4時間も5時間も、何時間も
初夏の爽やかな風が車内に流れ込む。
じっとしてるのも何だからと行く宛の無いドライブをすることに決めてから、もうかれこれ何時間走り続けてきたんだろう。
カーブも坂も何もない。ただひたすらに、永遠と地平線の向こうまで続く真っ白な世界を走らせる。どんなに速度を出しても、覆面パトカーが追ってくる訳でも、オービスの赤い光に照らされることもない。そんなことを言えばもうハンドルを持つ必要さえない。
車中ではラジオを流した。会話はしなかった。
途切れ途切れで聞こえるラジオからの情報では、世界各国の上空を大型輸送機が飛び交い、白い球体をばら撒いているということ。白い球体に触れた物は瞬時に消えてなくなってしまうということ。それから世界各国のラジオ局やテレビ局に白い封書で宣戦布告を伝える内容の手紙が届いていたこと。文章の最後にはこれは地球をリセットするための作戦、真珠のように綺麗に光り輝く地球を取り戻すための「パールアース計画」であることなどが読み上げられたが、結局どこの誰がそんな計画を企てたのか、肝心な部分が分からないまま放送も途中から途絶え、聞こえなくなってしまった。
「きっと軍事転用されちゃったんだね」
消す対象物が全て消えて無くなり、白い球体のみが広がるまさに白銀の世界の真ん中に車を停め、エンジンを切った。フロントガラスから初夏の蒼い空を仰ぐも、もうそこに大型輸送機の姿は無い。
「だってこれくれたおじいちゃん、優しそうな人だったもん。それに、友達がこんなの要らないって言うから私2つ貰ってもいいですかって聞いたら、物凄く嬉しそうにありがとうございますって親切にしてくれたし」
「へえ、そうだったんだ」運転席をリクライニングし、右手に地球消しゴムを持って城崎はふーんと情けない声を出す。
「妨害電波か何か分かんねえけど、せめてオリジナルを持っている人だけは消されないようにプログラムでもされてたのかね」
「さあ?」
突如また、スカートがふわりと舞う。声を出す前にはもう麻衣は車の外へ飛び出していた。
「何してんだよ危ねえだろ早く中に戻れ!」慌てて助手席の窓を開け、身をよじり出して城崎は声を張り上げる。
「別にいいんじゃん。もう何も無くなってしまったんだから。それにもう此処で生きていく術なんてきっと無いだろうし」まるで大雪原の雪を掻き分け歩くように、麻衣は足元の地球消しゴムの海をカラカラと乾いた音を立てて歩いていく。
「結構気持ちいいよ、お兄さんも来なよ」麻衣は笑う。
城崎はああもうと顔を声を荒げると、どうにでもなれと運転席のドアを押し開け、地球消しゴムの海へと飛び出した。目をつぶり、消えるのを覚悟の上で飛び出してはみたものの、足元でカラカラと乾いた音が響いて、確かにその感覚はどこか軽やかで気持ちいい。目に入っていた力は徐々に和らいでいき、自然と瞼が開いていく。
真っ白。本当に宇宙から見れば今の地球はまさに真珠のように白く綺麗に輝いて見えるかもしれない。綺麗だ。初夏の空の蒼さと、一面の白の世界。いつかは訪れたいと思っていたウユニ塩湖のような光景が目の前に広がっている。此処は本当に日本なんだろうか。
ゆるやかな風が吹いて、麻衣のスカートをゆらゆらともてあそぶ。
麻衣に向かって、そっと足を踏み出すとカラカラとまた乾いた音がする。と同時に何故か、心の中から黒くへばり付いていた闇が晴れて消えていくような気持ち良さがあった。
そっと消されていく。このまま消えるのも別に悪くないかもしれない。
「本当だ」思わず心から笑みがこぼれた。
地球消しゴム 紺野 優 @konchan817
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