妖の寝床

大豆

第1話 電話

江戸時代。…いや、それよりもっともっと昔。

一体いつまで遡れば良いのか。

ある者たちが、人と共に暮らしていた。

彼らは人の目にはめったに映る事はない。

だが、常に存在を匂わせ、人に知らせる。

平安の時代には、百鬼夜行の群れをなし、人を恐れさせた。

しかし、時代の流れと共にその気配は薄れてゆき、いつの間にか、人からは忘れられる存在となってしまった…


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


1


「久々にこっちにこーへんか?」


広島から京都行きの新幹線に揺られながら、山崎薫はふーっとため息をついた。

せっかくの夏休み、家でのんびり過ごすはずだったのに台無しだ。

薫の予定を崩した原因は、8月に入ったばかりのある日の午後、山崎家にかかってきた1本の電話だ。

手の離せない母、美代子に変わり、夏休みでゴロゴロしていた薫が電話に出る。


「こんにちは、大村です。」


電話の相手の話し方は関西独特のイントネーション。

山崎 薫は、誰だかすぐに分かって母の美代子に助けを求めた。

しかし、美代子は揚げ物をしているせいですぐには手を離せそうにない。

仕方なく、薫は「こんにちは…」と返した。


「あぁ、薫ちゃんかいな。丁度良かった。」

「はぁ…」


薫は気のない返事を返す。

電話に出たのが薫だと分かると、薫の祖母である大村 弥生は声色を明るくした。


「薫ちゃん、今何してはるん?」

「えっと…今は…学校とか…」

「あー、あんたもう高校生になったんかいな。大きいなったんやろなぁ」

「まぁ、身長もちょっと伸びたし…」


薫は弥生の対応をしつつも、美代子に何度も目線を配る。

しかし、美代子は目を合わせようとはしない。

お母さん、ずるい…

美代子は弥生のことが苦手なのだ。

そして、同じく薫も弥生の事が苦手だ。


「学生ってことは、今夏休みとちゃうの?」

「あー…うん、まぁ。」

「ほんなら今暇してるんとちゃうん?」

「いや、そんなことは全然!」


話の方向が何となく分かって、薫は思わず大きな声を上げる。

おそらく、弥生の住んでいる京都へ来いと言うのだ。

薫がそう言うと、電話の向こうで弥生がガッカリとしたのが分かった。


「なんや、暇と違うんかいな」

「ほら、部活とかあるし…?」


これは嘘だ。

薫は別に部活など入っていないし、夏休みも特に予定などない。

友人も多い方ではないから、遊ぶのなんてほぼゼロだ。


「なんの部活に入ってはるん?」

「えっとー…」


さっそく詰んでしまった。

薫は頭を回転させ、適当な部活を思い浮かべる。


「まぁええわ。

それより、部活休めへんの?」

「ほら、私1年生だからさ。練習とかあったらなかなか休めないよ。」

「なんや…それは残念やなぁ…」


あからさまにガッカリする弥生に、若干心を痛める。

しかし、ここで折れてはいけない。

せっかくの夏休み、京都で弥生と過ごすのは、薫は何としても回避したい。


「ほんなら美代子は?あの子なら来れるんと違う?」

「どうかな。あ、お母さん近くにいるから変わるね。」


やっと開放される。

そんな嬉しい気持ちで、薫は保留ボタンを押す。

美代子の方を見ると、気の重そうな顔をしていた。

しかし、薫はそんなものはお構い無しに受話器を手渡した。


「はい、どうぞ。」

「はい、どうも…」


美代子が電話に出たのを確認し、薫はまたゴロゴロとスマホをつつき始める。

この話題はもう自分には関係ないと思い。

しかし、それが甘かった。

この時もっと会話に耳を済ませておけば良かったのだ。

そうすれば、今も変わらず夏休みを家で謳歌できていたのに…


「はーぁ…」


薫は隠しきれない憂鬱さと落胆を表すように、盛大な溜息をついた。

窓の外を見ると、トンネルに入ったのかずっと暗いままだった。



新幹線がゆっくり減速を始め、京都駅に停車する。

薫は、広島名物、紅葉の形をしたお饅頭を持って、新幹線を降りる。

さすが8月の京都だ。

観光地で有名なこともあり、駅にはキャリーケースと共に多くの人がいた。

とりあえず、ホームから出ようと薫は階段へと向かう。

時々人とぶつかりながらも何とか改札口まで行くことが出来た。


「おばあちゃおばあちゃん…」


美代子の情報によると、弥生は改札口を出てすぐの所にいるらしいのだが…

それらしい人は見当たらない。

しかし、ここでウロウロしてしまえば絶対に入れ違いになる。

そう思い、薫は1番近くにある柱の方へゆき、その場で待っていることにした。

とりあえずおばあちゃんに電話してみよう。

弥生と最後に会ったのは10歳の時だ。

16歳になった私を見てすぐは分からないだろう。

薫は後ろのリュックからスマホを取り出す。


ーそれなに?それなに?


「え?」


誰かに話しかけられたような気がして、薫は思わず声を出す。

しかし、周りを見渡しても薫の近くには誰もいない。

いるのは、せかせかと歩いている人達や、スマホをつついている女の人のみ。

どう考えても薫に話しかける様な雰囲気ではない。

気のせい…?

頭を傾げながら、薫はスマホを操作する。


ーうわぁ!勝手に動いた!


「え、なに?」


やっぱり気のせいじゃない。

さっきから小さな女の子の声が、薫の耳に聞こえてくる。


ーお姉ちゃん、魔法が使えるんだ〜!すごい!


「やだ、え?なに?」


姿はないのに声だけ聞こえてくる。

薫は恐ろしくなって、思わず持っていたスマホを落としてしまう。

すると、タイミングよく通りがかったおばあさんがそれを拾ってくれた。


「スマホ、落としてるで。画面割れてへんかな?」

「あ…す、すみません。」


薫は渡してくれたスマホを受け取る。

ん?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖の寝床 大豆 @mame0218

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ