この恋は次こそは清らかに

 清姫が死んだ。

 その報せを受けた時、わたしの口から溢れたのは獣のような咆哮だった。化け物の叫び声と言っても差し支えなかっただろう。それでも構わなかった。それで娘が報われるのならば、いくらでも化け物にだってなろう。

 けれど異形の化け物となったのは他でもない我が娘だった。

 道成寺にて焼け死んだ安鎮殿と、日高川にて入水した清姫。二人がどのようなやりとりを経てそのような結末に至ったのかなど、我々には知る由もなかった。

 けれど道成寺の僧侶たちが言うには、蛇の化物が安鎮殿の隠れた釣鐘ごと焼き殺し、その化け物が日高川に身を沈めて清姫の姿に戻ったということだった。つまり、清姫が安鎮殿を殺したということだ。

 何故、という問いが次から次へと喉からせりあがって、嗚咽となって溢れ出す。

 分かっていたのだ、我は。

 清姫が安鎮殿を恋い慕っていることを。

 そして安鎮殿自身も清姫を憎からず思っていたことを。

 けれど安鎮殿は立場のこともあってか清姫に対して文を書くことはなかった。我がそれとなくけしかけたときも、曖昧に笑って受け流すのみ。

 それでも安鎮殿が清姫を見つめる目はひたすらに穏やかで愛情に溢れたものだった。

 目に明らかで鮮やかな恋心が、二人の間には確かにあったのだ。

 何故、たった一言二人に正直に言ってやらなかったのだろう。

 お前たちは一緒になっていいのだと。

 清姫さえ幸せならば誰と生きようが構わない、と。

 けれど、ああ、もう遅い。

 いくら後悔しても二人は戻ってくることはない。だからせめて供養をしてやろうと、我は道成寺に向かった。

 家から道成寺への道のりは遠く、その道のりをたった一人で寂しく進んでいった清姫を思うと目に涙が滲む。

 一人で寂しかっただろう。

 何を思って遠くまで安鎮殿を追いかけて行ったのだろう。

 それほどまでに強い恋心をどうして受け入れてやれなかったのだろう。

 そうしてたどり着いた道成寺で、私は高僧に向けて深く深く頭を下げて懇願をした。

「どうか、どうか我が娘と安鎮殿の来世のために念仏を唱えてやってはいただけないでしょうか?」

 そうすれば少しの逡巡の後、高僧は沈痛な面持ちで言葉を連ねる。

「清次殿。あなたは罪を犯した娘のために、頭を下げるのですか?」

 その問いが胸のうちにぐさりと刺さる。いくら可愛い娘であっても人殺しは人殺しだ。きっと噂は野を越え山を越え広まってしまうだろう。そうすれば我の家の評判も無事では済むまい。

 けれど、それでも……

「何があろうと、清姫は我が愛する娘なのです」

 そう我が言い切れば、今度こそ彼はこちらをまっすぐに見据えて言い切った。

「分かりました。お二人の来世のために念仏を上げさせていただきます」

 そうして安鎮殿の骨と清姫の着物を共に桜色の布に包むと、彼はありがたい経を彼らのために唱えてくれる。そうして数刻後、その布ごと境内に埋めるとその上に小さな苗を植えた。

「これからはこの桜の木を清姫様だとお思いになって育てるのがよろしいでしょう」

 その言葉に、いくらか救われる心地がする。

 こうしてやっと二人は結ばれるのだ。

 清姫の想いは報われるのだ。

 そう思えばその桜の木が愛おしくって恋しくって、我は涙ながらにまた高僧に頭を下げた。

 



 こうして道成寺に植えられた桜の木は今も入相桜として咲き誇っているのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悲恋道成寺 折原ひつじ @sanonotigami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ