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「し……死ぬ部、でぇす……」


 その日の放課後から、私は早速勧誘活動を開始した。


「部員募集中、でぇす……」


 裏髪を六枚繋ぎ合わせた中心に「死ぬ部、部員募集中」と書き、周囲に首を吊るリスの絵を並べたポスター。

 これを校舎の正面玄関を出てすぐの場所に貼り、その前で声を張り上げる。


 しかし、私の必死の呼び声に反応する生徒は一人もいない。

 理由はわかる。今は二月。

 新入部員を求めるには、非常に不適切な季節だ。


「うぅ……人生は糞…………死にたいぃ…………」


 まさかとは思うが、私の声が誰にも聞こえていない、ということは無いだろう。

 可能な限りの大声量で、下足ホール前の戸口から、ほんの四十か、五十メートルしか離れていないのだ。

 これ以上近付くと、心労で死んでしまいそうだし。人が多いところは怖いし。


「……こんな時に、顧問の先生がいてくれたらなぁ」


 私は二週間前に亡くなった、死ぬ部顧問の志仁田しにた先生のことを思い出す。

 志仁田以蔵いぞう先生。担当教科は日本史で、明るくて、面倒見の良い人だった。


 死因は、部活動中の切腹だった。


 三文字割腹の法と呼ばれる、お腹を自分で三回掻っ捌く、恐ろしい自殺法だ。流石先生。

 でも、せめて部員を集めてから死んで欲しかった。


 このままでは埒が明かない。


「やっぱり、顧問の先生を先に探そうかなぁ……」


 一向に進まない勧誘活動に、一旦見切りをつける。

 ポスターを畳むと、私は颯爽と職員室に向かった。


 § § §


 職員室を見渡すと、室内の先生方は皆、自分の机で何かしらの作業をしている。

 教師は授業が終わっても、何かしらの仕事があるのだろう。忙しいのだ。

 そこに部活の顧問という新しい仕事を追加するのは、少し申し訳ない気もする。

 しかし、死ぬ部存続のためには致し方あるまい。


 この学校に通い始めてそろそろ丸二年、授業を受けた先生以外でも、ある程度の顔と名前は把握している。


 柳生先生は野球部の顧問だったはず。

 坂部先生はサッカー部。

 九条先生は陸上部かな。

 加賀先生は科学部、佐渡先生は茶道部。

 板東先生は……軽音楽部だったと思う。


 駄目だ、もう他の部の顧問をしている先生ばかりだ。


 こうなったら無理を承知で掛け持ちを頼むしか……んん?


「はー暇だ暇。暇過ぎて死にてェー」


 知らない先生がいる。

 他の先生方が巨大三角定規やコンパスの手入れに、小テスト採点にと忙しそうな中。

 その見知らぬ若い男性教諭だけは、机に素足を乗せて、オフィスチェアの背凭れの限界まで体を倒し、天井を仰ぎつつ鼻毛を抜いていた。


「どうした、鳶尾とびお

「……ひぇっ……!?」


 立ち尽くす私を見咎めたのか、担任の岸先生(囲碁将棋部顧問)が声を掛けてきた。


「何か用事か?」

「あっ……あぅ………あの……」


 何と答えるべきか熟考する私と、それを眺める岸先生。


「……うぇ……ぁ……………の、そのぉ……ぶぶぶ部活、の、顧問、のぉ…………」


 私が簡潔に答えると、岸先生はそれだけで納得したように頷いた。


「そうか。鳶尾は死ぬ部だったな。志仁田先生が亡くなったから、新しい顧問を探しに来たのか」


 私は、悠然と頷いて返した。

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