第26話


 深夜のファミレスに初めて入った。


 長江の後に続く更紗は、そんなことをぼんやり考えていた。


 やがて店内の奥、一番角の席まで来ると、長江は壁際のソファーに座るように更紗に促した。面接でも受ける面持ちで、更紗はそれに応じる。


「…あの、」

「酒、飲んでもいいですか?」


 更紗の斜向かいに座ってメニューを取りながら長江がぶっきらぼうに言った。


「え?」

「すみません。酔いが覚めててこの話題はしんどいので。」


 長江の言動に、更紗は一瞬目を丸めたが、


「あはは、」


 次の瞬間には嬉しそうに笑ってしまった。


「?…俺、変なこと言いました?」


 すると長江は訝しそうに更紗を見やる。


 それは、ようやく長江が更紗に向き合った瞬間だった。

 その事実が嬉しくて、更紗は一層微笑んだ。


「ごめんなさい。ちょっと、…長江さん、かわいいなって思ってしまって、」

「俺が?まさか。…40のおっさんですよ。」

「え!長江さん40歳なんですか!?」

「はい。正確には41ですが。…驚くことですか?」

「ええ、まあ。…それなりに。」


 まあ自分も36歳なので変わらないか、と更紗はそっと思い耽る。


「………」

「………」


 更紗が黙れば、途端に沈黙が垂れ籠めた。

 困った更紗は、言葉を探すようにテーブルへと視線を落とす。


「島田さんは注文、決まりました?」


 重い雰囲気を察したのか、不意に長江が更紗に問う。

 その長江の言葉にハッと顔を上げた更紗は慌ててメニューを手に取った。


 ファミレス自体久し振りだった更紗は、焦りながらも豊富なメニューの一つ一つに目を通し吟味していく。


「腹、減ってるんですか?」

「え?」

「そこのページ、定食メニューですよ?」

「え?あ!…いや、お腹は空いてないです。…ファミレス、久し振りなんで、何があるんだろうって、つい、」

「…ふふ、」


 すると、長江が小さく笑った。

 それは営業用の笑みではない。

 長江の素顔を、更紗は今初めて見た思いだった。


(うわぁ)


 途端に顔が熱くなりはじめ、慌てて更紗は両手で頬を押さえる。


(これはっ、…これは、駄目なやつかもしれないっ。)


 沸々と沸き起こる淡い情の名前を、更紗は自覚せずにはいられなかった。



 結局更紗はチーズケーキとドリンクバーのセットを注文した。

 長江はグラスビールを頼んだ。


 注文を終えると更紗はドリンクを取るために席を立つ。

 ドリンクバーの前でウーロン茶を注ぎながら、この時間が終わらなければいいのにと、更紗はそっと願っていた。


     ※ ※ ※


 ウーロン茶を片手に席に戻ると、長江は既にグラスビールに口をつけていた。

 

「あ、すみません。先に頂いてます。」

「どうぞ。お構いなく。」


 微笑みながら更紗はテーブルにウーロン茶を置き、再び奥の席へと移動する。二人はまた斜向かいとなり、お互い一言も発することなくただ黙々と飲み物を口に運んだ。


 沈黙の中で一杯目のビールが空になると、長江は迷いなく店員を呼び、ビールを追加する。


 歓迎会でも結構な量を飲んでいたはずなのに、と更紗はチーズケーキにフォークを差しながら思う。そしてテーブルを去る店員の背中を見送り、そのまま長江に視線を投げた。


「長江さん、そんなに飲んでも大丈夫なんですか?」

「…ええ。」

「…そうですか。」


 会話が続かない。

 そうしている間に、追加のビールがテーブルに置かれた。




「…島田さんは、」


 二杯目のビールがなくなりかけた頃、不意に沈黙を破ったのは、長江の方だった。


「島田さんはTwitterとか、やってますか?」

「………。はい?」


 質問の意図が図り知れず、困惑した更紗は首をかしげる。


「Twitter、やったことないですけど。…それが何か、」

「やったことないんですか?」

「?…はい。…変ですか?」

「いやいや。…そうか、…そうか。……あはははははっ」

「………?」


 更紗の答えを聞いた途端に、何故か長江は声を上げて笑いだした。


 おののく更紗を他所に、目尻に涙を溜めてまで、長江はしばらく笑っている。

 

「あははははは、」

「…何で笑うんですか?」


 不思議がる更紗の問いに答えようとしない。

 ただそのままテーブルに俯せて、長江は笑いながら、しばらく肩を揺らした。







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