誰かが言ってた、初恋は実らないものだって(大学生/音哉×奏斗←和希)

 合歓木先輩にはあって、俺にはないものが、一緒に過ごした時間の多さだけではないことは、薄々だけど分かってはいた。


「……うさぎ先輩」

「ん?」


 でも、"それ"がなんなのかまでは、いつまで経ってもきっと分かりそうになくて、聞きたくなかったけど、知りたくて仕方なかったから、思い切って聞いてみることにした。その相手にうさぎ先輩を選んだあたり、俺はまだ傷つきたくないだけの馬鹿だなって思うけど。


「合歓木先輩にあって、俺になかったものって、なんなんでしょう」

「あれ、もうあきらめちゃうんだ?」


 "もう"、だなんて、うさぎ先輩は簡単に言うけど。俺にとっては充分すぎた。というか、長すぎた。


「そうだなぁ……結論から言ったほうがいい? それとも僕の推察から?」


 結論から言われたほうがきっと傷つくだろうけど、でも、どっちにしろ結局結論に行きつくのは変わりないから。


「ん-、どっちから話そうかな」


 どっちから言われてもこの際どうでもよくて、黙っていたらうさぎ先輩はぽつぽつ話し始めた。


「和希はさ、ねこやんのこと、尊敬してたんだよね」

「はい」

「だからだよ」

「……だから?」

「うん。ねこやんは、自分とおんなじがよかったから。……そこに技術や時間やその他は、いらないんだよ」


 でも、と俺が言いかけたのを察したのか、うさぎ先輩はそう続けた。


 確かに俺は、猫柳先輩のドラムに憧れて吹部に入った。そしてパーカッションを選んだ。


「ねこやん――奏斗はさ、上手いし才能も技術もある。だからなんだよ。自分を尊敬だとか、そういう対象で見られるのが嫌だったんだよ。同じラインに立って、一緒に音楽をしたいし、楽しみたいんだと思う。上手いからだとか下手だからとか、そういうのは関係なしに」

「……なるほど」


 ――それがまさか仇になるとは、まったく思っていなかったから、うさぎ先輩の推理だとしても、かなりショックな内容だった。


「僕も、奏斗には一生かかってもかなわないと思ってる。本当はね。でも、僕は奏斗と一緒に音楽ができたら楽しいだろうなって、そう思った」


 だって、俺は純粋に猫柳先輩に憧れていたから。

 はじめて先輩のドラムを聴いた時、すごいと思った。あんな風に叩けたら、そう思った。


「奏斗と同じラインにいれるかどうかは分からない。けど、僕は同じラインに立っていたいと思ったの」

「うさぎ先輩は、充分すごいと思いますよ」

「そう? ありがとう」


 そう言って笑ううさぎ先輩。……猫柳先輩も、すごいですって言うと、同じことを同じ顔で言うけど、本心では嫌だったのかと思うと、今さらだけど申し訳なくて、でも取り返しはきっとつかなくて。


「猫柳先輩と、同じラインに立ってると思います。俺は、ですけど」

「だったらうれしいな。僕もドラムはあんまり得意じゃないから、そこはすごいなって思っちゃうけどね。でも、鍵盤は負けたくないなって思う」


 誰かが言ってた。初恋はかなわないって。なんでだろう。はじめてゆえに、その心が幼いからなんだろうか。友情なのか、尊敬なのか、それともそれ以外なのか、区別がつかなくて、曖昧なものだから?


 考えても俺には分からないけど、やっぱり初恋は実らないっていうのが正しいらしいことは分かった。

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はじまりの音を奏でて~隔離部屋 紫音うさだ @maple74syrup

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