五十日目 終

 届いたばかりの手紙を読んで、思わず西の方角を見てしまう。

 一年とちょっと前に旅に出た彼女は、どうやら今は西端の村にいるらしい。帰ろうと思ったけれど、今から帰るのでは間に合わないから、と。この手紙も届くかわからないけど書いている、と書かれていた。

 彼女が選んだ宿は西日がよく見えて綺麗なのだという。沈む瞬間を見ていられるからちょっとだけ楽しみ、とは彼女の言葉だ。

 そんな内容の手紙を読むのはただの内陸の街に住む一人の男で、今はもう特にやることもなく手紙をひたすら読み返している。今からあれだこれだとやることを片付けても意味がないからだ。一年も連絡のなかった彼女からの手紙となれば張り付いて読むだろう。

 いろんな世界を見たいだとかで旅に出ていってしまった彼女は姉である。もともと好奇心旺盛で、弟である青年を振り回すことも多々あった。それに疲れることも数え切れないほどあったけれど、いざいなくなってみれば案外寂しいもの。

 もう一度だけ、姉に会いたかった気持ちはある。しかし、もう間に合わないのなら仕方がない。手紙がひとつ届いただけでもよしとしよう、と納得はしている。

 顔をあげれば、遠くで太陽が沈もうとしていた。山の向こうに沈めば、差し込む光も、この世界も終わる。これが最後の太陽で、世界で、西日だ。姉も今頃見ているだろうか。見ているだろうな。そういえば、姉は景色を眺めるのが好きだった。

 手紙を握りしめたまま、ぼんやりと太陽を見つめた。もうそれしかやることはない。

 便箋も封筒も凝ったもので、手触りがよかった。紙の生産が盛んな西端の村で買ったものなのだという。

 太陽はじわじわと下がって、ついに半分が山の向こうへ消えていた。もうそのときがくるまで秒読みだ。開けた窓の外からは、悲鳴やら怒号やら泣き声のようなものやらが聞こえてくる。そんなに慌てても狼狽えても、平等に終わりはやってくる。ちっぽけな人間という存在に、抵抗する術はない。青年はそういう考えだった。

  そうして、ゆっくりと日は沈む。一筋の光が、ゆっくりと細くなっていって、ふ、と消えた。世界も同時に、終わりを告げた。

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50日×800字 有梨 無十 @rita_muto

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