ぜんぶ、しってる/音哉×奏斗←和希(高校生)

※直接的な描写はありませんが、事前事後の描写があります






「うん、知ってる」


 表情を一切変えずに、先輩は俺のほうにおもむろに振り返った。


 保健室に二人きり、あ、なんかこれならいけそう、とか思った瞬間、俺の口から出た言葉は「好きです、先輩」だった。息をするように、自然と口から出た。


 俺の告白に対する先輩の答えがそれだった。気が抜けたような、ほっとしたような。今の俺の気持ちはなんとも表現できない。

 あーばればれだったのかーとか、で、言うつもりなかったのに言っちゃったなーとか、いろいろ思うことはあったはずだった。本当になんの感情もわいてこなかった。


「一応言っておきますけど、俺の好きって、憧れとか、そういう好きとは違いますよ?」

「うん、それも知ってる」


 窓枠にもたれかかっている先輩に歩み寄って、というか、追い詰めてみる。俺の腕の中にすっぽり収まった先輩は、抵抗するわけでもなく、ただじっと俺の目をまっすぐ見つめていた。

 先輩がゆっくりとまばたきをした時に伏せられた長いまつ毛に胸が高鳴るのを感じた。先輩がかわいいのがいけないんだ、とかそういう小説なんかでよくあるような言い訳を心の中でしてみる。


 やっぱり先輩は、どうしようもなく愛しい。


「キス、するの?」

「……してもいいんですか?」

「いいよ、したいなら」


 俺を見上げた状態のまま、先輩は目を閉じた。どうぞキスしてください、とでも言いたげに。


 意味が分からなかった。だって、先輩、恋人がいるじゃないですか。ことあるごとに話している、例の幼なじみの。


 ……つまりは返事を聞く前から結果は分かっていたことだけど。だからといって諦められるような生半可な気持ちじゃない。それに、幼馴染より俺のほうが今は先輩の隣に長くいられるんだ。一緒にいた時間の合計では勝てないけど、先輩の近くにいられる俺のほうが圧倒的に有利だと思う。かといって告白してしまったのは自分でも予想外だったというか、本当に無意識だった。


 先輩の頬に右手を添えて、距離を詰めていく。こんな瞬間をずっと願っていたのに、心臓もばくばくいってるのに、なんとなくむなしいのはなんでだろう。俺今、ずっと片思いしてた先輩とキスしようとしてるんだぜ? 矛盾してるだろ? そんなの。


「これ以上のこと、するの?」

「……拒まないんですね」

「うん。したいならすればいい。和希の好きにしてよ」


 ちょうどベッドもあることだし。するりと俺の腕を抜け出して、先輩は近くのベッドに腰掛けた。上靴を脱いでベッドの上に上がって、ネクタイを緩める。


 その一言は卑怯だ。


「しないの?」


 したいかしたくないかでいえばしたい。はだけたシャツからのぞく鎖骨に、そんな上目遣いでそんなこと言われたら興奮する。好きな人に誘われて断れる奴の気がしれない。


 このまま襲ったら絶対にあとで後悔することになるなんて、分かっていても思春期真っ盛りのお盛んな俺に歯止めなんてきくわけがなかった。




 ――そして数十分後、布団の中で頬をほんのり赤く染めながら横たわる先輩の隣で、俺は頭を抱えていた。

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