

 そのとき、ある人はお互いに意地を張ってけんかし、別れてしまった元恋人のことを考えていた。プライドに邪魔され、今日まで謝れなかったことを後悔していた。そんな彼の目に映った、窓の外の夜空を蛍のようにふわふわと飛ぶ火花が、彼に、元恋人と彼が付き合うきっかけになった夏祭りを思い出させた。彼は思わず彼女の家までスリッパのまま、走っていった。そして数分後、彼らは元恋人ではなく恋人となった。

 夜空の上で短い間、その美を見せつけるように次々と咲いては散ってゆくその姿を、人々は足を止めて,窓を開けて、背伸びをして見惚れていた。



 一輪の花が咲き、きえるたびにわたしたちはかすかな吐息を漏らした。

 今まで、毎日毎日、向き合ってきた花火の玉が空たかく、とんでいき、花を咲かせ、火花になって戻ってくるのを決して見逃さないように、永遠にやき付けておけるように、瞬きもしないでずっと見つめていた。


 最後の「ナイアガラ」が夜の闇を真っ白に染めて、また闇に戻っていったあとも、私たちはいつまでもいつまでも真っ暗な夜空を見上げていた。

 目にいっぱいの涙をためて・・・・・・

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